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黒灰色(こっかいしょく)の魔女と時の魔女  作者: 九曜双葉
第四章 第一話 お嫁に来てくれるよね ~Don't You Come Here as My Bride?~
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第四章第一話(十)お嫁に来たよ

 泥の中に沈んでいく感覚。

 泥を()む感触。

 両目に泥を塗りこまれたような暗いくらい視界。

 体は動かず、ただ寒さに震えている。

 何も聞こえない。

 何も見えない。

 何もできぬまま、深いふかい泥の中に沈んでいく。

 どこまでもどこまでも。


 何も考えられない。

 時間の概念ももはやない。

 いつまでもいつまでも、冷たい泥の中に沈んでいく。


 ――トマス


 暗い中に光点が現れる。

 暗い中に頼りない赤く暗い光が見える。


 ――トマス


 呼んでいる。

 暗いくらい泥の中で呼ばれている。

 しかし応えることができない。

 応える方法がない。

 依然として寒い。

 寒さに凍えて震えている。


 ――トマス


 泥の中から引きあげられようとしている。

 凍えた体は何の反応もできない。

 でも抱えられている。

 トマスは抱かれている。

 多くの細い腕に抱かれている。

 そんな感覚を覚える。


 誰かに抱かれたのはいつ以来だろう?

 泥の感覚の中でトマスはそんなことを考える。

 寒い、トマスは震える。


(パイ!)


 トマスは(いと)しい妻の名を呼ぶ。

 頼りない光は徐々に広がってゆき、黒と灰色のモザイクにとなって視界に渦巻く。

 トマスは目を開ける。

 視界は目を閉じているときとなんら変化はない。

 ただモザイクの渦が視界に留まり続ける。

 トマスは視界無きまま目を見開き続ける。

 そこにトマスを抱きかかえる人が居るはずだから。


 視界の、頼りない暗い明かりは薄れ、白濁した暗い灰色の(もや)となる。

 焦点の合わない視界、暗いくらい灰色の世界。

 その世界でトマスは抱きかかえられている。


(パイ!)


 トマスは(いと)しい妻の名を再度呼ぶ。

 トマスの想いに応えるかのように、トマスを抱きかかえる力は強くなる。

 優しく強く、抱きかかえられる。

 世界が徐々に像を結びだす。


 ――トマス


 トマスを呼ぶ声が聞こえる。

 いや、声ではない。

 トマスの頭に直接聞こえてくる思念。

 力強い思念。


『トマス』


 トマスの(いちじる)しく狭い視界の中に白い顔がゆれる。

 銀色の髪がゆれる。

 少女の可憐(かれん)な顔が心配そうに至近距離でトマスの顔を(のぞ)き込む。

 トマスは視界に映るものに意識を傾ける。

 トマスは致命傷を受けた。

 黒装束の男たちに数カ所、ナイフで刺されたのだ。

 そのナイフの切っ先の一つは確実にトマスの心臓を捉えていた。


 トマスの視界は戻る。

 トマスは少女に抱きかかえられている。

 少女は銀色の髪、色白で痩せている。

 トマスの知らない少女だ。

 少女は衣服を着ていない。

 長い銀色の髪は()れて小さな頭に張り付いている。

 少女は生まれたままの姿で足を折って地面に座り、トマスの上体を膝に乗せ、両腕でトマスを抱きかかえている。

 そして少女はまるで今生まれてきたばかりのように血と羊水に()れているように見える。


「君は?」


 トマスは声にならない声で少女に訊く。


『パイパイ・アスラ。

 貴方のお嫁さん。

 お嫁にきたのよ』


 応える声は直接トマスの頭に響いてくる。


「パイ!

 来てくれたんだ!」


 トマスは身を起こす。

 着衣を見る。

 貫頭衣に似た着衣はナイフでところどころ切られている。

 その下にあるはずの傷はピンク色の肉が盛り上がり、塞がっている。

 トマスは上の着衣を脱ぎ、少女の裸体に被せる。

 少女は袖から両の腕を出す。


 しかしトマスは少女に興味が無いかのように、またはもっと大切なものを探すかのように周囲を見渡す。

 圧死したような黒装束の男たちの死体が三つ床に散乱している。

 トマスは男たちの死体を見て一瞬悲しそうな表情となる。

 しかしトマスは広間の上を見る。

 探しているものは見つからない。


 そんなはずは無い、トマスはより遠くを見渡す。

 そして、広間の入り口を(ふさ)土塊(つちくれ)のようなものを見つける。


「見つけた!

 そこだね!」


 トマスはよろけながら立ち上がる。

 トマスは広間の入り口に向かってヨタヨタと歩を進める。

 少女は驚いたような顔をする。

 少女はトマスの後を追い、トマスを支える。

 そして広間の入り口を塞ぐ土塊(つちくれ)に体を預ける。


「パイ!

 会いたかった!」


 トマスは広間の入り口を塞ぐ土塊(つちくれ)に顔を埋める。

 土塊(つちくれ)から触手が伸びてきてトマスを愛おしそうに包む。


『トマス!

 トマス!

 私も貴方に会いたかった。

 凄くすごく会いたかったのよ?

 トマスが死んじゃうんじゃないかって心配で心配で仕方がなかった』


 パイパイ・アスラの声は(すす)り泣いているようだった。


『私の姿を見たら嫌われると思った!

 怖かったの!

 凄く怖かったの!

 だから、あの人たちの遺伝子から、ありえる組み合わせで一番貴方に気に入ってもらえそうなインターフェースを造ったの。

 この体も私の一部』


 少女は両手で自分を抱えるようにして微笑む。


「インターフェース?」


『そう。

 貴方と私のインターフェース』


 パイパイ・アスラのインターフェースは微笑み、両手を広げる。


「凄いね!

 凄いよ!

 そんなこともできるんだ。

 君はまるで神さまだね!

 僕の女神さまだね!」


 トマスは背後から伸びているパイパイ・アスラの伸ばす触手を両手で抱えたまま、感極まったように叫ぶ。

 僕の、女神さま、トマスは繰り返す。

 そうよ、私は貴方の女神さま、パイパイ・アスラも応える。


「あの人たちは死んでしまったの?」


 トマスは広間中央に転がる圧死したと思われる死体を見る。


『うん、私がここに召喚されたとき、潰してしまったみたい。

 わざとじゃないのよ?』


 少女、パイパイ・アスラのインターフェースは上目遣いにトマスを見つめる。


「判っている。

 判っているよ。

 僕の傷を治すのに精一杯だったんだよね?

 よくこの傷を治せたね?

 有難う。

 本当に有難う」


 トマスは胸の傷を手で()でる。


『うん、傷は……、治せるわ。

 でも……』


 パイパイ・アスラはそこまで言って躊躇(ためら)うように口籠(くちごも)る。

 そして気を取り直したように続ける。


『でも、死んじゃったら治せないんだから。

 私は貴方の女神だけれど、死者を復活させるほどの力はないわ。

 だからトマス、死んだら駄目よ。

 私は未亡人になんかなりたくないんだから』


 パイパイ・アスラのインターフェースは微笑む。

 トマスの後ろから沢山の触手が伸びてトマスを優しく包む。


「うん、今回は危なかった。

 君が来てくれなかったらやばかったよ。

 うん、僕は死なないよ。

 大好きなお嫁さんを残して死んだりしないよ!」


 トマスはパイパイ・アスラの触手を両手で抱きしめながら朗らかに宣言する。

 うん、うん、パイパイ・アスラのインターフェースは(うれ)しそうに相槌(あいづち)をうつ。


「あの人たちを(とむら)いたいんだ」


 トマスは死者たちを手で指し示す。


『うん、そうね。

 埋葬しましょう』


 トマスの背後から太い触手が伸びてゆき、三つの死体を抱きかかえる。

 死体を引き込むように広間の出入り口の中に触手は消える。

 トマスは蹌踉(よろ)めきながら触手の消えた通路を歩く。

 インターフェースはトマスの腰を抱きかかえるように伴う。


 トマスとパイパイ・アスラのインターフェースは外に出る。

 外には大きなシャイガ・メールが居る。

 途方もなく大きな芋虫のようなクリーチャー。

 その手前に山がある。

 死体を三つ抱きかかえる、触手のある土塊(つちくれ)のような大きなおおきな山。

 それがパイパイ・アスラだ。


「パイ、君は素敵だ。

 とっても綺麗(きれい)だよ」


 トマスはパイパイ・アスラの全身を初めて見る。

 トマスはその神々(こうごう)しい姿を綺麗(きれい)だと思った。

 美しいと思った。


『トマス、恥ずかしいわ』


 パイパイ・アスラから触手が伸びてトマスを抱く。

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