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黒灰色(こっかいしょく)の魔女と時の魔女  作者: 九曜双葉
第四章 第一話 お嫁に来てくれるよね ~Don't You Come Here as My Bride?~
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第四章第一話(一)僕は君を見つけた

(ここはどこだろう?)


 トマスは見知らぬ光景を見渡す。

 青い空が広がる。

 そして眼下には緑の、黄緑の、または枯れ草色の草原そうげんが広がる。

 機嫌良さげに揺れながら視界は動いてゆく。

 動いてはいるが風景が変わるわけではない。

 空ははるか遠く青から水色にそして乳白色に色を変え地平線まで続き、草原そうげんもまた同じ広さで地平線まで続いてゆく。

 地平線は三百六十度、景色は見渡すかぎり同じように続く。


 トマスは心地よい揺れに身を任せる。

 視界には高さがある。

 ここはシャイガ・メールの背の上だろうか?

 トマスは非現実的な体験を楽しむ。


 ――ビュゥゥ……、ゴゥゥ……


 風の音が聞こえる。

 心地よい音だ。

 風が吹いている。

 青白く大きな太陽の光をうける広大な草原そうげんに風は吹き抜ける。

 草原そうげんは風を受け、様々な風紋を浮きださせる。

 今のトマスには身体感覚は無い。

 ただ心地よいのだろうな、ということは判る。

 これは夢だ。

 夢の中の光景だ。

 トマスは夢の中で夢であることを自覚する。


(ここは地球ではない)


 トマスはこの光景が非現実的であることを理解する。

 少なくとも地球上ではありえないことを認識している。

 しかし一方では夢としては生々し過ぎる現実感があることを実感している。


(僕は見つけたのだろうか?)


 トマスは高揚する気持ちを抑えるべく、深呼吸をする。

 そして風景を眺める。

 すべてを漏らさず記憶するように。


(いつまでもここに居たい)


 トマスは安らいだ気分で夢に身を任せる。

 シャイガ・メールの背の上に横たわり、頬杖ほおづえをついて草原そうげんの風景を眺める自分を想像する。

 それだけで太陽のぬくもり、風のそよぎが体感へと変わる。


(夢の中でなら僕は万能だ)


 やっと見つけたかもしれないここを少しでも体感するべくトマスは願う。


 ――ビュゥゥ……、ゴォゥゥ……


 風の音が実感として聞こえる。

 太陽の恵みを受けて火照ほてった体を、草原そうげんの風が優しくでてゆく。

 そう体感する。


(ああ、予想通りだ。

 心地よい)


 風が吹いている。

 空には小さく朱色に輝くもう一つの太陽がある。

 大きくまぶしく青白く輝く太陽と、小さき朱色の太陽の光を浴びる。

 やや暑い。

 二つの太陽の恵みを受けて草原そうげん草々(くさぐさ)は穏やかに揺れる。

 草原そうげんに吹く風が心地よい。

 風の音が心地よい。


(青と朱色の連星系、青い恒星の生命居住可能領域ハビタブルゾーンにある惑星、僕はそこに居る)


 トマスは二つの太陽を見る。

 青白き太陽は光量が多すぎてまともに見ることができない。

 朱色の太陽は大きな青白い太陽の元にあっても確かな存在として空に浮かぶ。

 トマスは二つの太陽を数十光年離れた場所で見た状況を想像する。


(遠くで見ても、この連星はとても綺麗きれいなんだろうな)


 視界は心地よい振動と共に動く。

 かなり早い速度だ。

 トマスは進行方向に意識を向ける。

 草原そうげんに何か模様が描かれている。

 巨大な模様だ。

 巨大な模様は茶色く変色した草が帯のようになって線を描いている。

 大きすぎてトマスには模様の全貌は把握できない。

 トマスの視界はその茶色い草の帯を浅い角度で横切る。

 特に変化は無い。

 二つの太陽は照りつけ、草原そうげんは風紋を描き、空は青い。


 ――ラララ……、ラララ……


 風の音の中に別の音が混じる。

 かすかな音だ。

 トマスは最初、風が奏でる音であると思った。

 自然が作ったリードに風が吹き抜ける、その時に発生する音階を持った音。

 そういったたぐいの音であると思った。

 夢の中のノイズ、心地よいノイズだと思った。

 しかしトマスはその音があまりにも心地よかったので、ノイズに意識を合わせる。


『ラララ……、ラララ……』


 パチンというラジオのチューニングが突然合ったときのように激しい音量差で、その音は聞こえた。

 トマスにはその音は、少女が歌う歌声に聞こえた。


『ラララ……、ラララ……、ラララララ……』


 その歌声は確かなハミングとして軽やかに草原そうげんひびき渡る。


(これは草原そうげんの歌だ)


 歌は無邪気に、機嫌良さげに歌い上げられる。


(ああ、僕は見つけたんだ!)


 トマスは心の中で叫ぶ。

 歌が止む。

 しばらく沈黙が訪れる。

 風の音だけが聞こえる。


『見つけたって何を?』


 少女の声がトマスの頭のなかに聞こえる。


(ああ!

 なんてこと!

 そう、僕は君を見つけたんだ!)


 トマスは声の主に向かって叫ぶ。


『あなたが私を見つけたの?

 あなたはだあれ?』


 少女の声は穏やかに、軽やかにトマスに問いかける。


(僕はトマス!

 トマス・シャルマ!

 僕は君に会うために生まれてきたんだ!

 君の名前を教えて!

 君のことを教えておくれ!)


 トマスは興奮気味に思いを告げる。


『私?

 私は……、そう、私はパイ、パイパイ・アスラ。

 あはは、私、誰かに名乗るの、初めてかもしれない』


 トマスの興奮とは裏腹に、パイパイ・アスラと名乗る少女はゆっくり、穏やかに、楽しげに応える。


(パイパイ・アスラ!

 素敵な名前だ!

 パイっていうんだね!

 ああ、パイ!

 有難う!

 僕は君をみつけた!

 僕は君が好きです!

 僕は君を愛しています!)


 トマスは思いの丈を振り絞る。

 僕は君に会うためだけに生まれてきたんだ!


『まあ!

 今日はなんて日なのかしら?

 賢者様が描いたこの魔法陣の中、不思議なことが起こるとは言われていたけれど、本当に不思議なことが起こるなんて!』


 パイパイ・アスラはややおどろいたような、そしてそれを楽しむような、そんな口調でつぶやく。


(パイ!

 君のことを教えて!

 僕は君の事が知りたいんだ!)


『ええ、そうね、トマス。

 私もあなたの事が知りたいわ』


 少年は少女に出会う。

 本来出会えるはずのない二人であった。

 トマスは夢の中でパイパイ・アスラを見つけた。

 遠いとおい連星系の惑星にいるパイパイ・アスラに出逢であった。


 パイパイ・アスラもまたトマス・シャルマを確かな存在として認識する。

 夢の中の夢、シャイガ・メールの仲介する思念のかすかなつながりを辿たどり、二人は二百光年の距離を超えて邂逅かいこうする。

 それは奇跡。

 紛れもなき奇跡であった。

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