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黒灰色(こっかいしょく)の魔女と時の魔女  作者: 九曜双葉
第三章 最終話 白き都市の王と外からの神 ~The King of the Leucopolis and the Outer-God~
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第三章最終話(十四)求愛者

「いい加減、観念したらどうかね?」


 長身の女、ナブーと名乗る女はジュニアの耳元で言う。

 ナブーはジュニアの後ろから両脇をジュニアの肩の上に乗せ、腕をジュニアの前で交差させるように抱いている。


「うーん、この状況を貴方は予想していたというのですか?」


 ジュニアは信じられないといった面持ちでナブーに問う。

 あの巨大な緑色の蜥蜴とかげが本来のサルナトの災厄なのか?

 しかし今ジュニアの障害になっているのはマシンゴーレムと自動修復機能を持った攻勢障壁だ。

 この二つはジュニア自身が用意したものであり、正にジュニア自身が災厄ということになる。

 しかし今の状況は作ろうと思って作れる状況とはとても思えない。


 マシンゴーレムの暴走とそれによるジュニアのロボットたちの一掃。

 自動修復攻勢障壁による外部との遮断。

 サルナトの街の孤立、ジュニアの行動不能へのおちいり。

 このような状況はジュニアの手の内を熟知していないと企図しようがない。


 巨大な蜥蜴とかげのクリーチャーは別にジュニアに執着しているようには見えない。

 むしろマシンゴーレムから攻撃されるのをめんどうくさそうに応戦しているだけのように見える。

 ジュニアに執着しているのは一体のマシンゴーレムだ。

 執拗しつようにジュニアの居る尖塔せんとうに登ろうとし、自動修復攻勢障壁に手痛く阻まれているように見える。

 サビはこのマシンゴーレムにどのような指令を出したのか?

 ジュニアは首をひねる。

 ひねった先にナブーの身長の割には小さな、形の良い頭が見える。

 その横顔は怪しくも美しい微笑みをたたえながら窓の外の状況を眺めている。


「予想したのではない。

 私は預言したのだ。

 お前は千年の時間をほんの数日に早めた。

 サルナトの災厄はお前自身のもの」


 ナブーは優し気な表情でジュニアの問いに応える。


「そこには貴女の企図は一切含まれないと?」


 ジュニアは核心を訊いてみる。

 ナブーは横目でジュニアを見る。

 その目は笑っている。


「企図が一切無いなどと誰が言った?

 だからね、私はお前を手に入れたいのだよ。

 お前の信頼を得たいのだ。

 私はお前の預言者、私はお前の観察者、そして私はお前の助言者。

 私がここに居るのはお前への求愛のため。

 それが私の企図。

 企図は大いに含まれる」


 ナブーはジュニアの耳元でささやく。

 ジュニアにはナブーの本心がつかめない。

 ナブーはすべてのシナリオを描いていると告げているようにも聞こえる。

 全く関与していないと言っているようにも聞こえる。

 ただ、この蕃神ばんしんの化身たるナブーが直接ジュニアに危害を加える積りがないことは読み取れる。

 この蕃神ばんしんがジュニアを破滅させるとしたら、何かもっと大掛かりな、回りくどい方法で行うのだろう。

 ちょうど今ジュニアがはまっているこの状況のような方法で。


「私はうれいているのだよ。

 人間が減り過ぎてしまったことに」


 ナブーは続ける。


「夢幻郷でも現実世界でも人間は減りすぎてしまった。

 私はそれが寂しい。

 私はこの夢幻郷で人間たちを育む母になってやっても良い。

 お前がこの夢幻郷で人間たちを導く父になるのなら。

 さすればこのムナールは再び五千万の人間をいだく大ポリスとなるであろう」


 ナブーはそう言ってほおをジュニアのほおに寄せる。


「夢幻郷に入れ物ができたとしても、現実世界の人間が増えなければ夢幻郷の人口は増えないのでは?

 現実世界の地球は資源が枯渇しています。

 地球にはそんなに多くの人間を養うだけの余力がない」


「私はそんなに短気ではない。

 すぐに数が増えなくても構わない。

 長い時間をかけて愛を育くめば良いのだ。

 それに別に地球にこだわる必要もないだろう?」


 ナブーは密着したほおを擦り動かす。


「――!」


 この蕃神ばんしんは人間を管理して増やすという。

 しかも地球外への開拓も視野に入れるという。

 その壮大なスケールにジュニアは心動かされる。


 マクロに見ればこの蕃神ばんしんは人間の敵ではないのだろう。

 恐らくは共存共栄の関係にある。

 しかし肌で感じるこの禍々(まがまが)しさは何なのだろうか?


 ――私が見るに、夢幻郷は『蕃神ばんしん』の人間牧場よ


 ジュニアはラビナの言葉を忘れてはいない。

 ラビナは夢幻郷のエキスパートだ。

 多分ラビナの皮膚感覚は正しい。

 蕃神ばんしんは人間の数を増やすことを望んでいる。

 ラビナが予想したとおり。

 しかしそれは人間のためでは決してない。

 ジュニアは理屈ではなく肌でそう感じる。

 もっと禍々(まがまが)しい目的のためだ。


「求愛頂いて有り難いのですが、俺は未だこの状況に絶望していません」


 ジュニアはナブーの顔を見て言う。

 ナブーは目をまん丸に見開きジュニアを見る。


「つれないことを言わないで欲しい。

 地球猫の支援か?

 お前のゴーレムや城壁が地球猫を傷付けることになるぞ?

 それはお前の望むところではあるまい」


 ナブーはむしろ心配するようにささやく。

 ナブーはマシンゴーレムと自動修復攻勢障壁がサルナトの災厄であることを正しく理解している。

 ナブーは広場の対角にある監視塔の屋上を見る。

 ジュニアも同じものを見ている。

 黒い影が監視塔の上を動き、その影は真直ぐジュニアの居る尖塔せんとうの窓を目指す。

 窓は一瞬で攻勢防壁により覆い隠される。


 ――ドカン!


 窓を覆っていた攻勢障壁が爆発する。

 ボロリと穴が開く。


「ジュニア!

 ガストの持っていたメッセージは了解したにゃ!

 スーン・ハーの神には手出ししたらダメにゃ!

 サビを起こしてゴーレムを止めるにゃ!」


 穴から少女の声が聞こえてくる。

 地球猫のミケの声だ。

 再び、ドカン! ドカン! と激しい音が響いた後、静かになる。

 サラサラという音とともに窓の覆いが消えて無くなり、元の何もない窓に戻る。

 遠く広場の反対側にある監視塔の上に幾つかの人影が見える。

 小さな人影はミケであろう。

 ミケは無事だ。

 ジュニアは安堵あんどする。

 ミケよりやや大きな人影とそれより更に大きな人影が二つ。

 最初はラビナとテオかとジュニアは思う。

 しかし違う。

 ラビナではない。

 あれはソニアだ。

 ジュニアはどんなに離れていてもソニアを見間違えることはない。


「大丈夫ですよ。

 地球猫たちは賢く分別がある。

 ゴーレムにも城壁にも、そしてあの緑色の神様にも触らない。

 そのうえで俺らはこの状況を打破できるはずです」


 ジュニアは確信を持ってナブーに言う。

 監視塔の上からミケと思われる人影が消える。


「もしそうならば、残念なことだ。

 私はお前に私を頼って欲しい。

 私はお前の力になりたいのだよ」


 ナブーは少し寂しそうにつぶやく。

 ジュニアが何かを言いかけたとき、遠くからリュートの音が聞こえる。

 美しい旋律だ。

 大きな人影の一人はテオだ。

 ジュニアは、なぜソニアとテオが一緒にいるのか、と疑問に思う。

 その疑問を蹴散らすように窓の外、空の上に異変が起きる。


 ――パラララ


 まるで銀のナイフで切り裂くように銀色に輝く線が天空に引かれる。

 その線は六十度に折れ曲がり、暫く伸びた後に再度六十度に折れ曲がる。

 出来上がった図形は銀色に輝く大きな正三角形である。


「あああ……、なんてことだ」


 ナブーは空中を見上げ声を上げる。

 ジュニアは慌てたようなナブーの声に逆に驚く。

 空に浮かぶ図形は線を増やし六芒星ろくぼうせいを形作る。


「ああ……、これはあやつのゲート……、何で今なんだ……」


 ナブーは信じられないというように声をあげる。

 ジュニアはナブーの横顔をちらりと見る。

 美しい顔に目を見開き、口をポカンとあけている。

 ジュニアは初めてナブーを可愛いかもしれないと思う。

 空中に浮かぶ六芒星ろくぼうせいは周囲にジュニアが初めて見る文字で修飾されてゆき、全体がまばゆく銀色に輝きだす。

 六芒星ろくぼうせい六芒星ろくぼうせいではなくなり、大きな空中に浮かぶ丸いゲートとなり顕現けんげんする。


 ――ギィヤァァァァァ


 激しい、おぞましい音が聞こえる。

 そしてその音と共に笛の音が聞こえる。

 巨大な何かが広場の上の空に浮かぶ銀色のゲートから垂れ下がるように降りてくる。

 それは巨大な芋虫のように見えた。

 しかしその巨大な芋虫には昆虫の、甲殻類の、そういった生物を連想させる大小様々な脚がおびただしい数、付いている。

 そしてそれぞれが意思を持っているかのように無秩序に動く。

 その数多あまたある脚の最前列に、二つの人影が見える。

 それは節足動物のような脚に腰かける黒灰色の、不思議な髪の色の少女と、まぶしい金色に輝く髪の少女であった。

 黒灰色の髪の少女は巨大な芋虫のクリーチャーの脚に腰かけてフルートを奏でている。

 金色の髪の少女はそのかたわらに立ち、あでやかに笑っている。

 芋虫のクリーチャーは、マシンゴーレムよりも、蜥蜴とかげのクリーチャーよりもはるかに巨大だ。


 巨大な芋虫のクリーチャーは広場の対角にある監視塔の脇を滑るように降りてきて、頭の部分を広場の地面に擦り付けるように着地する。

 そしてそこに居たマシンゴーレムの一体をその大きな図体ですり潰す。

 後続する太くて長い胴体は、広場に続く幅の広い目抜き通りに沿って落下する。

 緑の蜥蜴とかげのクリーチャーは緩慢な動きで芋虫のクリーチャーの落下地点から退避する。

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