第三章最終話(十三)塔の上で
「凄いことになっているのにゃ」
ミケは呟く。
壊れた筏のことではない。
反対側にある大きな穴の開いた広場、そしてその向こう側の大きな白い寺院のことだ。
「幻想的だね。
あれがスーン・ハーの神?」
テオは嬉しそうに眼下の惨状を見る。
テオは袋からリュートを取り出し、ミュートされた音で奏で始める。
スーン・ハーの神をテーマにした曲が浮かんだようだ。
「ジュニアを見つけたにゃ」
言うが早いかミケは消える。
そして白い寺院の両側に聳える二つの尖塔の、向かって左側に跳ぶ。
ソニアの目にも尖塔の頂上付近の窓に人物らしき陰があるのが見える。
しかしその窓は瞬く間に石で覆い尽くされ、そして爆ぜる。
爆発は数回続く。
数舜の後、一筋の線が尖塔の窓からソニアの下に伸びる。
消えたときと同じように突然にミケが戻る。
「尖塔の中に入れないのにゃ。
まるで尖塔がジュニアを守っているようなのにゃ」
ミケは淡々と状況を説明する。
「尖塔の防御システムもジュニアが作ったものではないの?
ジュニア、何か大失敗をしたんじゃない?」
ソニアはミケに言う。
「そうかもしれにゃい。
あのゴーレムも多分ジュニアがサビに託したものにゃ。
多分サビが眠らされているから命令の更新ができなくて暴れ続けているのにゃ」
ミケは淡々と状況を分析する。
「凄い嵌りかたね。
普通の人にはこんな嵌りかたは無理よ。
さすがと言うか阿呆というか……。
あの緑色の蜥蜴みたいなのは何かしら?」
「スーン・ハーの神様だと言っていたにゃ。
ジュニアがムナールの湖を浄化したので神様の怒りに触れたそうにゃ」
「全部ジュニアの自業自得というわけ?」
ソニアは呆れたように言う。
「そうなのかもしれにゃいのにゃ。
でもそれは一面的なものの見方にゃ。
愛なき言葉にゃ。
私たちの誰一人としてこの展開は見えていなかったのにゃ。
ただジュニアは凄すぎて、本来千年後に起こるはずだったことを一週間で起こしてしまっただけのことだと思うのにゃ」
ミケはソニアを宥めるように言う。
アルンは地球猫のことを頭が悪いと言っていた。
しかしソニアには、隣に立つ地球猫の少女の頭が悪いようには思えない。
「全貌は判らないけれど、状況は大体判ったのにゃ。
私は仲間を集める。
そしてサビを起こしてゴーレムを止めさせることにするのにゃ」
ミケは宣言する。
「貴女たちはどうするにゃ?」
ミケはソニアぬ向かい、訊く。
「その前に一つ教えてちょうだい。
今日、夢幻郷に外からのゲートが開いたことがあるかしら?」
今日? とミケは首を傾けてソニアを見る。
そう、今日のこと、とソニアは繰り返す。
「にゃはは、私たちはナイ・マイカで飲んだくれたあと、イラーネクの邑に行っていたから判らないのにゃ。
あ、飲んだくれていたのは内緒にゃ」
ミケは右目を瞑り右手人差し指を唇の前に立てる。
「でもそんなことがあれば大騒ぎになっているはずだから、多分無いんじゃないのかにゃあ?」
「有難う。
私はここでジュニアを助ける方法を考えるよ。
アルンは?」
ソニアは宣言し、アルンに次の行動を問う。
アルンは、俺もここに残るよ、とくしゃみをしながら応える。
「私にも一つ教えてください。
兄が、地下鼠のフリントが仲間とともに居たと思います。
無事ですか?」
パールはラビナの前に進み、ミケに訊く。
「フリントの妹にゃ?
フリントは今どこに居るかは判らないのにゃ。
でもマロンはサビの所に居るらしいから、多分フリントはマロンを探しに行ったんじゃあないのかにゃあ?
あの二人、番だと思うのにゃ」
「ええ、そうです。
マロンはフリントの妻です。
サビさんのところに行くのなら私も連れていって下さい」
「ええ?
パール、地球猫に食べられてしまうよ!」
パールの言葉にシメントは驚く。
「食べたりしないのにゃ。
サルナトにはサルナトの王の決めた法律があるのにゃ」
――サルナトでは、人間、地球猫、地下鼠、それに言葉の解るガストは仲良くサルナトの進歩発展に協力しあわなければならない――
ミケは歌うように法律の全文を暗唱する。
そして、そもそも地球猫は地下鼠を食べたりしないのにゃ、と笑う。
「この騒ぎが終わったのち、多分ジュニアはこの法律にスーン・ハーを付け加えると思うのにゃ」
ミケは、だから早くこの騒ぎを終わらせるのにゃ、と笑う。
「シメント、貴方はおじいさまに言われたとおり、ソニアと行動を共にして!
ソニアを守って、情報を仲間に伝えるのです!」
パールはミケの肩に跳び乗りながら叫ぶ。
ミケはテオを見上げる。
テオは広場の光景を嬉しそうに見つめながら、リュートで作曲を行っているようだ。
そんなテオをミケは愛おしそうに見つめる。
「それじゃ行くのにゃ」
ミケは、言うが早いか、音もなく消える。
パールとともに。
「とりあえずジュニアは未だ生きている。
うん、未だ生きている」
ソニアは呟く。
アルンは、そうだな、と応える。
アルンのくしゃみはやっと止まったようだ。
ソニアは、よかった、と呟く。
しかしソニアの表情は晴れない。
「ねぇアルン。
アムリタたちはどこに居るんだろう?
夢幻郷へのゲートは開いたんだよね?」
ソニアは寂しそうにアルンに訊く。
シメントは心配そうにソニアを見上げる。
「いや、未だ開いていないんじゃ無いか?」
アルンは言う。
「え?
どういうこと?」
ソニアはアルンに訊き返す。
「アムリタは芋虫の化物の世界に行くと言ったんだろう?
そして夢幻郷で会おうと言ったわけだ?
それで未だ会えていないのなら未だ化物の世界に居るんじゃないか?」
「未だ夢幻郷に来れていない可能性がある?」
「ああ。
夢幻郷へのゲートはそんなに簡単には開かない。
開いたとしてもこの広大な夢幻郷のどこ開くかは判ったものではない。
アムリタが夢幻郷で会おうと言ったのなら、アムリタたちがお前と会うために移動できる範囲内にゲートが開くことになる。
巨大な化物が潜れるほどのゲートだ、数キロ離れていても判るだろう。
でも未だそんな兆候は無いわけだ。
ならこれからゲートが開くんだろうよ」
アルンはそう言い、両手剣で監視塔の屋上の床に図形を刻んでゆく。
そして背負袋から小袋を取り出し、小袋の中の銀色の砂で線を埋めてゆく。
監視塔の頂上の床に一メートル程度の銀色の六芒星が描かれる。
そしてアルンはなにやら詠唱を行う。
テオのリュートの音が大きなものとなる。
美しい旋律が周囲に響き渡る。




