第三章最終話(九)我が名に於(お)いて命ず
「良いのですか、あなたたち。
サルナトの王だけでなく、地球猫と地下鼠すべてを敵に回すことになりますよ!」
マロンは亜人たちに警告する。
「信じてくれないかも知れないが、俺らはお前たちのためにやっているんだぞ?」
亜人の男が忌々しそうに応える。
「マロン、あれを見るのにゃ」
サビは弱々しい口調で呟く。
マロンはサビの視線の先を見る。
洞窟、横穴の先の開けた先に何かが居る。
しかし今のマロンの場所からはよく見えない。
ましてや地下鼠は視力があまり良くない。
マロンは洞窟の先に向かって跳ぶ。
亜人たちはマロンの動きに付いていけない。
マロンは洞窟の開けた場所に立ち、見上げる。
そこには暗闇の中、大きなおおきな、巨大と言って良い蜥蜴に似たクリーチャーが床に伏せるようにして佇んでいる。
「――!」
マロンは叫び声を上げそうになるのを必至で堪える。
大きな蜥蜴の下に、幾人かの緑色の顔をした亜人たちが祈りを捧げているように見える。
その儀式は禍々しく続く。
「地下鼠に儀式を見られたぞ!」
マロンの背後から亜人の声が聞こえる。
儀式を行っていた亜人たちがマロンの立つ洞窟の色口を一斉に振り向く。
大きな蜥蜴のクリーチャーも閉じていた目を開く。
マロンは蜥蜴のクリーチャーの目を見てしまう。
マロンは再び洞窟の中に跳び、サビの囚われている鉄の鳥籠の上に乗る。
「サビ、大きな蜥蜴の化け物です。
亜人たちが祈りを捧げています」
マロンは早口でサビに言う。
サビは相変わらず恍惚とした表情、瞳孔が開ききって金色に光る目で上を見続ける。
そして緩慢にポケットの中に手を入れ、丸い卵のようなものを取り出し、口の前に運ぶ。
「起動パスワード入力なのにゃ」
サビは小声で囁くように呟く。
――コギト・エルゴ・スム
卵はブーンという音を発する。
「我名はサビ、我は汝の主、汝に意思を与えるものにゃ。
サビの名に於いて命じるのにゃ。
その一つ、ジャック・フライヤー・ジュニアを護るのにゃ。
優先順位は最高にゃ。
二つ、あの蜥蜴の化物を駆逐するのにゃ。
優先順位は第二にゃ。
期間制限なし、行動制限はサルナトの城壁の中、身長制限は城壁までなのにゃ」
サビの言葉に呼応するように、卵は振動する。
サビは鉄の鳥籠の上に乗るマロンに向けて卵を差し出す。
「マロン、頼みがあるのにゃ。
この卵を上に居るロボットたちに預けて欲しいのにゃ」
「判りました。
すぐ戻ります。
待っていて下さい」
マロンは卵を受け取り、消える。
「地下鼠の女、ちょっと待て!
俺らの話を聞け!」
亜人たちはマロンに向かって言うが、マロンの動きが早すぎて全くついていけない。
「駄目なのにゃ。
立っていられないのにゃ。
私、殺されてしまうのかにゃー?」
サビは鉄の鳥籠の中に蹲る。
そして動きを止める。
マロンは横穴の縁から竪穴を見上げる。
上には溶接の火が激しく明滅し、槌音激しく、ロボットたちが螺旋状に簡易的な階段を建造している。
随分と延伸してきてはいる。
しかしマロンの遥か頭上から伸びる簡易階段は右回りに伸びてマロンの右斜め上で途切れている。
ここまで到達するには今暫くの時間が必要だ。
マロンは壁に左手を伸ばす。
そして所々突き出す岩伝いに跳びながら登る。
マロンは数十メートルを駆け上がり、簡易階段の下に辿り着く。
マロンは手摺沿いに簡易階段の上に這い登る。
簡易階段の上には多くのロボットたちが作業を行っている。
ロボットたちはマロンに近づいてこようとする。
しかしマロンが右手に抱えている卵を認識すると、蜘蛛の子を散らすように一斉にマロンから距離を取ろうとする。
「え?
え?
ちょっと待って」
マロンは階段を登りながらロボットたちを追う。
そして一体のロボットの上に乗り、はいこれ、お願いします、と言ってロボットの頭上に置く。
卵から牙のようなものが生え、ロボットの中に突き刺さる。
続いて、卵から小さな四肢が生える。
四肢が生えた卵は光を放つ工具を手にして、自らを二つに分ける。
二つに分かたれたそれぞれの体はお互いにより修復されてゆき、二体となる。
その次は二体がそれぞれ四体に分離し、数を増やしながらサイズを小さくしてゆく。
ある程度数が増えてゆくと無数の金属光沢の有る触手のようなものが伸びる。
そして嫌がるロボットの中に触手を伸ばしてゆく。
ロボットは動きを止める。
卵は分解し再結成して大きくなる。
そして再度分解し、更に大きなものとなる。
そのたびにロボットは原型を失なってゆく。
マロンには何が起きているのかわからない。
かつてロボットだったものは不定形の機械の塊に形を変えられている。
そしてその機械の塊から、逃げてゆくロボットの群れに向かって何かが打ち出される。
逃げゆくロボットの何体かが動きを止める。
動きを止めたロボットたちは最初のロボットと同様に機械の塊に姿を変えられてゆく。
機械の塊たちは簡易階段を上へ上へと移動しながら互いに集合し、より大きな機械の塊に姿を変え、そのサイズを増やしてゆく。
「なにこれ?」
マロンは驚愕する。
阿鼻叫喚の地獄絵図のようだ。
味方だと思っていたロボットたちは捕食され、良く判らないものに姿を変えられてゆく。
機械の塊はそれぞれ機能を担っているようだ。
周囲に散って機械の塊を集めるもの。
集められたなにかを組んでゆくもの。
みるみるうちに簡易階段の上になにかが作り上げられてゆく。
それは金属と岩でできた胎児のように見える。
機械の塊でできた胎児は簡易階段を這い上がる。
そして形状を変えてゆく。
今や高さは二メートル程度、シルエットは少女のように見える。
形状に多少の違いはあるものの、蟻の巣でジャックが披露したマシンゴーレムが完成しつつある。
マシンゴーレムは簡易階段を駆け上る。
登るにつれて周囲のロボットを捕食して大きくなる。
今や簡易階段はマシンゴーレムの重量を支えられなくなってきているようだ。
軽金属の踏み板は拉げ、簡易階段を支持している金属のステーは壁からもげそうになる。
そんな簡易階段の惨状を全く意に介すること無くマシンゴーレムは簡易階段を駆け上がる。
――ゴウウゥ
轟音を発してマシンゴーレムの周囲の簡易階段が崩壊し落下する。
マシンゴーレムは右手指を壁に突き入れて落下を免れている。
そして何事もなかったか如く、両腕と指先で壁を攀じ登り始める。
登っている最中でも、頭上の簡易階段から機械の塊がマシンゴーレムに向けて垂れ下がってくる。
それらを取り込むことによりマシンゴーレムのサイズは大きなものになってゆく。
もはや簡易階段上に動くロボットは視認できない。
ただかつてロボットであった機械の塊が分断された簡易階段の上に回収されずに置き去られているように見える。
マシンゴーレムは止まること無く攀じ登り続け、天井を打ち破る。
激しく岩石や土砂が竪穴に落ちてゆく。
マロンは横穴の一つに身を隠し、落下物から身を守る。
マシンゴーレムは天井を抜け、更に上に向かって進み、マロンからは見えなくなる。
頭上の音は激しく響くもののやがて遠くになってゆく。
マロンは今起こったことが理解できなかった。
サビは何を自分に渡したのだろうか?
破壊の化物としか見えない人形の機械の巨人。
マロンは呆然と天井を見上げる。
マロンは判断が付かずにいる。
上に登り、ジュニアやフリントに報告するか、それともサビの所に戻り、彼女を見守るか。
マロンが逡巡している間に、再度天井から激しい崩落が始まる。
ひぃ、マロンは再び横穴に身を隠す。
大きなマシンゴーレムが今度は天井から下に向けて壁伝いに降りてくる。
大きさは既に二十メートルを超える高さになっている。
上からは絶え間なく機械の塊がマシンゴーレムの上に垂れ下がってゆき、下るたびにマシンゴーレムは大きくなってゆく。
動きを止めていた簡易階段上の機械の塊たちも再びマシンゴーレムのほうに集まりだす。
マシンゴーレムはゆっくりとした、しかし確かな動きで竪穴を下ってゆく。
マロンはサビの言葉を思い出す。
――その一つ、ジャック・フライヤー・ジュニアを護るのにゃ
――二つ、あの蜥蜴の化物を駆逐するのにゃ
上でマシンゴーレムは二体に分離した?
そしてこのマシンゴーレムはサビの二つ目の命令を遂行するべく、サビの囚われている横穴に戻ろうとしている?
マロンはそう推測する。
マロンはすぐ横を通過するマシンゴーレムの頭に跳び移る。
マシンゴーレムの頭はマロンを護るように凹み、サビの居場所を作る。
マロンはできた頭の壁に掴まる。
マシンゴーレムは降り続ける。




