第三章最終話(八)地下迷宮
「迷路のようにゃ」
暗い通路の中、サビの目は金色に光って見える。
「『迷路のよう』では無くて真に迷路ですね」
地下鼠の女性、マロンがサビの後を歩きながらサビに応える。
マロンの目は赤く光る。
サビとマロンは二人、サルナトの地下を探索している。
マロンは茶色い紙に地下の通路をマッピングしている。
周囲には極僅かな灯りが周囲を照らす。
小型のロボットたちが照らしている灯りだ。
ロボットたちはサビとマロンを助けるために付き従っている。
ロボットは強い光を発することもできる。
しかしそうすると稼働時間が短くなってしまう。
なので最低限の光だけを発するようにしている。
人間ならば暗闇と感じるだろう。
しかしそれで問題はない。
サビもマロンも人間ではないからだ。
彼女たちは極僅かな光でも見える目を持っている。
「この地下はなんの為に作られたのにゃ?」
サビは問う。
「色々な目的があるみたいですね。
一つは湖の氾濫の際の遊水池としての機能、飲用水路、下水道、避難通路、墓地なんかもあるようです」
マロンは茶色い紙をペラペラと捲る。
サビは、凄いのにゃ、広いのにゃ、と感心するように呟く。
「まあ、今は使われていないのですけれどね」
ジュニアが作ったインフラは現状ではすべて地上にある。
上下水道も浄化設備も新設されたものだ。
「なんか不気味なのにゃ」
サビは周囲を見渡しながら言う。
ロボットたちはサビたちが進む都度、周囲を整理し、危険を取り除いてゆく。
そして通路の床、壁、天井を補修してゆく。
「そうですか?
私はもともと地下の住人、地上より落ち着きますが……」
マロンは穏やかな口調で応える。
サビは、私はお日様の下で日向ぼっこをしているのが落ち着くのにゃ、と返す。
サビとマロンはT字路に行き着く。
壁は土が見え、崩れそうになっている。
「左に行くとサルナトの街から外れます。
湖のほうに向かうようですね。
右はサルナトの街中の直下になります。
空気の流れがあります」
マロンは右の道を向きながら言う。
サビとマロンは右の道を進む。
ロボットたちは通路を補修してゆく。
程なく道は突き当たる。
「この人孔から空気が流れてくるようですね」
マロンの指差す床には五十センチほどの金属の蓋があり、その欠けた隙間から風が吹き上げてきている。
サビは、うんしょ、と言いながら人孔の蓋を持ち上げる。
人孔から強風が吹き、サビの服や髪の毛を巻き上げる。
サビはスモッグに似た服の裾を股のあたりで押さえる。
マロンはサビの後ろに廻り、サビの服に掴まる。
ロボットたちはよろめきそうになるのを必至に堪える。
サビは人孔の中を覗き込む。
「中は凄く広い空洞になっているようなのにゃ。
空洞というより巨大な縦穴なのかにゃ?
深いにゃ。
金属の梯子があって降りられそうにゃ」
サビはマロンに向かって、降りるかにゃ? と問う。
「私の体重では吹き飛ばされてしまいますね。
サビ、貴女に掴まってます」
マロンはサビの首にしがみ付く。
サビは人孔の中の梯子を降りる。
分厚い床を抜けると、広大な空間に出る。
直径百メートルはあろうかという大きな円形の縦穴だ。
空間に入り、暫く降りると吹き上げる風は感じられなくなる。
人孔付近ではロボットたちが蠢いている。
灯りを照らす者、壁に沿って階段を建設する者、皆慌ててサビたちのサポートに苦心しているようだ。
壁にステーを打ち付ける音が響き、溶接の火が激しく瞬く。
見る間に、円形の壁にジグザグの斜めの階段がかかり、サビの下まで伸びる。
サビは新しく伸びる階段に体重を移す。
「助かるのにゃ。
この先も降りてゆくのにゃ」
サビはロボットたちに指示をだす。
ロボットたちは円形の壁に時計回りに螺旋を描くように階段を伸ばしてゆく。
「この穴は何なのかにゃ?」
「遊水池だと思いますがどうなんでしょうね?
この上は丁度ジュニアの居城、丸い屋根の寺院の前の広場ですね。
そしてあの大きな横穴は湖のほうに抜けてゆく方向になります」
遥か下方に大きな横穴がある。
横穴には水の流れがあり、竪穴に向かって滝のように水が流れ落ちている。
サビとマロンは階段の手摺に掴まり、水の流れを見下ろす。
「あの横穴まで跳ぶのにゃ」
サビはマロンを胸に抱きかかえる。
マロンは、え? え? と狼狽える。
サビは軽くジャンプをする。
そして体を捻って壁を蹴り、斜め下に跳ぶ。
「きゃっ!
きゃーっ!」
マロンは叫び声を上げる。
サビは体を反転させ、空中を蹴る。
そして横穴の中に飛びこむ。
――ズサササー
サビは横穴の水の流れの横を滑り、止まる。
「うわー!
地球猫がきたー!」
サビの目の前でサビより頭一つ大きい者が大声を上げる。
少年の声に聞こえる。
姿形は人間に似ているが人間ではない。
亜人の少年のようだ。
サビの目を持ってしても明かりが足りず色までは判別できない。
亜人の少年は、地球猫が襲ってきたぞー! と叫びながら横穴の奥に走り去ってゆく。
「なんにゃ?
びっくりしたのにゃ?」
サビは髪の毛を逆立てて仰天する。
そうする間にも、地球猫だー! 地球猫だー! と奥から騒がしい声が聞こえる。
「なんか腹がたつのにゃ。
行って文句を言うのにゃ」
サビはマロンをそっと地面に下ろし、横穴の奥を睨む。
そしてツカツカと横穴の奥に歩いてゆく。
「気をつけて下さい。
地球猫が来ると判っていたみたいです。
対策されていると厄介です」
「うーん、そうだにゃ。
気をつけるのにゃ」
そう言いながらもサビは奥に進んでゆく。
サビの歩は早い。
マロンは少し離れてサビを追う。
「動かないのにゃ!
動くと打つのにゃ!」
サビは逃げゆく亜人たちに駆け寄りながら警告する。
サビは逃げる亜人を叩く。
亜人はよろけ、壁にすがりつく。
亜人の一人が緑色の粉をサビに投げつける。
「ふにゃ?」
サビは緑色の粉を払う。
払う粉を舐める。
サビの様子が変わる。
「ふにゃにゃー」
サビは腕で顔を撫でる。
そして天井を見上げ、動きを止める。
「サビ!
どうしたんですか!
サビ!」
マロンはサビを気遣い、叫ぶ。
マロンは緑色の粉の臭いを嗅ぐ。
「これはイヌハッカ?
サビ!
下がって!」
マロンは慌ててサビに向かって叫ぶ。
イヌハッカはハーブだ。
マタタビ同様、個体差はあるものの猫を酔わせる。
その効果は絶大だ。
地球猫にも同様の効果がある。
イヌハッカは夢幻郷でも肉料理の香辛料として、またハーブティーの材料として流通してはいる。
しかし高価であるのでそれほどありふれたものではない。
サビはマロンの呼びかけに応えない。
マロンはサビの肩に跳び乗り、サビの髪の毛を引く。
サビは恍惚とした表情で正面上の天井を見上げている。
暗い洞窟の中、サビの瞳孔は完全に開ききっている。
「駄目なのにゃ……。
酔っ払ってしまって動けないのにゃ……」
サビは弱々しい声で呟く。
「今だ!
捕らえるぞ!」
三人の亜人が鉄の駕籠をサビに被せる。
マロンは慌てて後ろに向かって跳ぶ。
鉄の駕籠はサビの立っていた床の鉄の網とガチャリという音をたてて連結する。
サビは大きな鉄の鳥籠に囚われる。




