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黒灰色(こっかいしょく)の魔女と時の魔女  作者: 九曜双葉
第三章 最終話 白き都市の王と外からの神 ~The King of the Leucopolis and the Outer-God~
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第三章最終話(四)湖から現れしもの

『それは怖かったわねぇ』


 サプリメントロボットはジュニアをなぐさめるように言う。

 ジュニアとサプリメントロボットは湖畔を歩いている。

 周囲には幾つかのロボットが随伴する。

 サプリメントロボットが作ったロボットたちだ。


「あれが精神を削られるということなんだろうね。

 自分の正気が信じられなくなる」


『そうねぇ。

 あの時間帯、特に何も観測されていないのだけれど。

 異空間につながったのか、精神をいじられたのか、どちらにしても不気味よね』


 サプリメントロボットはジュニアを見ながら言う。


「なんにせよ、どうしたものかねぇ……。

 それにしても何であんなに、チュッチュ、するのかな。

 俺、無体に襲われる女性の気持ちが判るかもしれない」


『まぁ、可哀想に。

 犬にまれただけよ。

 忘れて。

 気にしちゃ駄目よ』


 サプリメントロボットはジュニアの足を、ポンポンとたたく。


「一人になるのを待っていた、って言っていた。

 一人になるのが怖い」


『仕方がないわねぇ、私が添い寝してあげるわよ』


 サプリメントロボットは眉毛を下げ、目を細めて笑顔を作る。


「ロボットって人数に入るのかなぁ?

 サプリの燃料棒って一晩()たないし」


『きぃー、酷い。

 どうせ私はロボットよ!』


 サプリメントロボットは、眉毛をり上げてジュニアの足を、ポカポカ、とたたく。

 ジュニアはそんなサプリを全く意に介さず湖を見る。


「災厄は湖から来ると言っていたんだ」


 ジュニアは麻の群生する湖畔を指差す。


『ふん?

 そうね、確かに不自然な翠色みどりいろの湖よね。

 鉛、クロム、カドミウム、水銀、銅などの金属が溶け出していて活性酸素過多。

 なによりもヒ素の濃度が高い。

 魚も住めない死の湖だわ』


「かつての鉱山の排水が原因なのかな?」


『さあ?

 元々なのかも知れないわよ?

 こちら東側のヒ素濃度は大したことないけれど、西側の濃度は高いので、上流にヒ素鉱脈がある川が流れ込んでいる可能性が高いわ。

 ヒ素を工業的に大量に必要とするのも不自然だから、元々がそういう水質であったと考えるべきね。


『酸塩基平衡が安定しているのは結構優秀な活性汚泥が居るから。

 それにマンガン酸化細菌も居て金属を吸収して沈殿させてもいるし、嫌気呼吸にヒ素を使って凝集沈殿させている微生物も大量に居るみたいね。

 これでも相当工夫して湖の水質を安定させていた痕跡が見えるわ。

 街から湖への排水も高度な浄水設備がのこっていて、それを修理して使っているのよ』


 サプリメントロボットは、眉毛をり上げ、やや怒った口調で説明する。

 活性汚泥とは好気性微生物群による浮遊性有機汚泥である。

 排水や汚水の浄化を好気性微生物の力により実現する。

 活性汚泥として用いられる好気性微生物郡は通常自然界に有るものではなく、人為的に培養されるものだ。


 マンガン酸化細菌とは金属の一種であるマンガンの酸化反応を行う種類の真菌である。

  マンガン酸化反応の際に重金属を共沈殿させるものも居る。

 嫌気性細菌とは呼吸に酸素を用いない細菌類だ。

 硫化水素を用いるものが多いが、中にはヒ素を呼吸に用いるものもいる。

 つまりかつてのサルナトの住人たちは、バイオケミカルの知識により湖の水質維持を行っていたことになる。


「へぇ、そうなんだ。

 この湖の水をもっと浄化してみようか?」


『なにかプランがあるの?』


「今のところノープランだけれど、方向性としては、湖底をさらって汚染元の除去もしくは封止、弱酸性の水質だからマンガンイオンを増加させるとマンガン酸化細菌が活性化するのかな?

 ヒ素で呼吸する嫌気性微生物も改良したい。

 硫化イオンキレート剤による金属の無活性化と沈殿も検討しても良いかもしれない。

 できれば微生物によるバイオフィルムで沈殿物を覆い、炭酸カルシウム膜の生成で固化させてしまえると良いのだけれど。

 それに活性汚泥の品質増強と循環浄化槽の設置が主軸かな?」


 ジュニアは考えながら、つぶやく。

 キレート剤とは金属封鎖を行う薬剤の総称で、水の中に溶け込んだ金属を封鎖、沈殿させる。

 バイオフィルムとは水垢のようなヌルヌルとした微生物由来の膜のことで、組成次第では強力な封止膜となりうる。

 それで汚染源を覆ってしまおうというわけだ。


『ノープランというより全部盛りというわけね。

 湖底をさらうには専用の船を建造しましょうか。

 要は湖の汚染源を封止できれば良いだけだし。

 硫化イオンキレート剤のレシピは確かにあるわね。

 でもバイオフィルムや活性汚泥は生き物のことだから思い通りになるか判らないわよ?』


「まぁ、資材は潤沢にあるのだから、沢山の浄化槽を作って選別していけばいいんじゃない?

 先ずは金属除去を優先してさ」


『そうね、判ったわ。

 やってみる』


 サプリメントロボットは片目をつぶり、右手で胸を、ドン、とたたく。


 ――ジャバジャバッ!


 湖から激しい水音がして話し込むジュニアを驚かせる。

 ロボットたちがジュニアを護るように前に出る。

 湖からなにか動物がい上がってくる。

 麻の群生の上に額も鼻も無く分厚い唇人間に似た動物の顔がでる。

 ガストだ。

 ジュニアはガストと目が合う。


「君か!

 元気だったかい?」


 ジュニアはガストに声をかける。

 ガストはラビナが捕え、ジュニアが買い取って逃した個体であるようだ。

 ガストはガサガサと麻の群生をき分け、ヨタヨタとジュニアの前に進む。

 そして仔馬こうまほどの大きさの全身を現すと、ペタン、と地面に座り込む。

 細長い前脚の付け根にはジュニアが巻いたハンカチが薄汚れている。


「大丈夫かい?」


 ジュニアは心配そうにガストに駆け寄る。

 ガストは随分と弱っているようだ。


「立てるかい?

 この湖の水は体に良くないんだよ。

 洗ってあげるからおいで」


 ジュニアはそう言ってガストをでる。

 ガストは大きく首を上下させ、ヨタッと立つ。

 ジュニアは、こっちだよ、と街のほうを指差し歩きだす。

 サプリメントロボットはジュニアに遅れまいと駆け出し、ガストがそれに続く。

 他のロボットたちもゾロゾロと歩きだす。


「ダイラトリーンからここ、結構距離があると思うんだけれど、たった二日でどうやって来たの?」


 ジュニアはガストに訊くが、ガストは無言のまま応えない。

 ただ困ったような顔をしている。


「うーん、しゃべれないんだよね?

 もしかして俺らを追って来たの?」


 ガストは大きな首を上下させる。

 うなずいているようにも見える。


「どこか行くあてがあるの?」


 ジュニアの問いにガストは首を左右に振る。


「そう。

 ならサルナトに居るといいよ。

 俺の所においで」


 ジュニアはガストをポンポンとたたく。

 ガストは軽く首を捻り、ジュニアを見る。


「それじゃあ、俺はガストの水浴びに付き合うから、サプリは浄水の件よろしく」


『それはいいけど、大丈夫なの?

 一人になって』


 サプリメントロボットは心配そうに訊く。


「段取り付けたら戻ってきてよ。

 地下迷宮についても考えなくちゃならないしね」


『判ったわ。

 すぐ戻るから』


 サプリメントロボットは、しぶしぶという感じで言う。

 そしてガストに向かって、ジュニアをよろしくね、と声をかける。

 ガストは首をサプリメントロボットのほうに向け、不思議そうに首をひねる。

 サプリメントロボットはタタタッと駆けてゆき、姿が見えなくなる。


 ジュニアとガスト、ロボットたちの一行はサルナトの街の門付近、商人の牛馬の為に作られたとおぼしき水場に着く。

 ロボットはブラシと薬剤を持っている。

 薬剤は石鹸せっけん洗剤、中和剤、消毒薬、傷薬などだ。

 ジュニアはガストに手桶ておけで水をかけ、ブラシで洗ってゆく。

 ガストは大人しく、されるがままに洗われる。

 ジュニアはガストの右前脚のハンカチを外す。


「傷は良くなっているね」


 ジュニアは、ガストの癒えつつある傷口を洗い、消毒を行う。


「このハンカチは洗っておくよ」


 ジュニアはそう言って、ハンカチをロボットに渡す。

 代わりに麻の布で傷口を巻く。


「ところでさ、『蕃神ばんしん』が言うにはサルナトの災厄は湖からやってくるんだって。

 君、湖からやってきたよね?

 君はサルナトの災厄?」


 ジュニアの問いに、ガストは、とんでもない、というように首を横にフルフルと振る。


本当ほんとに?」


 ガストは、ほんとほんと、というように首を大きく縦に振る。

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