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黒灰色(こっかいしょく)の魔女と時の魔女  作者: 九曜双葉
第三章 最終話 白き都市の王と外からの神 ~The King of the Leucopolis and the Outer-God~
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第三章最終話(三)千の貌(かお)を持つ者

「じゃぁ、具体的な商談をしようか。

 商品は陸送?

 それとも船積み?」


 ジュニアはフリントに訊く。


「船以外はあり得ません。

 我々の母港はフラニスです。

 ジュニアの母港はムナールの新しい港でいいですよね?

 相手の港に着くまでの補償は送り主側が担保するのでいかが?」


 フリントは薄く笑みを浮かべて応える。


「もしかして君らは海運と保険も請け負うのかい?」


「はい。

 海運は委託ですけれど。

 私たちの船を使ってくれるのなら、保険はお売りすることができます」


 フリントは言う。

 ジュニアは、えーと、どれくらい? と訊く。

 フリントはジュニアの耳元で、ごにょごよ、とささやく。


「うわ、たっか。

 それだけ海の治安が悪いということ?」


「ええ。

 船を護るには武力が要りますので。

 すぐに商人たちがここにつどいます。

 皆、ジュニアに気に入ってもらえるよう良い条件を出すと思いますが、私の条件が一番良いと思いますよ」


「ふうん。

 実質こっちは船積みで決済、そっちは陸揚げで決済、おんぶにだっこなんだから、いっそのことうちの番頭にならない?

 商品リストを作るから値決めから商談、海運、保険まで請け負ってよ。

 こっちは商品開発、製造船積み陸揚げ商品管理をやるから」


 ジュニアは放り投げるように言う。

 フリントはジュニアの言葉に絶句する。


「……まさに王様ですね。

 いえ、願ったりかなったりです。

 私の手の者を手伝わせますがよろしいですか?」


「うん、お願いするよ。

 あ、でも地球猫たちと仲良くしてね」


「それは承知しています。

 ムナールの地、サルナトの街では我らは同胞です」


 フリントは右手を胸に当て、お辞儀をする。


「あと、船も考えるよ。

 できるだけ海賊に対抗できるやつ」


「それは心強い。

 開発をお願いします。

 では最初の交易は、こちらは246TNTとダイナマイト、そちらはイットリウムとネオジムのインゴット、炭素鋼とタングステン鋼、チタンの地金で良いですか?」


「うん。

 あとブルーチーズとお酒、それにアンチョビにキウイの根もお願いしたいな」


「それはおまけでつけましょう。

 商品の用意をよろしくお願いします。

 初回の品質基準は、お互いできあいのものとして、その後の取引で修正していきましょう。

 私は一度ナイ・マイカに顔を出して調整してきます。

 今夜には戻りますのでよろしくお願いします」


 それでは、と言ってフリントは身を低くする。


「サビにナイ・マイカまで送ってもらったら?」


 ジュニアの言葉にサビは、にゃにゃ? と顎を上げる。


「それは申し訳ないですよ。

 サビ王女もお忙しいでしょうし」


 フリントは笑う。

 サビは少し考える仕草をする。


「ま、良いにゃ。

 ナイ・マイカまでならすぐにゃ。

 ジュニア、ちょっと行ってくるのにゃ」


「ありがとう。

 これで買い物をしておいで」


 ジュニアはサビに小さい布の袋を渡す。


「判ったにゃ。

 行くにゃ」


 サビはフリントを右手で抱える。

 そしてトコトコと窓に向かって歩き、窓枠を乗り越え、トン、と跳ぶ。

 ジュニアは窓の下に落ちてゆくサビを見る。

 サビは、ストン、と着地し、一言二言フリントと会話をしているようだ。

 そしてサビは大きく身を沈めると、にゃーご! と声を出して跳ぶ。

 早すぎてジュニアの目にはサビの行方は追えない。


 ジュニアは、暫くサビの去った方角を見つめていたが、視線を部屋の中に移す。

 明るい外を見ていたためか、部屋が暗く見える。

 そして部屋入口、閉まったドアの前に大きな人影があるのに気づく。


「――!」


 ジュニアは声を上げそうになるのを必至でこらえる。

 ドアの前に頭から黒い布を被った二メートルを超える長身の人物が立っている。

 黒い布からのぞく口元は美しく、しかし禍々(まがまが)しくり上がる。

 一度合ったことがある、ジュニアは瞬時に思い出す。

 ラビナと最初に夢幻郷に来たときに出会った女だ。

 開くゲートを閉じに行く際、シャンタク鳥を貸してくれた。

 いや、女なのかは判らない。

 間違いなく言えるのは、人間ではないという事だ。


 ジュニアは窓の外を見る。

 そこにはサルナトの風景はない。

 代わりにあるのは暗い、腫瘍のような肉色のかたまりが延々と続く壁である。

 ジュニアは何かを言おうとしたが声がでない。

 叫び声が出そうになるが叫び声もでない。

 心拍数が上がる。

 血圧も上がる。

 体温も、呼吸数も上がる。

 ジュニアは、ただただ眼前の出来事に圧倒される。


「お前が一人になるのを待っていた。

 サルナトの王よ」


 低い女の声がする。

 声は女から発せられているのか、それともジュニアの頭の中に直接響いているのか、ジュニアには判らない。

 女はゆっくりとジュニアの前に進む。

 ジュニアは後ずさる。

 女は退くジュニアをゆっくりと追う。

 ジュニアは窓辺に追い詰められる。

 女は左手でジュニアの顎を下からすくうように押さえる。

 女はそのまま身を屈め、ジュニアに口吻くちづけをする。

 そしてジュニアの顔の至近でジュニアの顔を眺める。


 女は黒い布の下に黒いガウンのようなものを着ている。

 金糸と黒く光る糸で刺繍ししゅうが施された豪奢ごうしゃなものだ。

 女は美しい顔立ちをしている。

 黒いつややかな髪が黒い布から流れるように揺れる。

 しかしその身長の高さ、手足の長さ、首の長さはジュニアの知るどの女性ともかけ離れている。

 そしてジュニアを見て笑う顔がどこまでも禍々(まがまが)しく感じる。


「サルナトは三度目の復興を遂げた」


 女の笑い声がジュニアの頭にひびく。

 ジュニアは激しい頭痛にさいなまれる。


「人々はこぞってサルナトに集い、復興を祝うだろう」


 女は再びジュニアに口吻くちづけをする。

 長い口吻くちづけだ。

 唇を離したその顔からは笑顔が消えている。


「そして短い繁栄の後、サルナトは四度目の滅びを迎えるだろう」


 女は不吉な預言を言い放つ。

 沈黙が訪れる。


「……貴女あなたはどなたですか?」


 気力を振り絞り、ジュニアは声を出す。

 ジュニアの頭痛は止まない。


「私は牧童。

 私は観察者。

 私は監視者。

 私は管理者。

 私は預言者。

 私は代弁者。

 そして私は助言者。

 私は千のかおを持つ者」


 女の低い声が多くの重なりをもってジュニアの頭のなかに響く。

 ジュニアは蹌踉よろめき、窓枠につかまり、倒れそうになるのをこらえる。


 ジュニアはゆっくりと息を吐き、呼吸を整える。

 頭を整理する。

 上がっていた心拍数は平常までおちる。


「俺と夢見の王女は貴女の期待に応えました」


「おお、そのとおりだ。

 サルナトの王よ。

 だから私はお前に会いに来た。

 お前を祝福しに来た。

 お前に助言を与えに来た」


 女は言う。

 ジュニアはうなずき、女の言葉の続きを待つ。

 しかし女はじっとジュニアの顔を見つめる。


「サルナトを滅ぼすのは貴女ではないと?」


 仕方なしにジュニアは訊く。


「私は誰をも滅ぼさない。

 誰もが自らにより滅びる。

 サルナトはサルナト自身の災厄により滅びる」


「サルナトは滅びるべくして滅びると?」


 ジュニアは訊く。

 女は口の端をり上げて笑う。


「そうだ。

 だがそれはお前次第で回避できる、サルナトの王よ」


 女は異様な笑みを浮かべながら言う。


「私はお前の助力者だ、サルナトの王よ。

 私はサルナトの復興を望むもの。

 私はサルナトの繁栄が続くことを望むもの。

 お前は伝説の王たちに比べても遜色ない。

 私はお前がサルナトを再び五千万もの人々の集う荘厳そうごんな都市に戻すことを望む。

 しかし、今のお前は未だサルナトにそれほど執着があるわけでもあるまい」


 女はジュニアを値踏みするように見る。

 ジュニアには続けるべき言葉が思いつかない。

 暫くお互いに無言が続く。

 今度の静寂を破るのは女のほうだった。


「生命とは何だろうな?」


 女はジュニアの顔を至近で見ながら笑う。

 目を細めて笑う女の顔は美しい。

 優しい笑みだ。


「DNAやRNAで世代複製する有機物質の構造体」


 ジュニアは頭に浮かんだザッと十程度の答の中から、一番原始的な回答を口にする。


「随分と広い生命の定義だな。

 ウイルスも生命であると。

 でもいいぞ。

 そういう答が欲しかったのだ」


 それでも女は満足そうに微笑む。


「その定義に当てはまらない生命の可能性について考えたことはあるか?」


 女は続ける。


「それはエネルギーのかたまりとして存在している神々のこと?

 それともプリオンのようにDNAやRNAによらず複製する物質のこと?」


「前者について語るのも良いが、お前にその覚悟があるのか?

 後者だ。

 生命としての」


 女は目を細めて唇の両端を釣り上げる。


「災厄は湖からやってくる。

 サルナトの地下迷宮にも気をつけるが良い」


 女は屈んでいた体を伸ばしジュニアの前に立つ。

 女の顔はジュニアの顔二つ分以上高い。

 女は指輪の沢山ある両手でジュニアの両頬りょうほほを挟む。


「心にめておきます」


 ジュニアは辛うじてそう応える。

 女は初めて柔らかい顔で微笑む。


「また会いに来よう」


 女はジュニアを離し、部屋のドアに向けて歩く。

 そしてドアを開け、出てゆき、ドアを閉める。

 一瞬見えたドアの外が、どう見ても通常の風景ではなかった。

 窓の外と同じく、赤黒く湿ったグロテスクな肉の塊が続く異様な光景であった。


 ジュニアは涼しい空気の流れを感じる。

 外からの風だ。

 窓の外は再びサルナトの街並みを写している。

 ジュニアは窓辺の床に腰を落とす。


「サプリ!

 サプリ!

 来てくれ」


 ジュニアは頭を抱えて叫び、サプリメントロボットを呼ぶ。

 大して待つこと無くサプリが部屋のドアを開ける。


『呼んだ? ジュニア。

 あら、どうしたの?

 顔が真っ青よ』


 サプリは心配そうにジュニアに駆け寄る。

 開いたままの部屋のドアの向こうの空間はジュニアの知る空間であった。

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