第三章最終話(二)チーズと爆薬
「お初にお目にかかります、サルナトの王よ。
私は地下鼠のフリントと申します。
以後お見知りおきを」
テーブルの上に身長四十五センチ程度の地下鼠が居る。
地下鼠の青年、フリントは右手を胸の前に、左手を上げ、右足を後ろに引き、大きくお辞儀をしている。
濃い灰色の髪には同じ色の大きな丸い耳が二つ付いている。
服は黒いスモッグのようなもので、尻には細長い髪の毛と同じ色の尻尾がある。
サビの黒とオレンジのモザイク模様の髪が膨れ上がり、目が細く吊り上がる。
サビの体は低く沈む。
「初めまして。
俺はジュニア。
そしてこちらは地球猫のサビ、この街の未来の王女様さ」
ジュニアは、サビの頭を軽く押さえながら言う。
「できれば入り口で受付を通して欲しかったんだけれどね。
なんの用?」
「いきなり押しかけてしまい、申し訳ありません、サルナトの王よ。
貴方の神の御業を称えるために馳せ参じました」
フリントは頭を下げたまま言う。
「仰々しいのはいいから。
頭を上げてよ。
で、本当はなんなの?」
ジュニアの言葉にフリントはゆっくり頭を上げる。
そして涼しい黒い眼でジュニアを見る。
サイズは小さいものの顔立ちは人間と大差無い。
黒い大きな目が印象的な整った顔立ちをしている。
「昨夜からこの地が騒がしくなったとの知らせが地下鼠の情報網に入りまして、調査をしに来たのです。
すると僅かな時間で街が復興している。
様々な物資を造っている。
炭素鋼やタングステン鋼、各種の触媒、チタン地金、プラチナやパラジウム地金、様々なレアアースまで。
真に神の御業というべきでしょう。
これはご挨拶しなくてはならないと思い、現れました」
フリントは爽やかな笑顔を浮かべながら応える。
「ふうん、造っているものが何か分かるというんだね?」
ジュニアも笑う。
フリントは、ええ、と応える。
「地球猫が怖くないの?
宿敵なんだろう?」
ジュニアはフリントに訊く。
「聡明なるサルナトの王よ、貴方は自分の王国内で理不尽に争うものが居ることを許さないのではないでしょうか?
恐れながら、具申致します。
『サルナトでは、人間、地球猫、地下鼠が仲良くサルナトの進歩発展に協力しあわなければならない』という法律を制定するべきです」
フリントは涼しい笑みを浮かべたままそう言う。
ジュニアは暫くフリントの顔を見る。
「ふうん。
フリント、王というのは止めてよ。
ジュニアで良い」
ジュニアはフリントを見ながら言う。
フリントは、分かりました、ジュニア、と応える。
「そうだね。
少なくともサルナトの街では地球猫と地下鼠は仲良くやってくれよ。
耳を齧り合うのはなしだ。
わざわざ作らなければならない法律とも思えないけどね。
それでフリント。
君たちは交易が目的なのかい?」
「はい。
交易も一つの目的です。
ここには直に商人たちが押し寄せることになるでしょう。
ジュニア、サビ王女と最初に友好を結ぶのは我々地下鼠でなければなりません。
我々はイットリウムやネオジウム、その他のレアアースの価値を知っています。
そして我々は貴方たちにトリニトロトルエンやダイナマイト、黒色火薬などを提供できるでしょう」
フリントは真面目な顔で応える。
ジュニアの顔に笑みが消えている。
この小さな地下鼠の男は爆薬や火薬を提供できると言っている。
「君は武器商人なのかい?」
ジュニアは乾いた声で聞く。
その声には何の感情も感じられない。
「滅相もない。
我々地下鼠は比喩ではなく文字通り地下に棲まう生物。
小規模なら人力で穴を掘りますが、最近では海の下を抜けるトンネルも掘っています。
その際は削岩機と発破を使うのですよ。
私たちはトンネル作りのプロです。
それに私は商人ではなく一部族の渉外担当者です。
私たちはレアアースが欲しい。
固くて強靭な削岩機のセラミックブレードが欲しい。
超電導素材が欲しい。
私たちが持っている資産の中で、対価となりうるものを提案しているだけです」
フリントは真面目な顔で説明する。
「爆薬がお気に召さなければブルーチーズではどうですか?
美味しいですよ?
美味しいお酒もありますよ?
ペニシリンだってあります。
フリントは付け加える。
「ブルーチーズは苦手かな。
ナチュラルチーズはないの?
って、それはともかく死の商人扱いして申し訳ない。
こっちも戦争が目的ではないんだ。
親父との陣取りゲームに勝ちたいだけなんだよ」
ジュニアはやや言い訳するように言う。
「ブルーチーズ、慣れると癖になるんですがね。
それに食べやすいブルーチーズもありますよ
フリントは苦笑する。
「ジュニア、貴方の事情は判っています。
光の谷を奪還するんですよね?」
フリントは爽やかに笑いながら応える。
ジュニアは感嘆する。
「君らの情報網は、確かに凄いね。
うん、君が気に入った。
君は凄い」
そう言ってジュニアはフリントに右腕を差し出す。
フリントは小さい手でジュニアの差し出す掌を握る。
「ジュニアの友達なら私も友達になりたいのにゃ。
よろしくお願いするのにゃ」
サビも椅子の上に立ち、横から掌を被せて、にゃー、と笑う。
「聡明で賢明なお二方の友人になれて嬉しいです」
フリントは言う。
しかしサビは、グッ、とフリントの手を握る。
顔をフリントの顔の至近距離に置く。
そしてフリントの顔を、ベロン、と舐め上げる。
「気付いていたにゃ、隠れてジュニアの話を盗み聞きしていたにゃ。
盗み聞きをするようなやつを、どう信じればいいのだろうにゃ?」
サビは細く冷たい眼でフリントを見る。
今にもフリントの頭を齧ってしまいそうだ。
「サビ王女。
私も貴女が私に気付いていることに気付いていましたよ。
ジュニアは幸せだ。
サビ王女のような協力者が居て。
でも私はサビ王女と違う面でジュニアに協力できる」
フリントは抵抗するでもなく淡々と語る。
「地下鼠は弱い。
これは仕方ないことです。
簡単に地球猫に蹂躙されてしまう。
だから隠れる。
でも私は隠れるのを止めて現れた。
何故ならば称えるべき神がここに居るのですから。
私はジュニアと友達になりたかったのです。
地下鼠は友人を裏切ったりしない」
フリントはサビの目を見て言う。
「ジュニアを裏切ったら、どこまでも追っかけて、食べちゃうにゃ?」
サビは細めた目を吊り上げて、壮絶な笑みが張り付いた顔をフリントの顔にくっつけて囁く。
「判りました。
肝に命じておきます」
フリントは力を抜き、目を瞑って応える。
サビはジュニアの顔を見る。
ジュニアはサビに対して頷き、微笑みかける。
サビはジュニアから視線を外し、再びフリントを見る。
サビは、警告したにゃ、と呟き、フリントの手を離す。
ジュニアは微笑み、フリントとサビの肩を抱く。
「サビ、有難う。
俺を心配してくれているんだね。
フリント、ごめん。
でも大丈夫。
サビは乱暴な子じゃないから。
素敵な子だから」
ジュニアは微笑みながら言う。
「判っています。
私の知るかぎりサビ王女が地下鼠にちょっかいをかけたことはかつて無かったはずです。
まぁ、隠れていた最大の理由はラビナが苦手だからなのですけれどね」
フリントは悪戯っ子のように舌を出す。
にゃははは、とサビは笑う。
ジュニアは、ラビナって一体? と苦笑する。




