表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒灰色(こっかいしょく)の魔女と時の魔女  作者: 九曜双葉
第三章 第三話 地下世界の重力列車 ~The Gravity-Train of The Underground World~
112/268

第三章第三話(一)ソニアの童心

 ――崩壊歴六百三十四年六月二日午後一時

 

 アルンは家路を歩む。

 ジュニアから借りている共同住宅だ。

 ラビナがうまいことジュニアと交渉し、まがりなりにもそれぞれが独立した一画を貸し与えてもらった。

 キッチンもある、シャワーもトイレもある。

 ベッドもある。

 なんの問題もない。

 家賃はタダだ。

 この状況をできるだけ長く維持することが今後の課題となるだろう。

 しかし今日はその課題は一先ず考えない。


 今日は早く寝る必要がある。

 日は未だ高い。

 アルンは共同住宅の階段を登る。

 三階の角の部屋がアルンに貸し与えられた部屋だ。

 アルンは自分の部屋の前を見る。

 部屋の前に腕組みをしてドアにもたれて立つ赤毛の少女を見る。


「ソニア?

 どうした?」


 アルンは自分の部屋の前で、空を見上げているソニアに声をかける。


「食事でも一緒にどうかな? って思って誘いにきたのよ」


 ソニアは背中を壁から離し、アルンのほうを向き、言う。


「そりゃどうも」


 アルンは、まるで捨て猫みたいな顔をしているぞ、と言う言葉を飲み込む。

 ソニアの顔からは、いつもの快活さも鋭さも失われている。


「荷物を置いて、シャワーを浴びたいんだが待てるか?」


 アルンは訊く。


「ええ。

 ジュニアの様子を見ているから準備ができたら来てちょうだい」


 ソニアは、言うが早いか歩きだす。

 アルンは部屋の鍵を開け、部屋に入る。

 荷物を置き、シャワールームに行く。

 熱いシャワーを浴びながらソニアの態度について考える。

 これからの予定について考える。

 偶然じゃあないんだろうなぁ、とアルンは考える。

 先ずはソニアの話を聞こう、そう決める。


 アルンはれた体を拭き、服を着る。

 担ぎ袋に荷物を入れる。

 そしてドアの外に出て鍵をかける。


 アルンはジュニアとラビナが眠る部屋の前に立ち、ノックする。

 中から、どうぞ、と声がする。

 アルンはドアを開ける。

 中には計器をのぞき、操作しているソニアが居る。


「正直良く分からない。

 これで問題ないというのが信じられないわね」


 ソニアは計器を見たまま言う。

 そしてアルンを振り向き、かすかに笑う。

 アルンは無言でソニアを見てうなずく。


「待たせた。

 どこに食いに行く?」


「なんか、大荷物ね?

 出かけるところだった?

 簡単に食べられる所にしようか?」


 ソニアは入り口のアルンの横を通り過ぎ、部屋の外に出る。

 アルンも部屋の外に出る。

 ソニアは部屋の鍵をかけ、歩きだす。

 アルンはソニアに続く。


「それともガッツリいきたい感じ?」


「いや、今日は軽くで良い」


「じゃあ、市場いちばの屋台にしましょう」


 ソニアはアルンの顔を見、そして歩きだす。

 ソニアは市場にあるテント作りの料理屋が並ぶ通りに面した席に座って料理を食べる。

  幾つかの香辛料の利いたペースト状の料理を、小麦粉をこねて焼いた大きな平たいパン状のものに付けて食べる。

 天井は無い。

 青空と雲が頭上にある。


「ここに来るのは初めてだ。

 旨いな」


 アルンは、料理を頬張ほおばりながら言う。

 そう、良かった、とソニアは笑う。


「この料理にはエールよりもビールのほうが合うというわ」


 エールよりもビールのほうが高価だ。

 ソニアが酒を注文するのをアルンは止める。


「有り難いが、今日は休肝日だ」


「ふうん?

 そう言えば出かけるんだったわね」


 ソニアはいぶかしそうにするが特に言葉は続けない。

 アルンはソニアが話し出すのを待っているのだがソニアは黙っている。


「なんか元気ないな?

 ラビナをいじめていたときの元気はどこにいったんだ?」


 アルンは茶化してみる。


「あは、フォルデンの森の夜でのこと?

 あの時は私だって一杯いっぱいだった」


 ソニアはアルンを見て笑う。


「とてもそうは見えなかったが……」


「考えてみてよ。

 誰か居るからちょっとものをたずねようと近付いたら、小銃を構えて隠れているゲリラ兵だったのよ?

 凄く怖いじゃない。

 降りてみたら硝煙の臭いをプンプンさせて、手負いの獣のようになっていて。

 ジャックのことが無かったら降りていかないわ」


 ソニアはパンをかじりながら笑う。


「なるほど。

 確かにそっちの立場に立つと怖いかもな」


 アルンも笑う。


「そうよ。

 私、ジャックが撃たれたんじゃないかと思って不安でふあんでしょうが無かった」


 ソニアは暗い声で言う。


「それは申し訳なかった」


「アルン、貴方の仲裁が無ければ、私は間違って殺されていたかもしれないわね」


「ん?

 殺されるのはラビナのほうだろう?」


「それはどうかな?

 私に人が殺せるとは思えないけれど」


 ソニアはそう言ってうつむく。

 アルンは黙ってソニアを見る。


「まあでも、貴方が仲裁してくれて救われた」


 ソニアはアルンを見て微笑む。

 アルンは更に返答にきゅうする。

 アルンはソニアが話すのを待つつもりであったが自分から切り出す。


「フォルデンの森で何かあったのか?」


 ソニアはパンをかじるのを止める。


「アムリタとエリーが行方不明になったの」


「ふうん」


 ソニアの言葉にアルンは気のない返事をする。

 ソニアが独りでアルンに会いに来た。

 それはすなわちアムリタとエリーが不在であることを意味する。

 ソニアの言葉はアルンの想定内だ。


「夢幻郷へのゲートを見つけたのか?」


「私には判らない。

 でも多分そう。

 アムリタは夢幻郷で会いましょう、と言っていた」


「ふうん?

 それはいつのこと?」


「ほんの二時間前のことよ」


 アルンは少し信じられない。

 そんなに簡単に現実世界から夢幻郷へのゲートが開くものだろうか?

 これが本当ならば歴史的な事件が起こったことになる。

 立て続けに。

 しかしソニアが一人でアルンを訪ねてきたということは、アムリタとエリーは夢幻郷に旅立ったということなのだろう。

 そう予想したからアルンは荷物をまとめ、旅支度をした。


「よぉ、アルン。

 初めて休みを取る理由はやっぱりデートかい?

 隅におけないな、この色男め」


 通りを歩いてきた人の良さそうな男がアルンに声をかける。


「レックス、仕事を空かせて済まない。

 野暮用があってね」


 アルンは軽く会釈をする。

 アルンは男の言葉に肯定も否定もせず応じる。


いってことよ。

 最近お前が来てくれて楽をさせてもらっていたからな。

 お前の恋路の邪魔をしたりしないさ」


 レックスは意味ありげに笑う。


「アルンをよろしくな」


 レックスはソニアに声をかける。

 ソニアは無言のまま笑顔でレックスに応じる。

 レックスは満足そうに、じゃあな、と言い残し、立ち去る。

 レックスが見えなくなるのを見て、ソニアはまた暗い顔に戻る。


「そっか、用事があるんだよね」


 ソニアは残念そうに言う。

 そして、意を決したようにアルンに向き直る。


「その用事、もし、後からで良いのなら、私を夢幻郷の入り口まで導いてからにしてくれないかな?」


 ソニアは、お願いします、とアルンに懇願する。


「夢幻郷で何をするんだ?」


 アルンは訊いてみる。

 愚問だろう。

 アムリタとエリーを案じて探しに行くのだ。

 そんな答を予想していた。

 アルンは、アルンを見るソニアの目に大粒の涙がいてくるのを見て焦る。

 大粒の涙はソニアのほほを次々に流れてゆく。


「アムリタを殴りに行くの。

 あんな友達甲斐(がい)のない脳天気な子は、殴ってしつける必要があるのよ」


 ソニアは泣きながら言う。

 道行く人々は二人には注視していない。

 ソニアの涙に気付く者は居ない。

 しかしアルンはたまれない気持ちになる。


「何度も試したけれど、私一人では夢幻郷に行くことができないの。

 だからお願いします」


 ソニアはアルンから視線を外さずに続ける。

 アルンは早くこの場を立ち去りたい思いに駆られる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説家になろう 勝手にランキング
作者の方へ
執筆環境を題材にしたエッセイです
お楽しみいただけるかと存じます
ツールの話をしよう
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ