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黒灰色(こっかいしょく)の魔女と時の魔女  作者: 九曜双葉
第三章 第二話 私の頭の中に囁く声 ~The Whispering Voice inside My Skull~
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第三章第二話(六)力の代償

『いつか貴女とお話ができると思っていたのよ』


 女の声が、激しい音圧でエリーの頭の中に響く。

 エリーは蹌踉よろめきながらアムリタを見る。

 アムリタは心配そうにエリーを見、首を左右にゆっくり振る。


『エリー?』


 女の声が響く。


「私は君を知らない。

 君は誰だ?」


 エリーは決意を持って訊く。


 ――ゴウゥ!


 エリーの頭の中に暴風雨が吹きすさぶ。


『私を忘れてしまったというの?

 あはははは、たった数百年で貴女は私を忘れることができるというの?』


 女の声は耐え難いほどの圧力となり、エリーは足が震える。

 アムリタはエリーの腰を抱くように支える。

 エリーはアムリタに支えられ、かろうじて立っている。


『あれほどお互いを必要としたと言うのに。

 幾度も体液の交換をしたと言うのに。

 貴女は力を欲して私に抱かれ、私は貴女に私のすべてを委ねた。

 貴女の体で私が触れていない所は無いというのに』


 女の声は激昂げきこうするでもなく、笑いを含んで歌うように楽しげに、しかし激しい圧力でエリーの頭の中に響く。

 エリーは、もう止めてくれ、と願う。


『私たちは共に強大な敵と戦い、めっし、封じた。

 体を重ね、命を重ね、運命をも重ねたこの私を忘れてしまったと言うの?』


 しかしエリーの願いとは裏腹に、女の声は尚も続く。


「私は君を知らない……。

 君がいうのは私ではない……、私に似た誰かだ……。

 私にはそういう存在が居るのだ……」


 エリーは気力を振りしぼり、そう応える。


『エリー?

 なんか辛そうね。

 ひょっとして私の思念が強すぎる?』


「ああ……」


『これぐらいでどう?』


 女の声はかなりマイルドになり、エリーの頭に響く。

 女が気遣きづかいを見せたようだ。


『貴女はエリーよ。

 私は別に容姿を見て判断しているわけではないし、例え、一卵生双生児だって思念の形は別物よ。

 この思念は他の誰でもなくエリーのもの。

 ジュニアが大好きなエリーの思念』


 女は歌うように言う。

 エリーはジュニアの名前が出てきて狼狽うろたえる。


「そんなはずはない!

 私は力が欲しいからと言って体を売ったりしない!」


 エリーは激昂げきこうする。

 アムリタがギョッとした目でエリーを見る。

 エリーはアムリタの視線を受け止め、しまった、と後悔する。

 また沈黙は訪れる。


『体を売るってそんな……、確かに変ね、やたら若い。

 はて?』


 女は、ふーむ、と懐疑的な口調でつぶやく。


『あ、そっかそっか、エリーの時間軸ってお茶目なことになっているんだっけ?

 じゃ、私と出会う前ね。

 えーと、今のエリーは何歳なのかなー?』


 女は気をとりなおしたように訊く。

 エリーはどう回答しようか躊躇ちゅうちょする。


「十四だ」


『――!』


 結局エリーは正直に応える。

 女は無言だが絶句しているようだ。

 しばし、沈黙が流れる。


『……あ、そうなの。

 うんうん。

 さっきのは冗談よー、おほほほ。

 エリーはねー、おねえさんと仲良くなって、一緒に凄い力を手に入れるの。

 そして悪い奴らを懲らしめるのよ。

 それだけ。

 それだけよ。

 おほほほ』


 女の口調は若年者に対する成人女性のものになる。

 妙な倫理観を見せる女の物言ものいいはかえってエリーを不安にさせる。


「わ、私が将来、邪神に対抗する力をほっして君に体を売るというのか?」


 エリーは女に訊いてしまう。


『嫌だ、エリー。

 体を売るだなんて、そんなわけないじゃない。

 私にだって愛する旦那様がいたのよ?

 さっきのは些細ささいなことを凄く大袈裟おおげさに言っただけ。

 単に二人は仲良しだったのよーって。

 おほほほ』


 女は明るく、エリーを励ますように言う。


「その些細ささいなことってなんだ?」


『え?

 ……えーと、忘れちゃったわ。

 昔のことだし。

 きっとごく些細ささなことよ。

 おほほほ』


 女ははぐらかすように言う。

 エリーは天空をにらむ。

 女は、ふー、と溜息ためいきをつく。

 沈黙が続く。


「あのー、お取り込みの所すみませんがちょっと良いですか?」


 アムリタがずおずと口を開く。

 ドゥ! 再び激しい思念の渦がエリーの頭の中に吹きすさぶ。


『――!

 だ、誰?』


 女の声は凄まじい圧力となり、エリーの頭のなかに響く。

 驚き、そして隠そうとしているが怒りの感情が読み取れる。

 エリーは驚愕きょうがくし、蹌踉よろめきながらアムリタの顔を見る。


 エリーの視線の先にはやつれたアムリタの顔がある。

 アムリタも激しい圧力を受けているのだろう。

 余裕の無さそうな、しかしそれでも嬉しそうな笑みを浮かべて天空を見ている。


「初めまして。

 私はアムリタ。

 エリーの友人です」


 アムリタは確かな口調で朗らかに応える。

 沈黙が訪れる。

 沈黙の中、思念の渦は次第に弱まってゆく。


『……初めまして、アムリタ。

 私はパイ……、パイパイ・アスラ。

 よろしくね」


 女は、アムリタに名乗り返す。

 女は『パイ』と名乗った。

 エリーは風の谷の思考機械の言葉を思い出す。


 ――アウラは、パイ様の息子、私たちがお育てした子供。

 ――私たちの愛する子

 ――アウラに最初に気が付いたのは、『当初の人格』よ。

 ――それは約三百八十年前のこと


 アウラを探すパイという人物。

 このパイパイ・アスラという女は三百八十年以上の長きに渡って生きているということなのだろうか?

 もとよりこの強烈な思念は断じて人のものではない。

 その禍々(まがまが)しい圧力は邪神のそれを彷彿ほうふつさせる。


『どうやって私の思念を見つけたの?』


 パイパイ・アスラは訊く。

 パイパイ・アスラの声は落ち着きを取り戻しているように見える。


「試行錯誤で……。

 時間かかったけど」


『なんてこと……。

 なるほど、貴女も異常な在り方をしているわね』


 パイパイ・アスラは言う。

 アムリタは、異常って酷いわ、と言ってふくれる。


「エリーだって初対面で貴女の思念を見つけたのでしょう?」


『そうね。

 でも、私はエリーの思念の形を知っている。

 エリーの為に歌ったわけではないけれど、エリーに届けば良いなといつも思っていたのよ。

 だから私の歌が夢幻郷に居るエリーに届いたとしても不思議は無いの。

 でも、全く面識のないまま私の思念を見つけるのは偶然ではありえないことなのよ?

 トマスが私の思念を見つけたのは奇跡だった。

 アムリタ、貴女がおこなったことはトマスの奇跡を安っぽいものにする。

 腹ただしいわ』


 パイパイ・アスラは暗い口調で恨みがましそうに愚痴ぐちる。


 ――ゴゥ!


 再び激しい思念の渦が二人の頭の中に吹き荒れる。

 アムリタは気丈にも笑う。


「それは違うわ。

 私は必ずると確信しているものを総当りで探しただけ。

 貴女を見つけたのは必然。

 旦那様は何も知らないまま、気の遠くなるようなノイズの海の中から貴女を見つけ出した。

 それは紛れもなく奇跡。

 自分でやってみて実感できるわ」


 アムリタは言う。


『ふん?

 ふふん。

 そうよね。

 そうよね?

 私の旦那様はやっぱり奇跡の人なのよね?』


 パイパイ・アスラは機嫌を直したように、ふんふんふふん、とハミングをする。


「ところであのー、私たちは今、夢幻郷に居るわけでは無いのですが……」


 アムリタは控えめに口を挟む。


『え?

 そうなの?

 じゃあ今、どこに居るの?』


 パイパイ・アスラはいかにも意外だというように訊く。


「でっかい芋虫みたいな子の足の上といいますか、不思議な世界に連れてこられてしまい、正直困っています」


『足があるでっかい芋虫ってシャイガ・メールの幼体?

 やっぱり夢幻郷に居るのではなくて?』


 パイパイ・アスラはいぶかしげに訊く。


「フォルデンの森でこの子に合って、足に乗せられてこの子の世界に連れてこられてしまったようなの」


『ふーん?

 不思議なこともあるのね。

 誰かがシャイガ・メールの幼体を夢幻郷から連れ出したということね……』


「シャイガ・メールってなにかしら?」


 アムリタはパイパイ・アスラに訊く。


『夢幻郷で一部の人間が飼っている、とっても大きな蚕蛾かいこがのような生物よ。

 元々は地球の弱々しい神々がもたらしたというけれど、今では私の知るかぎり夢幻郷の光の谷にしか生息していないわね。

 人の思念を摂取して生きていて、人の思念を増幅して伝えることができる。

 人間とは共生関係にあるの。

 概しておとなしく、手がかからないから飼うことができる』


 場所取りではあるかな、とパイパイ・アスラは付け加える。

 アムリタはエリーの目を見る。

 エリーは、いったんはアムリタの視線を受け取るものの視線を右上に逃がす。

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