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黒灰色(こっかいしょく)の魔女と時の魔女  作者: 九曜双葉
第三章 第二話 私の頭の中に囁く声 ~The Whispering Voice inside My Skull~
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第三章第二話(五)ある愛の歌

「アムリタ、疑うわけでは無いのだが、私たちは単に異空間に拉致されただけというわけではないのだよな?」


 エリーはアムリタに問いかける。

 既に巨大な蚕蛾かいこがの幼虫の如きクリーチャーに連れられ、良く分からない空間を彷徨さまよって久しい。


「もちろんよ、エリー」


 アムリタは力強く断言する。


「どこまでの未来を見たのだ?」


 エリーはアムリタに訊く。

 蚕蛾かいこがのクリーチャー、その前方付近の足の上だ。

 周囲は暗く深い霧に包まれている。

 クリーチャーの周囲には紫色の光が一帯に数多く明滅する。

 激しい風音が鳴り響き、その中をクリーチャーはゆっくりと移動する。


「凄く説明しにくいのだけれど、エリーは歌を見つけるわ。

 私には聞こえない歌。

 そしてエリーは夢幻郷へのゲートの話をするの」


「歌?

 話をするって誰と?」


 アムリタの応えにエリーは戸惑う。

 アムリタは、さあ? と首を傾ける。


「さあ? って、良く判らないままこの未来を選んだのか?」


 エリーはややとがめるようにアムリタに言う。


「ええ。

 この未来が恐らく一番エリーの望む未来よ。

 一番面白そうでもあったし」


 アムリタは満面の笑顔を浮かべる。

 面白そうって、と言い、エリーはあきれる。


 ――ゴオゥゥゥ!


 激しい風が吹き、二人の髪を乱す。


「ソニアは怒っているのではないか?

 また折檻せっかんされるぞ?」


 エリーはアムリタの顔を見ながら言う。


「そうねぇ。

 でも、裏口から夢幻郷に入ると、多分だけれど正しい方法で夢幻郷に入れなくなると思うのよ。

 みんながみんな禁止者になってしまったら困るわ。

 だからソニーには残ってもらわないと」


 アムリタは曖昧あいまいな笑顔を浮かべながら応える。

 ソニアを置き去りにしたのは意図的であるようだ。

 エリーはソニアが気の毒になる。

 これは殴られても文句は言えないかもしれない。


「そもそもここはどこなんだ?

 夢の世界?」


「うーん、よく分からないけれどこの子の固有世界? っていうのかな。

 普段はこの子、この世界で眠っているみたい」


 アムリタの応えに、エリーは、ふーん? とつぶやく。


「この子って言うが、そもそもこの化物は何なんだ?」


 エリーは核心を訊く。


「化物って酷いわ。

 この子は幾つかの未来でソニーを惨殺するし、多分私をミンチにすることも有るのだろうけれど……、でも、どの未来でもエリーだけは殺さなかったのよ?」


「いや、それって十分に化物だろう」


 エリーは抗議するように言う。

 しかしアムリタの言わんとしていることも分かる。


「つまり、『この子』はかつて私か私に似た者に合っているということだな?」


 エリーもアムリタにならって、この子、と呼んでみる。

 アムリタは、『エリーかエリーに似た人に酷い目に合っている』、だったりして、と茶化す。


 クリーチャーの動きは止まらない。

 動き続けている。

 既に数時間、移動を続けている。

 エリーもアムリタも、クリーチャーの水平に伸ばされた足の上に腰かけている。


「『この子』はどこに行くのだ?」


 エリーは問う。


「さあ?

 もうそろそろのはずなんだけれど?」


 アムリタは自信なさげに応える。


 ――ゴオゥゥゥ!


 風は轟音ごうおんを伴いながら尚も強く吹きすさぶ。

 クリーチャーは止まり、頭部を高く持ち上げる。


「この子、叫び声をあげているわ」


 アムリタはクリーチャーを見ながら言う。

 二人は落ちないように踏ん張りながら中腰で立ち上がる。


「何も聞こえないが?」


 エリーは怪訝けげんそうに問う。


「私にも聞こえないけれど、でもエリーには何か聞こえない?」


 アムリタは問い返す。


「――ん?」


 エリーは黙り、耳を澄ます。

 ゴオゥゥゥ、という音の中に微かに聞こえる音を訊く。

 女の声だ。

 これは歌っているのか?

 エリーはその声に集中する。

 風の音は直ぐに気にならなくなる。

 そして女の歌声が凄まじい爆音ばくおんとなってエリーの頭の中に響き渡る。


「うぅ!」


 エリーは左手で頭を抱える。

 右手はクリーチャーの垂直に立てられた足を抱く。


「エリー!

 大丈夫?」


「歌だ。

 女が歌を歌っている。

 でもこれは人間じゃない……」


 先程まで吹きすさんでいた風よりも激しい圧力、暴風と言って良い凄まじいばかりの声、それが確かな歌となって響く。

 エリーの頭の中に。


「化物だ……、『この子』ではなくて、遠くで化物が歌っている」


 エリーは額を押さえながらも目を見開き、前を見る。


「『この子』がはるか遠くからの歌を媒介している」


 エリーは天をにらみ続ける。

 嵐のような、台風のような歌は続く。


 悲しみ?

 怒り?

 恨み?

 何を伝えようとしているんだろう?


 エリーは歌に含まれるメッセージをつかみかねていた。

 あまりにも激しく押し寄せる、暴風雨のような感情の嵐にメロディを把握できない。

 頭の中をき回されるようだ。


 しばし暴風のような歌が止まる。

 そして次の曲が始まる。

 曲調が変わる。

 今度も激しい感情の渦かエリーの頭の中に吹きすさぶ。

 しかし、エリーは伝えようとするメッセージが判ったような気がする。

 何かを失った者の歌だ。

 愛の歌だ。

 失って、それを受け入れようとする愛の歌だ。

 エリーはその愛の歌を理解してしまう。

 エリーは背負袋からフルートを取り出し、握る。


「アムリタ、君にはこの歌が聞こえないのか?」


 エリーはアムリタに支えられながら訊く。

 アムリタは、残念ながら、と応える。

 歌はエリーの頭の中にのみ鳴り響いているようだ。

 アムリタは心配そうにエリーを見る。


 愛の歌は激しく、うれいを増し、悲しく響く。

 そして終わる。

 しばらく無音が続く。


「終わったのか?」


 エリーは消耗しきった顔でつぶやく。

 しかし終わっていなかった。


『コホン、コホン』


 咳払せきばらいいをするようなささやき声がエリーの頭の中に響く。

 なんだ?

 エリーは警戒する。


『ふんふんふふーん』


 女の、今まで歌っていたのと確かに同じ声なのだが、はるかに聴きやすい歌声でハミングが聞こえる。

 曲調は、やや軽薄な、ポップなメロディがエリーの頭の中に響く。

 おもむろに女の歌が始まる。


 ――幾千万ものチャネルの中に

 ――僕は君の歌を見つける

 ――幾百億ものノイズの中に

 ――偶然見つけた奇跡

 ――僕だけのたった一つの宝もの


 カントリー調というのだろうか?

 はるか昔に流行った若者の歌のようなメロディが女の声で歌い上げられる。


 ――あれからどれだけの言葉を交わしただろう

 ――もし許されるのならば君を抱きしめたい

 ――たとえ距離のかせが二人をわかっていても

 ――君は僕のお嫁に来てくれるよね


 確かに先程からの女の声と同じであるのだが、圧力は薄く、若い女性の明るい声に聞こえる。


『ここ好き、ふんふんふふーん、ふんふんふふーん』


 間奏のハミングがなにやら楽しそうだ。

 数小節の間奏を経て歌は続く。


 ――幾光年の距離を超えて

 ――君の歌は僕に届く

 ――幾千億もの星屑ほしくずの中に

 ――燦然さんぜんと輝く希望

 ――僕だけのたった一つの宝もの


『ふんふんふふーん、ふんふんふふーん、ここも好き』


 やや複雑なソロパートのメロディがハミングで奏でられる中、所々(つぶや)かれる合いの手のような声は猛烈な違和感を残す。

 歌は尚も続く。


 ――あれからどれだけの想いを重ねただろう

 ――もし叶うのならば君にキスをしたい


『早く!

 早くー!』


 ――たとえ重力のおりに縛られていようと

 ――君は僕のお嫁に来てくれるよね


『イエース!

 オフコース!』


 ハイな合いの手にエリーは体勢を崩してしまう。


「意味が分からない!」


 エリーは叫ぶ。


 ――僕はここに……、――!


『――誰?

 誰か居るの?』


 女の歌声は突然中断し、再び暴風雨のような声がエリーの頭の中に響く。


『アウラ?

 アウラなの?』


 女の声が、すがるような暴風雨のような女の声がエリーの頭の中に聞こえる。

 エリーは逡巡しゅんじゅんするが意を決し、口を開く。


「残念ながら私はアウラではない」


 エリーは言う。

 アムリタは可哀想な子を見るような目でエリーを見る。


『エリー?

 おひさ』


 暴風雨のような女の声は軽い口調でエリーの頭の中でささやく。

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