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黒灰色(こっかいしょく)の魔女と時の魔女  作者: 九曜双葉
第三章 第二話 私の頭の中に囁く声 ~The Whispering Voice inside My Skull~
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第三章第二話(三)とり囲まれて

 アルンは定食屋の四人がけのテーブルで注文した料理を待ちながら憮然ぶぜんとした表情をしている。

 アルンは店の出入り口を向いて座っている。

 アルンの右手にはソニアが座り、左手にはエリーが座っている。

 そしてアムリタと対面している。

 アルンがサマサの務める定食屋に行き、テーブルに座り、注文を終えた瞬間に三人の少女たちが店に入ってきて、相席あいせき宜しいでしょうか? と形ばかり聞き、勝手に座ったのだ。


 別にアルンは女が嫌いというわけではない。

 いやむしろ好きなほうだ。

 三人はそれぞれ美少女と言える。

 普段ならば。

 しかしアルンは三人の少女の顔を見れずにやや上の空中を見ている。

 少し離れた位置でサマサがお盆を胸に抱え、アルンのテーブルをうかがう。


 店の扉が開く。

 人の良さそうな男が一人で入ってくる。


「おー、アルン。

 女の子に囲まれてうらやましいね。

 ご相伴しょうばんに預かり……」


 アルンの知り合いと思われる男がアルンを見つけ、陽気に話しかけるが途中で口ごもる。

 ソニアが剣の有る目つきで男をにらむ。

 ソニアの大きく開いた胸元にはもう一つの目が光り、その目も男をにらむ。

 エリーは浅黒くまだらに焼け、皮膚がボロボロと剥けている顔には何の表情も浮かべず、男を見る。

 そしてアムリタは体を捻り、まだらに焼け、ボロボロになった皮膚、おまけに目の下に青痣あおあざがある顔を男に向けて、ぎこちなく微笑む。


「ア、アルン。

 暴力はいけないよ。

 女の子に手をあげてもろくなことがないからな」


 男はアルンにそう言うと、店から出ていく。

 去りぎわに、アルン、相談に乗るからな、と言い残す。

 男は恐らく、アルンが付き合っている少女に暴力を振るい、少女の友人にるし上げられていると思ったのだろう。

 アルンは、早くこの店を出たい、と願う。


「良いお友達ね」


 アムリタはアルンを励ますように言う。


「お客さま。

 他のお客さんが逃げてしまうので、席を移ってもらえるかしら?」


 サマサはニッコリ笑みを浮かべながら壁際の席を指差す。


「あ、ああ、迷惑そうだから俺は帰る。

 お勘定を頼む」


 アルンは立ち上がる。

 しかしソニアはアルンの二の腕下の袖口をつかみ、壁際かべぎわの席に誘導する。

 そして四人は同じ席順で座る。

 四人はしばらく無言となる。

 アルンは間を持て余す。


「……あのよぉ、女に顔の事を訊くのははばかれるが……、なんで顔、ボロボロなんだ?」


 アルンは意を決したように訊く。


「ちょっと雪山にアタックしていたの。

 これは雪焼け」


 アムリタは朗らかに応える。


「雪山?

 へぇ、登山が趣味なのか?

 優雅だな」


 アルンはつまらなそうにつぶやく。


「それでその右目の下の青痣あおあざは事故かなにかか?」


「これは――」


 アルンの質問にアムリタが応えようとした瞬間、ソニアが、ドン、とテーブルを叩く。

 なんだなんだ、と他の客がアルンのテーブルのほうを見る。


「不幸な事故よね?」


 ソニアはアムリタのほうを向き、口元に笑みを浮かべながら言う。

 目は笑っていない。

 サマサが衝立ついたてを動かし、他の客からアルンたちのテーブルが見えないように置く。


「そうそう。

 ちょっとしたアクシデントがあったのよ。

 すぐに治ると思うわ。

 ところでお酒はいかが?

 おごるわよ」


 アムリタは取りつくろうように言う。


「ん?

 酒?

 おごるってなぜ?」


 アルンは警戒するように訊く。

 アムリタは、エールを一つくださーい、とサマサに向かって注文する。


「夢幻郷について訊きたいのよ」


 ソニアはアルンに向かって言う。

 サマサがチーズの入ったサラダとエールを持ってくる。


「あ、エールはアルンに。

 あと取り皿を四つお願いします」


 アムリタはサマサに配膳はいぜんの指示を出す。


「俺はおすすめ定食――」


「――いいからいいから。

 今日のお代は私たちが持つから。

 おすすめ定食はキャンセルしたわ」


 アムリタはアルンをさえぎり言う。

 アルンは、高くつきそうだな、と言いながらもエールをあおる。

 サマサが水牛のシチューを四つと取り皿を四つ重ねて置く。

 アムリタは皆の取り皿にサラダを取り分ける。

 俺は日没後から仕事なんだけれどな、とアルンはつぶやくがエールはむようだ。


「夢幻郷の何が訊きたいんだ?」


 アルンはサラダを食べながら三人に訊く。


「今のラビナの状況とか、進路とか、色々」


 アムリタは、サマサからパンの入った大きなバスケットを受け取りながら応える。


「数日前に夢幻郷に入って訊いたところによると地球猫たちと合流して西方に向かったそうだ」


「地球猫?」


 アルンの返答に聞きなれない単語があったのでアムリタは訊き返す。


「夢幻郷に住む冗談のような亜人たちだ。

 チートな能力を持っていてほとんど万能なんだがそろいもそろって頭が悪いという欠点がある」


「チートな能力ってどんなのかしら?」


 アムリタは訊き返す。


「うーん、随意に好きな所に移動ができたり、自分の数十倍もある敵と戦って勝てたりとかだな。

 あれで頭が良かったら夢幻郷は地球猫によって支配されている。

 幸いなことに頭が悪いうえに好戦的でもなく、群れることを嫌い、建設的なことに力を使おうとしない。

 ラビナは地球猫たちと仲がいんだ」


 アルンはどうでも良さそうに言う。

 そして、似たもの同士だからな、と付け加える。


「ラビナは、ということは、アルンは仲が良くないのかしら?」


 アムリタはアルンの言葉尻を拾う。


「そうだな。

 俺は猫アレルギーだから地球猫たちは苦手だ」


 アルンはアムリタの問いに、エールを飲みながら応える。

 アムリタは、エールをもう一杯お願いしまーす、と大きな声で注文する。

 はーい、とサマサが応じる。

 サマサはエールを一つアルンの前に置き、水牛のシチューを四つ皆に配膳はいぜんする。

 アルンはシチューの中の肉をスプーンで切り、すくいい、口に入れる。


「お、これはなかなか……。

 西方に行く前、ジュニアたちは月獣たちとの戦いに圧勝したそうだ。

 今ではジュニアは地球猫たちの英雄になっている」


 アルンは顔にやや赤みがさし、口調も滑らかになる。


「月獣ってなにかしら」


「夢幻郷に住む化物。

 月の裏側を本拠地にして人間をたぶらかし、さらう。

 一説には蕃神ばんしんたちの下僕であると言う。

 地球猫たちと月の台地を争って激しく対立している。

 地球猫たちは月獣と争っているときだけ一枚岩となる。


蕃神ばんしんは太古の昔、他所よそからやってきた邪神だ。

 弱々しい地球の神々と共に夢幻郷を管理している。

 思うに、蕃神ばんしんどもは夢幻郷を奴らの都合の良い牧場として家畜たる人間を管理しているのではないかと。


「地球の神々とはもともと夢幻郷に居た支配者らしい。

 彼らは人間を超越した力を持っているが、邪神共に比べると全然大したことはない。

 彼らだけでは夢幻郷に次々に現れる巨大な力を持った怪異の様々に対抗できない。

 それで蕃神ばんしんと協調しているのではないかと」


 アルンはそこまでしゃべって黙る。

 サマサがジャガイモと鳥肉の揚げ物の大皿をテーブルの中央に置く。


「さすがは夢幻郷のエキスパートね、詳しいわ」


 アムリタはあごの下で合掌しアルンをめ称える。

 アムリタは、エールをもう一杯お願いしまーす、と大きな声で注文する。

 はーい、とサマサが応じる。


「さっき、数日前に夢幻郷に入って訊いた、って言っていたわよね。

 入っただけで状況が分かるものなの?」


 ソニアが訊く。


「ある程度はな。

 俺にもそれなりのネットワークがあるんでね。

 だがニュースソースは秘密だ」


 アルンは無表情に応える。

 ソニアは、ふーん、と言って黙る。

 アムリタは、頼もしいわ、と微笑む。

 アムリタはソニアを見る。

 ソニアはアムリタの目を見返し、軽くうなずく。


「ねぇねぇ、アルン。

 エリーは禁止者に指定されていて夢幻郷に入れないんだって。

 本人には身に覚えがなくて。

 黒灰色こっかいしょくの髪をした女の人が昔なにか夢幻郷で伝説を作ったりしていないかしら?」


 アムリタは訊く。


「さあ?

 俺は知らない。

 だが黒灰色こっかいしょくの魔女が過去夢幻郷で何か蕃神ばんしんたちの不興を買うようなことをしていたとしても俺は驚かないね」


 アルンは鳥の揚げ物をつまみながら応える。

 アルンが言うには、夢幻郷の通常のゲートは蕃神ばんしんが管理していて、彼らが禁止者を指定しているという。


「なんとかしてエリーが夢幻郷に入る方法はないのかしら?」


「うん?

 真当まっとうには蕃神ばんしんと交渉することになるのだろうが現実的ではないな。

 相手は人間を家畜としか思っていないような連中だ。

 そもそも、夢幻郷の中に入れないのなら交渉のしようがない。

 となると別のゲートを通っていくのかな?」


 アムリタの質問にアルンは自信無さげに応える。


「別のゲートがあるの?」


「有る、と言われているが俺は知らない」


 アルンは、知らないことばかりで申し訳ないな、と付け加える。


「まあ、有ると言うよりは作られるということなんだろうな。

 前、ラビナとジュニアが夢幻郷に入った際に邪神により超特大のゲートがじ開けられようとしていたんだろ?

 そういう特殊ゲートは見つかり次第、誰かしらの手により閉じられている。

 でも数十年に渡り、開かれ続けたゲートも過去あったとか」


 アルンのグラスは空いている。

 料理にも手は伸びなくなっている。

 アムリタはエールを追加で頼もうとするが、アルンは止める。


「もう十分だ。

 ご馳走様ちそうさま

 これ以上酔うと仕事に差しさわる。

 あまり君らの知りたいことには答えられなかったな」


 アルンはアムリタに言う。

 アムリタはソニアを見る。

 ソニアはエリーを見る。


「現実世界側でゲートが開いたことがある場所を教えて欲しい」


 エリーがこの席で初めて口を訊く。

 アルンはエリーのほうを見る。

 アルンはしばし考える。

 そして、ま、いいか、とつぶやく。


「地上のもので俺が知るのは三つ。

 一つは古代遺跡の双子の塔付近。

 一つはナイアス回廊フォルデンの森側の遺跡。

 この二つは俺らの一族での言い伝えで何れも数百年前の話だ。

 今ではどちらの遺跡も失われている。

 残るは連環れんかん山脈の中央付近。

 これは確認されたわけではないが観測事実から確かなものとされている。

 開こうとする力と閉じようとする勢力が拮抗きっこうして現在に至っている感じだ」


 アルンは立ち上がろうとする。


「地上ではないものもあるのか?」


 エリーは短く問う。

 アルンはエリーを見て、ある、と応える。


「むしろそっちのほうがメインだ。

 宇宙空間の数光年、時には数百光年離れた場所からゲートが開かれるケースが多々ある。

 ゲートが開かれた場合、少数の邪神たちが夢幻郷の新しい住人に加わることとなる。

 今のところ夢幻郷を滅ぼすほどの力を持った邪神の流入はないので事なきを得ているが薄氷を踏む思いだな」


 アルンは立ち上がって言う。


「調べるのならナイアス回廊フォルデンの森だな。

 これは夢幻郷の内側から外に向かって開かれた珍しい例だ。

 二百年以上前のこととされている」


 アルンは、これでい代になったかな? と付け加える。

 そして手を上げ、席を離れる。

 アムリタは、ありがとう、ためになったわ、と言ってヒラヒラと手を振る。

 アルンはサマサと一言二言会話を交わし、店を出てゆく。


「フォルデンの森だってさ」


 ソニアはアムリタを見て言う。

 アムリタは、うん、とつぶやく。


「二百年前にフォルデンの森にゲートが開いた……。

 偶然かしら?

 これは行ってみなくてはならないわね」


 アムリタは胸の下で両手を握る。

 エリーもうなずく。


「料理が残っているわ。

 食べましょう」


 アムリタはジャガイモと鳥の揚げ物に手を伸ばす。


「すみませーん。

 無花果いちじくのタルト追加でくださーい」


 アムリタは注文する。

 え? そんなものがあるの? 私も、とソニアが言う。

 エリーも右手を小さく上げる。


「あ、三つおねがいしまーす」


 アムリタはサマサに言う。

 サマサが、はーい、と応える。

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