第三章第一話(九)わたしをお姫様にしてね
また、ガチャ、と扉が開く。
レプリカロボットたちが麻でできているであろうと思われる布団を持ってくる。
「乾燥できた?
ありがとうね」
ジュニアはレプリカロボットから一組の布団を受け取る。
布団を持ったレプリカロボットは数体いる。
「この建物には人数分の部屋があるから、ゆっくり眠れるよ。
布団を部屋に運ぼう」
ジュニアは言う。
チャトラは既にキウイの煮出し汁を飲み終わって、テーブルに伏して寝ている。
「チャトラを寝かしつけるにゃ」
サビがチャトラを両手で差し上げる。
ラビナが布団を持って奥にある階段を上がっていく。
サビも、お布団おふとん、と言いながらチャトラを両手で差し上げたままラビナに付いていく。
「ジュニア、ジュニア、少し先の尖塔の上に登れるかな?」
テオが嬉しそうに訊く。
「え?
整備が必要だけれど、登るのなら準備するよ?」
ジュニアは画面の付いた箱を操作する。
そして、テオを案内してあげて、と近くにいたレプリカロボットに声をかける。
レプリカロボットはドアを開け、テオを待つように体を傾ける。
テオはリュートを持って嬉しそうにレプリカロボットに付いて出てゆく。
入れ替わるように、明らかに消耗しきったようなサプリメントロボットが入ってくる。
「そろそろ燃料切れだね。
ご苦労様」
ジュニアはサプリメントロボットを拾い上げ、胸に抱く。
サプリメントロボットは両手脚をダラリと下げ、疲れたわ、と呟く。
ジュニアはキャリバッグを開け、交換用の燃料棒を取り出す。
そしてサプリメントロボットの燃料棒を入れ替える。
「今日は眠らせないよ。
街の外れにコークス炉を作る。
それとは別に溶鉱炉も作るよ。
発電設備に充電設備、化学プラントも作るよ」
ジュニアは満面の笑みでサプリメントロボットに語りかける。
『ロボット使いが荒いわね!』
サプリメントロボットは文句を言いながらも、敬礼をしてドアを出ていく。
開いたドアからリュートの音色が聞こえてくる。
ドアが閉じた後もリュートの音は小さく、しかし確実に聞こえてくる。
一つのフレーズが繰り返し形を変え、より良いものを探し続けるように繰り返し繰り返し奏でられる。
ミケは三色に彩られる髪の上の耳を窓のほうに向ける。
「行ってきたら?」
ジュニアはミケに声をかける。
ミケは、そうさせてもらうにゃ、と行ってドアに駆け寄る。
ミケはドアを開け、ジュニアに向く。
「ジュニア、ありがとうにゃ。
ジュニアが来て、すべてが変わったにゃ。
きっとジュニアは神様にゃ」
ミケは、にゃー、と目を細めて笑う。
ジュニアは、ミケに微笑み返し、手をヒラヒラと振る。
ミケは右掌をジュニアに向け、指先を少し曲げて、ジュニアに応える。
そしてドアを、そーっ、と静かに閉めて外に出る。
ジュニアはカップを洗い、麻の布に上に伏せて置いていく。
そして、ジュニアも屋外に出る。
街にはレプリカロボットたちが忙しそうに行き交う。
夜の帳は既に下りている。
空は暗いが、外灯が煌々と輝き街を照らす。
ジュニアは空を見るが、街の明かりが光害となり、月と若干の星しか見えない。
尖塔の上からリュートの演奏が聞こえてくる。
軽薄なテオの日常の言動から考えられないほど端正で真摯な演奏だ。
ジュニアは街を出て、湖畔を歩く。
湖畔には麻が群生していて、見通しは良くない。
ジュニアは暫く湖を眺める。
「麻は焼いてしまったほうがいいのかなぁ?」
ジュニアは呟く。
湖畔には青みがかった緑色の大きな蜥蜴のような生物がいる。
ジュニアが近づくとヨタヨタと逃げてゆく。
今のところまったく無害なので放置している。
ジュニアは街の横、出来つつある溶鉱炉を見る。
コークス炉を見る。
発電設備を見る。
化学プラントを見る。
どれもレプリカロボットたちが、トンカントンカン、と忙しそうに働いている。
「明日から稼働できそうだな」
ジュニアは満足そうに独り言ちる。
「ジュニアー!」
空から声が聞こえてきて、ジュニアのすぐ後ろにサビが着地する。
そして、散歩かにゃ? と笑う。
「うん。
色々作っているのを見ているんだ」
ジュニアはサビに振り向きながら応える。
「凄く大掛かりなものだけれど、ジュニアはこれから何をするのにゃ?」
サビは首を傾げながら上目遣いで訊く。
「あはは、半分趣味みたいなものだけど、光の谷を攻略するための兵器を作ろうと思っているんだ」
「壮大な趣味なのにゃ」
サビは、にゃー、と笑う。
「ジャックのおもちゃを取り除いた後も、光の谷を護る必要があるからね」
ジュニアは微笑みながらサビに言う。
サビは、ふーん、と頷く。
「ジュニアはサルナトの王様になるのかにゃ?」
サビは訊く。
ジュニアは溶鉱炉を見ながら考える。
ジュニアは溶鉱炉のほうに歩いていく。
槌の音が響く。
サビはジュニアについて歩く。
「いや、光の谷をラビナの手に戻したら、維持に必要な最低限を残して、この街を再び眠りに戻すよ。
俺はこの世界から出ていくし……」
ジュニアはサビを見ずに淡々とした口調で応える。
サビは、ふーん、そうなのにゃ、と寂しそうに呟く。
暫く無言が続く。
「……あのにゃ、サビはお姫様になりたいにゃ。
ジュニアがこの街を要らないというのなら、サビをこの街のお姫様にして欲しいのにゃ」
ジュニアの後ろでサビが言う。
ジュニアはゆっくりとサビに振り返り、サビの目を見る。
サビの目は何時になく真剣だ。
「ここを猫の街にするの?」
ジュニアは目を細めて訊く。
「ううんにゃ、別に猫だけの街じゃなくてもいいのにゃ。
ポカポカとした、暖かい街にしたいのにゃ」
「まぁ、俺が去ったあとの事は任せても良いけど、君たち地球猫はあんまり執政官に向いているとは思えないんだけどなぁ」
「酷い言い草だけど、まぁ当たっているにゃ。
地球猫は政治が苦手にゃ」
サビは、たははは、と笑う。
「まぁ、誰か良い執政官を雇うといいよ」
ジュニアは笑う。
いい人を探すにゃ、とサビも笑う。
夜更けにも関わらず、トンカントンカン、と槌の音は響く。
遠くではリュートの音色が聞こえてくる。
湖畔では大きな蜥蜴が数匹空を見上げている。
空は晴れ、しかし街の灯りが光害となって星は見えない。
月と土星以外は。
第三章 第一話 土星猫への威嚇 了
続 第三章 第二話 私の頭の中に囁く声




