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黒灰色(こっかいしょく)の魔女と時の魔女  作者: 九曜双葉
第三章 第一話 土星猫への威嚇(いかく) ~The Hisses to the Saturn-Cat~
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第三章第一話(七)ラビナの奉仕

「貴方たち、だ臭うわよ」


 次の日の午前中、ダイラトリーンの市場いちばでラビナはジュニアたちに冷たく言い放つ。

 黒いガレー船の乗組員と同じ悪臭がするという。

 サビはクンクンと自分の服の匂いを嗅ぐ。

 ジュニアも自分の匂いを嗅ぐが自分では良く分からない。


「みんな三回以上、シャワーを浴びているんだけれどな」


 ジュニアは恨めしそうにラビナに言う。


「そう?

 その臭い、当分取れないんじゃないかしら」


 ラビナは、だからあまり近くに寄らないでくれ、とそう言いたいらしい。

 ミケも鼻をつまんでいる。

 昨夜ジュニアたちは夜半に月から帰還した。

 ジュニアとチャトラはテオの寝る男性部屋で、サビはラビナとミケの寝る女性部屋でそれぞれ寝ようとしたが、異臭がすると言って騒ぎになる。

 シャワーを浴びるものの臭いは取れず、結局サビは男性部屋で、テオは女性部屋で寝ることになった。

 チャトラ、サビ、ジュニアは代わるがわるシャワーを浴びて、これで大丈夫だろうと思っていた矢先のことだ。


「鼻が麻痺まひしているのかにゃ?」


 サビのテンションが低い。


「香水入りの石鹸せっけんを買ったから、後でこれを使って洗うと良いよ」


 ジュニアは石鹸せっけんをサビに渡す。


「ジュニアだけは優しいのにゃ」


 サビは小さくつぶやく。

 ミケはサビを見る。


「じゃあ、じゃあ、温泉に行くにゃ。

 ムナールの山中に穴場が有るにゃ。

 みんなで行くにゃ」


 ミケが無理やり明るく振る舞うように言う。


「そうね、私たちにも臭いが移っていると嫌だからあそこにいきましょう」


 ラビナはミケが必死の思いで作ろうとしている明るい雰囲気を蹴散らすように言う。

 サビはラビナを恨めしそうににらむ。


「一通り買い物は済んだかな。

 あと、お風呂セットを買い足しましょう。

 石鹸せっけんとタオル、手桶。

 貴方たちは使ったタオル、捨てるのよ。

 臭いから」


 ラビナの容赦無い口調は止まらない。

 一行は足りない物資を市場いちばで調達する。


 目的地について地球猫たちは、にゃごにゃご、と打ち合わせをしている。

 場所はミケしか知らないようだ。

 角度が、距離が、目標物が、とミケが説明する。

 信じ難いことに、地球猫たちは空中での方向転換ができる。

 ジュニアはすでに、地球猫たちにとって距離の概念は無意味であることに気付いている。


 サビがジュニアを、ミケがラビナを、チャトラがテオをそれぞれ抱え、にゃーん、と言いながら西に向かい浅い角度でジャンプする。

 ジュニアはりながら空中に連れ出されるのを感じる。

 眼下に風景が異常な速度で流れてゆく。

 地球猫たちのジャンプは月に行ったときに比べ、はるかにマイルドであった。

 それでもテオは、ひえぇ、と情けない声を上げている。

 地球猫たちのジャンプは上死点を超え、高度は下がりだす。

 眼下に険しい山脈を超え、なおも飛行が続く。

 そして大きな湖を超え山肌に向かう。

 サビは目標を見つけたようだ。

 体を捻り、進行方向の山に足を向け、着地に備える。

 サビは担ぎ上げていたジュニアを両手で胸に抱き直す。


 ――ズサササッー!


 激しい音をたててサビは山肌の荒れ地に両の足で降り立つ。


「着いたにゃ」


 サビは、にゃー、と笑う。

 見ればチャトラもテオとテオの荷物を抱え、ズササー、と降り立つ。

 続いてミケもラビナと荷物を抱えて降りる。

 ミケの着地では全く音がしない。


「いやー、吃驚びっくりだね!

 地球猫は空を飛べるんだね!」


 テオは興奮気味に騒ぐ。

 そんなテオをチャトラとサビは満足気に眺める。


「ここは天然の温泉にゃ。

 ラビナと私が見つけたにゃ。

 温泉の源泉と小川があって温度の調節ができるにゃ。

 上に一つ、下に一つ温泉があるので上は女の子が使うのにゃ」


 ミケが説明をする。


「私は下でもいいのだけれどにゃ」


 サビは、にゃー、と笑いながら言う。

 はいはい、上に行きましょうね、とラビナは言いながらサビの手を引いて石の階段を登る。

 ミケがそれに続く。


 ジュニアとテオ、チャトラは下の温泉に向かう。

 温泉からは視界が開け、はるか下の湖が見渡せる。

 湖の周りには山脈が取り囲むように広がっている。

 右手下遠くには街のようなものが見える。


「凄い!

 絶景だね!

 来て良かった!」


 テオが感嘆したように叫ぶ。

 ジュニアも声には出さないものの同感であった。

 湖は深い翠色みどりいろに輝き、街は幻想的な白い化石のように見える。

 テオは、凄いすごい、と連呼し、次々に新しい曲がいてくるよ、とうれしそうに言う。

 三人は脱衣し、湯かけする。

 テオは湯にはいり、つかかりながら眼下の風景を眺める。

 そして、即興の歌を歌う。

 高く澄んだテオの歌声が聞こえる。

 ジュニアとチャトラは並んで手桶ておけに湯を汲み、香水入りの石鹸せっけんで念入りに体と髪を洗う。


「もういいんじゃない?

 早く温泉につかったほうが良いよ」


 テオはジュニアとチャトラに声をかける。

 湯につかったほうが早く臭いが取れるよ、テオは付け加える。

 ジュニアとチャトラはいそいそと湯に入る。


「ジュニアー!」


 頭上から声が聞こえる。

 サビの声だ。

 見上げるとサビの顔が岩の上から見える。


「どうする?

 のぞかれているよ?」


 ジュニアはテオとチャトラに小声で言う。


「まったくしかたがないにゃ」


 チャトラは膨れる。


「こっちにおいでよ!」


 テオがにこやかにサビに手を降る。


「いくにゃ!

 すぐに行くにゃ!」


 サビは明るく応える。

 にゃに? チャトラは慌てる。

 岩の上から水飛沫みずしぶきがたち、サビとおぼしき人影が空中に舞う、そして空中を蹴るように今度は早い速度で落下してくる。

 裸の背中をむけてるように顔を下に向けている。

 大きく両手を下に差し出し、小さな胸の膨らみと尻尾の生えた辛うじて肉づきのあるお尻が見える。

 そして落下するに従い、着水に備え、体を捻り足と両手を広げる。

 ジュニアは両手両足を広げ落ちてくるサビを見る。

 次の瞬間、サビは湯に飛び込み、激しい水飛沫むずしぶきがジュニア、テオ、チャトラを襲う。


「げぇほ、げぇほ」


 チャトラ涙目になりながら激しくきこむ。

 水飛沫みずしぶきによる温泉の湯を大量に飲んでしまったようだ。

 ジュニアも大量の湯をかぶり、あっけにとられている。


「ははははは」


 テオは可笑しそうに笑う。

 サビも温泉に肩までつかり、にゃー、と笑う。


「ミケー、ミケも来るといいにゃ。

 テオが歌を歌ってくれるかもしれないにゃー!」


 サビは岩の上に向かい声をかける。

 にゃ? と言いながら岩の上からミケの顔が出てくる。


「いいよ、こっちに来たら歌ってあげる」


 テオはヒラヒラとミケに手を振る。


「にゃにゃ?

 行くにゃ!

 すぐ行くにゃ!」


 ミケは叫ぶ。


「ちょっとミケ、待ちなさい!」


 ラビナの声が上から聞こえる。

 岩の上では音も無くミケとおぼしき人影が空中に舞う。

 そして空中で反転はんてんし落下する。

 両手で胸を抱えるように隠し、足をそろえて軽く曲げ、背中を向けて真っ逆さまに降りてくる。

 形の良い尻に生えた尻尾でバランスを取りながらギリギリまでその体勢を維持する。

 そして背中を反らして体を捻り、左右の足を時間差で着水させる。


 ――チャポン


 僅かな一滴ひとしずくの湯が空中に舞い、そして温泉の湯に戻る。

 ミケは胸を抱えたまま、肩まで温泉につかり、にゃ、にゃー? と曖昧に笑う。


「凄いね、君。

 今の凄くエレガントだったよ。

 サビの着水も良かったけれど、君のは全く水飛沫みずしぶきがしなかった。

 凄い技だね」


 テオは絶賛する。


「サービスなのにゃ?

 ね、ミケ?」


 サビは、にゃー、と笑う。

 ミケも、にゃはは、と照れたように笑う。


「ラビナー、ラビナもサービスしないのかにゃー?」


 サビは岩の上に声をかける。

 岩の上にはラビナの顔が見える。


「えー?

 サービス?

 ジュニアが一人でこっちに来るのならサービスしてあげるわよ」


 ラビナはにこやかに応える。


「おお、焼けるね、すぐに行くベきだよ」


 テオがはやし立てる。

 そして小声で、エリーに言ってやろう、と付け加える。


「ねぇ、ラビナ。

 追い込むのは止めてくれない?

 この前酷い目にあったところだろう?」


 ジュニアは岩の上に向かって言う。


「冗談よ。

 私も殺されたくないし。

 こっちは寂しいからそっちに行くね」


 ラビナはそう言い、岩の上から姿を消す。


「ラビナが来るってどういうことにゃ?」


 サビは目を大きく見開きながらつぶやく。

 皆もざわつく。

 待つことしばし、岩の階段をラビナが降りてくる。

 体に大きなタオルを巻いている。


「タオルのまま御免あそばせ」


 ラビナはそう断って、温泉に足をつける。


「歌はだかしら?

 ミケが待っているわ」


 ラビナはテオに歌を督促する。

 テオは、ああ、と応じ歌を歌い出す。

 明るいメロディの猫を主題にした歌のようだ。

 ミケは目を細めて湯に口までつかり、テオを見る。


 テオの歌は草原の愛の歌に変わる。

 テオがよく酒場で歌っているミケのお気に入りの曲だ。

 ミケの顔はいよいよ、恍惚こうこつとしたものになる。

 露天温泉の湯煙の中、テオの美しい歌声が響き渡る。


「あの街は美しくも退廃的な印象を受けるね。

 人気ひとけも感じられない」


 数曲歌ったあと、テオは眼下に広がる翠色みどりいろの湖、その湖畔の街、まるで白磁で造ったような建造物郡を見てテオは言う。


「あれは廃都サルナトよ。

 過去三度滅んでいる呪われた街。

 今は廃墟はいきょね」


 テオの言葉を受け、ラビナは説明する。


「最初の美しい都サルナトが建設されたのは数千年前。

 ムナールの湖畔には貴金属や石炭の鉱床があって千年間繁栄したわ。

 でも先住生物の反撃により一夜にしてグロテスクな生物の徘徊はいかいする魔都となってしまったそうよ。

 その後、二度復興しているのだけれど何れも住人すべてが行方不明になって滅んでいる。

 最後に滅んだには数百年前」


 ラビナは眼下の風景を見ながら誰ともなしに言う。


「へー、鉱床が有るんだ。

 行ってみたいな」


 ジュニアも眼下の街を見ながら言う。


「遺跡みたいなものよ?

 石造りの建物があって夜露よつゆしのげるけれど、何時いつ崩れてきてもおかしくないわ」


「観光がしたいわけじゃないよ。

 物資を調達したいんだ。

 このまま光の谷に向かってもジャックの置いていったおもちゃたちに勝てないだろう?

 こっちも何か作戦を考えなくちゃね」


 ジュニアはラビナに笑顔で返す。

 ラビナは、ふーん? いけど、とつぶやく。


「まぁ、確かに貴方好みの廃墟はいきょかもしれないわね。

 じゃ、行きますか、サルナトに」


 ラビナは大きく伸びをする。


「みんなー、においの付いた衣服もちゃんと洗うのよ」


 ラビナはチャトラ、サビに声をかける。

 ラビナは無神経にゃ、とサビは愚痴ぐちる。

 チャトラはしきりに自分の臭いを嗅ぐ。

 未だ時刻は三時過ぎ。

 太陽は高く爽やかな風が吹く。

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