病気で弱っている女の子の魅力とは 1
「――ここみたいだな」
中流街の関所を通り、俺は住宅街にある目的地に到着していた。
ちなみに関所を通る際に必要な通行料はギルドから出ている。
下流街の中央通りの家屋と遜色ない建造物が立ち並ぶ中、ややこじんまりした家屋だった。
家族数人で済むには小さい、一人で住めば多少広そうだ。
扉横には何やら看板が垂れ下がっている。
『魔術用品店:プリズム』と書いている。
魔術ね。やっぱり召喚魔術以外にもあるんだな。
しかし扉の前には『閉店』という文字があるので、営業はしていないようだ。
裏口から入った方がいいんだろうか。
しかし裏口があるようには見えない。
ここしか入り口がないっぽいな。
とにかく依頼主に会わないことには話にならない。
レミという名前から女性らしいが、どんな人なんだろうか。
不安に思いながらも俺は玄関をノックした。
「すみません、冒険者ギルドから来たものですが」
反応はなし。
空を飛んでいる小鳥がさえずっている音しか聞こえない。
「すみません、誰かいらっしゃいませんか?」
ノックしてもダメ。
やっぱりいないのだろうか。
どうするか。
依頼を受けた手前、帰るわけにもいかないんだけど。
マールさんに、依頼主がいなかったと報告するのも、ちょっと抵抗がある。
諦めるには早いだろう。
俺は何度もノックして、いませんか、と尋ねた。
十回目。
二十回目。
さすがに諦めようと思った二十一回目にして。
「だあああああ、うるっさいなっ!」
誰かが出てきた。
と思ったら、誰もいない。
扉は開いているのに、人物の姿が見えないのだ。
と思ったら、何か気配を感じて、俺は視線を下ろした。
そこには、死にそうなほどに辛そうな顔をした女性が倒れていた。
半裸だ。というか下着姿だった。
髪はぼさぼさ、伸びっぱなしなので顔があまり見えない。
顔は朱色に染まり、息を荒げている。
妙に色っぽくもあるが、俺は内心の動揺を抑えて腰を折って、彼女に語りかける。
「冒険者ギルドから来ました。神奈累です。レミさんですよね?
家事の手伝いを依頼されたと思うんですが」
「あ? ああ、し、した……したかな、そんな気も……。
頭がぼーっとして覚えてない。
でもレミの名前を知ってるってことは……い、依頼したみたい」
「ちょっと失礼」
俺は言うと、女性の額に手を乗せた。
熱い。完全に熱があるなこれは。
「とりあえず、中へ。肩を貸しても?」
「お、お願い……死にそう……」
死にはしないと思うが、可能性はゼロじゃない。
多分風邪だろう。
というかそれ以外の症状だと、俺には判別がつかない。
この時代、医療技術がどんなものかは知らないが、恐らくは発展はしていないだろう。
風邪でも死ぬことはある。
俺は女性を支えながら家に入った。
入り口付近には棚が壁際に並び、書籍や瓶、何かが入った箱、ガラス製品と色々なものが並んでいた。
これが魔術用品なのだろうか。
床にはそれらの商品が転がっている。
彼女がここまで移動するときに落としたのかもしれない。
少し埃が被っている。掃除が行き届いていないらしい。
病気で掃除もできてなかったんだろうか。
俺は肩を貸しながら女性を奥へと運ぶ。
カウンターを超えて、扉を通るとリビングがあった。
「う、上……レミの部屋、二階……」
なるほど。
二階に部屋があるから、出てくるまで時間がかかったのか。
この体調だと一階に降りるのも大変だっただろうに。
肩を支えて昇るのは骨が折れそうだ。
できなくはないが、かなり彼女に負担がかかるだろう。
俺は迷ったが、口を開いた。
「抱きかかえてもいいですか?」
「へ、変なことしたら……こ、殺すから」
「しませんよ。病人に手を出すとか、どんなクズですか」
レミさんは俺を横目で見上げていたが、ふいに視線を逸らした。
「……じゃあ、いい」
「はい。じゃあ失礼しますよ。ほっ」
レミさんを両手で抱えて、持ち上げる。
そのまま階段を上がると短い廊下が左右に伸びていた。
両方に扉が一つずつある。
レミさんが右側の部屋を指差したので、俺は指示に従い右側の部屋に入った。
部屋は足の踏み場がなく、服や本や紙や色んな道具で散らかっている。
本棚が並び、中にはびっしりと蔵書が敷き詰められていた。
机の上には科学の実験に使いそうな道具があった。
フラスコとかビーカーとか、そういう類だ。ほとんど妙な形で何をするのかわからないが。
ベッドの毛布を持ち上げて、レミさんを横たわらせた。
かなり辛そうだ。咳をしたり、時折身体が痙攣したりしている。
そのまま毛布をかけてあげると、俺は床に膝をつき、レミさんの視線に合わせる。
「辛いとは思いますが、一応、確認と依頼に関しての説明をお願いしたいんですが……。
厳しそうなので、こちらから質問します。頷くか首を横に振るかで答えてください。
いいですか?」
レミさんは頷いた。
「依頼内容は家事ということでしたので、洗濯、掃除、調理をしようと思います。
まだ昼までには時間があるので、先に掃除と洗濯をしようと思いますが、それでいいですか?」
レミさんは頷いた。
「見た感じ、専門的な道具や本が多いみたいなので、できるだけまとめて片付けます。
捨てたり、わかりにくい場所にいれたりはしません。それでいいですか?」
レミさんは頷いた。
「掃除、洗濯、調理の道具をお借りしますがいいですか?」
レミさんは頷いた。
「……あち」
あっちと言いたいらしい。
レミさんは反対側の部屋を指差していた。
あちらに掃除道具がある、ということみたいだ。
「言い難いですが、洗濯にはレミさんの下着もあるかと思いますが、一緒に洗っても大丈夫ですか?」
レミさんは戸惑いながら、頷いた。
というか下着姿なんだよな、今。
本人は気づいてるのかね。
「では、そうします。家事をする前に、レミさんは何か着た方がいいです。
熱が出て暑いでしょうが、半裸でいると余計に悪化すると思うので。
一杯汗を掻けば熱が下がります。ということで寝巻を着ましょう」
レミさんは、イヤそうな顔をしたが、緩慢に頷いた。
そしてタンスを指差した。
俺はレミさんが指し示した引き出しを開けて、パジャマを取り出す。
レミさんの近くに移動し、起き上がるように指示した。
半身を起こしたレミさんだが、動く気配がない。
多分、動けないんだろう。
「着替えさせていいです?」
レミさんは頷いた。
汗を少し掻いているようだが、裸だったためかそこまで湿ってはいない。
俺はレミさんにパジャマを着させた。
何度か肌に触れてしまうこともあったが、仕方がない。
ちょっとレミさんに睨まれた。
でもしょうがないので、ここは無視する。
レミさんを寝かせると俺は立ち上がった。
「では寝ていてください。何かあったらすぐに呼んでくださいね」
「……あい」
レミさんはコクリと頷くとすぐに目を閉じた。
規則正しい寝息が聞こえる。
うーん、これは相当に弱っているな。
改めてレミさんを見る。
女性というよりは少女っぽい。
年齢的には俺よりも少し下? いや同い年くらいか?
もしかしたら上かも、よくわからないな。
ぼさぼさの赤髪から覗く顔は整ってはいたが、色々と残念な要素が多い。
胸は小さく、ちょっと幼児体型。
身長はやや小柄程度だが、多少は高いため、幼さを軽減はしている。
この無防備さ。
周りに気を遣う余裕がないんだろうけど、ここまで警戒心がないと心配になる。
俺じゃなかったら、襲われていたんじゃないだろうか。
とにかく、何となく事情は察した。
病気で何もできなかったのでギルドに依頼したんだろう。
どうやって依頼届を出したのかという疑問はあるが、まあいいだろう。
俺は家事全般は得意な方だし、なんとかなるだろう。
まずはこの部屋を簡単に片づけるか。
俺は床に散らばっている者を種類ごとに分類し、集めた。
本は棚に。ただし適当ではなく、タイトルを見て順番を考えて棚に入れる。
わからない場合は一まとめにして、棚の近くに置いておく。
紙も同じように束にして机の上に置く。
道具類は道具が入っている棚に置く。
すべて最低限の分類をしてから片づけた。
物が多い場合、ある程度は捨てる方がすっきりするが、物が多い人間には何かしらのこだわりがある場合がある。
勝手に捨てたりしたら大問題だし、何より相手に失礼極まりない。
なので片づけに留めることにして、現状で最適な状況にする。
部屋の片づけを簡単に終える。
とりあえず床は綺麗になったし、物は整理された。
誇りを払って、雑巾か何かで拭きたいが、それはレミさんがいない時にすべきだろう。
俺は部屋を出て、台所へ移動した。
冷蔵庫の類はない。ただし気温はやや低めなので、収納箱に飲料水を入れているかもしれない。
俺は台所に下にある扉を開いてみた。
中には幾つかガラス瓶が入っている。
透明の液体が入った瓶が三つ、薄い黄緑色の液体が入った瓶が一つ、白色の液体が入った瓶が一つ。
開けて嗅いでみた。
二つはアルコール臭がする。
残りの黄緑色の液体はほんのり甘い香り。
透明の液体は無臭に近く、自然のようなニオイを少しだけ感じた。
白色の液体はミルクのようだ。
後者を飲むと、水と洋梨のジュースのようだった。
ジュースは現代のものよりも、甘みがなくちょっと苦いな。
ジュースと水を食器棚にあったポットに入れた。
コップを二つ一緒に持ち、二階へ。
レミさんの部屋に行き、ベッドの枕元にポットとコップを置いた。
これで喉が渇いた時に自分で飲めるだろう。
ポットも小さめなので、今のレミさんでも持てるはず。
いや、もしかしたら手が震えて持てないかもしれないな。
一応コップに水だけ入れて、上に清潔な布をかぶせておいた。
これで埃も入らない。
「よし、それじゃ掃除を始めるか」
まずは一階に行って、店内の商品を元の位置に戻した。
その後、二階の掃除道具入れを探し、箒とちりとりで家中を掃除。
バケツに水を入れて、雑巾で床や壁を拭いた。
かなり急いだし、家はそれほど広くないので一時間程度で終わった。
まあ、目立つ場所だけ掃除したからな。
本格的にすればもっと時間がかかる。
二階にあった脱ぎ散らかした服と、台所にあった洗濯物をまとめて桶に入れる。
台所横に裏口があった。
なんだ、玄関しかないかと思ったのに、裏口があるじゃないか。
裏口から出ると、遠くに共同の井戸が見えた。
女性陣が洗濯をしている姿が見えたが、数は多くない。
時間的に遅いからな。普通はもう食事の準備をしているだろう。
俺は桶を抱えて走って井戸へ向かった。




