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二つの別れと出会い

 パステルと共に、ラランの森から王都へと向かう。

 その最中もパステルは俺の腕を離さない。

 至福の時である。

 周りから見れば、恋人同士に見えるのだろうか。

 いや見えないか。

 片方は制服姿の男、片方は明らかに高貴な女の子。

 従者と姫様がギリギリなラインか。


「ルイ様はどこのお生まれなのですか?」

「日本だよ」

「にほん? 聞いたことのない国ですね」

「まあ、うん、そうだろうね」


 パステルは俺が異世界人だと知らないようだ。

 しかし城に帰って王や姫に話を聞けば、知られてしまうだろう。

 どうもこじれそうな気がする。

 このまま、パステルが城に帰ったとしよう。

 城のみんなに俺のことを話すだろう。

 そうすれば俺がパステルを助けたということに疑問を持つだろう。

 なぜなら王や姫は俺を、勇者を騙った異世界人だと思っているからだ。

 もしパステルを助けた人物が俺だと知れば、疑ってかかるかもしれない。

 下手をすれば盗賊が俺の仲間で、謀ったのではないかと言われそうだ。

 間違いなく言われる。そんな気がする。

 ここは、何か対策を練った方がいいかもしれない。 

 もうすぐ王都に着く。

 パステルは思ったよりも話しやすい。 

 姫様だからとっつきにくいと思っていたのに、実際は一緒にいて落ち着くし、会話も弾んでいる。

 聞いている限り、一般的な常識はあまりないように思える。

 それでも話が成立しているのは、彼女の人柄の賜物だろうか。

 自分のことを話すより、相手に興味を持つ。

 それが如実に表れている。

 王都は目の前に近づいていた。

 パステルが、素直な性格だと信じて、言っておくしかないだろう。


「なあ、パステル」

「はい、なんでしょうか?」


 いい返事だな。

 反応がいいから、話すのが楽しくなってくる。

 落ち着け。今はそんなことを考えている余裕はない。

 俺は意を決してパステルに言った。


「頼みがあるんだ。城に戻ったら、俺が助けたことは言わないでほしいんだ」

「そ、そんな、ルイ様が助けてくださらなければ、わたしはこの世にいません。

 大きな恩があります! そ、それをなかったことにすることは……」

「報酬とかはいらない。対価が欲しくて助けたわけじゃないからな。

 頼みは、俺のことを誰にも話さないこと。

 適当に知らない誰かが助けてくれたとでもしておいてくれ。

 そしてその人物は、君は怖くて見られなかった。いいね?」


 俺は真摯にパステルに頼んだ。

 俺の視線を受けて、パステルは逡巡していたが、やがてゆっくりと頷いた。


「わ、わかりました。本当にそれでよろしいのですね?」

「頼む。色々と事情があってね……もしかしたらパステルはわかるかもしれないけど」

「それはどういう」


 パステルが言い終わる前に、俺はやんわりと彼女の手を解いた。

 疑問を視線で投げかけてくるパステルに、俺は笑顔を向けた。


「ここからは一人で行ってくれ。そろそろ門衛がこちらに気づくからね」

「……それがルイ様の望みなんですね?」

「ああ。そうだよ」


 面倒事はごめんだ。

 目立ちたくもないし、これ以上、厄介なことに巻き込まれたくもない。

 すでに巻き込まれている気がするが、まだ大丈夫、だと思う。

 パステルは名残惜しそうに俺を見ていたが、やがて綺麗な姿勢で王都へと向かっていった。

 と、彼女は振り向く。


「また会えますよね?」

「きっとね」


 きっと会えないだろう。

 でもそれでいい。それがお互いのためだ。

 パステルは悲しそうに笑い、踵を返した。

 俺は彼女の背中を見守り、兵士達が彼女に気づいたことを確認すると、遠回りし、下流街側の門へ移動した。

 これでよかったんだ。

 もしかしたらかなりの金品を貰えたかもしれないけど、リスクが高い気がするしな。

 一応、依頼は完遂している。

 ギルドに戻って報告しよう。

 身銭は稼げるし、数泊分の金は入る。

 そろそろ夕刻。マールさんとの約束もある。

 順調だ。多分。

 これからどうするか、まだ不明瞭だけどな。

 俺は色んな不安を振り払い、ギルドまで移動した。


   ◆◇◆◇


「――はい、確かにゴブリンを十二体討伐しているようですね」


 依頼完遂受付の女性が無感情に答えた。

 冒険者カードを提出しただけで、確認できたらしい。


「では報酬は銀貨三枚と銅貨二枚ですね。

 ご確認ください」


 俺は円貨を受け取るとポケットに入れた。

 これくらいの枚数なら問題ないけど、財布なり袋なり買った方がいいだろう。

 やはり銅貨十枚で銀貨一枚の価値があるらしい。

 他の商品の値段と照らし合わせればある程度の通貨価値がわかるだろう。

 そこら辺は一先ずは置いておいて。

 俺は室内を見渡した。

 数時間前の俺の所業を覚えているのか、冒険者の中には俺を見て何やら話している連中もいた。

 目が合うと視線を逸らされたけど。

 マールさんはもういないみたいだな。

 外にはいなかったけど、行き違いになったのか?


「あの大柄の冒険者なら、仲間の人達が運んでいきましたよ」


 無表情の女性が、淡々と答えた。

 俺は男を探していたわけじゃないんだけど、勘違いされてしまったようだ。

 依頼完遂受付の女性はメガネをかけており、肩まで伸びた髪を左右で結っている。

 綺麗な顔だが、人形のような人工的な美しさを感じさせる。

 目に温度がないため、かなり素っ気ない。

 しかし俺は気にせずに会話を続けた。


「ああ、そうでしたか」

「……もしかしてあまり気にされていない?」


 言外を感じ取れるようだ。

 見た目に反して人の感情に敏感なタイプなのか?


「すみません。気にしてませんでした」

「あれだけのことをしておいて気にしてなかったのですか」


 言葉に棘があるな。

 そう思ったが、別に不快ではない。

 言葉には毒があったが、表情に責めるような色はなかったからだ。

 多分、率直に話す性格なんだろう。そう思おう。


「こちらに非はないので。殺してもないですし、正当防衛の範疇だと思いますが」

「ええ、その通りですね。

 あなたに非はないですし、ギルド員は、特にマールは喜んでいましたよ。

 あの男は、業務に支障が出るレベルでマールに言い寄っていたので。

 毎日毎日飽きもせず、自分は高難易度依頼で活躍しただの、筋肉がすごいだの、自慢ばかりでうざいったらなかったです。

 しかもそのほとんどが誇張してますからね。最悪です」


 ちょっとでも同情した自分を殴りつけたい。

 あれだけ粗暴で自己中心的な男だ。

 女性に対しても一方的なんだろう。

 自慢ばかりする男は傍から見ても見苦しい。

 そりゃ嫌われるだろう。


「正直、あなたがあいつをぶっ飛ばした時、あたしはよくやったと思いましたね。

 ナイスです。ナーイス。グッジョ」


 受付の女性は親指を立てて、俺の目の前にかざした。

 言動と動かない表情が一致せず、アンバランス感がすさまじい。

 俺は頬をひくつかせながら答えた。


「ど、どうも」

「ということで、外でマールが待っていると思いますので、行ってはどうですか?」

「あ、ああそうか。すみません、ありがとうございます」

「いえいえ、あたしはアメリアです。覚えておいてください、カンナさん」

「わかりました、アメリアさん。今後ともよろしくお願いします」

「……こちらこそ」


 仏頂面のままだったが、何となくアメリアさんの表情が柔らかくなった気がする。

 これからもお世話になるだろうし、心証を良くした方がいいだろう。

 そんな打算を排除しても、異世界に友人がいないと寂しいしな。

 女性ばかりと知り合っている気がするけど、気のせいだな、きっと。

 アメリアさんに別れを告げ、外に出ると、ギルド前にマールさんがいた。

 俺を見つけると嬉しそうにしながら手を振ってくれた。

 俺も手を振りかえして近づく。


「待たせてしまいましたか?」

「いえ、大丈夫ですよ。今来たばかりなので」


 上品な笑い声を漏らすマールさんとの会話は、まるで恋人とのデートみたいだった。

 落ち着け。違う、違うから。

 これから普通に宿に案内してもらうだけだから。


「じゃあ、行きましょう、ルイさん」

「え、ええ、お願いします。マールさん」


 なぜか名前を呼び合うと、気恥ずかしくなって笑い合う。

 そしてそのままどちらともなく歩き始めた。


「見回ったりしました?」

「いえ、まだ。すぐにギルドに向かったので」

「なるほどです。じゃあ、簡単に下流街の地理を説明しますね」

「すみません、お願いします」


 マールさんは、こほんと声に出して、人差し指を立てた教師のような佇まいで言った。


「下流街には中央と東と西に通りがあります。

 中央通りには店舗が立ち並んでいて、東と西は住宅街や宿泊施設が一部あります。

 ただし東側に行くのはやめた方がいいですね。貧民街で、治安もかなり悪いので。

 西側は哨戒兵が多いので土地代や宿泊費は高いですが安全です」

「下流街自体は治安がいいんですか?」

「下流と聞くと、貧民のイメージがありますが、そうじゃないんです。

 中央通りは旅人や商人、別地の冒険者も往来します。

 ですので中央の店構えや住んでる人は中流街と遜色はないんですよ。

 中流街だと商売がうまくいかないから、あえてこちらに移住する人もいますしね。

 中央通り付近なら治安も悪くないので」


 なるほど。下流街全体が下流というわけではない、ということか。

 完全な線引きはあるけど、実際に住んでいる人は、その限りではないらしい。

 マールさんは恐らく西側へ進んでいく。


「この都市は前線から遠いので、まだ魔王軍が侵攻してくることはないと思います。

 あ、ルイさんは異国の人だし、事情を知らないかと思って勝手に喋っちゃいました。

 知ってたらごめんなさい」

「いえ、助かります。是非とも続きが聞きたいです」

「それはよかったです。じゃあ話しますね。

 南に位置する魔族の国グランゼオラの軍力は相当なもので。

 隣国のアリストもロレンシア同様に魔王軍の侵攻を抑えることで精一杯のようです。

 噂では、王様はかなり昔に王族に伝わった魔術を使って、何やらしているとか。

 結局何も起こっていないので、眉唾物ですが」


 すみません、それ多分俺です。

 なんて言えず、俺は曖昧な相槌を打つことしかできない。


「このまま、魔王軍が侵攻してくる可能性は高いんですか?」

「どうでしょう。私は実際に見てないので……。

 ただ、危険な状況だという噂は後を絶ちません。

 ですので、みんな不安になっています」


 王様ではなく、実際に住んでいる人の意見を聞く方が実感がわいた。

 今は大丈夫。でもこれから大丈夫なのかはわからない。 

 魔王軍という明確な脅威が迫っているのだ。

 安易に、どうにかなるとは思えないだろう。

 俺は何とも言えない気持ちになってしまい、答えに窮した。


「あ、ごめんなさい、こんな話しても暗くなっちゃいますね!

 だめだなぁ、私。せっかく、二人で話してるのに、こんな面白くない話しちゃって」

「俺が聞きたいって言ったので。気にしないでください」


 マールさんは肩口に振り返り、俺を見た。


「ふふ、やっぱりルイさんは優しいですね。それにとても物腰が柔らかい。

 貴族の人みたいに作られた感じじゃなくて、自然にそうできてるというか。

 今日会ったばかりなのに、初めて会った気がしないというか」

「べた褒めですね。あ、さっきの依頼報酬が目当てですか?

 しょうがないな、ご飯おごるくらいならいいですよ」

「やった! なんて、うふふ。とても嬉しいんですけど、今日はお断りさせてください。

 家に帰らないといけない用事があるので。

 それにルイさん、住む場所にも困っている状況ですし、無駄遣いはできないでしょ?」

「仰る通りですね。ぐうの音も出ません」


 冗談を言うと、冗談を返してくれた。

 その軽妙な会話が楽しい。

 マールさんは気遣いができる大人な女性に思えた。

 時折見せる子供っぽい仕草や言動が、相まって彼女を際立たせる。


「ふふ、今度、そうですね、もう少し、懐に余裕ができたら連れて行ってください。

 その日を楽しみにしてますから」

「ええ、是非」

「それまで死んだり、怪我したりしちゃダメですよ……?

 冒険者は、とても危険な仕事だから。

 昨日元気だった人が翌日に亡くなることもあるので」

「大丈夫です。俺は臆病なので、死にそうになったら逃げますから。

 武術を習う時に最初に習ったので。死ぬ目に合う時は誇りとかは捨てて逃げろって」

「ふふ、いいお師匠さんですね。命あっての物種ですからね」

「ええ。俺の祖父なんですけどね。ただ、こうも言ってました。

 死にそうになっても、辛くても戦わなければならない時が来る。

 その時のために、必死で鍛え、強くなれ。そうでなければきっと後悔するから、と」

「……本当に、強いおじい様ですね」

「晩年、死にかけなのに、修行してましたからね。

 その状態なのに、俺は半分くらい負けてましたよ」

「ルイさんが? あんなに強いのに、おじい様はもっと強いんですか。

 ふふ、一度お会いしたかったですね」


 マールさんはくすくすと笑った。

 心の底から楽しそうに。

 そうしていたら。

 宿に着いた。


「あ、着いちゃいました……」


 マールさんはわかりやすいほどに、落胆した。

 俺は年上なのに、可愛らしい人だなと思い、彼女の横顔に見惚れた。


「またギルドに来ますよね?」

「ええ、多分、頻繁に行きますよ。もう来るなって言われても行きます」

「ふふふ、そうですか。楽しみです」


 お互い笑い合い、無言になった。

 そして見つめ合っていると、再びマールさんは笑顔になる。


「それじゃ、帰りますね」

「はい。それじゃ、また」


 マールさんは俯いて、ゆっくりと俺に近づいた。

 突然の出来事に身体が硬直してしまう。

 動けないでいる中、マールさんが俺の耳元でささやいた。


「昼間はありがとうございました。恰好よかったです」


 言うと顔を離し、照れながら笑った。

 慌てて踵を返して、マールさんは走り去ってしまった。 

 彼女の足音が周囲に響く中、俺は呆然と立ち尽くしていた。

 彼女のためにあの男と戦ったわけじゃないけど、それはマールさんもわかっているだろう。

 それでも感謝してくれるとは、律儀な人だ。

 なんて冷静に考えているつもりでも、俺はひどく動揺していた。

 だって。

 走り去る前のマールさんの横顔が、赤く染まっていたから。

 あんなに大人な対応ができる女性があんな顔をしたら、俺だって動揺する。

 心臓が早鐘を打っている。

 深呼吸をし、冷静さを取り戻すには十数秒を要した。

 そんな中、俺はようやく周囲の人間が俺を見ていることに気づく。

 どうやら、視野が狭くなっていたようだ。

 さっきの光景も見られていたのだろうか。

 再び体温があがる。

 今度は恥ずかしいという理由で。

 俺は慌てて宿に入った。

 落ち着くまでにはしばらく時間がかかった。

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