姫様と盗賊と偶然通りかかる主人公
王都リザリオ。
名前の通り、どうやら神であるリザ、つまりリザリオエンテの名を冠している都市のようだ。
もしかしたらエンテという都市もあるのかもしれない。
リザリオの構造は都市としてはやや特殊だ。
周辺を防壁に囲われており、門は六つある。
王都には下流街、中流街、上流層と、それぞれの地位に位置する人間が住んでいる。
都市は円形で下流から上流に上がるにつれ、高度も上昇する。
簡単に言えば、階段を登れば上流へ向かうということだ。
下流街から見れば城の位置が高いことがわかる。
各層には二つずつ門がある。
上流、中流街は高い位置から階段で降りるが下流は地面そのまま平坦に門が備え付けられているわけだ。
つまり、各層は完全に隔絶されているということ。
都市内なのに格差が激しいのは、この時代では当たり前のことらしい。
でなければ奴隷なんていないだろうし。
さて、俺はと言えば、下流南門から出て、外の風景を眺めていた。
「思ったより普通だな」
ただ平原が広がっており、道もある程度舗装されて、木の柵や、見張り塔が見える。
依頼では街の近くにゴブリンが現れたということだったが。
この様子ではゴブリンはいないだろう。
となると少し歩かないといけない。
確か近くのララン森という場所にいる、と依頼書にはあった。
とりあえず近場に見える森に行ってみるか。
かなり行き当たりばったりだが、地理がわからないのでそうするしかない。
冒険者や旅人の姿があり、行き来している。
街から外部に向かっている冒険者達は馬車に乗ったり、馬に乗ったり、或いは徒歩でどこかへ移動している。
見た感じかなり熟練の冒険者達らしい。
俺みたいな新人は……いないな。
なぜだろうか。
そういえば、Eランクの依頼は結構多かったような。
つまり消化されていないということか?
もしかして楽に昇格できるから最下級ランクの人間が少ないのだろうか。
それはそれで依頼人が困ると思うんだけど。
しばらく進むと、森についた。
俺は大して迷いなく、道なりに進み、森へ入った。
思ったよりは人の手が入っている。
道の周りの草木は刈られているし、歩きやすい。
この森はどこかへ通じているのだろうか。
と。
俺は気配を感じ、その場にとどまる。
ガサガサと草が揺れている。
注視していると、そこから何かが現れた。
三体の魔物。
ゴブリン。
依頼書にはゴブリンの姿も記載してある。
その姿とそっくりだ。
茶色の肌、妙に長い顔に、短い身体。
錆びた短剣を持ち、ぼろ布を纏い、耳は垂れている。
醜悪という表現がぴったりな生物だった。
奴らは俺の存在に気づくと、呻きながら近づいてきた。
間違いなく殺意があるな、これは。
俺は半身になり構える。
ゴブリンの一体が、不用意に短剣を払った。
俺は僅かに後退しただけでその一撃を避けた。
遅いな、遅すぎる。
これなら爺ちゃんの突きの方が早い。
病気で衰弱していた時の突きよりも遅い。
体調が悪くても、鍛錬はかかさなかった。
あの人は、武術馬鹿だったからなぁ。
なんて考えながらゴブリンの攻撃を避け続けていた。
こんな攻撃一生かかったって当たらない。
俺は不意に、足を振り上げる。
と、ゴブリンの首に足の爪先が突き刺さった。
首の骨が折れた感触が伝わる。
そのまま地面に倒れ、ゴブリンは動かなくなった。
他のゴブリンに向かう。
明らかに、俺に恐怖を抱いているが、見逃すわけにはいかない。
依頼が出るということはゴブリンがそれだけ人に害を及ぼしているということ。
ここで情けをかければ、別の人間が殺されるかもしれない。
悪いが、世の中は弱肉強食なんでね。
死んでくれ。
無慈悲に残りの二体も殺した。
少しばかり嫌悪感はあるが、それでも罪悪感はない。
覚悟はしていたし。
何より、この依頼をこなさないと、俺が死ぬ。餓死する。
背に腹は代えられないのだ。
生きるには何かを犠牲することも仕方のないこと。
ということで。
とりあえずこれでオッケーか。
この調子でゴブリンを何体か倒していこう。
そうやって森を進み、ゴブリンを討伐していった。
それが十二体に達した時、遠くで何かが聞こえた。
俺はじっと耳をこらす。
これは。
「悲鳴?」
反射的に地を蹴っていた。
森の中へ入り近道をして、声の聞こえた方向へ走った。
木々を縫い、足を高く上げて跳ぶように駆けた。
見えた。
あれは、馬車?
かなり豪奢な造りの馬車を取り囲んでいる人間がいた。
数にして八。
それぞれが曲刀や短剣を手にしていた。
冒険者、というには軽装だし、何より悪辣そうな顔をしている。
先入観だが、真っ先に『盗賊』という単語が頭に浮かんだ。
御者台に座っている男性が胸から血を流して倒れている。
どうやら奴らに殺されたらしい。
「おらっ! 出てこい!」
「閉じこもってても無駄だぜぇ? お姫様ぁ?」
姫様?
ということは中にいるのは王族?
おいおい、待てよ、こんな都市近くで姫様を襲おうとしているのか?
というか、なんでこんな状況に俺が鉢合わせてるんだ。
護衛は?
馬車は一台だけなのか?
色々な疑問が浮かんでは消える。
だが、俺は様子を見るという考えもなく。
草木を分け、道に飛び出た。
と、盗賊たちの視線が俺に集まる。
「ちっ! 援軍か!?」
盗賊達が獲物を構えて俺を注視し、周りを横目で確認する。
「……違うな。ただの通りすがりの、ガキか」
「変な恰好をしてるぜ、こいつ。冒険者、じゃねぇよな?」
「武器も防具もないし、平民だろうよ。
いや、移民か? こんな見た目の奴は見たことねぇな。
大方、王都の観光がてら外に出たら迷ってここに出ちまった、って感じか?」
「あーららららー、かーわいそうになぁ。
こんな状況見られたら、逃がすわけにはいかないよな?」
じりじりと俺に歩み寄る盗賊たち。
相手は凶器を持った、それなりに腕に覚えがある男達。
体格は一人が大柄、五人が中肉中背、二人が小柄。
殺しの経験はあるらしい、迷いがない。
対してこっちは素手だし、人殺しの経験はない。
なるほど。
まあ、余裕だろう。
「お、お逃げくださいっ!」
馬車から誰かの声が聞こえた。
だがそんな言葉に耳を貸すこともなく、俺はその場にとどまる。
次の瞬間盗賊たちが、俺へと迫った。
近場にいた二人が左右から俺に向けて剣を振る。
裂ぱくの気合いと共に放たれた剣刃は俺の脇腹と首を狙っている。
俺は正面、誰にいない空間に迷いなく移動する。
たった一歩。しかしその移動距離は数メートルに及ぶ。
二つの凶刃は空を切る。
そのまま奴らの後方に陣取っていた大柄の男に向かい、俺は跳躍した。
虚を突かれたのか、大柄の男は剣を振りかぶってしまう。
だが挙動が遅く、予備動作を終えることなく、俺の膝が奴の顎に埋まった。
「あが」
奴の脳が揺れたことがわかった。
俺は瞬時に振り返り、ようやくこちらに向き直った先の二人に向かい疾走。
奴らが俺を視認したと同時に、俺は地を蹴り、空中で両足を反対方向に伸ばす。
左右の足がそれぞれの敵の顔面をとらえた。
手ごたえはあった。すぐには起きれまい。
空中で態勢を整え、半回転し、振り返りながら着地。
俺は見ずにその場から僅かに飛び退く。
俺がいた場所に剣が埋まった。
その剣を踏みつけ、バランスの悪い状態ながらも、掌打を男の指に振り下ろす。
剣を掴んでいた右手の親指が陥没し、ゴキッと小気味いい音が聞こえる。
「ぎゃっ!?」
男は痛みで反射的に手を引き、のけ反りながら剣を落とした。
俺はそれを最初から読んでいた。
男が動く前に、更に一歩前に進み、男の懐に入ったままの状態を維持。
そのまま肘をかち上げ、男の顎を砕いた。
すぐに姿勢を低くし男が倒れる前に、男の身体に身を隠す。
男の後方にいる別の盗賊には俺の行動は見えない。
「何してんだ、こ、殺せ!」
憤りと焦りが浮かんでいることは明白。
冷静さを欠いた相手を倒すことなんて簡単だ。
俺は即座に右方に移動。
目の前にいた男の鳩尾を肘で強打。
下手をすれば死ぬ一撃だ。
というか死んでもいいと思ってやった。
だが、幸いにも、男は死なずに腹を押さえて悶絶するだけだった。
どうやら加減がうまくいってしまったらしい。
あえて殺す必要もないからな。
まあ、殺してもいいけど。
止まらずに残り三人も容易に倒した。
傷一つなく。
地面には八人の盗賊が伏していた。
なんだ。
異世界の奴らは大したことないな。
盗賊でこれか。
もしかして冒険者も大したことないんだろうか。
俺は念のためあたりの気配を探った。
誰もいないみたいだ。
いや、遠くから誰か来てる?
うーん、この世界の気配に慣れていないから、あまり察知できないな。
武術に長け、達人クラスになれば多少は気配を察知できる。
俺はまだまだだけどな。
さて。
俺は馬車に視線を移す。
どうするか。
一応、流れで助けることになったんだけど、別に対価を求めているわけじゃないし。
ちらっと馬車の扉を見ると、中から女の子がこちらを見ていた。
セミロングで栗色の髪をしている。
俺よりも数歳年下くらいだろうか。
童顔なのに、胸はそれなりに大きい。
肌は透き通るほど白く、淡い色合いのドレスが彼女の魅力を色濃くしている。
小動物系、と言えばいいだろうか。
可愛いし、守ってあげたくなる妹タイプだな。
かなり怖がっているみたいだ。
馬車の運転手も死んじゃったし、このまま放置するのはさすがに酷か。
俺は嘆息し、馬車に近づいた。
窓から覗いていた女の子は、怯えてしまった。
「大丈夫、もう盗賊はいないよ」
女の子は俺を見て、泣きそうなほどに顔をゆがませていたが、唇を引き絞り、意を決して扉を開けた。
俺は少し離れて、彼女から距離を取る。
女の子はおどおどしながら辺りを見回して、気絶している奴らを見てぎょっとしていた。
御者台にいる男を見て、悲しげに目を伏せると、俺に向かい振り返った。
「あ、あの、あなたが助けてくださったのですか……?」
「え? ああ、うん、見てなかったの?」
「も、申し訳ありません。途中から怖くて、目を閉じていたので」
見るに馬車の中にはこの娘しかいない。
完全に一人ぼっちだと怖いだろう。
周りを盗賊に囲まれて絶体絶命だったわけだし。
気持ちは、わからないけど、理解はできる。
それはそれとして。
これからどうするか。
「えーと、俺は神奈累。一応、冒険者をしてる。君は?」
「し、失礼いたしました。わたしはパステル・ロレンシア。
ロレンシア国第二王女にございます」
聞き間違いかな?
聞き間違いだといいな。
聞き間違いだと言ってくれ。
うっそだろ、おい、マジか。
この娘、あの王様の娘? あの姫様の妹?
マジか。
何の因果だこれは。
これもテンプレなのか?
●リンクログ
▽ログ
…350:ギルドに行く【受付が美少女:150pt加算】
…400:盗賊に襲われている美少女を助ける【助けた娘が王族:250pt加算】
●テンプレポイント:1050
おうふ。
マジでテンプレなのか、これ。
いやテンプレだということはわかるけど、ここまでテンプレだともうテンプレのゲシュタルト崩壊で、どれがテンプレでどれがテンプレなのかもうわからん。
しかしポイントはある程度、増えている。
これは喜ばしいこと、なのだろうか。
「あ、あのカンナ様」
「ルイでいいよ」
もじもじとしていたパステルだったが、上目づかいで俺を見ながら言った。
「ル、ルイ様……そ、その……わ、わたしもパステルとお呼びください」
「姫様を呼び捨てにするのは抵抗が……」
「だ、大丈夫です! その、周りに誰かいる時は、問題があるかもしれませんが、ふ、二人の時は……」
「そうか、じゃあ今はパステルって呼ぶよ」
「はい! あ、あの、遅れまして申し訳ありません。
助けてくださって、ありがとうございました」
うんうん、お礼が言えるいい子だな、君は。
親と姉はどうかと思うけどね!
思わず撫でたくなる衝動を抑えつつ、俺は訊ねた。
「なんでこんなところに? 姫様なら護衛とかいると思うんだけど」
俺が質問すると、パステルの表情が曇った。
視線を地面に落としてしまう。
「実は、隣国のアリストから自国へ帰る途中で突然、黒装束の賊に襲われまして……。
わたしの護衛はその相手を足止めすることが精一杯で。
わたし達だけで逃げたのですが、その先に盗賊たちが現れて。
御者の者は、最後までわたしを助けようと、必死でここまで逃げてくれたのですが」
御者台に乗っている若者は、真新しい鎧を纏い剣を帯びていた。
「……彼は配属されたばかりの新兵だったと聞いています」
「そうか。大したもんだ。一人で、ここまで姫様を運んだんだから。
新人でここまでできるもんじゃない」
上から目線になってしまったが、多少の修羅場をくぐっている俺だからわかる。
彼の功績、その困難さを。
パステルも頷き、彼の家族には手厚い補償をすると言った。
「とにかく、ここから移動した方がいいな。
王都まで行けば、兵士達が君を守ってくれるだろうし。
早く行こう。できるだけ戦闘は避けたいからね。
君を守りながら戦うのは難しいかもしれない」
「あ、あの、送って頂けるのですか?」
「ここまで関わって見捨てるわけにはいかないよ。
馬車は運転できないから徒歩になるけど」
「ありがとうございます。もちろん。徒歩で問題ありません。
こう見えて、運動は得意な方なので、こうすれば走れますし」
ドレスの丈が長いためか、パステルはスカートをたくし上げた。
なるほど、意外に活発な性格なのかもしれない。
しかしその、走れるぞアピールはすべきではなかった。
なぜなら艶めかしい太ももが丸見えだからだ。
俺は冷静にその太ももを凝視した。
……素晴らしい。
俺の視線に気づいた、パステルは慌ててスカートを下ろす。
「お、お目汚し、し、し、失礼しました」
パステルは顔を真っ赤にして謝った。
いや、見たのは俺だし、俺を責めてもいいのに。
ここで謝るとは、なんと性格のいい子だ。
これは庇護欲をそそられる。
いいよいいよ、王都に送るくらい全然するよ、そんな風に言いたくなる子だ。
「じゃあ、行こうか。念のため、俺から離れないようにね」
「は、はい! く、くっつきます!」
俺の腕を掴んで、しがみつくパステル。
離れないでとは言ったが、それは密着しろということではない。
しかしパステルはどうやら素直な性格のようで、額面通りに受け取ってしまったらしい。
胸が当たっている。
柔らかい。
このやや育っているが、まだ育つと思われる大きさ。
過去、幼馴染や他の女子が同じように胸を押し付けてきたことがある。
その度に、俺は胸中でその感触を楽しんでしまっていた。
そして罪悪感に駆られていたのだ。
その時の心境に陥った。
でも、これは抗えない。
彼女は盗賊に襲われたばかりで不安だしな。
ここは指摘しない方がいいだろう。
パステルもきっとその方が安心だ。
そうに違いない。
そう自分に言い聞かせながら、俺はパステルと共に王都へと向かった。




