ギルドとリンク
数人の兵士に連れられ、俺は城を出た。
手錠はされていないが、腕を振り払って逃げるべきではないだろう。
格子状の門から出ると、跳ね橋があった。
そこを通り、城外へ。
城近辺の街並みは、かなり整備された都市のように見えた。
近代に比べると見劣りはするけど、この時代では上位に入る豪奢な造りの家屋が立ち並んでいる。
道行く人の容姿も平民というよりは、貴族っぽい。
城の近くに住んでいるわけだから、かなり裕福なんだろう。
兵士に連行されている俺を見て、訝しがる人達。
悪目立ちしている。かなり恥ずかしい。
しかしどうしようもないので俯いてやり過ごすしかない。
街の通りを進むと、どんどん街並みが変わる。
街中にも関所のような場所があり、衛兵に監査を受けて通るらしい。
色々な人達が門の前に並んで、衛兵に何やら質問をされているようだった。
関所を通ると違った印象を受けた。
富裕層から一般層という感じだ。
家の造りも手の込んだ装飾のある家屋ではなく、ただの木造、石造の家屋になっている。
ここが下流街なのかと思っていたが、兵士達の足は止まらない。
更に進んで十数分。
また関所を通る。
今度はかなり薄暗い。
何やら不穏で、上流層に比べると圧倒的に粗雑な造りだった。
衛兵の対応も悪い。
俺を連れた兵士を見ると表情を取り繕ったが、薄汚れた服を着た子供や大人達に対しての扱いはぞんざい。
陰鬱な空気で、ボロ屋が散見され、人の容姿や表情も暗く、汚れている。
すえたニオイもするし、空気も重い。
俺を見る人たちの視線は、蔑みではなく、ただの観察に変わっている。
城の近辺に住んでいる人達とも、平民らしき人達とも、明らかに違う人種。
「ここら辺でいいだろ」
片方の兵士が言うと、俺の腕を離した。
「言っておくが、ここから中流街へは行けんぞ。金か冒険者証明書がなければな。
貴様は、この下流街で生きるといい」
「まあ、勇者を騙った異世界人だ。野垂れ死ねばいいさ」
「はっはっは、違いない!」
異世界に勝手に召喚しておいて、この言い草とは。
腐ってるな。
しかしなぜか召喚した相手が人間のクズの方がテンプレらしい。
そう考えれば、あの王様と姫様はまだマシだったんだろうか。
いや結構なクズだったけどな。
いきなり召喚して自分の事情を押し付けてそのくせ追放したしな。
こんな不遇な状況がテンプレなんて、同じ境遇になった人に同情を禁じ得ない。
兵士達はさっさと去っていた。
え? 本当に放置?
死ななかっただけ儲けものだと思えってことか?
嘘だろ……異世界に来て、何も知らない状態で、放置されるなんて。
ガシャガシャと鎧を鳴らしながら兵士達の姿は消えた。
俺は、立ち尽くしてしまう。
「……どうしよう」
いきなり追いつめられてしまった。
いや、前向きに考えよう。
まずは生きてる。
死んだはずが、生き返ったのだ。
それに、牢獄に入れられることも回避した。
状況は悪いが、最悪ではない。
健康な身体もあるし、一応は変な能力もある。
そう。
能力だ。
まずはこの能力に関して知る必要がある。
どうみても下流街、少なくとも俺がいる周辺は治安が悪そうだ。
いかにもな連中がたまにいるし。
何かあった時のことを考えて、自分の力に関してきちんと理解するべきだ。
まあ、素手でも多少はどうにかなるけど。
とりあえず考えるか。
考えないと、ネガティブな思考になりそうだし。
俺はとりあえず、少し歩いて、関所近くに移動した。
衛兵に見つからない程度には離れた場所だけど、関所近くで犯罪に巻き込まれたりはしないと思う。そう信じたい。
テンプレーションに関して。
リザの言っていた通り、テンプレを実現する能力のようだ。
ただし、テンプレーションの明示している項目はかなり限定的。
これはつまり、その場で可能なテンプレが決まっているということらしい。
かなりの派生はあるが、突飛なテンプレを実現することは不可能、ということだ。
それにさっきも思ったが、テンプレ内容によって必要テンプレポイントがかなり違う。
現状で大きな変化が必要な場合、多くのポイントがいる。
ただし、物質的な変化であれば、さほどのポイントは必要ないようだ。
でも人が関わるとかなりの高ポイントが必要になる。
特に、その場にいない、関わりがない人に影響を及ぼすと余計にポイントを求められる、と思う。
テンプレーションで選んだ項目は現実になる。
ならばすべては俺の選択で変化するということ。
極端に言えば、世界を塗り替えるということでもある。
どこまで可能なのかはわからない。
それにかなり世界に干渉する内容だと必要ポイントの消費が凄まじそうだ。
実質、実現は不可能だろう。
しかしどうやって発動するのだろうか。
俺がしたのは、テンプレーションと言葉に出したことだけ。
後は成り行きに任せていたくらいで、特別な行動はしていない。
念のため、小声で言ってみるか。
「……テンプレーション」
言って、なぜか先ほどのことを思い出して、頭を掻き毟りたくなった。
しかし何とかこらえて動向を見守る。
と。
時間の進みがゆっくりになり、何かが眼前に浮かんだ。
●テンプレーション【使用回数:0/1】
①:誰かが親切にしてくれる【広義的、限定指定可能】:必要テンプレpt …18,000
②:誰かと出会う【広義的、限定指定可能】:必要テンプレpt …5,000
③:不運な目にあう【広義的、限定指定可能】:取得テンプレpt …10,000
④:実は全部、夢だった【狭義的】:必要テンプレpt …999,999
●テンプレーションタイム【使用回数:1/3】※使用中
●テンプレポイント:11
テンプレーションの使用回数が減ってるな。
それとテンプレーションタイムというものが明確にわかった。
この時間が緩やかになる能力のことだ。
この間、テンプレーションを使うことができるということらしい。
それよりも、だ。
おいおい、なんだよこれ。
①と②はまだいい。何となく言いたいことはわかる。
けど③はおかしいだろ。
なんで不運な目にあうって項目があるんだよ!
よくよくみると必要テンプレポイントではなく取得テンプレポイントになっている。
あえて、不幸な状況に陥ることでポイントが取得できるようだ。
絶対やらないけどな!
あと、夢落ち、どんだけ推すんだよ。
そっちも絶対にやらないからな!
とにかく、テンプレーションが発動する条件はわかった。
声に出すことだ。
……なんで声に出すんだよ。
これ発動する度にトラウマが刺激されるじゃないか。
忘れろ。あの、何言ってんだこいつ、みたいな顔は忘れるんだ。
よし、忘れた。
次だ。
俺はしばらく待ち、テンプレーションタイムが自然に終了するまで待った。
ある程度、時間が経過すると視界の情景が元通りになった。
通常通りの時間の流れになったことを確認し、俺は頷く。
なるほど、どうやら制限時間は三十秒らしい。
かなり長いな。
テンプレーションの項目を見るにはテンプレーションタイムを発動させないとならない。
つまりテンプレ展開が予想できる状況、あるいはどうしようもなくなった時に使う方がいい、ということ。
テンプレーションタイムの使用回数には制限があるからな、慎重に使わないと。
ただ、他にも利用方法がありそうな気はするけど。
しかし上層項目のテンプレポイントと、限定指定のポイントが違うが、例えば『誰かが親切にしてくれる』という上層項目でテンプレーションを発動するとどうなるんだろうか。
誰かという部分は指定していないのだから、一番適切な相手が親切にしてくれる、とか?
ポイント的にはそんな感じがするな。
多分、いいとこ取り、って感じか。
その分、必要ポイントは高い、と。
とりあえずはこのくらいか。
さて、テンプレーションの発動条件と、内容も何となくわかった。
つまり状況によってテンプレーションの項目も変わる、ということだろう。
今は、城から追放されて下流街にいる状況だから、このテンプレ内容になってるみたいだ。
今後、状況によってはまた内容が変わるだろう。
うん、少しはわかってきた。
使いようによってはかなり有用な能力かもしれない。
かなり癖が強いけど……普通、こういう場合、魔法とか強い能力とか持っているものじゃないだろうか。
そういうのがテンプレなんだろうし。
いや、何かの力に目覚めるというテンプレーションを選ばずに、どうにかして命だけは助かる選択をしたんだ。
もしかしたら、もう選べないのかも。
どっちにしてもポイントが足りなかったけどな。
問題は、だ。
ポイントの稼ぎ方だ。
さっき、姫様に助けてもらっただけで400ポイントを使ってしまっている。
これでは次に何かあった時、何もできない。
いざという時のためにポイントを貯めておきたい。
そこまで考えると、ふとなぜか閃いた。
「リンク」
半ば無意識に言っていた。
すると。
また眼前に文字が浮かぶ。
●リンクテンプレ
…推定10000pt:奴隷市場に行って奴隷を買う【追加条件各種2000pt:奴隷は美少女、亜人、高密度の魔力持ち】
…推定50pt:適当な店に行って、情報を買う【追加条件100pt:店主が髭面のオヤジ】
…推定200pt:ギルドに行く【追加条件150pt:受付嬢が美人】
▽ログ
…100:交通事故に遭う
…100:神様に力を貰う【限定的:死後すぐ】
…100:異世界へ転移する【限定的:死後すぐ】
…50 :勇者として召喚される【限定的:死後すぐ】
…50 :なぜか日本語が通じる
…5 :王と会う
…5 :姫と会う
…1 :嫌疑をかけられる【限定的:転移後すぐ】◆テンプレーション
これは……。
なるほど、リザが言っていたように知らない情報が浮かんできた。
頭の中に情報が詰まっているらしい。
ちょっと気味が悪いけど、頼れる人間がいないので助かりはする。
この文字情報、まったく見たことがないものだけど、俺は把握できていた。
リンクテンプレ。
これはテンプレにつながる導線のようなもののようだ。
現状を鑑みて、次の行動指針を提示してくれている。
そしてテンプレ通りの行動を自らとることでテンプレポイントが貰えるのだろう。
もちろんこれ以外の行動をとってもいい。
ただし、ポイントが貰えるかどうかはわからない。
状況によってリンクも変わるから、一概には言えない。
ログはそのままの意味だ。
俺が今までとった、あるいは遭遇したテンプレ的行動、現象、状況だ。
自分でどうにかできる部分もあるし、どうにもできない部分もあるようだ。
簡単に言えば、自分でテンプレ的行動をとり、テンプレポイントを貯めて、テンプレーションを発動するというのが流れだ。
テンプレーションの特徴は『テンプレとして提示されていることならば、ポイントさえあればどんなことでも実現可能だということ』だ。
最初のテンプレーションにかなり無茶な項目があった。
夢落ちだの、特定の力に目覚めるだの、そんなことがポイントを消費するだけで実現可能だということ。
もちろんかなりの高ポイントが必要だが、それでも実現できる可能性があるということ自体が異常だ。
本当に実現できるなら、だけど。
正直半信半疑な部分が多い。
というか頭がついていかない。
あまりに非現実的なことが多すぎる。
だけど、そんな甘い言葉は通じない。
これが現実なのだ。
この現実をどうにかできるのは、俺だけ。
俺がどうにかするしかない。
しかしリンクテンプレに関しては文字だけしか書いてないので実感がない。
リザのおかげか、テンプレやテンプレーションに関しての情報は頭に入っている。
でもそれはただの情報で、映像ではないし、ただ聞きかじった程度のものだ。
だからどうも理解できない。
というか。
なんで奴隷を買いに行くんだ?
おかしいだろ。
これ、テンプレってことは俺と似たような境遇の人がとった行動ってことだよな。
普通、いきなり奴隷を買いに行くか?
犬や猫を飼うことでさえかなり考えるのに、人を買えるか?
それ以前に倫理観とかどうなってんだ。
人を買うなんて罪悪感と嫌悪感といろんな感情が入り混じって無理じゃないか。
いや、待てよ。
冷静に考えろ。
確かに頼れる人間がいない状況だと、誰か味方が欲しい気持ちもわかる。
それに、奴隷を買うということは救うということでもあるんじゃないだろうか。
俺も男だ。
奴隷が可愛い女の子だったりすれば、それは嬉しいだろう。
あれ? 色々と考えると、意外に合理的なのか?
何となく納得できてしまうような。
いやいや、待て、落ち着け。
異世界に転移してまず奴隷、というのはさすがに抵抗がある。
今は、うん、今はとりあえず置いておこう。
とりあえずテンプレーションに関してはこれくらいだろうか。
さて。
最大の問題を考えよう。
金だ。
金だよ!
どうすんだよ、金がないんだよ!
生きていくには金が必要だ。
でも俺は無一文だ。
このままだと魔王を倒すとか以前に、餓死する。
というか魔王を倒さなくちゃいけないんだろうか。
リザは魔王を倒せば、あとは好きにしていいと言っていた。
もし、魔王を放置して好きに生きたらどうなるんだろう。
……人が滅びたりして。
というか、勇者の召喚自体、人類が滅びそうだからおこなわれたことだ。
だったら、俺がなんとかしないといけないんだろうか。
正直、やる気が出ないけど。
実感も薄いし。
この国に愛着ないし。
王様も姫様もむかつくし。
まあ、今は考えなくていいだろう。
スタートからいきなり、窮地に立たされてるし。
しかも魔王とか関係なく、ただの金銭的な問題で。
金を稼ぐとなると、やっぱりギルドか。
仕事をするしかない。
急がないと、日が暮れる。
そうしたら外で夜を過ごさないとならない。
それじゃ浮浪者みたいじゃないか。
ギルドに行こう。
そう考えたら、足元から光の線が伸びていく。
通路を線が進み、どんどん離れていく。
どうやら、テンプレにリンクした時点で、その場所へも案内してくれるらしい。
なんと便利な。
便利、なんだよな?
まあいい。
とにかく急ごう。
俺は光の線を辿り、駆け足で進んだ。




