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両極端の弟子

 ――走り去る二人の背中を見送ると、俺はエメラルドの隣に座った。


「人間って変、走ったり、叫んだり、苦しんだり、なんでするの?

 剣使うのは敵を倒すためなのはわかる気がする。でもなんで走る?」

「体力をつけるため、だろうな」

「走れば体力がつくの?」

「つくぞ」

「変なの。精霊はそんな風にしても体力つかない」

「動物なら、人間と同じように身体を鍛えられるけどな」

「やっぱり精霊と人間は違う。あたし達は生物じゃない」

「さてな。生物の概念なんて案外人それぞれだと思うけどな。

 仮にエメラルドが生物じゃなくても、俺には関係ない。仲間だからな」

「……うん。あたしもそう思う。ルゥとあたしは仲間。それでいい。それだけでいい」


 俺はエメラルドの頭を撫でた。

 気持ちよさそうに目を細める彼女を見ると、心が温かくなる。

 そうして夕方になると二人が帰ってきた。

 クラウスがトマリを抱えて、ふらつきながら歩いている。


「も、戻り、ました、し、師匠……はぁ、くっ」


 貴族が下男を抱える図である。

 これ、貴族的に大丈夫なんだろうか。

 大丈夫じゃないか。

 トマリは気絶しているらしく、まったく動かない。

 クラウスはトマリを地面に横たえると、腰を曲げて、両ひざに手をついた。


「はあはあ、くっ、な、何とか、二人とも走り切りました。

 トマリは、途中で倒れてしまいましたが……わ、私が抱えて最後まで走りました」

「いや、それトマリは走ってないからな。おまえが運んだだけだから」

「はっ!? そういう解釈もありますね!」


 そういう解釈しかないだろう。

 しかし、予想通り、トマリは体力がなく、クラウスは体力が異常なほどにあるらしい。

 まあ、フォレストフロッグとの戦いでなんとなくわかっていたけど。

 少し休憩するだけでクラウスは呼吸を整えている。

 うん、大体わかったな。

 トマリが目を覚ましたので、日が完全に落ちる前に俺は二人に話をすることにする。

 開始当初と同じ立ち位置になる。

 二人共かなり疲弊しているようだが、俺は構わず話し始めた。


「お疲れ。よく頑張ったな。一先ず、今日はこれで終わりだ。

 最後に総評をする。おまえ達の今後の方針も教えるからよく聞け」

「はい……ッ!」

「は、はい……」

「まずクラウス」

「はい!」


 元気よく返答したが、やはり疲れが見えている。

 しかしこれだけ動ければ大したものだろう。

 期待に満ちた双眸を俺に向けている。

 強くなることをずっと考えていたのだから、その反応は当然だろう。

 しかし。

 恐らく、その期待は打ち砕かれるだろう。

 俺は一拍置き、言った。


「おまえは剣を握るな」

「……………………へ? い、今、なんと?」


 クラウスは顔色を変えた。

 狼狽しているというよりは、現状を理解してない感じだ。


「おまえは剣を握るな。一ヵ月は武器の類、剣に似たものも持つな。

 棒や布、紙なんでも、剣と同じ握りをしてもダメだ。素振りのような動きもダメ。

 剣術を思わせる動き、体捌き、類するすべての行動を禁止する」

「ど、どうしてでしょうか!?

 私は十年近く、毎日素振りをし、型を何百もこなしてきました!

 それをやめろというのですか!?」

「そうだ。やめろ。やめないとおまえは強くなれない」

「ど、どうしてですか!?」


 俺は溜息を漏らした。

 これは呆れから来るものじゃない。

 単に、クラウスの思いを考えると気が重かっただけだ。

「間違ってるからだ。おまえが今まで積み重ねてきた剣術は、間違っている」

 クラウスは口をあんぐり開けたまま、硬直した。

 微動だにしない。まるで石像だ。

 俺は話を続けた。


「おまえは基礎から間違って覚えてしまっている。

 不幸にもおまえは真面目で努力家、その上、継続力があったため、その『間違った剣術が身体に染み込んでしまっている』んだ。

 だからおまえは何をしても弱いままだ。

 基礎を間違って習得し、その上に応用を利かせても、剣術としてちぐはぐなんだ」

「で、ですが、最初に剣術を教えてくださったのは、剣士として有名な方で」

「剣士としては有能だったんだろう。

 だけどな勘違いしがちなんだが、強い人間は教え方が上手いとは限らない。

 屈強な戦士は、有能な教師じゃないってことだ。

 恐らく、最初におまえに教えた剣士はその類だったんだろう。

 だからおまえは間違えて基礎を覚えてしまった。いや、たぶん基礎自体を覚えていない。

 その上で、いきなり応用を教えられ、間違った剣術で上塗りしていき、間違った方向に努力してしまった。

 だから真っ当な方法で鍛錬しても弱いままで、むしろ弱くなることもあったんだろう」

「……そ、んな……では、私がずっと、努力してきたことは、すべて、む、無駄だったと?」

「無駄じゃない。筋力や体力はついてるし、手のひらにも硬いマメができてるだろ。

 剣を持つこと、剣を扱うために必要なものは揃ってる。

 それに継続することで精神も鍛えられているはずだ。

 無駄じゃないけど、間違ってはいた」


 十年間、それ以上の期間、毎日続けていたことが無駄だったとわかれば。

 間違っていたと知れば、落胆するだろう。

 本人にしかわからない喪失感があるだろう。 

 もしかしたら気落ちし、もうやる気がなくなるかもしれない。

 クラウスは俯き、真顔のままだったが、突然笑い出した。


「くくく、かは、ふふ、あははははっ! ぱっはぱっは!」


 その姿に、俺とトマリが顔を見合わせる。

 気が触れでもしたんだろうか。

 そんな不安が脳裏をよぎった時、笑い声は収まった。

 そしてクラウスは俺を見て、ニッと笑った。


「なるほど、だから私は弱いままだったのですね。

 何かおかしいと思っていたのです。どうも何か致命的な間違いをしている。

 そんな気がしていたのですが、原因が見つからなかった。

 少し落胆はありますが、すっきりした気持ちの方が強いですね!」


 本当に大した男だ。

 その心構え、精神力は俺を凌駕しているだろう。

 俺は心の中でクラウスを尊敬しつつあった。

 豪快に笑うクラウスを前に、俺は薄く笑った。


「そうか。じゃあ、指示通りにしろ。ただし筋力の鍛錬はしていいからな」

「わかりました! ではその通りに!」

「ああ。じゃあ次はトマリ」

「は、はい……」


 顔が青ざめているが、夕日で赤くなっている。

 なんか今にも死にそうだな、こいつ。


「おまえ、剣術は誰に習ったんだ?」

「いえ、習ったことはないです。その、見よう見まねで」

「独学ということか?」

「そうですね。

 強いて言えば、強そうな冒険者や剣士の人の動きを観察したくらいでしょうか」


 天才型か。

 型にはまらないような剣術だったが、予想が難しい動きだった。

 相手が手練れでなければ最初の一撃でやられるくらいには。

 それが剣術指南を受けていない人間ができたとなれば。

 これは素質があるタイプだということだろう。

 ただそれだけでは強いとは言えない。


「おまえは圧倒的に体力と筋力が足りない。今日からクラウスについて、鍛錬しろ」

「えええええええええ!? ま、毎日、ですか?」

「毎日だ」


 超再生を考えると隔日が一番効果的だ。

 筋肉痛がある状態で過剰な運動をすれば筋肉が病気になる可能性があるからだ。

 だが、そんなことはどうでもいい。

 非効率でも非科学的でも、苦しくも継続することが肝要だ。

 精神的な作用も期待しているという面もある。


「いいか? 限界まで鍛えるんだぞ。クラウスも甘やかすなよ」

「し、死んじゃ」

「わない。死ぬわけがない。死ぬ前に足を止めろ。むしろ死ぬ寸前まで走れ。いいな?」

「ううっ、なんでこんなことに……や、やりますよぉ」


 なんて情けない声を出すんだ、こいつは。

 気持ちはわからないでもない。

 運動が苦手なタイプはこんな心境になるだろう。

 だがトマリもクラウスも、できるだけ頑張ればいいなんて環境に身を置いているわけじゃない。

 気を抜けば死ぬかもしれない、そういう状況に足を踏み入れている。

 後悔をしないためにも、いざという時のことを考えて鍛えるしかない。

 クラウスは心技体の技だけが足りない。

 トマリは心技体の心と体が足りない。

 技なんてものは、正しく継続すればある程度は身につくものだ。

 だが心と体はそうはいかない。

 精神は身体に大きな影響を及ぼすし、弱気な人間は実力を発揮できない。

 身体は体格以外にも病気への抵抗力や、筋肉の付きやすさなどがある。

 鍛えても鍛えられない部分だし、心に関しては簡単に鍛えられない。

 どっちが上ということは明言できないが、恐らくクラウスの方が堅実な剣士になるだろう。

 ただトマリは才能がある。

 何かのきっかけがあれば化ける可能性はあるが。

 トマリは「あー、いやだいやだ」と呟き、クラウスに「私がついてる、一緒にがんばるぞ」と励まされている。

 ……なんか、あれだな、最初はトマリがクラウスのお守り役だと思っていたんだが、実は逆なんじゃないだろうか。

 クラウスはああ見えて、結構、気を遣うタイプだし。

 まあ、かなり我が道を行く性格でもあるから、ついてきているトマリもトマリで中々豪胆な部分もあるかもしれないが。

 持ちつ持たれつって関係なんだろう。


「それじゃ、今日の剣術指南は終わりだ。次は一ヵ月後。それまで鍛錬を忘れるなよ」

「はいっ! 師匠!」

「………………はい」


 対比を見せるクラウスとトマリ。

 やる気も性格も見た目も何もかも反対だけど、だからこそ相性がいいのだろうか。

 

●リンクログ

 ▽ログ

  …200:主人公が誰かを師事する


●テンプレポイント:7210


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