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初めての指導

 王都。下流街にある広場にて。


「ルイ師匠、ご覧ください! 私は、完全回復して帰ってきましたよ!」


 二週間近くの休養を経て、クラウスは怪我を完治させたようだった。

 高笑いをして仁王立ちしている。

 その横で、トマリが嘆息しながら佇んでいる。

 結構な怪我だったと思うが、短期間で治すとは、頑丈な身体だ。

 上流貴族なのに、繊細さの欠片もない。

 まあ、それくらいじゃないと冒険者なんてやっていけないんだろうけど。

 俺は二人と向き合い、小さく頷いた。


「じゃあ、約束通り今日から二人の鍛錬を始める」

「待ってました!」

「……え?」


 対照的な反応を見せる、クラウスとトマリ。

 クラウスは喜色満面だが、トマリは鼻白んでいる。


「ま、待ってください、僕は鍛錬をするつもりは」

「おまえ、とりあえずは帰らないんだろ?」

「ま、まあそのつもりですが」


 トマリは少し気まずそうにしながら横目でクラウスを見た。 

 だが当の本人はトマリの心情を慮ることなく、これから始まることに心を弾ませている。


「クラウスが強くなれば、必然的にもっと危険な依頼を受けることになる。

 現時点では何とかなってるけど、自衛できるくらいには強くならないと、死ぬぞ?」


 死ぬ、という言葉に、トマリの表情が硬くなった。

 今まで助かったから、これからも助かるとは限らない。

 その程度のことをわからないトマリではないだろう。

 なんせずっと、クラウスのお守りをしてきたんだから。


「……わ、わかりました。でも、僕も剣術は得意ではないんですけど」

「それは俺が判断する。おまえ達は、自分の力量を判断できる段階じゃないだろ」

「それはつまり、強くなれるということですよね!?」


 クラウスが身を乗り出してきた。

 まるで、おもちゃを与えられた子供だ。


「ああ。強くなれる。間違いなくな。ただ、おまえの期待する形かどうかは知らないけど」

「ならばどんなことでも耐えましょう! 

 ははは! なあに、剣術を習ってから十年余り、私はずっと鍛錬を続けてきました。

 強くはなれませんでしたが、継続する力はありますからね!」


 クラウスの身体は、かなり引き締まってしまってはいる。

 それは鍛錬の積み重ねによるものだと、俺は理解している。

 だが、それだけだ。


「あ、あの、ところでその後ろにいる女の子は?」


 俺の後ろを指差すトマリ。

 その先には広場の端でちょこんと座っているエメラルドがいる。

 昨日までは薄布一枚だったのだが、午前中に服を買い与えた。

 そのため、今は普通の女の子のような格好だ。

 どうもパンツルックは嫌いらしく、スカートを好み、できるだけ露出が多い方がいいらしい。

 服を着る、ということがあまり好きではないようだ。 

 そのため、艶やかな太ももや、すらりと伸びた腕は白い肌をさらしている。

 ブーツを拒否したので、ミュールっぽい靴を履かせている。

 それでも座ると、足をぶらぶらさせて脱いでしまうんだが。

 きっちりと着ないので、目を離すと服をはだけていたりする。

 最低限、隠していれば問題はないし、口うるさく言うつもりはないが、人目を引いている。

 魔力を抑えて、精霊独特の誘因性を抑えてはいるが、彼女の見た目だけでも特徴的だからな。

 そのためか、トマリも気になったようだ。


「彼女はエメラルドっていうんだ。最近、俺の仲間になった」

「仲間、ですか? クランを作ったんです?」

「いや違うけど。クランってなんだ?」

「えーと、冒険者同士で組んで、協力したり依頼を達成する組織というか。

 ギルドに登録すると、クラン毎に依頼が来たりしますし、何より、パーティーを組む時に困らないという利点があります。

 ソロだと、人を探すこと自体が大変ですから。

 クランに入ると、知らない相手でも一定の評価とか、人となり、腕前とかがわかるので」

「へぇ、知らなかったな。クランってのは誰でも作れるのか?」

「ランクC以上、ギルドの一定評価、それと登録料が必要です。

 クランの人数は四人以上が必要ですが」

「ふーん。教えてくれてありがとな」

「いえ、本当、カンナさんは不思議な人ですね。

 クランのことも知らないのに、大型依頼をこなしたり、こうして剣術を指南してくれるなんて。

 カンナさんなら、ランクAの上級、ランクS以上になれるかもしれませんね。

 ちなみにランクSは世界で三人しかいないランクですよ。

 各国に一人ずつ、この国、ロレンシアにもギースという冒険者がいるようですが、見た人はほとんどいないみたいです。

 彼等はどこのクランにも所属していないとのことですし」

「ギース、ね。そいつが魔族を倒せばいいんじゃないか?」

「いくら強くても一人の人間ですからね。

 さすがに戦場の状況を覆す力はないんじゃないでしょうか。

 実態はよく知りませんが。彼のこと自体も噂レベルなので、僕もよくは知りませんが」


 クラン、ランクS、ギース、か。

 今後、聞くこともあるかもしれないが、今の俺には関係のない話か。


「師匠! 話も結構ですが、そろそろ鍛錬を!」


 クラウスが待ちきれないとばかりに剣を素振りしている。

 かなり軽快で、振り慣れていることが見てとれた。

 俺はその仕草を観察しながら、言った。


「そうだな。じゃあ、さっそく始めるか」

「はいっ! お願いします!」

「お、お願いします」


 俺の正面に直立した二人の表情も所作も正反対だった。 


「まずは二人の実力が知りたい。ということで」


 俺は後方、エメラルドに目配せすると、彼女は地面に置いてあった木剣を投げてきた。

 受け取ると、それぞれに配る。


「普通の木剣ですね。ということは手合わせを?」

「そういうことだ。十戦するから、俺から一本とれ。わかったか?」

「実力をお見せします!」

「わ、わかりました……ああ、気が進まない」

「まずはクラウスから」

「はいっ!」


 トマリは俺達から離れて観戦に回る。

 エメラルドの方向に行こうとしたが、途中で足を止めた。

 さすがに初対面の女の子と打ち解ける勇気はなかったようだ。

 まあ、エメラルドがまともに取り合うかどうかは微妙なところだけど。

 クラウスは俺と向き合うと、一礼をして木剣を構える。

 中々堂に入っている、動きも流麗だ。


「じゃあ、いつでもいいぞ」

「全力でいきますよ!」


 間髪入れずに、クラウスは地を蹴る。

 俺との距離を一瞬にして詰め、木剣を振り下ろした。

 俺は半歩横に移動するだけで軌道を避ける。 

 風切音と共に、追撃が俺のわき腹を狙う。

 だが俺は後方へ下がるだけでその一閃を回避。


「まだまだ!」


 返す刀で遠心力を利用した巻き斬り。

 円の軌道を通る切っ先が俺の顔に迫る。

 しかし俺が首を傾げただけで、素通りしてしまう。

 突き、払い、振り下ろし、振り上げ、木剣は俺に襲いかかる。

 だがそのどれもが俺に掠りもしない。

 後方でエメラルドの欠伸が聞こえた。

 小鳥が鳴き、牧歌的な雰囲気が漂っている。

 その中で、木剣の大気を切り裂く音と、地面を蹴る音と、クラウスの息遣いが響き渡る。


「く、あ、当たらない!」


 始まって五分。

 クラウスは動きを止めず、ずっと剣を振っている。

 息は弾んでいるが、まだ体力に余裕はありそうだ。

 動きは鈍重にはなっていない。

 最初から遅いが。

 クラウスは本気そのもので、歯を食いしばり剣を振るっている。

 そろそろいいかと思い、俺はクラウスの足を蹴り、転倒させた。

 前のめりになっていたクラウスは前方に倒れ込み、そのままゴロゴロと転がった。


「のおおっ! ぐぬっ!? ま、まだまだ!」

「いや、もういい」

「い、いえ! 私はまだやれます!」

「もう十分わかった。次はトマリだ」

「……で、ですが」


 悔しそうというよりは、必死な顔だった。


「下がっていい。そんな顔するな。見捨てないって言っただろ?」

「そ、そうでしたね……ははは! わ、私としたことが、申し訳ない」


 表情を取り繕いながらも自責の心情が顔に出ていた。

 どうして自分は不甲斐ない。 

 どうして自分はここまで弱い。

 どうして、どうして。

 そんな風に思うことは誰にでもある。

 よほどの天才か、思い込みの強い人間以外には。

 大丈夫。その思いは決して無駄にならない。

 強い思いは己を変えるのだから。

 クラウスの小さくなった背中を見送ると、トマリが俺の下へやってきた。


「あ、あのクラウス様、大丈夫でしょうか?」

「ああ、大丈夫。気にするな」

「……そ、そうですか」

「おまえは、自分のことを考えろ。クラウスのことが心配なのはわかるけどな」


 トマリは慌てて首を横に振る。


「べ、別に心配なんてしてませんけど」


 男のツンデレって需要あるんだろうか。

 少なくとも俺にはない。

 まあ、悪い奴らじゃないということはわかるけど。


「次はおまえだ。じゃあ、かかってこい」

「ううっ、戦いは好きじゃないんですが……わかりました」


 トマリは情けない顔をしながらも木剣を構えた。

 俺は不意に片眉を動かした。

 こいつ……。

 トマリはゆっくりと俺との距離と詰めてくる。

 冷静に俺の動向を注視している。

 俺はトマリの動きに構わずその場で剣を正面に構えたままだ。

 と。

 トマリは瞬時に一歩前進。

 予備動作はほぼなく、ほんの僅かに虚を突かれた俺は、即座にトマリの動きに反応する。

 トマリは姿勢を低くし、斜め上に剣を突き出す。

 俺の顎を狙った刺突。

 俺は首を傾けてその一撃を避ける。

 トマリは泣きそうな顔で、右方に移動。

 俺の死角に入りつつ、攻撃するつもりだ。

 俺は見ずに、木剣の切っ先を下に向ける。

 カンという音と共に衝撃が手に伝わった。

 トマリは俺の太ももを狙い回転しながら剣を振ったのだ。

 俺の視界には入っていないので、正確ではないが。

 未熟故に、殺気が漏れすぎている。

 殺すという意思はないが、相手を傷つけるという意思はある。

 そこには僅かな殺意が滲んでいるものだ。

 俺はトマリの位置を把握しつつ、回し蹴りを放つ。

 トマリの腹部に足が埋まった。


「あぐぅっ!?」


 予想もしてなかったらしく、トマリは身体をクの字に折って、後方へ吹き飛んだ。

 そのまま地面に倒れたまま、動かない。

 俺は呆れながらトマリの顔に木剣を向ける。

 だが、トマリは逃げようともしなかった。


「い、だい、ですぅ、ごほっ」

「ほら、立て。まだ一戦目だぞ」

「ううっ、無理ですよぉ、はあはあ、もう無理ぃ」

「無理じゃなくてやれ。限界までやって無理って言えよ」

「し、死んじゃいますよっ」

「人間、簡単には死なない。死ぬようなことをしなければな。

 これは死ぬようなことじゃない。だから死なない。立て」

「ぼ、暴論だ、横暴だ! わ、わかりましたよ、起きますよ……ッ!」


 愚痴を言いながらも立ち上がったトマリは再び俺と剣を合わせる。

 初戦が最も善戦したが、それ以降は急激に動きが悪くなっていった。

 最後の方では動きは緩慢で、体力が尽きていた。

 俺が軽く突き飛ばすと、そのまま倒れて、横たわったまま胸を上下させていた。


「も、む、無理……です、し、死ぬ」

「死なないって」


 嘆息しながらトマリを見下ろす。

 肩口に振り返ると、クラウスが真剣な顔で俺達の戦いを見守っていた。

 戦いを観察して少しでも何かを吸収しようとしているようだ。

 本当に対照的だな、こいつらは。

 見た目も、中身も、生まれも何もかも。

 二人に少しの休憩時間を与え、再開する。

 クラウスは体力が有り余っているが、トマリはかなり疲弊している。

 だが俺は気にせず、次の指示を出した。


「剣術に関してはわかった。次は身体能力を見たい」

「わかりました! 今度こそ実力を見せますよ!」

「し、死んじゃう、死んじゃうから! 休ませてくださいよ」

「五分休んだだろ。飯も食べただろ?」

「五分なんてティータイムにもなりませんよ!? 奴隷だって休ませてもらえますよ!?

 ご飯だって、急いで食べたし!」

「おまえ達は奴隷じゃない。甘えるな」

「言ってることは正しいのに、何なのこの納得いかない感じ……」


 トマリが肩を落としている中、俺は構わず続けた。


「よし、じゃあ走れ。王都下流街内周二十周な。途中で水分はとれよ」


 ちなみに俺調べで、王都内下流街一周は、大体三キロである。

 常人が走れば倒れるだろう。

 というか食後にすぐ走ってはいけない。


「はい! トマリ! 行くぞ!」

「う、うそでしょ、うそでしょ!? ほんとに死んじゃうから、ま、待って!?」


 トマリはクラウスに腕を引っ張られ、連れて行かれた。

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