仲間になろう
「ぶはあっ! げほっ! はあ、はっ、はー……はーーー…………はあ、ふぅ、ふっ」
息が、肺に入ってくる。
全身に酸素が伝わる。
脳が痺れる。手足が麻痺する。
突然、息ができるようになった反動か、目眩が続いたが、少しずつ体調が戻った。
その間も、エメラルドは俺を支えてくれていた。
「だ、大丈夫? ルゥ」
「あ、ああ。大丈夫、死ぬかと思ったけどな、もう大丈夫だ」
心臓がうるさいが、少しずつ通常通りに戻っている。
「あいつは、死んだのか?」
「うん。湖に穢れがなくなってる。魔物は死んだ。間違いない」
「そうか。よかった」
「……よくない」
エメラルドは俺の肩を掴んだまま、俯いた。
彼女の手は震えていた。
俺の服を握りしめる力が強くなる。
「よくない! ルゥ、死ぬところだった! 人間は死んだら終わり!
死んだら、生き返れない! なのに、あんな……。
死ぬかもしれないのに! なんで!」
エメラルドは泣いていた。
彼女の瞳から溢れる涙は宝石のように輝いていた。
それが水面に零れると、波紋を生み、輝きと共に湖を彩る。
「あ、あたしとルゥは会ったばかり。どうして? どうしてそこまでしてくれる?
依頼だから? 冒険者だから? そのために命を懸けるの?」
泣きながら俺の胸に顔を埋め、俺を見上げる。
彼女は精霊ではなく、ただの少女のように思えた。
俺を心配してくれている。怒ってくれている。
その事実が、俺の心を温かくしてくれた。
「助けたかったから」
「そ、それだけ? どうして助けたかったの?」
「大した理由はないさ。
俺は依頼でここに来たし、依頼を完遂するには魔物を倒さなくちゃいけなかったし、魔物を倒すには冒険者に変装していた魔族を倒さなくちゃいけなかった。
成り行きみたいなもんだ。それに――」
「それに?」
「ここの森に来て、関わって、話して、そしたらさ、俺はエメラルドのことを気に入ってしまったんだ。
だから助けたいって思った。それが一番の理由だな」
「……好きってこと?」
その言葉に、俺は少し悩んだ。
だが否定する理由もなかった。
「そうだな。好きってことだ。好きな相手は助けたいだろ? だから助けた。
別に不思議なことじゃないさ。ちょっと無茶はしてしまったけどな」
「……それなら少しわかる。あたしもルゥに何かあったら助けたいと思う。
これから何かあったら、あたしがルゥを助ける」
俺はエメラルドの頭を軽く撫でた。
水気を含んだ髪は硬かったが、触り心地が良かった。
「そうか、ありがとな」
エメラルドは驚いている様子だった。
しかし俺の顔を見上げ、少しずつ嬉しそうに頬を緩める。
そして。
彼女は笑った。
「えへへ、うん」
感情が見えなかったエメラルドが笑った。
その顔に、俺は嬉しくなり、また撫でた。
そうしていると、湖に変化が生まれた。
エメラルドのいる場所から外に向かい、水面が輝き始めた。
それが湖全体に広がると、水の濁りがなくなる。
綺麗な水に変わり、森の中の雰囲気が明るくなる。
少し重苦しかった空気が、晴れやかになり、荘厳とした情景に見えた。
そこかしこで何かが飛び交っている。
あれは水の妖精か?
背中に透明の羽を生やした手のひらサイズの女の子。
なるほど、まさに妖精だ。
「これは?」
「魔物倒したおかげで、邪気が消えた。
湖の中の死体は森の奥深くで浄化するから大丈夫。
もう、この森に穢れはなくなった。ルゥのおかげ」
「じゃあ、エメラルドもまた湖に住めるのか」
「すぐには無理。魔物がいた場所だから、完全に綺麗にするには時間がかかる」
「そうか。じゃああの別荘に住むことになるのか」
「ううん、それはしない。あそこはもう飽きた」
「ん? じゃあ別のとこに住むのか?」
「ルゥと一緒に行く」
俺は何度も瞬きをして、エメラルドの顔を凝視した。
冗談を言っているようには見えない。
「精霊がいなくなったらまずいんじゃないのか?」
「大丈夫。ここは聖域。
あたしの魔力が染みついているから、あたしがいなくても数十年は力が保たれる。
また魔物が来たら危ないけど、その時は妖精さん達が教えてくれるから。
それに魔物は精霊自体が嫌い。あたしがいた方が色々と捗る」
したり顔でエメラルドは言った。
確かに言っている通り、彼女がいた方が魔物と戦いやすいだろう。
精霊がいれば魔族は力が弱まるらしいし。
しかし、いいんだろうか。
「俺と一緒に来ると、危ない目にあうぞ。それに、楽しいことばかりじゃない。
今回みたいな、魔物を殺したり、殺されそうになったりもする。
人間とも関わるし、辛い思いもするかもしれない」
「いい。あたしは、ルゥがいればいい。外に出たいって思ってもいたし。
少しは人間のことは知ってる。
同胞で戦って殺し合う馬鹿な種だってことも知ってる」
「その通りだけど、結構辛辣だな、おまえ」
「でもルゥは別。ルゥは好き。ルゥもあたしのことが好き。
だったら一緒にいるのが自然。違う?」
「……単純だけど、説得力があるな」
エメラルドは精霊とはいえ、見た目は可愛らしい人間の少女だ。
やや神々しいし、人間とは違う特殊な魅力があるが。
年齢は俺よりも多少下程度。
俺の妹と同じくらいの年齢だろうか。
あいつ、元気にしてるのか。
なんて思い出しても、もう戻れないんだけど。
今はエメラルドのことだ。
断る理由もないし、本人が良いと言っているんだから構わないか。
「わかった。じゃあ、一緒に行くか」
「うん! 一緒に行く!」
こんなに素直に嬉しそうにされるとこっちも嬉しくなる。
俺はエメラルドと共に岸まで戻ると、水から上がった。
湖はさっきまでとは違い、美しい景観を彩っている。
もうこの森は大丈夫だろう。
不意に、俺は先ほどの状況を思い出していた。
死ぬ瞬間、俺はテンプレーションを使う余裕がなかった。
いやその考えさえなかったのだ。
結局、剣を使い何とか凌いだが、テンプレーションを使えばもっと安全に切り抜けられたのではないか。
あの時、酸欠で思考が正常ではなかった。
結局、身体に染みついた剣術で急場を凌いだわけだ。
もっと、早い段階でテンプレーションを選択肢に入れるべきだろう。
仮に現状を打破できる項目がなかったとしても、確認するということが重要だ。
その時、ポイントが足らず打開手段を選べないかもしれない。
ポイント消費ももっと慎重にするべきだろう。
それにしてもあの時、凄まじい斬撃を放った。
あれほどの手ごたえは初めてだった。
死の間際で、力を発揮できたのだろうか。
火事場のなんとやらというやつか?
どちらにして、あの感触を忘れないようにしよう。
俺はまだ強くなれるらしい。
もっと、力をつけよう。苦戦しないように。
誰でも守れるように。魔王を倒せるように。
「ルゥ。これ」
エメラルドが俺に向かって両手の平を見せていた。
彼女の手には水が掬われている。
「これは?」
「あたしの涙。妖精の涙でもいいけど、精霊の涙の方が効果は上だから。
さっき、泣いちゃったから、あげる」
「そっか。じゃあ、ありがたく貰うよ」
俺は岸においていた鞄から小瓶を取り出し、エメラルドの涙を入れた。
透明に輝く涙は、見とれるほどに美しかった。
「しかし、なんで妖精の涙を取って来いっていう依頼だったんだろうな。
精霊の涙の方がいいんじゃ」
「精霊はあまり泣かないからかも。あたしも、泣いたの二百年ぶり」
「……二百、だと?」
「うん。なぜ?」
「エメラルド、おまえ何歳なんだ?」
「七百歳くらい」
これぞファンタジー。
そうだよな。これぞテンプレ設定だよな。
予想していたはずなのに、直接聞くと衝撃度がすごい。
あどけない顔をした少女が、七百歳か。
ま、別に年齢なんてどうでもいいと思うけどな。
エメラルドはエメラルドなんだから。
「精霊ってみんなそれくらいの年齢なのか?」
「精霊による。あたしはまだ若い方。
ある程度の年齢までいくと転生することもある」
「へぇ……転生、ね」
俺は死んで異世界で転生した、ということになっている。
赤子から人生をやり直しているわけじゃないから、転移に近いけど。
この話、いつか誰かにするんだろうか。
機会があったらエメラルドに話してもいいかもしれない。
彼女なら、人間よりは、神の存在に理解があるだろうし。
でも今は、やめておこう。
「ルゥ、疲れてる。今日は家に泊まって。明日帰る方がいい」
エメラルドの言うとおり、身体が重い。
一応、回復はしているが、一時的に失神寸前の状態だったし、激しい戦闘を終えたばかりだ。
このまま帰って途中で野営するよりは、エメラルドの家に世話になった方がいいだろう。
「そうだな、そうさせてもらうよ。ありがとな」
「いい。あたしとルゥは協力関係」
「そういう時は、仲間って言うんだぞ」
「仲間……仲間! うん、あたしとルゥは仲間」
「ああ、俺達は仲間だ」
俺はエメラルドの頭を撫でる。
するとエメラルドは嬉しそうに目を細めて、薄く笑った。
そうして。
俺達はスーの待つ、エメラルドの家に帰った。
●リンクログ
▽ログ
…400:大型の魔物を倒す【魔物規模:十メートル級】
…200:奥義を発動する【剣術奥義:100pt加算】
…400:水の精霊が仲間になる
…400:女性キャラ四人と仲良くなる【好感度:友達レベル】※精霊も含む
●テンプレポイント:5010