魔族と精霊の関係
木々の間を縫って、進み続ける。
光はまっすぐ目的地へと繋がっているようだ。
このタイミングで犯人が近くにいるんだろうか。
どの範囲まで光が伸びるのかわからないので、もしかしたら森を出てしまうかもしれないが。
そうなるとちょっと面倒だが。
水晶のような樹木ばかりの中、俺とエメラルドは黙々と歩いた。
歩き始めて数分。
エメラルドの家から見て、湖を介在した反対側に移動した。
気配を感じ、俺は足を止めた。
エメラルドに振り返り止まるように指示をすると、彼女はその場にしゃがんだ。
木陰から覗くと、三人の人間がいた。
見るに冒険者らしく、軽装ながら剣と鎧を身に着けている。
男二人、女一人。
湖の方向に歩いている。
一人の男が大きめの鞄を背負っていた。
奴らが湖に何かしたんだろうか。
俺は気配を隠し、一定の距離を保ちつつ、冒険者達を追った。
湖に到着すると、鞄を下ろしていた。
「おい、早くしろ。精霊に見つかる」
「わかってるっての」
「見つかったらやばいし、さっさとやって帰りたいわ」
一人の男が鞄から取り出したのは、木製の箱だった。
それを開けて、中を確認すると、箱ごと湖に放り投げた。
幾つも取り出し、湖に投げ入れている。
「あ、やべ」
男は箱を一つ、落としてしまった。
地面に落ちた拍子に中身が零れ落ちた。
それは何かの玉だった。
妙にごつごつとしていて、はっきりいってかなり気持ち悪い見目だ。
それが無数に箱の中に敷き詰められており、生理的な嫌悪感を促した。
男は慌てて玉を拾い、箱に詰めていた。
あれが何かはわからないが、間違いなく害を及ぼすものだ。
あいつらが犯人なのは間違いない。
やはりリンク項目にあった、邪魔をする冒険者はあいつらで、湖を穢す犯人もあいつら。
同一人物達だったというわけだ。
とにかく、この機会を逃す手はない。
そう思い、俺は物陰から出ようとしたが、先にエメラルドが飛び出た。
「人間、何してる!」
明らかに激昂し、怒りに顔をゆがませていた。
さっきまで落ち着いた様子だったエメラルドだったが、今は感情を露わにしている。
「ああ? なんだ?」
「お、おい、こいつ精霊じゃねぇか?」
「こ、こんな小娘が精霊だって? あたしには普通のガキにしか見えないねぇ」
「ばっか! 精霊ってのはそういう姿をしてるけど、何百年も生きてるんだよ!」
「や、やべぇぞ。どうすんだよ。見つかった場合の指示は受けてねぇぞ!」
エメラルドを前に、何やら慌てている三人。
俺はと言えば、森の陰に潜んだままだ。
なんでかって?
だって出るタイミングを逃してしまったんだから仕方がない。
とりあえず、様子を見よう。
「なあ、精霊を追い出すために、クラーケンの卵を湖に落として、その後、成長させるための促進剤を投げ入れてるんだよな?」
「ああ、そうだけど、なんだよ」
「いや、そもそも精霊が邪魔なんだから、そんな面倒なことをしなくても、精霊を殺せばいいんじゃねぇの?」
小太りの男が言うと、細身の男がはっとした顔をした。
「た、確かに、おまえ天才だな。でも悪党だな!」
「ぶへへ、そうだろ? 見た目も弱そうだし、殺しちゃえば褒められるんじゃねぇかな」
男達の話に、苛立っている、妙に露出の多い女が言った。
「ちょっと、あんた達、そんな話してる場合じゃないだろ。
どうすんだい、この娘。殺すのかい?」
「やっちゃうか」
「やっちゃおう」
「やっちゃうんだね」
三人は同時に頷き。剣を抜いた。
「さあ、精霊ちゃん、痛くないから逃げないでね」
「う、うへへ、大丈夫。すぐに終わるからな」
「精霊の癖に、なんで可愛らしい見た目なのかね。むかついてきた。
今から、ぶっ殺すから覚悟しな!」
男二人が、ドン引きした様子で女を見た。
次の瞬間、三人が地を蹴り、エメラルドに襲いかかる。
怯えた様子で、エメラルドは両手を抱いた。
剣閃が彼女に迫る。
だが、それは決して届かない。
金属音と共に三つの剣は阻まれた。
俺の刀によって。
「な、なんだこいつぅっ!」
「ぐっ、こ、このっ」
「な、ど、どうなってんだい! なんで三人がかりで負けるのさ!」
いくら俺でも三人相手に力で勝てるはずはない。
だがそれは、単純な膂力であれば、という前提での話だ。
俺は刀の形に沿って土の壁を作り、支えとしたのだ。
一応は触れているので魔力の伝播も十分にできるし、硬度も一定は保てる。
そして反発力も俺の身体ではなく、俺の魔力に依存しているため、単純な対抗力は相乗している。
もちろん、押し返す力はないので、互いの力が拮抗しているだけだが。
思ったより汎用性はある。形式的な魔術に拘らずとも、土を操り変化させることができるだけで、十分な戦力だ。
俺は土の形を滑らかに変え、右方に向けて斜面を作る。
刀の切っ先が地面へ垂れると同時に、土の壁の支えもあって、敵三人の剣は滑り台を下りるように、右へと流れていった。
「うお!?」
前傾姿勢だったためか、三人は同じようにたたらを踏み、何とか体勢を整えて、慌てて剣を構える。
警戒し、俺から離れて、歯噛みした。
「お、おまえは、何者だ!?」
小太りの男が叫んだので、俺は冷静に答えた。
「冒険者だ。見ればわかるだろ。そういうおまえたちは何者だ?」
「ぼ、冒険者だ! 見ればわかるじゃないか!」
確かに冒険者のように見える。
どう見ても腕に覚えがあるようには見えないが。
「そこの湖に何かを投げ入れたな?
それにこの子を殺そうとしたな?
冒険者が、そういうことをした、と?」
俺は刀を正眼に構え、冷えた視線を三人に向けた。
その視線を受け、三人はビクッと身体を震わせた。
「こ、これには色々と理由が」
「必要ない。どんな理由があっても、やったことには変わりがない。
そしておまえたちがしたことは、取り返しのつかないことだ。
だから、何があっても、おまえたちは終わりだ」
俺は内心、憤っていた。
俺と同業の人間が、こんなことをしていたことに、苛立ちを覚えた。
これでは、エメラルドが人間を信頼できないのも当然だ。
彼女は一人で穏やかな生活を営んでいたのに。
こいつらがそれを邪魔した。
そう思ったら、やりきれなくなってしまう。
俺は肩口に振り返り、エメラルドに言った。
「隠れててくれ」
「……うん」
エメラルドは俺を気にした様子だったが、後ろに下がって、木陰に紛れた。
「さて、ここで死ぬか。ギルドに引き渡されるか。どっちがいい?」
「ま、待ってくれよぉ、俺達は同業者じゃねぇか」
「あ、ああそうだ。ここは穏便に」
「あ、あたしたちは、悪気があったわけじゃ」
「わかった。殺そう」
こちらの言葉を聞かず、ただ言い訳を並べる人間は嫌いだ。
自己弁護だけの言葉ほど醜いものはない。
こういう輩は、何を言っても理解せず、言い逃れをするだけ。
ならば、もう言葉は不要だろう。
俺はじりじりと三人に歩み寄った。
「調子に乗るなよ! 人間風情が!」
「ぶ、ぶっ殺してやるよっ!」
「きいぃっ! もうどうにでもなれっ!」
三人は突然、奇声を発した。
刹那、奴らの身体が変貌する。
人間だった者たちは、異形の者に変わっていった。
全身が隆起し、肌の色も変わり、醜悪になっていく。
倍近くの体躯になった三人、いや三体は俺を見下ろしていた。
魔物だ。
人間の姿をしていたが、正体は魔物だったのか。
俺の中にいくつも疑問が生まれた。
だが、それは後回しだ。
こいつらの相手が先。
「ふぅっ! まさか、こんなところで元の姿に戻ることになるなんてな!」
「ああ、気持ち悪い。このドブみたいなニオイ、最悪だぁ。
くせぇくせぇ、えづくぅ、吐き気がするぅ!
さっさとこいつを殺して、精霊も殺して、キレイキレイしましょうね!」
「はあ、美しい。ほんと、美しいわぁ」
女は魔物の姿に戻ると、湖に自分の顔を映して、見とれている。
その後ろ姿を見て、男の魔物二人は嘆息した。
「またやってる」
「ほんと、自分が好きだな、あいつ。おい、さっさと人間を殺すぞ!」
「もう、しょうがないねぇ」
三人が俺に対峙する。
人間の姿と違い、こちらの方が圧倒的に強敵だ。
こちらは一人。
相手は三人で巨躯の魔物。
さて、どうなるか。
「死ね、人間ッッ!」
「必殺の一撃ぃっ!」
「美技を見せてあげるぅっ!」
三人が同時に俺に切りかかってくる。
異常なほどの圧力。
一太刀受ければ、俺は死ぬ。
「ルゥッ!!」
エメラルドが叫んだ。
同時に、俺に剣が迫る。
俺は地面の土を瞬時に浮かせて、三体に向けて、土のブロックを飛ばした。
サイズを小さくすれば三つくらいは作れる。
それが奴らの目の前で破裂する。
目つぶしだ。
当然、奴らは思わず目を閉じる。
だが、剣の軌道は変わらない。
俺に触れる。
その瞬間。
俺は刀を抜き払った。
同時に前方へ疾走する。
三体の隣を通り過ぎると、血を払って、再び刀を納めた。
静寂。
その中で、魔物達が異常に気付いた。
「あで? あいつは?」
「どこいったの?」
「んんん? あ、後ろにいる! いつの間に行ったのさ!」
素っ頓狂なことを言いながら、三体はこちらに振り向こうとした。
だが、それは不可能だった。
なぜなら。
「あれ首動か、ない」
「身体も動かない、ど、どうな、って」
「あだじぃ、顔が、変な方向に見てるぅ、く、首が、ぎ、ぎれ」
三人同時に首を切断した、つもりだった。
実際それは見事に達成できたのだが、あまりの切れ味に『頭が乗ったまま』だった。
数秒だけ喋っていた魔物達は、動かなくなり、痙攣して、地面に倒れた。
血が地面に広がり、そのまま命を落とす。
死んだようだ。
なんて切れ味だ。
あの武器屋、彼が自身で鍛冶をしていたのだろうが。
この刀のすさまじさに俺は驚きを隠せなかった。
思った以上の掘り出し物だ。
俺の腕だけではこれほどの結果は得られなかっただろう。
それに魔術自体もそれなりに使えるとわかった。
目つぶしだけでもある程度は有効だろう。
両手を使わずに済むので、魔術はかなり役に立つことがわかった。
ただ流れるように動くには、やはり鍛錬が必要なようだ。
魔術を使いながら通常通りに動ければ一段階上のレベルになれるだろう。
と、自分の失態に気づく。
誰に命令されたのか、どうしてこんな場所にいるのか、どうして人間の姿をしていたのか。
それを聞く前に殺してしまった。
やってしまったものは仕方がないか。
何となくの検討はつくし。
「もう大丈夫だぞ」
俺は木陰に隠れているエメラルドに声をかけた。
エメラルドは怯えた様子で陰から出て、死体を見ると、複雑そうな顔をした。
「悪いな。君の森を汚して」
「魔物の存在、血もこの地にはよくないけど、仕方ない。
殺さないと、ダメだったんでしょ?」
「多分な。逃がしたら同じことをしていただろうし、もしかしたらもっと悪影響が出ていたかもしれないし」
エメラルドは死体と俺を見て、少しだけ震えていた。
やはり彼女には感情がある。
人間と変わらない感情が。
「俺が怖いか?」
「……少し。でもあなたはあたしのためにやってくれた。
だからちょっとだけ怖いけど嫌いじゃない」
「そうか」
目の前で誰かを殺した人間を見て、何も思わないでいるのは難しいだろう。
例え相手が善人で、自分のために殺したのだとしても。
それを理解し受け入れられるなら、それでいいんだと思う。
俺は、別に好かれたいわけじゃないし。
エメラルドが死体に近づき、手をかざす。
魔物の死体は徐々に崩壊し、地面に消えていった。
「この森で浄化する。時間をかければ問題ない。
数が多いと無理だけど、これくらいなら大丈夫」
「そうか、悪いな、尻拭いさせて」
「悪いことない。あなたは悪くない。協力するって言ったでしょ?」
さっき言ったことを覚えてくれていたらしい。
俺は彼女の心遣いを受けて、素直に嬉しいと思った。
とりあえず、このことは後でギルドに報告した方がよさそうだ。
俺は地面に落ちていた玉を拾って眺めてみた。
魔物の餌なんだろうか。
茶色で異臭がする。何なんだこれは。
他にも白濁でやや透明なものもあった。中には何かが蠢いている。
卵のようだ。
「クラーケンの卵。湖にいる奴と一緒。複数、植えつけるつもりだったのかも」
「ってことは、やっぱりあいつらが魔物の卵を湖に投げ入れていたってことか」
「みたい。それであの大っきいのが生まれた」
原因は理解したし、排除もできた。
次は。
「じゃあ、イカ退治を始めるか。エメラルド、手を貸してくれるか?」
「うん。こちらこそ、ルゥに力借りたい」
さっきもルゥと叫んでいたが、俺のことか?
「ルゥってなんだ?」
「ルイ・カンナ。だからルゥ」
ルしかあってないんだけども?
これはあれか、精霊の感性という奴なのか。
特に変なあだ名でもないし、別にいいけど。
「そ、そうか。じゃあ、俺もエメみたいな感じで呼んだ方がいいか?」
「それはだめ。あたしはエメラルド。エメラルドって呼んで」
だめなのか。何がだめなんだ。
よくわからないが、こだわりがあるわけでもないし、構わないか。
「わかった。エメラルド。それじゃ、さっそく作戦会議だ」
「ん。作戦会議、する」
エメラルドの顔は真剣だ。
気のせいか、少しわくわくしているように見えるが。
俺とエメラルドは、スーの待つ、家に帰ることにした。
●リンクログ
▽ログ
…300:邪魔する冒険者を見つける【敵は魔族だった:200pt加算】
…100:邪魔する魔族を一瞬で倒す【相手は複数:100pt加算】
●テンプレポイント:3460