異人種交流というやつか
エメラルドの後に続き、しばらく歩くと、遠目に家が見えた。
家、というよりは大樹だ。
気をくりぬいて家屋にしているらしく、木の根元に扉があった。
エメラルドが扉を開けて、ちらっと俺を見て、中へと入った。
「ここで待っててくれな」
スーを撫でて、入り口付近で待つように言った。
俺は彼女の続き家に足を踏み入れる。
中は思ったより広かった。
一回には居間があり、椅子が幾つか。
不思議な色合いの小物が棚に並んでいる。
台所はないが、食器棚はあった。
中には皿とコップだけが並んでいる。
上階は吹き抜けで階段が壁際に備え付けられており、螺旋になっていた。
上まで行くと、ちょっとした空間があり、そこにも椅子やらテーブルがあるみたいだ。
眺望するためにあるのだろうか。
エメラルドは棚からティーカップを出して、ポッドから紅茶を注いで、テーブルに置いた。
俺は椅子に座ると、エメラルドは正面に座った。
同時に紅茶を啜り、一拍おいて、俺は聞いた。
「精霊でも紅茶を飲むんだな」
「飲む。ご飯は食べないけど。飲み物は飲める。おいしいから紅茶は好き」
「そうなのか。妖精みたいに現象のような存在なのかと思ってたけど違うんだな」
「あたし達、妖精は生物と現象の間のような存在。そこにあるけど、そこにはない」
「よくわからないけど……エメラルドはここにいるし、俺と話してる。
だったら、今ここに確かに存在しているんじゃないか?」
「あなたは変なことを言う。そんなことを言う人間はいない。
あたし達の存在は、人間からすれば自然的なもの。
生物でもなく人でもなく、物のような扱いをする。
いるではなく、あるもの」
「……君は物じゃないだろう」
「物ではない。けれど人でも生物でもない。なら、物の方が近いのかもしれない」
「物は話さないし、意識がない。魂もないだろ。少なくとも君は話せるし意識がある。
俺にはただの物とはまったく思えない。人でなくとも、精霊という生物に見えるぞ」
「精霊は生物ではない」
「概念の話さ。俺がそういう風に見てるってだけ」
機械は生物か? 違う。
ではロボットは生物か? 違う。
ではアンドロイドは生物か? 違う。
ではサイボーグは生物か?
では人工的な臓器を移植されたら生物ではないのか?
では身体を加工したら、手を加えたら生物ではないのか?
線引きは各々で違う。
この世界では精霊は生物でなくとも、俺にとっては生物のように思える。
人と遜色ない見た目で、話もできるのだから。
正否はどうでもいい。俺がそう思っているというだけだ。
「変な人間。あなたは本当に、変な人間」
「何度も言わなくてもわかったから」
エメラルドは少しだけ首をかしげて、紅茶を啜った。
俺も倣って紅茶で喉を鳴らした。
「聞いてもいいか?」
「言ってみて」
「君はさっき、人を信用できなかったと言っていた。それはどういうことだ?」
「…………最近、人っぽいのが、湖にやってきて何かを捨てていった。
それが何回かあって、気づいたらあの化け物が湖に住み始めていた。
あたしは湖に住んでいたけど、追いやられて別荘として作っていたこの家に移住した。
人が、湖を汚した。そしてあの化け物が来た。だから人間は信用できない」
情報を整理しよう。
人間が湖に何かを捨てていった。
それが何度かあった、というのは一体どういうことか。
つまり魔物を捨てていった?
いやさすがにあの規模の魔物を運べないだろう。
では魔物の元のようなものはどうだろうか。
俺には魔物の知識はさほどないが、魔物は様々な方法で生まれると聞いている。
濃密で邪悪な魔力が集まる場所で自然的に生まれる。
あるいは自然の中で、何かしらの作用が影響して生まれる。
人工的にも創造が可能だし、魔界からの召喚も可能らしい。
つまり多岐に渡るというわけだ。
しかし、人間や他の生物とは違う生まれ方をすることが多いとか。
と考えれば、その人間達が何かの方法で、湖に魔物を生み出したのだろうか。
そうだとしたら、なぜそんなことを。
「精霊は魔族が嫌い。魔族は精霊が嫌い。だから人間は精霊を大事にする。
そのはずが、なんでこんなことをする?」
「俺はそいつらじゃないからわからないけど……。
わざとしたのなら、君を湖から追い出すためだろうな。
結果、君は湖から追い出され、森は穢れ、水妖精は消えてしまった。
教えて欲しいんだけど、今後、どんな影響が考えられるんだ?」
「妖精の森は枯れ果てる。辺り一帯に魔族が侵攻しやすくなる。
遠く、前線の魔族に影響はない。けど、ここに近づいても力が減少しなくなる」
「結界みたいなものか……」
「あたしが何かしてるわけじゃない。自然にそうなる。だから魔族は精霊が嫌い。
精霊も自分や妖精や住処が穢れるから魔族が嫌い」
「人間と精霊の利害は一致してる、というわけか」
「それなのに、こんなことをされた。だから信用できない。
じょーやく、とやらで妖精の森は人間が穢してはならないとされているのに」
なるほど。そんな約束がされていたのか。
しかし、それも納得がいく。
精霊の存在が魔族の力を弱めるのであれば、いてくれた方が人間としてはありがたい。
「うん? でも俺に事情を話してくれたということは、信用してくれてるのか?」
「少しは」
少しなのか。
それでもまったく信用されないよりはいいだろう。
「なんで信用してくれたんだ?」
「あなたは馬に好かれてる。馬はとても繊細、優しいけど臆病、でも義理に厚い。
あなたを心配して、あの子ついてきた。魔物が怖いのに、怯えながらついてきた。
でも大して一緒にいた時間は長くない。短時間で信頼した。
それだけあの子にとって、あなたは信頼できる相手だということ。
人間より動物の方が素直。だからあの子が信じたあなたを信じた。少しだけ」
「なるほど。合理的だ」
「事情は話した。あたしは困ってる。あなたは湖を元に戻すことできる?」
俺は思案した。
さすがに水中の敵相手に戦う手段はない。
泳ぎは得意だし、ある程度は潜っていられるが、人間は所詮地上の生物だ。
水中の生物には勝てない。
「一人じゃ厳しいな」
「そうか。やっぱり難しいか」
「君と二人なら倒せるかもしれないけどな」
「あたしと? 協力するってこと?」
「そういうことだ。俺一人でも、地上の敵なら戦える。
だけど相手は水中に潜んでいるからな。人間の俺は対抗できない。
水の精霊なら、水中で動き回れるような魔術とか使えないか?」
「……できなくはない。でも、力弱くなってる。十分には使えない。
それに、あいつ倒しても、また人間がやってくるかもしれない」
「そうだな……まずはそいつらをどうにかする方法を考えるべきか」
「もしそれができたら、湖の魔物を倒すために手を貸す。あたしも困ってる」
「ああ。それと、一応依頼で来てるから、報酬に水の妖精の涙が欲しいんだ。
小瓶一杯分なんだけど」
「全部解決したら、またみんな出てくる。その時になったら、いくらでもあげる」
「よし。じゃあ契約成立だな。よろしく頼むよ」
手を差し出すと、エメラルドは小首をかしげる。
「何?」
「握手だよ。手を握り合うんだ。よろしくって挨拶みたいなもんだ」
「なるほど。握手」
エメラルドは感心したように頷くと、俺の手を握った。
触れると、少し驚いたように目を見開く。
「温かい。人は温かいんだ」
「エメラルドはちょっと冷たいな」
「水の精霊だから。熱いもの飲むと温かくなることもある」
身体も水で出てきているんだろうか。
人間の大半も水でできているらしいし、近い存在なのかもしれない。
互いに手を放す。
「どうやって見つける? 見張りはしてた。でも奴らは素早い。
顔は見てない。人間っぽいことしかわからない」
「近くの街で聞き込みしている時間はないし、情報も少ないな。
何かいい手段があればいいけど……いや、待てよ。リンク」
俺はふと思い出し、リンクテンプレを開いた。
●リンクテンプレ
…推定100pt:邪魔する冒険者が現れる【追加条件100pt:自信満々の雑魚冒険者】
これだ。
もしかしたら、これが件の人間なのではないだろうか。
ということは犯人は冒険者か?
あるいは別の人間なのだろうか。
とにかく確かめるだけの価値はありそうだ。
リンク項目を選ぶと、光の筋が現れ、目的の場所まで案内してくれる。
こんな風に役に立つとはおもわなかったが。
俺が項目を選ぶと、足元に光が現れた。
そのまま外へと伸びていく。
「こっちみたいだ」
「そっち?」
俺が外に出ると、エメラルドも後に続いた。
スーをどうするか悩んだが、ここなら安全だろうし、待たせた方がいいだろう。
俺はスーに待っているように指示して、光の筋を追った。
●リンクログ
▽ログ
なし