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指名で大型依頼が来ることもある

 室内は応接間のようで、ソファーが二つ、介在してテーブルが置いてあった。

 壁際に本棚と何かの書類が置いてある。


「どうぞ」


 促されて俺はソファーに座った。

 なんだろう。

 まさか、見つかったのか。

 俺がパステルを救ったということがついに露呈したのか。

 それはまずい。

 面倒なことになるのは間違いない。

 俺は生唾を飲み込み、正面に座ったアメリアさんの言葉を待った。


「現在、カンナさんはランクDですね」

「え? ええ、そうですが」

「実はランクCの依頼がカンナさんに来ています」


 予想だにしていなかった言葉に、反応が遅れてしまう。

 どうやらパステルを救った冒険者が俺だということはバレていないようだ。

 しかし、ランクCの依頼が来ているとは?


「……それは一体どういう?」

「数日前、サロック村近くの湿原で突然変異した巨大なフォレストフロッグを倒して、水ヒレを調達しましたよね?」

「しましたが、何か問題があったんですか?」

「いいえ。問題はありませんでしたが、あのフォレストフロッグはかなり希少でして、その上、かなり凶暴で並の冒険者では勝てません。

 当然、その水ヒレも高価なのです。

 本来のフォレストフロッグの水ヒレの数倍の価値があるので。

 ただ依頼の性質上、報酬の上乗せはできなかったのですが……」

「へぇ、そうだったんですね」


 適当な相槌を打ってしまった俺を見て、アメリアさんは嘆息した。


「本当にわかってますか? あんな魔物、ランクDの冒険者が倒せる相手じゃありません。

 それに聞けば、あなた一人で倒したとか。

 本来ならあなたが総取りすべき報酬を山分けしたのは、まあいいでしょう。

 ですが、ここまで異例の功績を残したとなれば、必然的にあなたの存在はギルド内で話題になります。

 まだ冒険者内にはあまり広がっていませんが、少しずつ噂が流布されていますよ」

「本意ではないんですが……」

「何を言っちゃってるんですが。それは無理な相談です。

 高ランクになれば名が売れて必ず噂になります。

 しかも、すでにあなたをランクDからランクCにしようという動きもあるくらいです。

 たった二週間ほどで、これは異例の大出世ですよ」


 素直に喜べない。 

 確かにランクを上げるつもりではあった。

 高額報酬の依頼を受けなければ、今後お金に困るだろうし。

 魔術書も購入しないといけないし、武器の手入れも必要だ。

 今の状況で不満はないが、魔王を倒すという目標を持つならばランク上げは必然だ。

 高ランクの依頼は、高難易度で、対象も強い魔物になる。

 強敵と戦い倒していくことで、俺自身も力量が上がるというものだ。

 しかし目立ちたくはない。

 けれど時間がない。

 だから悠長にしていられない。

 ゆっくりランクを上げれば、本末転倒になりそうだ。

 片方を立てれば片方が立たず。

 目的は魔王を倒すこと。

 そのためには、やはり手を抜くということはできない。

 目立って王様に見つかって、また牢屋に入れられるかもしれないが。

 見つかるまでは、今のペースを落とすわけにはいかないだろう。


「あまり嬉しそうじゃありませんね」

「……大したことじゃないので」

「大したことなんですよ。異例なんです。前代未聞なんです。

 ギルド内では、あなたの噂で持ちきりになるくらいなんです。

 下流街ではなく、中流街のギルドに移籍させようという案もあるくらいなんですよ」

「なぜ中流街に?」

「下流街の依頼はどちらかと言えば都民とギルドの依頼が多いのです。

 中流街のギルドは巨大な団体、組織、国から、或いは他国との共同戦線など、多岐に渡る仕事が多い。

 当然、報酬額は中流街の方が高いですし、名を売るにはあちらの方がいいので」


 待遇がよくなるようだが、俺はあまり乗り気ではなかった。

 確かに金は欲しいし高ランクの依頼を受けたい。

 でもそれはあくまで魔王を倒すための足掛かりに過ぎない。

 地位も名声も名誉も欲しくはない。

 欲しいのは支度金と、強い敵と戦う機会だ。

 それに――。


「俺は、こっちの方がいいですね。

 マールさんやアメリアさんと離れるのはイヤなので」


 アメリアさんはきょとんとしていた。

 無表情で俺を見ていたが、やがて口を開いた。


「そうですか。ではそのように伝えておきます」

「お願いします。それで、ランクCの依頼というのは?」


 最初の話を聞いてない。

 そう思い訊ねたのだが、アメリアさんの反応はない。

 俺を見ているようで、なぜか遠い目をしている。

 俺は少し上半身を傾けた。

 彼女は俺の後方の壁を見ている。

 何もいないが。


「アメリアさん?」

「そうですか。ではそのように伝えておきます」

「もしもし? アメリアさん? どうしたんですか?」

「そうですか。ではそのように伝えておきます」


 壊れた機械のように、同じことをずっと繰り返している。

 俺は心配になり、アメリアさんの隣に移動して、肩を叩いた。

 反応がない。

 仕方ない。ちょっと乱暴だけど、大声で名前を呼ぼう。

 正面を向いたまま、ひたすらに同じ言葉を発しているアメリアさんに向かい俺は大きめの声量で言った。


「アメリアさん!」

「きゃっ!」


 びくんと体を震わせたアメリアさんは、視線を俺に向けた。

 彼女が悲鳴を上げるなんて珍しい。


「あれ? あたしは一体? ここはどこ? あたしはだれ?」

「その言葉を現実で聞くとは思いませんでした。

 なんか会話の途中でおかしくなって、ずっと同じ言葉を繰り返してましたよ」

「え? あ、そ、そうでしたか。すみません、どうしちゃったんでしょう」


 近くでよく見ると、アメリアさんの顔が赤い。

 もしかして何かの病気だろうか。

 俺は心配になり、アメリアさんの顔を覗いた。


「あの、お疲れなら話は今度でも」

「いえ。時間がないので、今お願いできますか?

 それと、ちょ、ちょっと離れてくれると嬉しいです」


 確かに少し距離が近かった。

 かなりアメリアさんの顔が赤いので心配だが、離れるべきだろう。


「あ、すみません」


 俺は元の位置に座りなおした。

 アメリアさんは深呼吸を何度かして、表情を取り繕って会話を再開する。


「実は、フォレストフロッグ調達の依頼主はアカシアさんという有名な商人の方でして。

 あなたの持ち帰った調達品を受け取り、かなり喜ばれまして。

 これだけの結果を出す人なら、是非受けて欲しい依頼がある、と。

 直接名指しで依頼を承ったという次第です」


 そういえば、依頼書に商人アカシアと書かれていたことを思い出す。

 なるほど、事情はわかった。


「ランクCどころかBの冒険者でも直接依頼が来ることは稀です。

 指名ということで報酬もいいですよ。

 そもそもランクDの冒険者にこんな依頼をすること自体、本来はあり得ません。

 ですがアカシア様がどうしてもとおっしゃるので、話すだけ話しているだけです。

 直接依頼の場合、ランクは関係ありません。誰でも受けることはできます。

 もちろんギルド内で精査し、不可能と判断した場合は話自体がなくなりますが。

 ただし、この依頼はランクCの中でも難易度は高めですので、お断りしても構いませんよ」

「依頼書を拝見したいのですが」

「もちろんです。どうぞ」


 アメリアさんが封筒の中から依頼書を出して、テーブルの上に置いた。

 俺は書面に目を通す。


●指定調達依頼【依頼主:商人アカシア】

 ・ランク :C

 ・依頼対象:水妖精の涙を小瓶一杯

 ・依頼条件:不純物を入れないように注意。

 ・依頼期限:一か月以内

 ・依頼報酬:白金貨二枚から白金貨五枚。

 ・目的地 :魅惑の湖畔

 ・概要  :湖畔付近にいる水妖精の涙を取ってきてほしい。

       水妖精はとても臆病で姿をあまり見せない。

       その上、最近はなぜか水妖精がほとんどいなくなってしまった。

       何かしらの問題が起きていると思われる。

       問題を解決して水妖精の涙を調達して欲しい。

       移動に必要な馬代は支給する。


「これは、中々曖昧な内容ですね」

「すみません。魅惑の湖畔の状況が正確には把握できていませんので。

 ただ、直近で湖畔を訪れた冒険者の話では、以前はそれなりに姿が見えていた水妖精が忽然と姿を消したらしいです。

 きっと何か理由があるとは思うんですが、その冒険者達はなにもできなかったようで。

 ランクCでもかなり優秀な人達なんですが」

「パーティー推奨ではないんですね」 

「ええ。湖畔自体は危険な場所ではありませんから。

 水妖精もとても温厚な種族ですし」


 妖精か。この世界にもいるんだな。

 ちょっと見てみたい気もするし、報酬も高い。

 ソロでもできるし、道中魔物くらいは出るだろう。

 問題というものがどういうものか、多少の不安はあるが、明確な問題解決の手段がある方が珍しい。

 刀と魔術の具合も確かめたいし、行ってみるか。


「わかりました。お受けします」

「よろしいんですか? ランクCですよ? ぶっちゃけ難しいですよ?」

「名指しでの依頼ですし、見た感じ、そう難しそうではないので」

「ふむぅ、そうですか。カンナさんなら大丈夫だとは思いますが。

 いざとなれば依頼なんて放棄して、とんずらしてください。

 ゲラウェイしちゃいましょう。ちょっとくらい途中でやめても大した問題じゃないので。

 アカシアさんの信頼はなくなりますけどね」

「はは、危なくなったらそうしますよ。心配してくれてありがとうございます」

「……別に、心配したわけじゃないですよ」


 ぷいっと視線を逸らしたアメリアさんを見て、俺は思わず笑顔になる。

 無表情だし声の抑揚もあまりない。

 でもアメリアさんは優しい人だと、俺は理解していた。

 ちょっとわかりにくいけど。


「では受諾ということで。こちらで受理はしておきます。

 依頼書に湖畔の場所や、水妖精の特徴など書いてますので目を通しておいてください。

 あと、片道二日くらいかかるので食料を忘れないように」

「了解です」

「それと途中で盗賊に会ったりしたら逃げるが勝ちです。

 一鉛貨の得にもなりませんし、盗賊退治なんて傭兵に任せておけばいいので」

「わかりました」


 アメリアさんは、初めて遠出する子供を心配する母親のように、何度も言葉を重ねた。

 俺は苦笑しながらも、彼女の言葉を聞いた。


「あ、あとですね、えーと――」


 視線を泳がせて、俯いた後、アメリアさんは俺に視線を向ける。


「死なないで、帰ってきてくださいね。

 どっかで野垂れ死んだら許しませんから」

「ええ。絶対に生きて帰ってきますよ」


 俺は自信を持って答える。

 その返答に、アメリアさんは満足したのか、鷹揚に頷いた。


「それじゃいってらっしゃい」

「いってきます」


 アメリアさんに背中を押されて、俺は部屋を出た。

 さて、一先ず宿に戻って準備をしてから出発するか。

 初めて、一人で遠出する。

 野営も必要だ。

 そして今までで一番危険な旅になるかもしれない。

 俺はその事実に緊張するでも恐怖するでもなく、ただただ高揚していた。


●リンクログ

 ▽ログ

  …300:女性キャラ三人と仲良くなる【好感度:友達レベル】

  …250:主人公の存在が噂になる【噂レベル:王都ギルド内】

  …200:ランクアップが異常に早い【限定指定:ギルド所属から一か月以内】


●テンプレポイント:2860

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