刀
中流街の人達を見ると、下流街の人達とあまり変わらない。
一般的な国民が三々五々、行き来しているだけだ。
まあ、下流街の東にある貧民街と比較するとどうしても格差はあるけど。
確か事前に聞いた情報だと、中流街の東側の通りに武器防具屋があるらしい。
わからないし、ぶらついてみるか。
適当に歩いていると、家屋の雰囲気が変わる。
中央通りは、下流街と同じで食事処が多いが、東に行くと、個人店のようなこじんまりした店が多くなる。
看板を読んでいくと、武器や防具、道具、魔術の店が点在していた。
魔術用品店のような魔術関連の店はかなり少数だが。
しばらく歩いて地理を把握する。
両隣の通りも見てみたが、東側にある店は多少把握した。
中流街の一部だから、西側や東側全域を見たわけじゃないけど。
王都はかなり広いから、隅々まで調べるときりがない。
一応、マールさんやクラウスからおすすめの店の名前とかは聞いてきた。
しかし、おすすめの店はやっぱり量販店のような色が強いと思う。
人が知っているのだから、客が多い。
客が多く、捌けているのなら、一つ一つに時間をかけてはいないということ。
もしかしたらものすごく仕事が早い、という可能性もあるが、早々ないだろう。
一通り見回った結果、俺は一つの武器屋に目をつけていた。
見た目は質素、というかボロい。
かなり老朽化していて、看板だけは綺麗だが、外観は悪い。
加えて店が狭い。
扉三枚分の横幅しかないくらいだ。
窓から中もほとんど見えない。
だが、展示品は見えた。
そこにあったものに俺は目を引かれたのだ。
刀。
正確には刀らしきもの、だ。
シルエットは似ているし、刀身は綺麗な曲線を描いている。
柄と鍔のデザインは和風ではないが、重要なのは刀身だ。
見た感じ、かなり刀に近く、強度も粘りもありそうだ。
刀身はやや青い。武器の独特な美しさがあるが、美術品ではない、実用性があることは明白だった。
店の見た目は最悪だが、仕事は最高だ。
何より刀があるという事実に、俺は衝撃を受けた。
俺は日本で神奈流古武術を習っていた。
素手の戦いだけでなく、刀と槍も扱えるように鍛えられた。
ということで。
この店との出会いは、俺にとって運命とも思えたのだ。
色々と不安な部分はあるが、中へと入った。
外観通り、店内は異常なほどに狭い。
飾り気がなく、左右に棚があり、そこに武器が並んでいる。
見ると、武器の手入れはしっかりされているらしく埃一つ被っていない。
整理整頓されており、見目はいい。
ただ、それだけ。
綺麗に並んでいるが、見せ方を考えていない。
本棚に入った本みたいだ。
これじゃどれを売りたいのか、どれがどういう武器なのかわからない。
一応、分類はされて陳列している。
短剣、長剣、大剣。
小槍、大槍、手槍。
斧、槌、大槌、弓矢、鞭など様々な種類があった。
棚に並べているか、箱や樽に入っている。
値段は書いている。でもそれだけだ。
それがどういう武器なのか、どういう特徴があるのか、そういうのはわからない。
説明は店員がするというのが小売では一般的なサービスになっている。
だが、店員はいない。
これ、万引きされないんだろうか。
刀は……ないみたいだ。
展示されていたもの以外にはないんだろうか。
近場にあった武器の値段を見てみる。
結構手ごろだな。これくらいなら何本か買えるくらいだ。
鞘から抜いてみると、いい仕事をしている。
俺は目利きには長けていないが、それでもわかるくらいには業物だ。
剣を元の場所に収めて、俺は受付に移動して奥を見た。
誰もいない。
「すみません」
声をかけてみた。
すると、奥で何か物音が聞こえた。
いるにはいるらしい。
足音が近づいてきた。
と。
出てきたのは。
二メートル近くの巨漢。
骨格が太く四肢もまた太い。
見上げるほどの身長。天井に頭がついているんじゃないだろうか。
癖のある髪を伸ばしっぱなしにしている。
眼光は鋭く、正直に言って、かなり凶悪な顔立ちだ。
年齢は四十くらいだろうか。
この世界に巨人族という種がいるとしたら、こんな見た目だろう。
作業着姿で、大槌を片手で持ち、俺を凝視していた。
一般人なら、間違いなく怯えてしまう風貌だ。
その大男が、俺をじっと見ている。
睨んでいるのかと思ったが、瞳の奥には探るような色が滲んでいた。
そのまま。
無言だった。
何も言わず、見ている。
見ているだけ。
俺もなぜか見ていた。
見ていただけ。
その妙な空間の中、なぜか目をそらしたら負けだと思い始めた。
ということで数分位は見つめ合った。
その空気に負けたのは、男の方だった。
「………………何か?」
端的な言葉だった。
色々と足らない言葉だったが、言葉を発したという事実に、俺は安堵した。
いや、ほら喋れない人なのかと思ったから。
「表にある、刀……じゃなくて、剣。刀身が反っている。
ああいう武器が欲しいんですが。店内にはないみたいで」
「………………置いてない」
ふむ、これはつまり、店内にはわざと置いてないということか。
それとも展示品として置いてるんだから、店内にはないに決まってるじゃないかということか。
わからないが、どっちにしてもないのだからいいか。
何か面倒くさくなってきた。
「展示品でもいいので買いたんですが」
「………………あれは非売品だ」
じゃあなんで展示してるんだよとは思ったが、言わなかった。
また短くわかりにくい言葉が返ってくるだけだからな。
俺は思案する。
あの武器がどうしても欲しいんだけど。
「では、他に同じような武器は?」
「………………ある」
男は、奥の部屋に行き、しばらくして戻ってきた。
持っているのは一本だけだった。
鞘は革。デザインは質素だ。
鍔部分は楕円形、拵えは地味だ。
刀を抜くと、刀身が露わになる。
淡く赤い。光を反射すると宝石のように輝いた。
刀を倒し、柄に顔を近づけて、刃の形を確認。
寸分たがわす左右対称の造り、歪みも当然ない。
波紋が僅かに見える。本当に刀と同じ製法なのだろうか。
軽く構えると、一般的な日本刀よりも多少重い。
素材が違うからだろうか。
「振っても?」
「………………いいぞ」
許可を受けて、何度か振ってみた。
感想は一つしかない。
素晴らしい。
こんなに手に馴染む刀は初めてだった。
あまりの嬉しさに、心が震えた。
「これ、ください」
「………………いいのか?」
俺の反応を予想していなかったのか、店主は少し困惑している様子だった。
「なぜです? 何か問題が?」
「………………客は、この剣を、嫌がる。細くて、頼りない、と。
頑強だし、切れ味も、鋭いように、造っていると言っても、聞かない」
「見て、触って、振ればどれほどのものかはわかります。
これは相当な業物ですし、簡単に折れるようなものじゃないでしょう。
確かに重量や厚みがある剣が一般的ですが、俺はこの刀の方が扱いやすいと思います」
無表情だった店主の顔に、少しだけ変化があった。
頬がピクリと揺れた。
「…………カタナ? その剣の、名前か?」
「あ、いえ、その、俺の故郷にあった武器に似ていたので」
「…………カタナ、刀。そうか、今後はそういう風に呼ぼう」
「名前なかったんですか?」
「…………それは、儂が独自に造った武器だ。だから名前はなかった。
売れなかったし、ほとんど造っていない」
「そうですか。こんなにいい武器なのにもったいない」
「…………武器には、信頼性が、必要だ。
今まで、使っていた、武器から、乗り換えるのは、抵抗が、あるみたいだ」
「なるほど。馴染んでいる武器の方がいいからか」
俺も同じようなものだし。
気持ちはわからないでもない。
「じゃあ、頂いても?」
「…………ああ。値段は、白金貨一枚。ベルトも着けよう」
安い。かなりお買い得だ。
これくらいの業物ならば、十倍はするはずだ。
俺は懐から白金貨を出し、店主に渡した。
「…………毎度あり」
店主は棚の近くをごそごそと探り、刀を下げるためのベルトをくれた。
細身で、左右の腰部分には輪っかがあり、鞘をぶら下げることができる。
そこに刀を差して、軽く抜刀、納刀をしてみた。
完全に固定されてはいないので抜きやすい。
「ありがとうございます。とてもいい買い物ができました」
「…………うむ。儂はガスト。おまえの名前は?」
「神奈累です」
「…………そうか、カンナ。では、何かあればまた、来い。
武器の手入れは、定期的に、しないと、すぐに、壊れるからな」
「わかりました。ありがとうございます、定期的に寄らせてもらいますね」
「…………ああ、そうしろ」
言い終わると、ガストさんはさっさと奥へ引っ込んでしまった。
なんてことだ。
この人、客がいるのに店番を放棄したぞ。
これ信頼されているとかじゃないよな。
どうでもいいんだろうか。
まあ、俺がとやかく言うことじゃないか。
俺は左手で刀を弄びつつ、店を出た。
さて次は、ギルドで依頼を受けて、魔物狩りだ。
●リンクログ
▽ログ
…500:魔王討伐の覚悟を決める
…100:武器を買う【店主と顔見知りになる:50pt加算】
…250:異世界なのに刀がある【最初から扱える:100pt加算】
●テンプレポイント:2110