病気で弱っている女の子の魅力とは 2
井戸前に移動する。
俺を見て怪訝そうにする女性達だったが、何か言うでもなかった。
井戸にバケツを下ろし、持ち上げて、桶の中に。
そういえば、使った水はどうするんだろうか。
俺は近くにいた、女性に声をかけた。
「あの、すみません」
「な、なんでしょう?」
いきなり声をかけられたからか明らかに警戒している。
しかし俺は構わず言葉を繋げた。
「使い終わった水はどうしたらいいんでしょう?」
「え? ああ、水ですか。それでしたらそこの下水溝に流せば大丈夫ですよ」
下水?
ああ、確かに地面に穴がある。
この時代背景で下水があるのか。
いやなくはないのか。
しかし中世的な時代では不衛生な理由もあり、疫病が流行ったんじゃなかったっけか。
ま、ここは異世界だから別の話なんだろうけど。
「なるほど、ありがとうございます。助かりました」
「い、いえいえ」
あ、ちょっと笑ってくれた。
どんな場所でもどんな人でも、やっぱり話せば多少は親しくなれるものだ。
話すだけで印象も変わるしな。
なんて思っていたら、女性が恐る恐る聞いてきた。
「あの、あちらの魔術用品店の、方ですか?」
「え? いえ、俺は冒険者ギルドから依頼で来ているだけですが」
「ああ、なるほど、そうでしたか。その、大丈夫ですか?」
「大丈夫とは? 何かあるんですか?」
「……その、あそこの店主はかなり変人だと聞いていまして。
よくわけのわからない実験をして、気味悪がられていると。
噂では、危険な毒物や、違法な薬品を作っているとか」
「うーん、どうなんでしょう。話した感じだと普通でしたけど」
「そ、そうでしたか。あ、でも、気を付けた方がいいかもしれませんよ。
王都は広い分、いろんな人がいますから」
女性は俺を心配して、というよりは噂話をしたかったようだった。
まあ井戸端会議というのは昔からあるし、人が集まればどうしてもおこなわれるものなんだろう。
俺は興味ないけど。
それにレミさんは、普通の人に見えた。
人の意見や感想は客観性が欠けている場合も多い。
俺が自分で感じ、理解し、見て、判断すればいいだろう。
俺は女性とわかれて洗濯を始める。
洗濯板で服をゴシゴシした。
それはもうゴシゴシした。
下着もだ。
この時代の下着って、なんかちょっとゴワゴワしてるな。
それでも下着だとわかるのが偉大だな。
はい、終わり。
洗濯物を絞り、水が入っていない桶に入れる。
使い終わった水を下水溝に流すと、再び家に戻った。
桶を片付けて、裏口前のある、物干しの縄に衣服を吊るす。
これで一時間半ってところかな。
そろそろご飯時だ。
一旦、二階に行ってレミさんの様子を見た。
と、俺が近づくと、レミさんはゆっくりと瞼を開いた。
「喉、乾いてます?」
レミさんは頷いた。
俺はレミさんの上半身を起こす。
「水と梨のジュースどっちがいいです?」
「……じゅーす」
ふらふらと揺れながら、舌足らずの口調で返答した。
これはかなり悪化してるな。
俺はジュースをコップに入れてレミさんに渡す。
手に力が入っていないので、下から手を添えてやる。
ジュースを二口飲むと、レミさんは手を下ろす。
コップを受け取り枕元の台に戻し、レミさんを寝かせた。
「今からご飯作りますけど、何がいいです?」
「……あんまり、いらない」
「できるだけ食べないと元気になりませんから」
「……おいしいの、食べたい」
最早、子供である。
しかし病人とはそういうものである。
怒ったり、諭したりするべきではない。
弱っている相手にはそれ相応の対応をすべきだからだ。
「わかりました。少し待っててくださいね」
俺は台所に移動した。
食材を見ると、しなびた人参らしきもの、玉葱らしきもの、じゃが芋らしきもの、干し肉らしきもの、あとはチーズと調味料しかなかった。
胡椒はあるんだな。
試に嗅いでみたらクシャミが出そうになった。
さてどうするか。
全部をいれたポトフっぽいものを作ってもいいけど。
ふと棚の下に視線が移った。
大きめの布袋があったので中を覗く。
「おお、米だ。米があるのか」
ここは中世の文化レベルだが、異世界だ。
ヨーロッパじゃあるまいし、同じような食材しかないわけではないだろう。
というか魔術がある時点で、そういう地球の歴史はあまり通用しないような気がする。
米があるのなら。
コンロは……まあ、そうだよな、電気コンロとかガスコンロとかあるわけないか。
薪を入れて火をつける形式みたいだ。
少し悪戦苦闘しながら薪に火をつけて、コンロの上にフライパンを置く。
玉葱をみじん切りにして、フライパンに風味の強い油を引いて炒める、
干し肉を入れてしばらく炒める。
しばらくしたら生米を入れて、調味料を入れる。
水を入れながら掻き混ぜて、味見。
コンソメがないので薄味だが、干し肉の味が染みだしてはいるので、まあまあ美味い。
火加減に注意しつつ、ミルクを多少入れて更に炒めて、煮詰める。
しばらくすると水分がなくなるので、米に芯が残っていないか味見した後、チーズを混ぜる。
しばらく炒めれば完成だ。
木製の皿に盛り付けて部屋まで持って行った。
「レミさん、料理ですよ」
言うと、レミさんは目を開けてこちらを一瞥する。
気力がなさそうだったが、料理を見て、においを嗅ぐと自力で起き上がった。
「それ、なに……?」
「リゾットですよ。かなり代用品を使ったんで、味は薄めですけど」
「……おいしそ」
どうやら食欲が出たらしい。
お盆をレミさんの膝の上に乗せて、皿を持った。
「持てます?」
「……食べ、させて」
何とも正直な人だ。
まあ、別に構わないけど。
俺はスプーンにリゾットを乗せて、レミさんの口元へ持って行った。
「熱いですよ」
「ふーふー、して」
「はいはい」
俺はふーふーしてリゾットを冷ますと、レミさんに食べさせた。
「はふはふ……んぐっ……あ、おいし」
「それはよかった。もっと食べます?」
「んっ」
そうして何度も冷ましては食べさせた。
レミさんは結局すべてを平らげてしまった。
これだけ食欲があれば、すぐに回復するだろう。
「そろそろ時間なので、これがこの食器を洗ったら帰りますね」
「え? か、帰っちゃうの……?」
残念そうな顔と言動だったが、レミさんは慌ててそっぽを向いた。
寝て食事をしたからか少し体調は良くなっているみたいだ。
「いた方がいいです?」
「べ、別にいて欲しいわけじゃ……ある、けど」
「あるんだ」
俺は苦笑して、レミさんの顔を見た。
確かに良くはなってるけど、またぶり返すかもしれない。
それに、仕事も中途半端な部分も多いし。
「あ、あの……報酬、増やすから、夜までいて欲しい……かもしれない」
「かもしれないんだ」
「う、うん! か、かも! で、でもほら、もうちょっと報酬出せるし。
なんて……ダメかな……?」
病気で弱っている可愛い女の子が、頼ってきた場合断れる人がいるだろうか?
しかも上目づかいで、うるんだ瞳で俺を見ている美少女がだ。
断れるわけがないだろう。男心的にも、人情的にも、懐具合的にも!
「ダメじゃないですよ。じゃあ、夜までいますね」
「や、やた! あ、じゃなくて……ま、まあ、うんよろしくね」
「ええ、よろしくです。それじゃ、家事の続きしてますね。
レミさんはゆっくり休んでください」
「う、うん、じゃあ、お願い」
レミさんはごそごそと布団に潜った。
俺は小さく笑い、食器を手に、部屋を出た。
夜まで掃除と洗濯と、片づけ。
夜ご飯をレミさんに食べさせた。
食器を洗ってすべての仕事を終えるとレミさんの部屋に戻った。
ベッドには上半身を起こしたレミさんがいた。
血色もいい、大分元気になったみたいだ。
レミさんは俺が部屋に入ると、机の上を指差した。
「そこ、ギルドへの追加依頼の書類あるから、渡しておいて。
報酬は直接渡せないからさ、悪いけど、ギルド経由で貰って」
「わかりました。じゃあ、依頼はこれで完遂ということで」
「うん。終わり。お疲れ様」
やはりあの主婦の言っていたように、レミさんは変な実験をしている変人には見えない。
確かに部屋には実験道具らしきものもあるし、隣の部屋には床に魔法陣があったり、ちょっと血の跡とかあったり、何かグロテスクなものが入った瓶とかあるけど。
それくらい別に気にならない。
「それじゃ俺はこれで」
「あ、ねぇ。も、もし、またあんたに依頼したい時は、ギルドに言っていい?」
「俺ができることなら、大丈夫ですよ。
予定にもよるので、毎回受けられるとは限りませんけど」
「そ、そう……えーと、今日は、その、あ、ああ、あり、ありがと……」
レミさんは恥ずかしそうに言うと、布団に潜ってしまった。
礼を言うのがそんなに抵抗があるのだろうか。
変な人というよりは、可愛らしい人に思える。
「どういたしまして。それじゃ」
「う、うん、またね」
レミさんは布団から目だけを覗かせて、小さく手を振った。
なんか。
ものすごく萌えた。
俺はそんな胸中を表に出さず、外に出た。
かなり疲れたけど、結構楽しかったな。
たまには雑用依頼もいいかもしれない。
そういえば、レミさんは魔術に関して詳しいみたいだな。
今度、聞いてみるか。
もしかしたら俺も使えるかもしれないし。
さてギルドに戻るか。
そう思い、俺は足を踏み出した。
その足取りは妙に軽かった。