《剣術指南》3.侍と銀の主従
芝生の演習場にて、エミリオとフィーは流雅と対峙する。
審判たるリフィと、今回は見学のアニエスに見守られ、両者とも構えをとった。
「この前は負けちゃいましたけど、今日は勝たせてもらいます!」
フィーはすでに銀の鎧を纏い、手には茜の炎剣。黒くそびえる双角を揺らし、臨戦態勢に入っている。
それに対して、流雅はいつでも刀を抜刀できるように、鞘と柄に手をかける。
「此度も某が勝たせてもらう」
少し腰を落として静かに構える様は、まさに侍。
エミリオはフィーの少し後ろで、指輪型のストレージに圧縮されていた礼装を解放する。それを纏い、エミリオは小さく呟くように詠唱する。
「ーーーー“鳴り響く霊詩”起動」
それはミスリル銀布のロングコートだった。
ミスリル銀の魔術防御能力もさることながら、その有効性はミスリルによる刻印した魔術の安定性、持続性の高さだ。物理防御はあまり望めない代わりに、エミリオが編める限りの魔術を詰め込み、速度強化と魔術の高効率化、術式の代替事前詠唱による短縮、周囲の魔力探知までもを実現する魔術礼装。かなりの魔力を消費する代わりに、エミリオがフィーと並んで戦えるようになれる、無二の礼装。
使い魔とつがいであるためのエミリオの答えが、この銀のロングコートだった。
「僕だって戦うよ。フィーに任せっきりじゃ、カッコ悪いしね」
エミリオの手には細身の小剣が顕現する。その剣はフィーのものと同じ茜色で、内包する炎の魔力が時折疼くように明滅する。災禍の具現化を、エミリオは確実にモノにしつつある。
リフィはエミリオの実力を再認識した。
リフィの見立てでは、エミリオは既にヴェルザンディレベルを超えウルズに到達していた。今のウルズ生たちには及ばないだろうが、フィーとの連携であれば良い線までいけるかもしれない。
やはり流雅を連れてきて正解だった。
「では、はじめ!」
リフィの合図でフィーが飛び出した。それを追うように、魔術で強化されたエミリオが駆ける。
対する流雅は、フィーの横薙ぎを横に飛んでかわす。追従して迫るエミリオの刃は刀の鞘ではじいた。そのまま背中に抜けたエミリオへと、流雅が抜刀からの斬撃を見舞う。
キィン!
鋼の打ち合う音。
流雅の刀は、フィーリアの大剣に弾かれて、エミリオはフィーの背後に消える。
弾かれた勢いで数歩後退する。同時に納刀した流雅は魔術を詠い、渦巻く魔力が風を引き込んで、抜刀術に練り込まれた風が唸りを上げた。
「ーーー《銀の弾丸》!」
エミリオの撃ち出した獣狩りの魔弾が、渦を射抜かんと迫る。
「初の太刀“風車”…」
流雅の詠唱とともに、刀/魔術が抜刀される。
風を纏った刃が魔弾を切り裂き、そのままフィーへと飛来した。大剣で受けるフィーの頬が鋭い風の破片で切れる。その時には、流雅は既に刀を納めており、続けざまに魔術を繰り出す。
「継の太刀“曙”」
抜刀された刀が日の光を帯びる。
煌めく刃が瞬時に燃え上がり、目の眩む光を放った。
「く…!マスター!」
目眩ましを食らってしまい、一時的に視界を奪われたフィーは、エミリオに呼びかける。それを想定していたエミリオはキーワードを叫んだ。
「“感覚接続”!」
使い魔の契約魔術、その一端が効力を発揮する。エミリオの礼装が伝える周囲の状況が、視界を奪われたフィーの第六感を強化した。
目を瞑ると、強烈な光の残滓とともに浮かぶ魔力探知の新たな視界。マナとオドで描かれた鮮烈なモノクロが、フィーに討つべき相手の位置を教える。
流雅は再び魔術を編みながら、エミリオへと迫っていた。
「させないっ…!《揺らめく炎破》!」
短縮詠唱で魔術が発動し、フィーリアのグリップに地面がはぜる。
急なアクセルでフィーリアの肉体が軋むが、魔術に支えられたフィーは痛みを振り払って刃を放った。
「っ!破の太刀“椛狩り”…!」
それに気付いた流雅により、フィーを遮るように椛色の剣撃が射出される。二の足を踏むフィーリアを尻目に、流雅は魔術とともに抜刀した刀、その勢いをそのままにエミリオを斬りつける。
「………!」
鋼を削る音が響く。
エミリオが、流雅の刃を受け止めたのだ。
魔術によって限界まで強化されていたからこそ剣の素人であるエミリオにも防御できたが、それを知らない流雅の驚きたるや計り知れないものがあっただろう。なにせ、流雅はヴェルザンディクラスの誰にも、抜刀の連撃をー一部とはいえーここまで完璧に防御されたことがなかったからだ。
こと剣術において、生徒の身で流雅の右に出るものはいない。
ウルズクラスですら流雅の抜刀術を完璧に受け止めた者は少ないのに、下位クラスのエミリオに止められた。その事実は、流雅を本気にさせるには十分だった。
「マスターっ!」
フィーリアの一撃をよけて、後退する流雅。
再びエミリオ主従と対峙するが、流雅は既に次の魔術を詠っていた。
「結の太刀“白雪”」
抜刀された刃から純白の吹雪が吐き出される。追従して迫る流雅を見て、フィーはエミリオに言う。
「マスター、魔剣、使いますね」
フィーの最大級魔術の一つ。
必殺の魔術を使うと告げて、フィーは魔力を練り上げる。
それほどまでの気迫を、本気の流雅は放っていた。
フィーはすっ、と大剣を大上段に構える。
黒く、燃え上がる魔力。
魔剣の魔術がフィーの中から這い出で、鎌首をもたげた。
「《破滅と勝利のーーー」
吹雪を纏う流雅、その鋭利な剣が唸る。
フィーリアの剣は燃え立つ黒炎の柱となり、上天を焦がす。
魔神と呼ばれた炎の化身の象徴。
それが、振り下ろされる。
「ーーーー魔剣》!」
その刹那。
「秘剣“鬼斬童子”!」
吹雪が炎に飲まれるラグが、勝敗を分ける致命的な隙を生む。
退魔の太刀筋が魔力を切り裂き、フィーへと到達する。ミスリル銀さえ貫通する秘剣が、フィーを鎧ごと打ち破った。
決着は一瞬のことだった。




