《剣術指南》2.新たな撚り糸
流雅とエミリオ主従が知り合ったのは、エミリオとアニエスの契約から一週間が経った頃までさかのぼる。
「やぁ、エミリオ。アニエスとは上手くやっているかい?」
休日の晩に現れたリフィは、手土産を片手に持っていた。
「フィーのおかげでなんとかやれてます」
手土産を受け取りつつ、エミリオはアニエスが来てからのことを思い返す。ある程度の一般常識があったフィーリアに対し、アニエスにはそれが断片的にしか無かった。アニエスが女の子だったこともあってエミリオの手には余ったのだが、フィーリアが彼女の世話を焼いてくれたおかげでなんとか過ごせている。
「魔力的にはどうかな?2人とも魔力は十分に自己精製出来るとは思うが、問題ないかい?」
「それも大丈夫です。ある程度は魔術を使ったとしても、僕の魔力で賄えます」
フィーリアが真名に覚醒した後、エミリオの最大魔力は大幅に増加していた。なんとウルズクラスに匹敵する程の魔力量だ。フィーリアという使い魔を通じた一連の出来事が、エミリオを精神的に成長させたためだ。
これがアニエスをエミリオに託すことに決めた理由の一つだ。
「ならば良好だな」
リフィはエミリオに問う。
「…前にも聞いたが、改めてウルズへの昇格に興味は無いかい?」
魔術師としての、選択肢。
ウルズに入れば、エミリオはさらなる成長を得られるだろう。それに、ヴェンザンディにいる限り、ウルズに勝つ術は学べない。学べるのは魔術師としての一般的な事柄と防衛術であり、周囲のレベルと成長速度などの環境は下位クラスでは確保し難いのが現実だ。
だが、エミリオはウルズに入る気はなかった。
「僕は、ヴェンザンディクラスの所属です。ウルズは魅力的ですけど、僕はヴェンザンディとしてウルズに勝ちたいので、やっぱり止めておきます」
エミリオの心には、ウルズにいる倒すべき目標の姿が浮かんでいた。
近衛トウヤ。
ウルズの四皇とまで称される、学院生徒たちの頂点。
その中でも、かつてフィーリアと共に戦い、敗北を喫した相手がトウヤだ。
「目標はトウヤか」
エミリオが頷くと、リフィはにっと笑う。
「あいつは強いぞ?なんせ学生一位の実力者だからな」
エミリオが知ってます、と苦笑いすると、リフィはさらに続ける。
「今日来たのは君らの様子見と、もう一個。これは連絡だが」
リフィの言葉に、エミリオは首を傾げる。
「アニエスに会わせたい者がいる。明日の一限に、アニエスを連れて演習場まで来てくれ」
きっかけは、リフィのそんな言葉だった。
翌日。
その言葉に誘われ演習場に来たが、リフィはまだ到着していなかった。
「アニーちゃんに会わせたい人って、誰でしょうね?」
引率係のフィーが言う。
フィーに手を引かれるアニエスも一緒になって首を傾げる。
「小生、会いタイ?知ってる?」
アニエスの言葉にフリップ・フラップが騒ぐ。
「鎧、持ち主、ある!」
「鎧、魔力、感じる!」
どうやらアニエスの纏う鎧の元・持ち主ではないかと言いたいようだ。
鎧の元・持ち主というと、噂の黒騎士ということになるが、リフィ先生が絡んでいるとなると、やはり学院関係者なのだろうか?
「となると、黒騎士さんの正体が解るんですね」
もし黒騎士だとすれば、フィーもその正体は知りたいだろう。こうなるとエミリオも誰が来るのか俄然興味が湧く。
そんな時、ちょうどリフィが校舎から現れた。
「犬上、流雅…」
リフィの後ろを見て、エミリオがその名を呟く。
ウルズの四皇の一人にして、侍と呼ばれる男。
和人特有の艶やかな黒髪を一房に纏め、着物を着こなす姿は、多種多様な種族の集まる学院でも目を引く。その腰には学生街でも見かけるような大量生産の刀を引っ提げていた。
侍と呼ばれる所以は、その得物と戦闘スタイルによる。
流雅が扱うのは、身体強化や属性付加などの基本魔術のみだ。代わりに、流雅には鍛え上げた剣術がある。その技は達人と呼ばれる程であり、抜刀術や一部の剣は、魔剣・秘剣の類にまで昇華されている。ただその一点により、流雅はウルズクラスに所属しているのだ。
ゆえに、犬上流雅は魔術師ではなく侍。学院において、魔術師を凌駕する存在。
それが、犬上流雅という男だった。
「や、エミリオ。フィーリアにアニエスもおはよう」
リフィの挨拶に、エミリオとフィーリアはおはようございます、と返し、アニエスはフィーリアの背中に隠れてしまう。リフィが苦手というよりは、流雅の登場に対するリアクションのようだ。
リフィは、流雅に挨拶するように促す。
「ウルズクラス所属の、犬上流雅と申す」
噂に違わぬ武人の雰囲気に、エミリオは圧倒されるが、すぐに名乗り返す。
「ヴェンザンディのエミリオ・シルバースミスです。こっちの2人は僕の使い魔の…」
「フィーリア・ブラックランタンです」
エミリオの言葉を引き取って自己紹介したフィーは、そのまま背後にくっついた妹分を前に出す。
「ほら、アニーちゃん」
姉に押され、アニエスは真っ赤になりながら自己紹介する。
「あ、アニエス・ブラックグラタン、デふ」
噛んだ。
そんなアニエスに、流雅は薄く笑った。
「そなたは某の妹分ゆえ、そのように気を張らずとも良い」
そして少し涙目だったアニエスの頭を撫でる。
アニエスと流雅。
2人の関係性は、アニエスの顕現と封印に依る。
学院反対派による召喚で呼び寄せられたケルベロスを分割封印した結果がアニエスたちだが、《変生転翔》での改造に際してリフィと流雅の因子を使用して人型を形成した。そのため、アニエスは内面外面共にリフィと流雅の特徴を受け継いでいるのだ。
「良かったね、アニーちゃん」
フィーリアがそういうと、アニーは再びフィーリアの背中に隠れてしまう。その様子を、エミリオが苦笑いしながら眺めていた。
アニエスは木霊と和人が混じり、分割されたせいで、知識と言語に偏りが出たため、適切な教育と関係性のお手本が必要だった。今回白羽の矢が立ったのがエミリオ主従であり、リフィの目論見どおり上手くいっているようだ。
「自己紹介も終わったところで、君らを集めた理由を説明しようか」
***
「君らは、まだまだ未熟だ。故に、強くなれる」
リフィの切り出しは、そんな言葉だった。
流雅は、誰よりも冴えのある剣術を持っている。
エミリオは、流雅よりクオリティの高い身体強化魔術を使える。
フィーリアは、魔力と斬撃の合成が上手い。
ウルズとヴェルザンディの境界をまたぐ異例ではあるが、アニエスという接点を利用して、リフィは4人を引き合わせ、提案する。
「この4人で鍛錬してみたまえ」
これには、流雅を“魔術師”として成長させたいというリフィの思惑が多分に含まれていた。それとともに、エミリオにウルズクラス然とした実力を付けさせる考えも反映されており、いつでもエミリオ主従がクラス替えできる準備でもあった。アニエスの受け入れが出来ている時点でエミリオはウルズたる資格者なのだ。今はクラスが違うが、サポートはすべきだろう。
「まずは、互いの実力を確かめてみてはどうかな?」
そんなリフィの言葉にのり、エミリオたちと流雅は試合を行う事にした。




