《魔女の胎動》3.魔女、魔王、そして災禍
「その紅い鎧、災禍の魔神がモチーフか?」
アズは一旦鎌を引いた。
「二人とも下がっててくれ」
しかし、纏う殺気は変わらず、魔力が渦巻くのを感じる。
「悪くないな」
トウヤが刀を取り出すと、アズは笑みを深めた。
「撃ち落とすには丁度いい」
そのまま詠いだす。
「ーーー《月影縛夜》」
黒騎士が広めた決闘魔術は、今やソロでの決闘の定番となりつつある。
「決闘魔術か。良いぜ、やってやる」
薄闇のヴェールに包まれて、トウヤは紅山茶花を抜いた。
紅夜叉と蒼魔が対峙するのは、たった一瞬だ。
すぐさま動いた両者。先攻はトウヤの刺突。
「っ!」
互いに空を飛べる者同士、回避は魔術に依り、その速度は身体の反応速度をゆうに追い越している。
刺突を篭手がいなし、軌道に鎌が置かれ、それを身体を捻って回避する。勢いのままに斜めの回転から斬り上げると、今度は鎌の柄が受け止め、流された。トウヤを神速の拳が襲い、裏拳がそれを弾く。武器、防具、拳に足。互いの全てを利用したほとんど肉弾戦とも言える戦闘は、しかしトウヤにとってもアズにとっても小手調べだ。
何故ならどちらもまだ魔術を使っていない。
礼装や刻印による魔術は維持されているが、術者は魔術を詠っていなかった。
「お互い卑王竜の件で、火がついたみたいだな」
「貴様は魔神に会ってからずっとだろう?」
アズは活き活きとした表情で、魔術を詠う。
「《這い回る雷蛇》」
雷を纏ったアズが突っ込み、トウヤの魔術が迎え撃つ。
「《千切り刻む刃》」
振るわれた刀の刃が無数の風を生み出す。魔力の刃がアズを襲うが、アズは力任せにくぐり抜け、雷の刃を見舞う。
「《荒れ喰らう言霊》」
全ての魔術を掻き消して、鎌を受け止めたトウヤはアズとともに自由落下を始めた。続けてトウヤは鎧の刻印をすぐさま復帰させ、アズを上から打ち据える。それは、アズが雷撃を詠ったのと同時だった。
「《魔蒼の雷霆》」
瞬間、視界がチカチカと明滅する。
ケルベロスにすらダメージを与えられる雷撃を直近で食らったのだ。いくら鎧を着ていようと電撃は防げない。鎧側に制御を預けていた飛行魔術が維持され墜落は免れたが、ダメージは大きかった。
痺れの残る身体に鞭打ってアズを見れば、アズの方はまだダメージが軽そうだ。
「《咲き乱れる命脈》」
身体の中を再生する。
これでトウヤのダメージは消えた。
先の言霊によって決闘魔術も消えており、トウヤはアズの前に降り立つ。
「今回は引き分けか?」
「構わん。貴様の鎧を確認しただけで十分だ」
アズは満足げにそう言うと、踵を返した。
すぐに立ち去ろうとするが、その行く手を塞ぐようにルーナとフロウが降りてくる。
「もう帰るの?せっかくなら僕とも戦ろうよ」
「価値を感じないな。貴様からは速さ以外学ぶ事が無い。そっちの腑抜けは論外だ」
フロウが反論する前に、アズはさらに続ける。
「多少魔術が扱えても、鎧に籠もっているだけの奴に価値などない。資質を活かさない奴はさっさと消えろ」
魔術師の才能を活かせない者は価値が無い。
そう吐き捨てた。
ルーナは戦闘では今ひとつの所もあるが、決して劣ってなど居ない。普段の講義も知っている筈だが、アズはゴミを見るような視線でルーナを見やる。
フロウが口を開き、トウヤが止めに入ろうとした所でルーナが呟いた。
「私だって、好きで閉じてる訳じゃないのに…」
怒りにざわつく魔力を感じる。出しかけた声を留める程に冷たい魔力が周囲を覆う。
菌竜の森での一件以来、ルーナから見たアズの存在は変化していた。
絶対強者。
魔術師としての憧れにして、在り方の参考値。
それと同時に無意識下で、長年溜め込んできた負の感情を向けても良い対象としてアズを指定していたのだ。
「ハッ!詠うのは言い訳だけか?やはりクズだな」
故に、ルーナのトラウマによる固いリミッターは、アズに向けてのみ容易に外れうる。
怒りに揺れる魔力を受けて、アズは知らずさらに挑発を重ねた。
ルーナの感情は、これを以て爆発を起こした。
「なんだ?貴様にも言い分があるのか?」
ルーナから感じたことが無いくらいの大きな魔力は、今やルーナの足元を凍り付かせていた。
「さっきから勝手ばかり言って!」
「やるのか?付き合ってやる」
「ーーー《月影縛夜》!」
止めに入るタイミングなどなく、二人は決闘に身を投じた。
「貴様相手には不要だな」
鎌を投げ捨て、徒手空拳となるアズにルーナが叫ぶ。
「馬鹿にしてっ!」
ルーナとアズの決闘は、体術と剣技から始まった。
その脇で、トウヤとフロウは並ぶ。
「完っ全にキレたね」
ルーナと付き合いの深いフロウでも、ここまで激怒したルーナは見たことが無かった。抱いた一抹の不安はトウヤも共通しており、トウヤはフロウに告げる。
「いざとなったら解呪する」
言霊の力技で、決闘魔術を強制的に壊す。それで介入はできる筈だ。
「おっけー。トウヤはアズの方お願い」
「任せろ」
そんな二人の会話の最中も、ルーナとアズの戦いは続いていた。
「防戦一方か?文句を言う余裕すらないなら、さっさと落ちろ」
身体強化だけを纏い、アズは体術のみでルーナを圧倒する。
蹴りを主体に突きを混ぜ、たまに反撃で振るわれる刃を躱す。ルーナは相変わらず盾を構えて、攻撃を防ぐのに精一杯だった。蹴りをいなして反撃で刺突気味に斬りつけるが、アズはやはり軽く回避する。
ルーナのグリーヴがザリッと土を削った。
「飽きたぞ。さっさと本気を出せ」
言って、アズはルーナに飛び掛かる。
「《魔蒼の雷霆》」
雷が迫る。
構えた盾など意味をなさず、ルーナは意識を失う。
全てを防ぐ魔術がなければ。
「ーーー《輝く満月の大盾》」
盾の魔術は、全てを受け止める。
氷を幾重にも張り巡らせた魔術の盾は、受け止めた上で、攻撃という概念を凍りつかせ、盾に留めるのだ。
雷撃も、続くアズの蹴りも受け止め、アズは宙返りで一旦距離を取った。
この魔術は演習でも度々使っている。アズも知っている魔術だ。
アズはこの先の魔術があるかのように、ルーナを煽った。
「結局守りだけか?私はピンピンしているぞ?」
ルーナは意に返さずに続けて詠う。
「ーーーー《氷這う草原》」
霜が生え、白の草原に替わる。
踏めば凍る魔術だが、魔術抵抗が高いアズには効果が薄い。
構わず踏み荒らすアズは多少氷を纏うが、動きを止められる程では無かった。
「甘いな!ーー《魔蒼の雷霆》」
雷が落ちるが、再び盾が防ぐ。
霜の草原は拡がり、ルーナを中心に大きな円になりつつあった。
アズは三度魔術を詠い、ルーナへと近づく。
「《魔蒼の大雷霆》」
盾が防ぐ。しかし、今回はそれだけで終わらなかった。
霜によって描かれた幾何学がいつの間にか二人の足元に拡がり、魔力を受けて輝いた。
「ーーーー《閉じる崩天の大盾》」
魔術の盾が、へしゃげる。
真円の中心に向かって渦巻き、隆起する。
今まで受け止めた攻撃をまとめて跳ね返す大盾のカウンター。
ルーナの秘策が、極大の落雷となってアズを飲み込んだ。
だが、蒼の悪魔は動じない。
「ハッ!この程度か!」
ルーナの秘策を食い破って、魔王の血脈が吠えた。
「目覚めろ、《仮称・追憶の蒼魔王》」
輝く雷光の中で、さらに鮮烈な蒼が目覚める。
蒼の翼を纏うアズは、さらなる変貌を遂げる。
禍々しい双角、さらなる二対の翼、外骨格のような鎧、そして蒼く輝く光輪。
トウヤの中で、触手が蠢く。
クラーケンが、アズリィルの名を囁く。
『識りたいか?』
扉を開くと、無数の触手がトウヤを絡め取る。
魔力を捧げ、クラーケンの知識を読み漁る。
沈み、溺れそうな知識が、トウヤを満たしていく。
堕天の魔王アズリィル。その血脈、その末裔。
魔王に連なる魔族のいつかの王は、やがてその渇望に呑み込まれ、戦いの末に死に絶える。
それは今ではない。
だが、今この時トウヤはその魔術を止めなければならなかった。
雷を握り込むアズの手には、既に神の雷槍が顕現している。
それを放てば、決闘魔術の保護など容易く打ち破り、ルーナを根本から破壊するだろう。
それは、“防がなければならない”。
だから、トウヤは告げた。
「“止めるんだ、アズュール”」
魔力を乗せた言霊は、静かに全てを食い荒らし、静寂させる。
決闘魔術も、ルーナの盾も、もちろんアズの魔王の力さえ。
「“それは取り返しがつかないから、止めるんだ”」
トウヤが止めるべき魔術を全て無かった事に帰し、戦いは唐突に幕を下ろした。
圧倒的な魔術。無尽蔵にも見える魔力。全てを凪ぐ制圧力。
起こった事象、それを引き起こした魔術師への困惑と驚愕、そして僅かな恐怖。
トウヤから今まで感じた事のない底知れぬ未知を感じて、ルーナもアズもフロウも、静かに佇む紅い夜叉に災禍の魔神を重ねた。
3人だけではなく、演習場にいた他の生徒たちにも、この一連は目撃されていた。
これは発端だった。
この頃から、近衛トウヤは“災禍の魔術師”と呼ばれるようになる。




