《魔女の胎動》1.魔術刻印
《魔女の胎動》
黒騎士騒動は沈静化した。
噂すらきれいさっぱり無くなり、あっという間に忘れさられたが、物理的に壊れた物は自動的に直る訳もなく、修理に出していた防具が戻ってきたトウヤは、磨かれた防具に心を踊らせながらとある教室に向かっていた。
魔術刻印作業室。
破損したのは籠手だけでなく、裏地の刻印まで乱れており、そちらの修理は当たり前だが鍛冶屋ではやってくれない。四季祀鬼の不安定を解消出来るのは、術者であるトウヤだけなのである。
今回は修理だけじゃなく色々いじったし、新規の部位もあるから、根本的に書き換えないといけないかもしれないな。
背負った鎧櫃の中身に考えを巡らせつつ、トウヤは教室に入った。
「ーーーーー」
教室には先客がいた。
入ってきたトウヤに気付かない程一心不乱に刻印をしたためるルーナだった。
ルーナは大盾の裏、術式保護のために張られた革を取り外し、魔術刻印を書き換えている最中だったので、トウヤは声をかけずに鎧櫃をおろし、中身を検める。
今まで使っていた籠手に具足。それに加えて胴体と腰用のプレートが増えており、額あては面に変わった。具体的な刻印を決めた事で、礼装もそれに見合うかたちへと改造を依頼したのだ。
今まではただの汎用的なミスリル製防具だったが、今回の改造で外装に新たに魔鋼の板を取り付けた。これにより物理的にも魔術的にも強度は高まり、刻印も壊れにくくなる。部位も増えて鎧全体重量は大きく増したが、術式の出力を上げれば問題はない。額あてはモチーフの鬼の面へと変えた。
「四季祀鬼だから、四季祀鬼神具足にするか」
ミスリルの淡い銀光に魔鋼の武骨な黒鉄がのり、紅い錆止めは陽炎の色。
真紅の夜叉を模したその一領は、荒々しい鉄塊でありながら、妖しげな美しさを感じさせる。西洋甲冑様式と武者鎧が合わさったような出で立ちは、異形でありながら調和を表してした。
この時、長くトウヤのトレードマークとなる鬼神の原型が産まれたのだが、トウヤ自身はそれほど重要視せずに、今まで刻印していた術式を見返し始める。
そこでようやく、作業に没頭していたルーナが顔をあげた。
気付けば、後ろでカリカリとペンが走る音がする。振り向いてトウヤがいる事に気付き、ルーナはトウヤに声をかけた。
「あの、トウヤさんも自分で刻印、するんですね」
トウヤはおおよその刻印をすでに書き出して、防具に新しい刻印を描いていた。魔力を反映する蒼霊鋼の芯が、インク代わりの血を吸って紅い線が走る。最高硬度の金属で削られた鎧、その内側に血の染み込んだ溝が出来て、それがそのまま魔術式となるのだ。
「鎧は作れないけど、刻印くらいはね」
刻印くらいはね。
くらい、か。
トウヤからすれば、刻印できるのは当たり前なのだろうか。
「やっぱり凄いですよね、トウヤさんは」
ルーナよりも上手い。草案で描かれたモノなのだろうが、綺麗にまとまっており曼荼羅のようだった。動かないのに威圧感があり、しかし自然体で無色。魔術師トウヤをよく表している。
「魔術を知らなかったとは思えないです」
トウヤがそんな事をする訳がないのは解っているが、才能というモノをまざまざと見せつけられている気がした。
「皆の見様見真似さ。この刻印だってヴェルザンディの友達のを参考にしてるしね」
トウヤの言う友人とは、エミリオとミルの事だ。ルーナは彼らと繋がりはないが、相手が誰だとしても刻印は簡単に真似できるようなモノではない。
「見様見真似で出来る事自体凄い事なんです」
ルーナは預かり知らぬことだが、二人の術式を参考にアレンジまでしてのけるトウヤは、やはり魔術大家の血が色濃く発現する、才能技量に恵まれた存在だった。
「私も幼い頃からやってきて、ようやくこの技量ですから」
才能を羨んでいない、といえば嘘になるだろう。
トウヤだけで無く、アズもフロウも他のウルズ生も、才能に恵まれた存在だ。
それぞれが持てる才能を活かした魔術師なのに、自分はそうではない。
ルーナは自嘲を隠して、小さく苦笑する。
「それでも凄いと思うけどな。書き込んでる術式の量は、俺より遥かに多いだろ?」
そう言うとトウヤはペンを置き、ルーナの刻印を見ても良いか聞いてきた。
断るのも憚られて仕方なく了承すると、トウヤはルーナの盾の刻印を眺めて言う。
「やっぱり書き込んでる量が凄いよな。それに術数も多い」
お世辞であろうと、褒められれば嬉しい。
「ただ書き連ねてるだけですから」
謙遜しても、トウヤはルーナの刻印を褒め続けた。
「これだけの式を並列で動かせるのは、ルーナ以外では奏子くらいだろ?」
実質トップみたいなものだし、ルーナは魔力量も凄いよな、とトウヤは称賛した。
「けど、だいぶ色々入ってるよな?」
色々、とは術式の中身の事だ。
トウヤが読み取れたのは、基本骨子の身体強化系、礼装の重量を軽減するための補助式、魔術詠唱を助ける魔力制御補助、魔力循環を効率化する式だ。ここまではトウヤにも必要性が理解出来るし、合理的だ。
だが、ルーナの刻印はさらに全身を魔力でコーティングするものや、周囲の魔力を縛り付け固定するもの、それらが複数羅列されている。
トウヤが指摘したのは、その重複部分だ。
「あくまで個人的な考えだけど、魔力コートとか魔力服従なんてそんなに沢山必要かな?」
必要かな?
不要じゃないか?
いや、不要だ。
お前など、要らない。
幻聴、妄想、被害者意識。自己否定が渦を巻く。
「あ、えっと、そう…ですね」
ぎりぎり抑え付け、ルーナは心を落ち着ける。
理由はある。
過去のトラウマは、ルーナを過度に接触を恐れるようにさせていた。
しかし、ルーナはそれを誰にも告げられていない。礼装、手袋、魔術コートに魔力の膜。過去にルーナ自身が閉じ込めて以来、それは途切れる事なく続けられており、恐怖と忌避がまとわりつく。
なんとか、答えを絞り出す。
「潔癖症、みたいなもの、なんです」
穢れた魔女は、世界に触れる資格などない。
心のそこに刺さる杭は、深く、大きく、ルーナを苛んでいる。
上手く隠せただろうか。
「一見重複していても、そうする事で安定するなら確かに必要だな」
トウヤは納得してくれたようだった。
そのまま会話は途切れ、互いに刻印作業に戻るが、ルーナは全く集中出来なかった。手が震え、刻印のペンを握ることすらままならない。深い心の傷は、未だに癒える事は無い。




