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《獣の咆哮》6.終局

炎を煌々と燃やすケルベロスに、アズが対峙する。

遠距離からの魔術が唐突に止み、代わりにアズが駆け出した。いつもの鋼爪は左手にはなく、デスサイズと水で出来た剣を手に魔術を詠う。

「ーーー《魔蒼の雷霆(アズュール・ボルト)》」

アズが唱えると、アズの額あたりから紫電がほとばしり、ケルベロスの傷口へと跳ねる。雷撃は傷を抉ってバチバチと音をたて、肉と共に弾けた。

「■■■■■■!!!」

しかし、ケルベロスはアズの攻撃などものともしない。動き回るアズを圧殺せんと巨体を踊らせるが、飛び回るアズは身軽でちょこまかと動き、中々捕らえられない。そんなアズが剣を振るうと、飛び散った水滴が霧となって、ケルベロスにまとわりついた。

「まだまだ!《魔蒼の雷霆(アズュール・ボルト)》!」

アズは身体をひねって宙返り。その最中に落雷のように魔術を落とした。体表についた水を伝った落雷はケルベロスの全身を這い回って、ケルベロスは吠え猛る。

「遅いっ!」

ケルベロスが背後のアズを攻撃しようと振り向いた時には、既にアズはケルベロスの懐まで潜り込んでいた。

駆け抜けるように、ケルベロスの腹をくぐる。

その間、ケルベロスの身体を水剣で斬りつけること三つ。

水剣は鋭くはなく、ケルベロスの腹には、剣筋の名残の水が付着していた。

跳び上がる際に大鎌で股を切り裂き、アズの服が返り血に染まる。

「《魔蒼の雷霆(アズュール・ボルト)》!」

赤に塗れたアズから三度目のいかづちの矢が放たれた。ケルベロスの腹に雷撃が貫通するが、ケルベロスは怯まない。アズの攻撃に反撃すべく、全方位に炎を撒き散らした。アズはそれをデスサイズの一閃で相殺する。鋼爪による打ち消しではなく、デスサイズによる威力相殺だったために、消しきれなかった黒炎がアズをあぶるが、アズは表情すら変えずさらなる魔術を詠う。

「《魔蒼の大雷霆(アズュール・サンダー)》…!」

二連で放たれた雷撃が炎を突っ切り、ケルベロスを打つ。その内の一つが、ケルベロスの右の頭を直撃してその双眸を焼いた。生体を破壊する魔術性の雷撃を、急所に狙い撃ち出来る速度と強さで放つ。魔術師としての実力がなければできない芸当を、アズはいとも簡単にしてのける。

だが、注目すべきことは、それだけではなかった。


頭の一つが致命的なダメージを受けたのに、ケルベロスはそれに気付いていないのだ。


それはほんの一瞬だったが、確かにケルベロスは自身のダメージを認識していなかった。

「ようやく、僕の毒が入ったみたいだね…」

魔術によってアズの持つ水剣を維持しながら、ミスティは作戦の順調な進行に笑みさえ零す。

「全く…彼女は僕のことをなんだと思ってるんだか」

ミスティの愚痴に、トウヤはアズの言葉を思い出す。

アズの提案した策は、ミスティとの共闘だった。

『奴を傷つけることなく弱体化させれば良い』

その言葉の真意は、ケルベロスに誤認識を与え、代償による魔力変換をさせないようにするという挑戦的なもの。

ミスティの生成する神経性麻痺毒、それを凝縮した水の魔剣を作り出し、アズがケルベロスを斬りつけて、神経毒を投与する。神経毒は体内に入ってさえ魔術の志向性を保ち、ケルベロスの神経にはしる生体電気の感知を鈍らす。

並外れた魔術耐性と異常な進化を遂げた巨体をもつ竜種には、通常の魔術や毒はほとんど効果がない。しかし、身体の内側にまで打ち込まれれば、流石の竜種も毒をくらう。

そんな戦略を実行するには、ケルベロスの太い神経まで到達する外傷を与え、なおかつそこに毒を投与しなければならない。それはひとえにアズの戦闘センスとミスティの神経毒魔術の精度に左右される訳だが、どうやらそのどちらも問題なく、むしろ予想以上の効果を叩き出していた。

雷撃によって塞がれた傷からは出血することなく、皮膚の損失による魔力変換も尽きたケルベロスは、アズに翻弄されるだけ。

身体の動きを丸々止められるほどの魔術毒ではないため、巨体による物理攻撃は衰えないものの、煉獄ブレスが無いケルベロスならば消耗戦に持ち込める。

そして、アズはケルベロスを打倒できる力を充分に発揮していた。

「■■■■■■■…」

雷槍とデスサイズ、神経毒の水剣。

再び地に伏したケルベロスを前に、悪魔は嗤う。

「他愛ない…」

そこへ、森を抜けてフロウがリフィを連れてきた。

「ケルベロスを倒したのか…?」

リフィがトウヤに声をかける。トウヤはこれまでの経緯を、ミスティとともに説明した。

「…なるほど。行動不能に陥らせた訳か」

全て聞き終えたリフィが、この場にいた全員を集め、静かに言う。

「まずは、誰も死人が出なかったことに安心した。ケルベロスが学院指定の接近禁忌種だと言う事は知っているだろう?」

めいめいが頷くと、リフィは続ける。

「君等は優秀だ。ここ最近の歴代ウルズの中でも、最高の魔術師たちだ」

実際、ケルベロスを倒せるような魔術師など、教師たちの中でもそうそう居ないのだ。そういった意味では、多数での打倒とはいえ、凄まじい実績だと言える。しかし、リフィは苦言を呈した。

「だが、君等は先日の卑王竜(ファーヴニル)の事も知っていた筈だ。過度な危機だと判ったなら、戦いを避けて退く事も覚えてくれたまえ」

特にレクレス、君は前回瀕死になって、今回も手酷くやられているようだが?

リフィの言うとおり、多人数になった時点で退避を考えても良かった。

全員が選択を振り返り、各々が考えを巡らせた頃を見計らい、告げる。

「あまり危険な事はしてくれるな。そういう選択が必要な場合がある事は理解しているが、これでも君等の事は心配しているんだからな」


     ***


トウヤたちが寮に戻り、姿が見えなくなると、リフィは森の影に声を掛けた。

「もう出てきて良いぞ」

その声に従って影から魔術師が現れる。

学院子飼いの防衛魔術師が4人と、急遽呼び出された暁の騎士3人組、そして黒騎士だ。

「まずはケルベロスを処理する。黒騎士も寮に帰してやらないといけないしな」

リフィはそう言うと、黒騎士に鎧を脱ぐように命じた。

黒騎士の鎧は収納の魔術が掛けられているらしく、黒騎士が兜を脱ぐと、鎧自体が盾に吸い込まれるようにして消えていく。やがて兜も盾に格納され、そこに居たのは鎖帷子を着た流雅の姿だった。

盾を受け取ると、リフィは流雅を労った。

「ご苦労だったね、流雅。今日は戻ってゆっくり休んでくれたまえ」

暁の騎士たちが着るフルメイル、その発展型にあたる黒騎士の鎧は、学院の試作礼装だった。

「礼装のデータとやらはもう集まったのか?」

「ああ、充分だ。トウヤとの戦いは後でじっくり拝見させて貰うよ。これで試作品のテスターは終わりだ」

そして、流雅はリフィから直々に礼装の運用試験を頼まれていた。

「ならば某に言う事は無い。これにて失礼する」

これが黒騎士の正体であり、幕引きだ。

実用試験は終わり、改良・修正が検討され、量産化への議論に移るための準備が終わったのだ。

防衛魔術師二人に連れられた流雅の姿が見えなくなると、リフィの気配が変わる。

「では、ケルベロスを処理しようか」

そう言って、リフィはケルベロスの前に立つ。

「…やはり、帰還妨害が組み込まれているな。そうすると、やはり封印か」

召喚魔術により呼び出されたケルベロスは、帰還魔術による強制退去を封じるための魔術まで織り込まれて召喚されていた。この場で元の世界に戻せる事が最良だったが、召喚術師の術式は堅い。

予想していた事態に対し、リフィはレイピアを抜いて空を裂いた。切っ先から巻き起こった魔術はケルベロスの周囲の地面を斬りつけ、幾何学的な魔術式を描いていく。

「篝火は此処に。煌々と燃え盛った炎は、今や灯火。古き身体は燃え尽き、新たなる器は満たされる。其は縛りつけ、留める言の葉。変成せよ、《収束転翔(レイズ・リンカネート)》」

中心には黒騎士の盾。

リフィの魔術が、ケルベロスを組み替える。

本来魔術師が自身を変成するために使用する魔術は、リフィの手によって改造の魔術として行使された。

魔力の大半を消費し、体力も意識も残っていないケルベロス相手だからこそ可能な事であり、リフィという熟達の魔術師だからこそ出来る所業だが、それでも自在とまでは行かない。多数の触媒、膨大な魔力、依代となる鎧を必要とし、新たなる姿もリフィと流雅の因子を多用した。

故に、魔術が完成したその時、ケルベロスだった者はリフィに似た白磁の肌と金沙の髪、流雅に似た顔立ちをした少女に成り果てた。意識を取り戻せば、きっと他にも二人に似ている部分が判るだろう。

かくしてケルベロスは封じられ、二度に渡る上位竜種の脅威は去ったのだった。


     ***


「以上がケルベロスに関する顛末だ。尚、召喚者は調伏を試みて失敗し、死亡している」

リフィが円卓に展開した資料には、死亡した魔術師のプロフィール、残されていた工房と調伏礼装、そして半ば灰になった遺体の写真が添付されていた。

「この魔術師は先日の卑王竜(ファーヴニル)の召喚者でもある。どうやら特殊な礼装を使用していたようだが、焼失のため詳細は不明だ」

偶然手に入れたのか、それとも組織だったモノが供与したのか。

工房に残されていた資料などからは、そこまでは読み取れなかった。

「封印したケルベロスだが、資料にも記載した通り帰還封じが掛けられているため、力の分割及び人型への変成処置を行った。変成後のケルベロスは下位ウルズ生レベルの魔術師であり、人格は未熟だ。暫定的にエミリオ・シルバースミスに預けようと考えている」

エミリオの名が出たことで、彼の担任教師が反応した。

「…これは引き抜きですか、サー・アンシェンテ」

新たな使い魔を、しかも前回と同等かそれ以上かもしれない存在を、与える。

しかも、担任を飛ばして直接リフィが話をするのであれば、それはすでに彼女の受け持ち生徒の様ではないか。

「引き抜きとは聞こえが悪いな、ミス・シラユキ。これは、彼の純然たる昇格だ」

歯噛みする担任教師に対して、リフィは意にも返さなかった。

「災禍の加護の件も考慮して、私は彼をウルズに引き上げるのが最適だと考えている。先日の黒騎士戦では実力も見せて貰ったが、今の彼ならばウルズに席を置く資格がある。此度のケルベロスの件で、彼は本格的にウルズの資格を得るだろう」

悔しげに無力を噛みしめる担任からは、反論の言葉が出ることは無かった。








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