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《獣の咆哮》3.真名の覚醒

「…すまねぇな、手伝ってもらってよ」

レクレスとルインは襲撃者グリーディを埋葬した。

レクレスの言葉に、ルインは複雑な気持ちを抱く。

「別に構わないけど…でも、なんだか後味が悪いわ…」

埋葬した相手はレクレスの弟であり、レクレスの敵だった。

ルイン自身、タイミングが違っていれば、犯されるどころか殺されていてもおかしくなかった。戦う正当性はあったのだが、ルインからすると肉親同士で殺し合うことにはやはり違和感があった。

「グリーディは一族のしきたりに従って、そして死んだ。これが獅子だ」

レクレスの言葉はフラットで、その声色からは何の感情も読み取れない。

「私、レクレス君が好きよ。だから、レクレス君の事を理解したいと思う。けど、身内殺しは私の常識には当てはまらない。本当に彼を殺さなきゃいけなかったのか解らないわ…」

そんなルインの言葉に、レクレスはため息のように呟いた。

「…あの時、俺が復活しなかったら、きっとアイツはお前を犯しただろう。そもそも、アイツは俺を殺さない限り止まらなかった。俺には、ああするしか、アイツを止める方法はなかったんだよ」

グリーディは倒した相手を生かしておくなんてことはしない。名前の通り、勝ち続け、生き続けることに貪欲な奴だった。故に、倒された他の兄弟は恐らく殺されているだろうし、アイツの殺気は本物だった。

たが、レクレスの言葉を受けても、ルインはまだ心にしこりがあるようだった。

「魔術師たるもの常に決死の覚悟を持て。これ、リフィ先生の言葉なんだけどさ、裏を返せば、魔術師を相手にするってことは、相手を殺す覚悟を持たなきゃいけないってことだよね。…そういう意味では、私、まだまだ魔術師にはなれないな…」

やっぱり、レクレス君はすごいね。

ルインは言う。

憧れと恋慕。

ルインは、レクレスの圧倒的な強さに、心を射抜かれたのだ。

戦士として、魔術師として、遥か先を行く男の背中を、格好良いと思ったのだ。

だが、今はそんなレクレスのことが届かない程遠い気がして、ルインは視線を落とす。

殺す覚悟を常に持つ、自身と大きく違う価値観の異性。言葉は通じているはずなのに、通じていない。

そんな感覚に、ルインは憂鬱な気分になる。

そんなルインに、レクレスはやや思案した後、告げる。

「なぁ、ルイン」

ルインは、レクレスの方を見ることが出来なかった。

「俺だって、なにも感じずにグリーディを殺した訳じゃねぇよ。思想的には、そりゃあ多少の考え方の違いはあるだろうが、実の弟を殺ったことに関して、思うところはあるんだぜ?」

そこで、レクレスは一度言葉を切った。

「だけどな、一番驚いたのは、お前を傷つけられるくらいなら、死んだ方がマシだって思っちまった俺がいたことだ」

弟の命なんざどうでもいいと思うくらいによ、と、レクレスは頬をかく。

そんなレクレスの言葉の意味を理解して、ルインは驚きのあまり、まじまじとレクレスの顔をみる。

「今、なんて…?」

レクレスの言葉は、ルインに衝撃を与えていた。

「だから、命張ってもお前を守りたかったって言ったんだよ!何度も言わせんな…」

だが、ルインはもっと直接的で、決定的な言葉を聞きたいと思った。

「違う!もっとハッキリ言ってよ!」

すがりつかれ、レクレスは覚悟を決めた。

すがりつくルインの両肩をもち、しっかりと瞳を見つめると、レクレスは言う。


「俺は、お前が好きだ!」


これでいいかよ!と、レクレスは照れ隠しのようにそっぽを向く。

対するルインはと言うと、レクレスの告白の衝撃に身体を震わせていた。

「ぁ…ぅー…」

ふらふらと数歩後退すると、そのままぺたりと座りこんでしまう。そして、瞳からはホロホロと涙をこぼす。

「お、おい…どうしたんだよ!?」

レクレスの困惑の言葉に、ルインは涙声で答える。

「ふぇー…腰抜けたぁ…レクレス君のばかぁ…」

「わ、訳解らん…」

どうしていいのか解らないレクレスはオロオロする。ルインは、しばらく泣いていたが、オロオロするレクレスをみてクスリと笑った。

「くっ…笑うんじゃねえ!」

「だって…レクレス君、可愛いんだもん…」

その時突然、ルインの魔力がフレアを放ったように膨れた。それは、レクレスにも見えるくらいに色濃い、覚醒。

急速に始まる変化は、ルインという存在を大きく作り変える。

内面から溢れ出る魔力。心が変化した事による変質は、現実をも塗り替える。

「ぁ…」

一瞬、呆けたように空を見つめたルインだったが、すぐにレクレスに告げる。

「ね、ねぇ…レクレス君」

魔力フレアが、ルインの背中で物質化してゆく。

「私、真名に覚醒したみたい…」

真名。

その者を示す、真なる名。

それはその存在を表す意味であり、魂の根底に刻まれた原初の名だ。

これを識る者は、己を根本から理解しなおし、より深く存在を掌握する。

頭頂に、短く生えた対の角。

魔力フレアの華が結晶化した、鮮やかな花びらのような翼。

そして、スカートのなかから顔をだした、細長い竜尾。

「私の真名、聞いてくれる…?」

レクレスが頷くと、ルインは静かに立ち上がる。


「私の真の名前は、“時の幻想(エターニア)”」


破れた衣服、その隙間から覗く下腹部には、真名の覚醒を示す魔術刻印が淡く光る。

幸福の頂点が、少女を覚醒させた。

時を操る者。

幻想を歩む、夢うつつの盲竜。

時が止まれば良いのに。その幻想は言の葉になり、そして、現実に変わった。魔力が燃え続ける限り、その永遠は止むことなく、少女はその時に縛られ、縛り続けるのだ。

強き名を得たルインは、静かにレクレスの手をとる。

「竜たちは世界をこんな目で見ているのね…。レクレス君、よくこんな状態で魔術を使い続けられるね…」

筋肉と腱の断裂、臓器の出血、骨折打撲に各所の魔力不整。

真名の覚醒と竜化を経て、ルインの瞳は魔力を見抜く解析の魔眼に変質していた。

故に、限界を越える魔術の反動とダメージでボロボロで、身体強化の魔術を使い続けなければ、立ってすらいられないレクレスの状態を見抜いたのだ。その実、回復用の魔術薬がなければ内臓の出血だけで死んでいてもおかしくない状態で、かろうじて発動している魔術もいつ途切れるか判らないくらいに不安定だった。

「お前、その目…」

内部が鉱石のように変化したルインの眼球に、すぐにレクレスも気が付いたが、ルインはレクレスの言葉を遮った。魔眼化した事により、通常の視力は著しく低下したが、それは今話すべきことでは無い。

「レクレス君、少しだけど治してあげる」

ルインの手が、レクレスの身体に触れる。つぶさに見ればその手も細やかな竜鱗に生え変わっていたが、レクレスは何も言わなかった。ルインから暖かな樹木の魔力が流れこみ、竜の治癒力がレクレスの体組織を修復する。

その間、レクレスはルインを見つめて考える。

真名の覚醒、そして竜化。

レクレスでも解る程、巨大な魔力の渦。

恐らく龍脈とも接続出来るのだろう。

戦って、勝つビジョンが見えなかった。

先日の卑王竜(ファーヴニル)もそうだったが、やはり上位の竜は底知れない。己の小ささを、レクレスは改めて思い知った。

「ぁー…なんだか、アレだ」

言葉を探すレクレスを、ルインの盲いた魔眼が見上げる。

「信念ごと屈服させてみろとは言ったが、ここまで見事にしてやられるとは、思っても見なかったな…」

そう零すと、ルインは笑う。

「私の粘り勝ちだね」

だな、と肯定を返す。

その内心では、再び強さを求める願いが燃えている。

だが、それは今までの渇望とは違い、無謀な修羅の獄道では無い。

魔術師として極めて理性的な、高みを知りたいという求道だ。

そして、そんな風にレクレスが心に変化を迎えていた時、それは起こった。


「ミスティ君、ピンチ!今すぐ菌竜の森に集合っ!」


ミニチュア奏子が、友の危機を告げたのだ。

それを聞いた二人は、互いをみて、すぐに移動の準備を始めた。

レクレスは強化なしで多少動ける程度まで回復したが、恐らく満足には戦えない。しかし、そんな事は関係ないのだ。

月は、真っ黒な雲に隠れつつあった。

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