《獣の咆哮》2.強さへの渇望
獅子の部族。
誇り高き魂と強靭なる肉体をもつ、戦士の部族。
そして、同時に…愚かなる種族でもある。
「俺は、俺に流れる血が嫌いだ」
レクレスが、魔術師になると決めた根源。
血みどろに沈む死体の山と、中央に立ち続ける一つの影。
全ては、そこにあった。
強き者が全てを手にする血族の中で生まれた彼は、“無謀”と名付けられた。
「俺は、高みを目指していた」
一族で猟をし、寝食を共にする血族は、同時に殺し合うことを定められた敵対者である。
その事を、レクレスは別段おかしな事だとは思っていなかった。
強い者だけが未来を約束されるという、絶対にして唯一のルール。
その中で、その地域で、その世界で、獅子の部族は最強の種族だった。
だが、レクレスは真実を知った。
「ある時、魔術師が現れた」
とある旅の魔術師は獅子の狩人たちに出会い、捕食対象となり、そして殺戮者となった。
獅子の部族には魔術に近いものはあったが、魔術師と呼べる程の魔術はなく、魔術師独りに敗北したのだ。
歴史的な惨敗だった。
たった一人の生き残りが残されたのは、たまたま魔力量が多く、魔術の資質があり、後方にいたからであり、惨劇の伝令役として魔術師に見逃されたからだ。
少年が必死で一族のもとに戻り、狩人たちの最期と敵の魔術師の事を報告すると、群れの獅子たちは嗤った。
「魔術師などに関わるからだ」
これで、長の座を狙う者が減った、と。
無視しておけば、そのような事故に会うことも無いと、嘲っていた。
目の前の驚異を無視して、群れの中での強弱で満足する獅子たちは多かった。
この時、少年は思った。
獅子は最強では無いのか?
最強とは、何だ?
強さとは、いったい何なんだ?
少年はそれまで知らなかったし、誰にも教わらなかった。
獅子よりも貧弱な生物が、いとも簡単に獅子を圧倒できる事を。
世界には魔術という技術があるという事を。
そして、獅子の部族が閉じた世界の愚かな強者だったという事を。
幻滅だ。
目指していた者たちは、ただの愚か者だった。
絶望し、見限り、そして新たな目標を定めた。
原点。
最強とは何か。
識りたいと願う。
成りたいと願う。
より高みを、欲する。
山を超え、海を越える強さを、欲する。
決して、肉体の強さだけではない、強さ。
苦行の先にある、果てしない結果を求めた。
故に、無謀なる少年レクレスは、魔術師レクレス・レオンハルトに変質した。
「俺は、閉じた世界で終わるあの一族が嫌いだ」
強くなりたい。
強くなって、世界を、魔術を、未知を識りたい。
だから、こんなところで、死ぬ訳にはいかないのだ。
「ましてや、そんな一族に執着する弟なんかに、負ける訳にはいかねぇ」
その意志が灯った刹那、レクレスの魔術に再び火が灯る。
***
「レクレス君、ごめん。私、やっぱり見てられないわ」
ルインの声で、レクレスの意識は現実に回帰する。
叩きつけられた身体は、まだ言う事を聞かない。
「兄貴も堕ちたもんだ!メスに守られるなんて、笑い話にすらならないね!」
グリーディの声で、自身の状況を理解する。
吹き飛ばされて、意識が飛ぶ程の衝撃を受けたのだった。
「黙りなさい!」
魔術の発動する音。
「なにそれ。舐めてんの?」
グリーディの声。
レクレスの身体は、意志を拒んで動かない。
いくつか内臓がやられたらしい。
身体の当然の反応で、寒気がする。
「お前、生意気だな」
ルインの苦悶の声。
そして、グリーディの嗤い声。
「そうだ!いいことを思いついたぞ」
衣服の破けた音に、レクレスの目蓋がやっとあがる。
「今からお前を犯すぜ!お前の悲鳴で、弱っちい兄貴が目を覚ますようにな!」
目の前の光景は、停止したレクレスの魔力回路を回すのに、十二分の力をもっていた。
宙吊りで衣服を剥かれたルインを見て、レクレスの憤怒が爆発したのだ。
「封印解除、術式、励起…」
静かに、喉の奥の微かな声で、封じていた魔術式を呼び起こす。
「《仮・獅子暁心牙終式》!」
自身の皮膚に刻んだ魔術式に、魔力が走る。複雑な結界・幾何学複合魔術が、レクレスを包み込んだ。
嗤うグリーディの前に、魔術師レクレスが再び立ち上がる。
長い時間をかけて築き上げた術式は、ダメージを負ったレクレスの身体をサポートし、賦活させる。身体の強度は、ミスリル以上に硬く、魔術耐性も上がり、筋力はリミッターが外れ、限界を超える。皮膚までもが深紅に変質し、レクレスの姿はさながら魔神のようだった。
飛び散った魔剣が集合し、レクレスは再びグリーディに対峙する。
「……………ーーーーー」
構えもなく、静かにグリーディを観察するレクレスに対して、グリーディは言う。
「やっとやる気になったのかよ。死んだかと思ったぜ!」
グリーディの言葉を気にもせず、レクレスは思考を加速させる。
(こっちのノマドじゃ制御は上手くねぇ。保って10分だ)
残存魔力と筋肉の耐久力、術式自体の安定度を考えると、それが限界だ。
魔剣の制御は無いが、刻印に頼る事で効果は跳ね上がっている。デメリットも大きいが、今のグリーディ相手には四の五の言っている場合ではない。
一気にカタをつける。
それ以外に道はない。
「…いくぜ」
神速の跳躍。
限界性能の肉体がはじき出した速度は、余裕をかましていたグリーディの予想を遥かに越えていた。
瞬時に肉迫したレクレスの魔剣が、ルインを掴む腕を切り裂く。
「小賢しい真似をっ!」
ルインを掴む手が緩み、脱出したルインは少しふらつきながらも、グリーディから距離をとる。
ルインが後退したのを確認したレクレスは、一度距離をおいたグリーディに向けて魔剣を振るう。
「ーーーー《其劔、越千海》”」
海をも越える、進撃の顕現。
魔力によって形成された刃と、風圧による刃。魔剣はいつの間にか変貌し、今は複数の刀身をもつフランベルジュに変わっている。炎のように波打つ刃、それらは魔術によって幾重にも増幅し、グリーディという収束点に殺到する。
硬化した身体は、魔術であろうと風切り刃であろうと弾くが、それでも無効化までは至らない。一撃ではきかずとも、幾重にも重ねられた剣線ならば、意味を為すのだ。
一にして千。
魔剣と魔術が溶け合い、まるで軍を相手取っているかのような連撃。
飛来する刃は的確に急所を捉え、グリーディは防御と回避を余儀なくされる。攻撃の正確さと手数に、やがてグリーディは苛ついて無理やりな接近を試みた。
「さっさと死ねよ!」
振りかぶられた豪腕を、速度だけで避ける。
「ーーーー《其劔、超千山》!」
カウンターでグリーディの全身へと連撃を浴びせる。またもや姿を変えた魔剣は、今や鮫の牙を並べたような無骨な片刃剣。レクレスを狙った左腕は齧り砕かれ、完全に破壊された。穿孔、裂傷からは鮮血の花が咲き、鬣が返り血に染まる。
だが、レクレスの身体も無事とはいかない。
超速度と、限界を超える連撃で、レクレスの筋肉は音を立てて次々と千切れている。魔術による一部の感覚遮断が無ければ、激しい痛みで動くどころかまともに立つことすら出来ない筈だ。
そして、それはグリーディも同じだった。
「くそっ!まだだ!まだ俺は負けてねぇ…!」
破壊された左腕はだらりとぶら下がり、血塗れで仁王立ちするグリーディが吠える。
「死ねぇ!」
半ば倒れ込むような最期の攻撃。
グリーディの渾身の一撃が、レクレスを襲う。
レクレスは、その攻撃を、真っ向から受ける。頭上から振り下ろすだけの、シンプルで、力業の剣撃。
「破ぁぁぁぁぁ!」
気合いと共に放たれた一撃が、グリーディの一撃を粉砕する。
拳、腕、肩、胴。
肉を裂き、腱を千切り、骨を断つ感覚。
魔術により、精神により、戦いにより研ぎ澄まされた感覚が、レクレスに勝利を告げる。
重力と速度に支えられ、暁の魔剣はグリーディを真っ二つにした。




