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《獣の咆哮》1.炎竜と水竜

《獣の咆哮》



時刻はやや遡る。

菌竜の森を進むミスティは、森の中で、奇妙なモノを発見していた。

「ーーーーーー!!」

「うん。菌竜の死骸だね。しかも、何かに食べられてる」

身体に宿す虹色の海月と会話する。

木々をなぎ倒してできた空間に、体液を撒き散らして果てた菌竜の亡骸。それは無惨に食い荒らされ、発酵臭が漂い、あたりは酷い有り様だった。

「ーーー、ーーーーー」

「もちろん。こんな風に菌竜を殺して、しかも捕食するような生物は、この森にはいない」

森の中では食物連鎖の最上位生物なのだ。襲われるような事は無いだろうし、例え自然死した菌竜の死骸だって、ここまで食い荒らされる事は無いだろう。

何かが起こっている。

ミスティはこの事態を目の当たりにして、自信はなかった。

「セレネ、探索前にもらった奏子さんの人形で、助けを呼んでくれる?」

故に、先手を打つ。

黒騎士を見つけた時のための連絡アイテムだが、万が一のためだ。

「ーーー??」

黒騎士相手に使うものでは?

セレネの問いに、ミスティは告白した。

「…正直言うけど、僕じゃ対処出来ないレベルだと思う。だから、万が一を考えて先に手を打っておきたいんだ」

ミスティが意図を伝えると、海月は腕をくねらせ人形に魔力を込める。傍から見ると触手に襲われる奏子のミニチュアになったが、それを指摘する者はこの場には居なかった。人形が送信中、送信中、と呟きだしたので、ミスティは改めて考える。

菌竜は焼き殺されていた。

それもかなりの火力だ。状況からも痕跡からもはっきりと魔術の炎だとわかる。加えて、殺した菌竜を喰らっていることと、その痕跡から、菌竜を殺害したモノは、炎を扱う獣か、あるいは、巨大な獣を使役した魔術師と推測できる。獣はかなり強力な種類の筈だ。

だが、前者であるならば、その獣は炎ブレスを吐く竜種か、それに比類するものになる。生態系を乱す程の生物が突然自然発生するとは考えにくい。

故に、獣は魔術師によって召喚されたか、或いはキメラのように作り出されたモノだと推測できる。魔術師が獣に変身、というのは、少し特殊かもしれないが、可能性としてはあり得る。

どちらにせよ、強力な獣を扱うような魔術師がいるのは、ほぼ間違いない。先日、レクレスたちがやられた竜種の一件もある。手に負えない相手がいると解っていながら、何も準備をせずに戦うのは、勇気ではなく単なる無謀だ。

今は他のウルズ生と合流して、リフィに報告するのが正解だ。

「ーーーーー?」

この後の行動はどうするのか?

「森をでて、リフィ先生に報告だね。その後は、先生の判断次第かな。こんなことを出来る力がある相手じゃ、間違いなく僕らには荷が重いよ」

ウルズの四皇にして、ウルズの努力型天才。

学院生徒トップクラスの魔術師ミストラルが、手に負えないと判断するほどの事態が、菌竜の森で起きている。

これは、学院としても異常な事だ。

その第一報が届いていないのであれば、尚更、ミスティたちはいち早く学院に報告する義務がある。

「早く戻って知らせないと…」

ミスティがそう呟いた刹那、森の奥から獣の叫びが木霊する。

「ーーーー!」

セレネが魔力に反応して身震いした。

「マズいな、かなり近いぞ…」

叫びは狼の遠吠えのようだったが、離れていても感じる魔力の波動は紛れもなく竜種。

その姿を見て、生き残ることができる者は僅かのみ。

数々の言い伝えと伝説、そして、大いなる闇の炎を纏う魔獣。

闇の覇者たる、地獄の番犬。


「ーーーーケルベロス…!!」


木々をなぎ倒し、こちらに近付いてくる破壊の音。もはや、逃げることはかなわない。

ミスティは仕方なく戦闘準備を始める。

「仕方ない…!セレネ、戦闘配置!」

「ーーー!」

ミスティとセレネ。

水を司り、操る者。

かねてより鍛錬してきた魔術を詠う。

「ーーーーー」

清らかな清流が、集まり、束ねられ、大海へと注ぐ集約の体現。

大人二人分ほどの体積だったミスティの身体に、空中から、地面から、あたりの木々から水分が集まり、ふくれてゆく。

やがて、巨大な水塊となったミスティは、巨体に相応しいカタチへと変貌する。


「ーーーーーー!!!」


強靭なる躯体。

魔力の質と量。

即ち、其の名を竜という。

長い身体には虹色の脊髄。変形したセレネは脊髄の頂上に立方体となって収まる。

それはセレネという制御装置を冠とする、水竜リヴァイアサンの顕現だった。

元来、ウンディーヌを含む全ての属性精霊は、竜種となる可能性を秘めている。但し、竜化できるのは、真名に目覚め、膨大な魔力を保有し、自然の頂点に君臨する者だけだ。ミスティの場合、魔力量こそ条件をぎりぎり満たすが、真名に目覚めた訳ではなく、竜化する者としては不足する。

竜化は本来、成熟し生き残る力を持った者だけが得ることのできる、属性精霊の秘奥なのだ。

ミスティの場合、偶然が重なった暴走の果てに真名を垣間見たという事故があったために識っているが、あくまでそれは識っているだけであり、通常であれば任意の覚醒などとても出来るようなモノではない。

その真名覚醒と竜化を、ミスティはセレネという使い魔を利用することで、仮初めながら成し遂げていた。その影に多大な努力と鍛錬があったことは言うまでもなく、けれど、それだけで達成できるような容易いものではない。ミスティの才能と資質があってこその結果だった。

「真名“混沌の卵(カオス)”を以て我は変貌する。我が力は竜の脈動、我が魔力は竜の息吹、我は荒れ狂う生命の海の覇者」

虹色の脊髄が、膨大な魔力を制御する。

「顕現するは大海魔の楽園。導き、花開け、《水底に眠る原初の楽園(キューブ・アクエリア)》…!」

巨竜と化して果てない力を得たかわりに暴走し、魔力が途切れるまで一時的に理性を失う。本来扱えないはずの真名を解放し、その秘奥を享受するための代償を、使い魔の外的制御を以て軽減する。これがミスティが生み出す最大戦力。

ミスティが自信がないと言った理由は、決して勝算がゼロだったからではなく、ミスティ自身の理性が吹き飛んでしまうからだ。それを保つのがセレネの役割であり、未だに不安定なのが問題だったが、この状況では仕方ない。

竜へと変貌が終わり、それを待っていたかのように木々が割れて、巨大な魔力の持ち主が現れた。

「■■■■■■■■■…!!!」

漆黒の体毛は、住処と同じ闇で出来ている。

深紅に染まる瞳は六つ。竜種のフレイムブレスを吐きつける三頭は、常に獰猛な唸りをあげる。鬣はうねる先の蛇でできており、その全てが獲物をさがしてうねる。

伝説を纏う、最強であり最凶の魔獣。

その名を、ケルベロス。

木々をなぎ倒した怪物が、リヴァイアサンと対峙した。

竜種同士の戦いが始まる。

開幕。菌竜の森が燃えた。

火炎がさらなる延焼を呼び、空気を喰らい尽くす。

「■■■■■■■!!!」

ケルベロスの煉獄ブレスによって、あらゆる木々と空気がリヴァイアサンを焼き尽くす燃料となって襲いかかる。

「ーーーーーーー」

だが、リヴァイアサンも対抗して高圧水流で地面を隆起させ、炎に対する防壁を構築する。かと思えば、ケルベロスの巨体が素早く動き、魔力ののった爪と牙による連撃が繰り出され、その全てを中空に出現した氷の槍が弾く。

巨大なスケールで描かれる魔術戦。伝説さえ色褪せるほどの竜種の争い。その戦闘によってまき散らされる魔力は、学院の竜脈にも引けをとらないほど強力で、並みの魔術師ならばそれだけであてられてしまうぐらいに濃密な害意で満ちていた。

やらなければ、やられる。

自然の摂理だ。

その最も顕著な例が、魔術師と竜種によって再現されていた。

「ーーーーー《湧き上がる大瀑布(ブラスト・ウェイブ)》」

リヴァイアサンの魔力が蠢き、多重詠唱により瞬時に完成した極大魔術が踊る。地下から現れた濁流が、ケルベロスを飲み込まんと迫る。灼熱のブレスが相殺するが、一気に蒸発した水分が爆発を起こした。

「■■■■■■!」

白塵漂う中、ケルベロスの唸り声だけが聞こえる。敵が魔力を察知して対象の位置を掴める以上、守りにでては不利になる。

ミスティは再び極大魔術を紡ぐ。

「ーーーーーーー《凍てつく刻の砂(ゼロ・ステイシス)》」

魔術が発動すると共に空を漂っていた水分が凝縮し、氷の鎖を形成していく。同時に視界を塞いでいた霧が晴れ、ケルベロスの姿が露わになる。ケルベロスは既に動いていた。

魔術による氷鎖がケルベロスを捕縛するが、抗魔術耐性を持つケルベロスを捕らえきれず、リヴァイアサンは体当たりを食らって倒されてしまった。

「……!」

そこから、ケルベロスはマウントをとり、三頭によるラッシュで、制御装置たるセレネを執拗に狙い始める。竜尾を振るって胴を打つが、竜鱗に匹敵する皮、分厚い筋肉の鎧がそれを弾き、まるで効いていない。

ケルベロスはただの魔獣などではない。

本来、魔界の中でも、魔力の極端に濃い障気帯に生息するケルベロスは、姿こそ犬のキメラのようだが、れっきとした竜種である。

ケルベロスは巨大な体躯と三頭、煉獄焔のブレス、鱗のように強固な外皮、無尽蔵の魔力に魔術耐性、高度な魔力源探知能力を併せ持つ。学院の生徒ではウルズ生とて、単独では全く歯が立たない力をもつのだ。ただし、魔界などの濃い魔力の中でしか身体魔力濃度を維持できず、辺りの魔力が薄い場合はやや弱体化することが知られているが、その場合でも生存本能で凶暴化するため、学院では第一種接近禁止指定種として定められている。加えて、同じ接近禁止指定でも、菌竜の森の主である苔鎧女王(モールド・クイーン)など足元にも及ばず、先日の卑王竜(ファーヴニル)よりも獰猛で強力な竜なのだ。

ミスティはその事実を知識として知っていたため、理性と本能の両方から危機を感じ、生存戦略を考えていた。

「ーーーーー《千頭うねる毒の牙(レストレス・ハイドラ)》!」

リヴァイアサンの身体から、幾本もの水の触手が伸びる。物理的な攻撃が通らないのであれば、腐食性の毒物で削るという意図だったが、マウントを取っていたケルベロスはいち早く危険を察知して、リヴァイアサンから距離をとった。

「■■■■■■!!!」

じりじりと、互いの距離をはかる両者。

ここまでの戦闘で、巨大な魔獣が暴れまわった森は拓かれ、生命の欠片も残ってはいなかった。

未だ、ケルベロスは健在。

対するリヴァイアサンは魔力を大量に消費したため、毒牙を構えたままではあるが、実質身体を維持しているのがやっとで余裕など無かった。

闇からは、何者も逃げられない。


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