《黒騎士》5.月影繚乱
「さて、と。そろそろ行こうか?」
トウヤが立ち上がると、桜も立ち上がる。
「えぇ。ここから遺跡群まで、さくさく行きましょう?」
二人はそのまま、もときた道を戻りかける。だが、その歩みはすぐに止まることとなる。
「……………ーーーーーー」
まるで伽藍胴の鎧のごとく、ソレは立ちはだかっていた。
風百合が綺羅綺羅と揺れる中、漆黒のフルフェイスが怪しく月影を反射する。
一陣の風が吹き、風百合の光が散る。
幻想の中、その漆黒は異様なまでの存在感を示していた。
「ーーー黒騎士」
トウヤが呟くと、黒騎士の腕が上がり、トウヤを指差した。
「…どうやらご指名みたいだな」
トウヤは桜を下がらせる。すると、トウヤと黒騎士を縛る決闘魔術が発動した。
「アンタが何者かは知らないけど、やるからには勝たせてもらう…!」
曰わく、黒騎士の刃は不可視。
敗者たちは、そのほとんどが初太刀でやられたという。
故に、トウヤは先手をとる。
「ーーー《烈風の魔砲》」
魔弾を練り上げること6発。すぐさま射出して、トウヤ自身も黒騎士の胴をとりにいく。だが、まるで予定調和と言わんばかりに黒騎士は構え、左手の巨大な円盾はトウヤの魔弾を全て防ぎきり、横薙ぎの一閃すら容易くいなして見せた。
そのまま、流れるような手つきで、盾の裏から何かを引き抜く。
「《光の模造聖剣》」
くぐもった声。それは間違いなく、魔術詠唱だった。
横薙ぎをいなされて、黒騎士に背後をさらした一瞬で、トウヤは窮地に陥る。
盾から引き抜かれた金色の長剣。身体をひねって、背後のトウヤを斬りつける動作には、全く無駄がなく、トウヤはかろうじて反応できたが、完全な防御をとることは出来なかった。
「ぐぁっ…!」
防御ごと吹き飛ばされたトウヤは、なんとか着地するが、ノーダメージとはいかず、両腕は衝撃で痺れたままだ。
相対する黒騎士は、悠然と立ったままだ。
先ほど引き抜いた筈の剣は、すでに納刀したのか、どこにも見えない。
黒騎士は、不可視の刃を使う魔術師ではなかった。
つまりは、あの円盾に仕込みがされていたのだ。
気付いて、改めてみてみれば、確かに円盾の部分だけが異様な魔術コートをかけられており、魔力を探れないようにできている。
こうなってくると、あの盾の中身が解らない以上、下手に攻め込めない。長剣がバレるのはわかりきった事なのだから、当然、その先の手も隠しているに違いないのだ。そこに関する対策をとれなければ、トウヤの勝ち目は薄い。
「さて、どうしたもんかな…」
構えなおすトウヤに対し、黒騎士はじりじりと間合いを詰める。ちょうど、刀同士の間合いに近付いて、初めて、黒騎士は盾を構える。
「《四季祀鬼》」
トウヤは詠唱する。
ミスリルの籠手、具足に刻まれた術式が動き出し、トウヤの強化を補強する。
黒騎士の“抜刀”を見極める他に、道はない。
後の先を取るしか、活路はないのだ。
じり、じり、と具足とグリーヴの草を擦る音がする。
一瞬でも隙を見せれば、やられる。
緊張は極限まで、感覚を研ぎ澄ます。
風が、吹く。
風百合が、光の種を飛ばす。
その刹那、世界から音が消えた。
「ーーーー《光の模造聖剣》」
来た。
盾を後ろに引く動作とともに、大きく踏み出す黒騎士。神速の抜刀で顕現した黄金の剣、その伸長する光刃がトウヤの芯を捉えんと迫る。
しかし、トウヤもただで食らうほど甘くはない。横薙ぎに振り抜かれた黄金の太刀筋を、神速を超える反応でかわす。流れた黒髪が、刃に攫われ、重心を低くしたトウヤは、刀を前に体当たりをかます。
刹那の攻防は、トウヤと黒騎士のどちらもが剣士たる感覚を持ち合わせていた結果だった。
紅山茶花が黒騎士の盾を削り、ダメージが入らないと感じた瞬間、足を蹴り上げる。ミスリルの具足は返ってくる黄金の剣を蹴り飛ばし、入れ替わりに振りかぶられたバッシュアタックは、流れるようなサマーソルトに展開して回避した。宙を舞う一瞬、魔弾を番え、放つ。
「《尖火の魔砲》」
盾を構える事は予測していた。
着地と共に地面を蹴り、紅山茶花を逆袈裟に斬り上げる。
盾を弾き上げる一撃、しかし、黒騎士もまたそれを読み、振り下ろした黄金の刃が紅山茶花を迎え撃つ。
刹那、視線が交錯した。
次の瞬間には、互いの刃はすれ違い、紅は空を、黄金は地を穿つ。
戦いは止まらない。
トウヤは勢いに任せて身体を捻り、回し蹴りを放つ。盾で受ける黒騎士は潜り込むようにして剣を抜いて後方に流し、そのままトウヤの足を跳ね上げた。一瞬バランスを崩し、トウヤは追い風を吹かせて、跳ぶ。踏み込んだ黒騎士の刃は、確実にトウヤを捉えている。
刃が、トウヤを打ち据えた。
ミスリルの篭手がへしゃげ、強化が揺らぐ。
土属性で硬化した身体にダメージは無いが、術式の刻印が一部失われた事で制御全てを自動化出来なくなった。魔術を扱うキャパを奪われた形だが、戦うのを諦めるにはまだ早い。
トウヤは打ち据えられた事で距離を取って着地した。
「やるな!」
トウヤは刀を構え直し、黒騎士を称賛した。
対する黒騎士は再び剣を納刀し、いつでも抜刀できるように手を盾に隠した構えをとる。
再びの静止、そして無言の時間が流れ。
「《天変地異の刃》」
「《光の模造聖剣》」
剣が交錯する。
四季の鬼の魔力を暴発させた破壊の刃と、模造品なれど神話の再現の光はすれ違い、それぞれ黒騎士とトウヤに到達した。
トウヤは聖別された光の奔流に焼かれて吹き飛ばされ、黒騎士はその盾、その鎧にて災禍の暴威を受ける。結果、立ち続けたのは、鎧に様々な傷跡を残しながらも攻撃に耐えた黒騎士だけだ。
トウヤの意識が消えた事で決闘魔術ははじけ、桜がトウヤに駆け寄る。
「トウヤ!大丈夫?!」
完全に失神したトウヤを揺する桜に、黒騎士が言う。
「“死んではおらぬ”」
既に剣を納め、黒騎士は桜を見下ろす。
トウヤの傷は浅い。幸い手持ちには回復用の魔術薬があり、まさにこういう時のために用意したものだ。気絶しているだけのようで、呼吸や魔力は乱れていなかった。
そこまで確認して、桜は黒騎士をキッと睨みつけ、立ち上がる。
「…私と戦うってんなら、相手になるわよ!」
トウヤの仇を取ってやろうじゃない!と息巻く桜に対し、黒騎士は無言だった。そしてそのまま踵を返すと、黒騎士は夜の闇に消えていった。
「…ホントに何なのよ、もう!」
失神したトウヤをそのままにも出来ず、仕方なく桜は夜食を食べた木の下までトウヤを引きずっていく。
「やっぱり、トウヤも男なのよね…!私には、重たすぎるわ!、ちょっと手伝って、翁」
鎧を着け刀まではいた男子を桜に運べというのはいささか酷だったが、途中で式を呼び出し、なんとかトウヤを運んで寝かすと、桜も疲れて腰を下ろした。
「………ホントに、何なの、あの黒騎士は」
黒騎士に悪態をつく桜。
その時突然、トウヤの懐からナニカが飛び出した。
「ミスティくん、ピンチ!至急、菌竜の森に集合!」
探索前に渡されていた、奏子ちゃん人形だった。
人形は繰り返し、ミスティの緊急事態を告げる。
時間から考えて、黒騎士の訳がない。しかも、あのミスティが、ピンチ?
「いったい、なんだってのよ…」
不穏な雰囲気に、桜は少し、心細くなっていた。




