《黒騎士》4.無謀と欲望
それはちょうど、目的地であるストーンヘンジに辿り着いた時だった。
レクレスの少し後ろを歩いていたルインを、レクレスが制止した。
「探しに行く手間が省けたぜぇ、兄貴ィ!」
見上げる月明かり、その麓に立つ金色の夜叉が一人。
ストーンヘンジの石柱の上からレクレスに叫んだソイツは、既に抜き味の刃を両手に引っさげている。
「まさか、こんなタイミングでお前と再開するとはな」
レクレスが見上げる者。
レクレスよりやや小柄で、首には3つの犬歯を通した首飾りをかけ、強烈な殺気を振りまくその男。
「グリーディ…!」
レクレスが名前を呼ぶと、グリーディと呼ばれた獅子は、レクレスの間合いの少し先に着地した。
「兄貴に覚えててもらえるなんて光栄だな!」
刃を手の中で遊ばせ、グリーディは牙を見せてギラつく笑いを見せる。
「…ルイン、手ぇ出すんじゃねぇぞ」
レクレスは小さく呟くと、籠手に変化していた魔剣を剣に戻し戦闘態勢に移行する。次の瞬間にはグリーディは斬りかかっており、レクレスは刃を受けながら喋る。
「いきなりだな、グリーディ。昔から血気盛んなのは変わらねぇな」
飛びかかってくるグリーディの剣戟をいなし、レクレスが横薙ぎを返すと、グリーディも躱しながら言葉を返す。
「そうゆう兄貴こそ、腑抜けた戦いぶりはそのまんまだなぁ!」
レクレスの横薙ぎをかわしたグリーディは、二刀を器用に操り、レクレスの懐へと飛び込んでくる。連撃を躱し、合わせて防ぎ、空いた背中に蹴りを放つ。魔鋼仕込みの靴底はグリーディを捉えるも浅く、大きく跳んでから再び武器を構え、レクレスに斬りかかる。
対の鋼と魔剣が打ち合う。
数合を経て、実力差が見えた所で、刃ごと飛び込むグリーディに対して、レクレスは魔力を込めた一喝を放った。
「ーーーー破っっ!!!」
レクレスが唯一無詠唱で使用できる魔術、《獅子咆哮波》。それはどちらかと言うと、魔術よりも武技とでも言えるモノだ。
武道の達人の裂帛は衝撃波ともなり得る、その体現。
武人と獣の違いは、その技の冴えに非ず。
ひとえに、その心の現し方が両者を分ける。
声の刃は打撃となって範囲内に在るモノを襲った。
レクレスの声により吹き飛ばされたグリーディは、空中で回転し、着地する。
「よぉ!そんなチャチな技、どこで覚えたんだよ?まるで魔術師みてぇだぜ?」
まるでノーダメージのように振る舞うが、グリーディには今の一撃でそれなりのダメージがあったはずだ。
レクレスは大剣を構え直すと、グリーディの挑発にも乗らず敵の状態を観察する。
「俺はお前と違ってインテリなんだよ。戦闘に役立つなら、魔術だって使うぜ?」
目立った外傷はなく、これと言った異常はなかった。
「兄貴は弱ぇからな!魔術に頼らなきゃ、まともに戦えねぇんだろ?」
足の運び、体捌き、呼吸、そして魔力偏差。
僅かに右手の魔力の流れが乱れていた。
厳密には、気の流れ、と言ったところか。
レクレスには、他人の魔力の流れまで見切れるほどの魔力感知能力はない。それどころか、ウルズの中ではむしろ視えていない方だ。但し、戦闘中における気配の変化や、殺気の探知といった、いわゆる戦士の本能とも言える能力に関しては、右にでる者はいない。
「そうだな。ただ、弱い俺よりもテメェの方がもっと弱ぇんだぜ、グリーディ!」
叫ぶが早いか、レクレスは猛チャージをかける。同時に魔術を詠いあげ、グリーディに向けて魔剣を振りかぶる。
「《其劔、超千山》ーーーー」
其ノ劔、千ノ山ヲ超エル。
連なりし千の山々の峰。
無限に続く峰の数よりも遥か多く繰り出す斬撃は、たった独りの魔術師を軍勢へと変貌させる。
走る魔剣の剣先が、何重にもブレたかと思うと、グリーディを無数の斬撃が襲った。魔術により鋭さを増したレクレスの剣は、かろうじて防御姿勢をとるグリーディの右腕を集中して狙う。何回かの防御を許したが、その次には対の刃を片方もぎ取り、残る右腕にラッシュをかける。
結果、グリーディの防御はものの数秒で崩れ去った。
弾かれて手を離れた鋼が宙を舞い、魔剣は勢いのままにグリーディの胴にまで噛み付いたのだ。
「ーーーー!!!」
右腕ごと胴を斬られたグリーディは、執念で後ろ向きに跳んで戦闘不能を免れたが、脇腹の出血と骨まで裂けた右腕では、もう満足には戦えないだろう。
「勝負あったな」
レクレスがこぼすと、なにをとち狂ったのか、グリーディは大笑いする。
「…………………勝負あった、だって?」
言って、グリーディは首飾りを引きちぎると、三本の犬歯を飲み込む。
「これからが楽しみだってのに、なに言ってんだよ、なァ!」
変化はすぐに起こった。
肥大化する筋肉、うなる肉体。
骨は砕けては再生を繰り返し、みるみるうちに身体が巨大化する。
「…奥義か。こいつはヤベェな」
レクレスはこの秘術を知っていた。
獅子の部族に伝わる、血の秘奥。
極限化。
頂点に立つ最強の獅子の体現。
発動するためには、肉親の犬歯を体内に取り込まなければならないが、使用すれば究極の肉体と果てなき力を手にできる切り札だ。代償として術者の寿命を削るというとんでもない魔術だが、代償以上の効果を生み出す諸刃の剣だ。レクレスが扱う《獅子暁心牙》の原型、着想とも言える魔術でもある。
「クソ兄貴ィ!今すぐ挽肉にしてやるぜぇ!」
体躯はゆうに、レクレスの三倍はある。
吐息は蒸発した血を含み、魔術で血が燃えている。
もはや剣など必要とせず、鋭い爪を隠そうともしない。
レクレスが構える前に、素早く強烈な一撃が放たれた。
「ーーーー!!!!」
ボディブロウというには、重すぎる一撃を食らって、レクレスは吹き飛んだ。魔剣の自動防御とミスリルプレートが軽減しなければ、グリーディの言葉通り挽肉になっていたであろう一撃だった。弾丸のようにストーンヘンジの石柱へとめり込んで止まるが、あまりのダメージにすぐには動けず、グリーディがその隙を見逃すはずがなかった。
「死ねぇぇ!」
回避不能、必殺の攻撃が、レクレスに迫る。
だが、その攻撃がレクレスに届くことはなかった。
「レクレス君、やっぱり見てられないわ」
ルインが掲げた防御魔術が、グリーディを弾き返したからだ。
「……………………」
レクレスからの返事はない。
ルインはグリーディをしかと見据え、刀を構える。
「兄貴も堕ちたもんだ!メスに守られるなんて、笑い話にすらならないね!」
腹を抱えて嗤うグリーディに、ルインは気分を害した。
「黙りなさい!」
コンマゼロ秒の魔術。言葉とともに撃ち出された魔弾は、グリーディに命中する。
しかし。
「なにそれ。舐めてんの?」
かすり傷ひとつつけられず、グリーディはルインに肉迫した。かと思うと、ルインを片手で掴み、眼前にかざす。
「お前、生意気だな」
ルインの肺から空気が絞られ、骨が軋んだ。
ギリギリと握力を強めて、じわじわとルインを圧殺しようとするが、グリーディはレクレスの方を見て考えを変えた。
「そうだ!いいことを思いついたぞ」
グリーディはレクレスの目の前まで行くと、ルインの衣服を剥ぎ取った。ルインの白磁の肌が晒され、グリーディは狂喜に嗤う。
「今からお前を犯すぜ!お前の悲鳴で、弱っちい兄貴が目を覚ますようにな!」
レクレスは、未だ沈黙したままだった。




