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《黒騎士》3.恋愛談義

「こっから先は別ルートだな」

「あぁ。道中気を付けてな」

トウヤと桜、レクレスとルインは、それぞれゴブリンの丘と遺跡を目指して街道を進み始めた。遮蔽物の少ない街道に二人。月明かりで道は明るく、風のない、静かな夜だった。

見上げると、白くぼんやりと輝く月。

「黒騎士、どんな奴なんだろうな」

草の葉が揺れる夜道の最中、呟く。

「フルプレートで無言、魔術詠唱もなくて、得物も不明。謎すぎよね」

情報の少なさは異常だ。目撃者が極めて少なく、襲われた本人たちは語らないのが原因だが、それがまた黒騎士の噂を加速させている。

「謎さと強さが人気の要因だからな」

同じくらいの情報量の噂であれば、些か派手でビビッドな礼装を着て学生街を悪の魔術師から守る魔導少女の3人組なんてものもあるが、黒騎士の方は昇降格戦に影響がある事もあり、圧倒的な現実味がある。

「やっぱりウルズの誰かなのかしら」

「さぁな。魔術も声も得物も不明なら、ウルズ生でも気付かないだろ」

実力があるのだとしたら桜の言い分も最もだが、クーの襲撃のように多大な時間と労力を費やして準備した礼装が強さの秘密かも知れないため、やはり断言は出来ないだろう。

トウヤとしては、その正体よりその魔術や戦い方への興味の方が勝っていた。

「純粋に戦ってみたい気はするな」

「何よ、トウヤまで戦闘狂に宗旨替え?」

流石にレクレスやアズ程ではない。

しかし、強い魔術、緻密な魔術、優れた戦闘、戦略があるのなら、それを知りたいとは思うのだ。

「いや、単純にどんな魔術なのか、どんな戦い方なのか、知りたくないか?」

桜に同意を求めたら、肩をすくめて呆れられた。

「どこまで強くなるつもりなのよ?あなた、学生1位なの忘れてる?」

桜の言う事は解るが、トウヤとしてはさらなる高みを知っている以上、止まるなど考えられない。

「リフィ先生越えを目指してるからな」

そんな会話をしていると、背の高い草が見えてきた。

「…そろそろ、あの場所が近いな」

あの場所、とは、フロウに教えてもらった風百合の群生地のことだ。

「…風百合の群生地か。そろそろ種が出来てるかな?」

桜の言葉に行ってみようか、と返し、トウヤは道を逸れて茂みに入っていく。

しばらくすると、記憶の通りの場所に、風百合の群生地はあった。

「…満開、だわ」

フロウに連れてきてもらった時よりも、たくさんの花が咲いている。そのどれもが魔力によって淡く発光し、一面が星屑の海のようだった。

「綺麗…」

思わず呟いた桜に、トウヤが囁く。

「…こんな光景を見られたんだから、機会を作った黒騎士には感謝しないとな」

桜はトウヤの隣に並んだ。

夜風が吹いて、風百合の光の種が空に舞う。

幻想的な光景を、二人でしばらく見上げていた。

「…この時間が、ずっと続いたらいいのにな」

桜の小さな呟きは、空に消えて、トウヤに届くことはなかった。

唐突に、桜がいう。

「ねぇ、トウヤ。トウヤは好きな子とか…いるの?」

顔を合わせていないからこそ、聞ける言葉だった。

「いきなりだな。なんで?」

「トウヤは、自分がウルズの四皇って呼ばれてるの、知ってる?」

学生トップの4人だろ?と返すと、桜は補足する。

「ウルズクラスの中でも、彼氏にしたい男子4人。トウヤにレクレス、流雅にミスティ。学院中の女子の中で噂よ?」

彼氏にしたい男子と言われ、他の三人を思い浮かべる。

誰もが曲者だな、と思ってトウヤは苦笑した。

「全く自覚ないけどな。で、それがさっきの話とどう繋がるのさ?」

トウヤがそう返すと、桜はため息をつく。

「鈍いわねぇ…。もちろん、噂してる皆が、トウヤが今フリーなのか、好みのタイプがどんな子なのか、知りたいのよ」

「あぁ、そういうこと」

桜の言葉で、質問の意図を理解した。

もちろん、今は恋人などいない。

「今、好きな子はいないよ。気になる人は居るけどな」

半分嘘で、半分本当だ。

桜、ルビア、フロウ、ルーナにアズ。それにリフィ先生とシスター・フェイト。そして陽炎さん。

学院に来て今までの間に、気になる人は多い。女性として魔術師として、気持ちは入り混じっている。しかし、皆程度や方向性は違うし、恋愛感情までに至る気持ちはまだなかった。

だから、半分。

「…ちなみに、誰よ?」

「リフィ先生」

「…マジ?」

「もちろん。あんな凄い人、魔術師として気にならない訳ないだろ?」

トウヤが冗談のように返した言葉で、桜は怒る。

「なによ、はぐらかして!」

「まぁまぁ。今好きな子はホントにいないよ」

取り繕うように言うトウヤに、桜はジト目だ。

「じゃあ、ルビアはどうなの?」

天魔(ネフェリム)に覚醒したルビアは、今までと全く変わらない。

魔術師としては一気に格が上がったが、それで何か性格が変わったかと言われれば、全く変わらないのだ。しかし、綺麗になった。先日もヴェルザンディの男子から告白されたが断ったと言っていたので、ルビアの変化した容姿の話はかなり広まっているのだろう。

「覚醒して、綺麗になったな」

「それはそうなんだけど、そうじゃなくて、何かあったんでしょ?」

桜はルビアの変化に気付いていた。上手く言えないが、トウヤを見る目が優しげに変わり、いつも目線がトウヤを追っているのだ。 

「ルビアが覚醒した時、何かあったんでしょ?」

桜の追求に、トウヤは答えについて思案し、それから口を開く。

「…かつてルビアを助けたのは、やっぱり俺だったらしい」

「…やっぱり。ルビア、目が変わったもの」

過去の恩人を見つけて、ルビアは変わった。

ルビアがトウヤに恋愛感情を抱いている雰囲気を、桜は感じていた。

そして、トウヤはやはり神無家の魔術師だ。

家紋入りの羽織が無かったとしても、血統魔術を使いこなし、学生トップに君臨できる程の魔術センスをもつ男が、魔術大家でないなどあり得ない。血統魔術の存在を識っている桜にとって、トウヤは最早疑いようもなく神無家の魔術師なのだ。

桜は、今この時、それを考えるのを止めた。

トウヤはトウヤなのだ。

気になる友人のままで居たかった。

だから、桜は自分の心に蓋をして、感情を偽った。

「まぁいいわ。夜食作ってきたんだ。食べない?」

言って、桜は鞄から大きめの木の葉で包まれた夜食を取り出す。

桜と二人、木を背もたれにして、夜食を頬張る。

綺麗に握られたおにぎりは、固くもなく、柔らかすぎず、塩加減も最適だった。何より、学院ではあまりお目にかかる事がないので、懐かしい感じがした。今は覚えていないが、これが母の味というやつなのかもしれない。

そんなことを思いながら、二人の時間はゆっくりと進んでいった。


     ***


一方、レクレスは黒騎士の前に、戦うべき者がいた事に気付かされていた。

「だぁー!ベタベタすんな、うっとおしい!」

叫ぶレクレスの腕に、纏わりつくルイン。

歩き辛いことこの上ない筈なのだが、レクレスはルインを重りとも感じていないような速度で街道を進んでいく。

「レクレス君のいけずぅ!せっかく二人きりなんだから、いちゃいちゃしよぉよー」

甘ったるい言葉に、ゾクッとしたレクレスは、ルインを振り払う。

「俺はそういうのが嫌だっつうんだよ!ったく…」

振り払われて、ルインはやっと普通に歩きだす。レクレスの歩幅が広いので、やや早歩きだ。ルインはだだっこの表情で、レクレスに抗議する。

「いいじゃん、少しぐらいー。レクレス君もまんざらじゃないクセにぃ…」

「誰がまんざらじゃねぇ、だ!」

横に並んだ二人を誰かが見たら、恐らく夫婦漫才に見えたに違いない。そして、そんな事実に全く気付けないレクレスは言う。

「前にも言ったが、俺は自分から向かってくる奴には興味ねぇんだよ!」

「だから、信念ごと屈服させればいいんでしょ?」

ルインの即答に、言葉がでないレクレスは苦しい反撃を返す。

「…そうは言ったが、こういうのは無しだ」

「えぇー…」

「えぇーじゃねぇよ!面倒くせぇな!」

嫌よ嫌よも好きのうちというが、レクレスの場合、実際問題ベタベタされるのは嫌だった。心情的にはルインを悪く思うどころか、その実力を高く評価しているのだが、レクレスの人生には男女がベタベタする習慣はないし、寧ろ獅子人(レオニクス)は肉親同士普通に争い殺し合う種族なので、そのあたりはかなりドライなのだ。

「なら、どんなスキンシップならOKなの?」

ルインもそのあたりを察したのか、レクレスの妥協点を問う。ルインお得意の答えるまで離さない攻撃が始まったので、仕方なくレクレスは言葉を探す。

「あー…面倒くせぇな…」

鬣を左手でわしゃわしゃと掻くのは、最近のレクレスの癖だ。決まって悩んだり、思考が詰まった時にでることをルインだけが知っている。

「つーか、スキンシップってのが苦手なんだよ。お前が知ってるかは知らねぇが、俺らは親兄弟で殺し合うことがザラな種族だ。だから、そもそもそういう文化がねぇんだよ」

殺すことを、殺されることを、殺し合うことを、幼い頃から常とする。

それが、獅子人(レオニクス)という種族だ。

レクレス・レオンハルトという個体は、獅子の中では温厚で理性的な方なのだ。

「じゃあ、恋愛するときはどうなのよ?」

ルインの質問は続く。

「そもそも恋愛って観念も薄いんだよ。親兄弟で殺し合うのは、家族の長の座を奪い合うからだが、基本的に女は全て長のモノだし、恋愛したいなんて言う奴は群れを抜けるか、その前に淘汰されるのが大半だ」

獅子人(レオニクス)には恋愛など無用なものなのだ。元々、狩りをし、他者を喰らうことで繋がってきた種族ゆえに、弱者は必要ないし、弱みとなる要素を排除しなければ、群れの中では生きてすらゆけない。

たまたま魔術の才能があり、かつ、それを是としたレクレスが稀な存在なのだ。

「なら、家族から離れたレクレス君は、何の為に学院にいるの?」

もちろん、恋愛するためじゃないんでしょ?とルインは言う。

レクレスは、自身が学院に来た理由をルインに告げるかどうか悩んだ。そして半ば諦めながら、ルインに語ることにした。

「俺は内輪の中での強者なんかじゃ満足できねぇんだよ」

つまりは、そういう事だ。

「古い観念で固まった獅子の部族。そんな中で最強になったって、他の場所や地域、世界、次元には、もっともっと強い奴らがゴロゴロしてる」

魔術師然り、竜種然り、神格然り。

種族もなにも関係ない。

ただ、そこにある強さという尺度。

現に獅子人(レオニクス)としては最強クラスでも、この間レクレスは竜種に焼き尽くされたばかりだ。

「俺はそんな所で立ち止まりたくはねぇ。俺の信念は常に強くなる、の一点だけだ。負けでもなんでも生き残って強くなる、それでいて、楽しくやれりゃあ人生最高じゃねぇか?」

だから、俺は学院にいる。

魔術が使えたら、当然、面白ぇじゃねぇか。

そんなレクレスの芯を聞かされて、ルインは言葉を探す。

「根っからの戦人なんだね、レクレス君は」

そう言うルインの表情は、嬉しそうだった。

「私も、魔術師として、頂点を目指したいよ。レクレス君とはちょっと違うかもしれないけど、立ち止まりたくないのは一緒。けど、私はその上で、もっと沢山の事を楽しみたい」

言ってルインは、レクレスの正面に回る。

「だから、私は恋愛も精一杯楽しむわ。もちろん、尊敬できる人なら種族なんて関係ない」

思わずレクレスも立ち止まり、ルインを見つめる。

月明かりの下、ルインの金紗は幻想の中の姫のように美しく、凛と姿勢を正してレクレスを見上げる視線は、レクレスを捉えて離さない。

言葉は、さながら魔術。


「私は、レクレス君の事が好きよ」


直球の言葉は、ルインの決意表明であり、レクレスへの宣戦布告のようでもある。

「…………………」

レクレスは、ルインの告白を受けて、考えていた。

ルインの事は評価している。

魔術師として、パートナーとして、十分だと認めている。

一方、異性としてはどうだろうか?

いつも、向かってくる奴には興味がないとあしらっていたが、実際は気にならない訳がなかった。内心、認めた者から好意を寄せられるのは、心地よいと感じていた程に、レクレスはルインを想ってはいた。

なにより、その一途な姿勢に、レクレスは好感を抱いているのだ。

故に、ここでルインの好意に応えるのは簡単だ。

だが、レクレスには、ルインの好意に応える事が出来ない理由があった。

「…向かってくる奴に、興味ねぇって、何回言わせりゃ気が済むんだよ」

ため息まじりに返す、言葉。

それを聞いたルインは、一瞬瞼を伏せたが、すぐに明るい表情になる。

「あーあ…またフラれちゃったなぁ~しくしく」

泣き真似までして、ルインは冗談っぽい雰囲気を作る。

「でも、私は諦めないからね」

ルインは強かった。

小さく鼻を鳴らすと、レクレスは再び歩き出す。

そんなレクレスの内心で、思い浮かべる者がいた。

(いずれ、アイツはやってくるだろう。俺の牙を折りにな…。決着をつけねぇと、俺はきっと進めねぇ)

獅子の心には、倒すべき者がいた。

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