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《黒騎士》2.戦いの胎動

曰わく、その黒騎士は無敗である。

フルアーマーに身を包み、得物を持たず、ひたすら決闘魔術をけしかけては、勝利のみを持ち去る騎士の魔術師。

その被害者はすでに30を越える。

にも関わらず、学院側が手を打つ様子がないのは、被害者が無事なこと、黒騎士の強さに対する信奉者が増えてきていること、他の周囲には被害がないこと、それら全てが、放置しても問題ないと考えられる原因になっているからだ。加えて、昇降格戦のポイントが上下することから生徒であるというのも事実らしく見え、生徒間の決闘に手を出さないのが教師たちのルールなのだと言うのが主流の噂だ。

最初の頃は、スクルドクラスのトップが襲われた。じきにヴェルザンディ。そして昨晩、ついにヴェルザンディのトップクラスにあたるエミリオ・フィーリアが敗北した。

ウルズクラスまで被害が及ぶのは時間の問題だ。

では、ウルズの後は?

もしくは、四皇が食い止める?

噂は噂を呼び、学院内では今、黒騎士の動向が注目されていた。

そんな中、放課後のウルズクラスでは、水花奏子によって、何名かの生徒が集められた。

トウヤに桜とルビア、レクレス、流雅とミスティ。アズにパトリシア、フロウ、ルインと、ウルズの中でも強さに秀でた面々だ。他にも何名かが話を聞いており、ウルズの半分が奏子の演説を聞いていた。

「みんな、黒騎士の噂は知ってるよね?」

一同がめいめい頷くなりの肯定を示すと、奏子は語り出す。

「連戦連勝、無敗の黒騎士。ファンクラブも出来て、なんか悔しくない?まだ戦ってもいないのに、ウルズもどうせ負けるって思われてるのが特に、私は気に食わないんだよね」

そのまま続けようとする奏子の言葉に、アズが割り込む。

「…下らん。襲われたら返り討ちにすればいいだけだ。そうだろう、ミストラル?」

犬猿の仲であるミスティに敢えてふるアズだが、珍しくミスティは素直な肯定をする。

「まぁ、そうだね。ちょうどいい腕試しだと思うよ」

二人の強者は奏子の言葉に賛同しないようだったが、また次の声が上がる。

「まぁいいじゃねぇか。無敗の黒騎士、いい響きだ。へし折るのに腕がなる」

レクレスである。

言い放って、ミスティとアズに言葉を向ける。

「案外、オメェらのどっちかが黒騎士だったりしてな」

これだけ連戦連勝なのだから、ウルズの誰かが黒騎士だ、という噂は多い。

特に四皇の4人やトップ10の面々は監視がいるのではないかと思うくらいに行動の情報が出回っている。それだけの目があるのに噂は消えないあたり、黒騎士の注目度は本当に高いのだろう。

話が落ち着き、奏子が再び話を始める。

「とにかく、私は意地でも黒騎士を倒したいのよ!他ならぬウルズクラスでね!」

力説する奏子に対し、クラスの反応はまちまちだった。

「下らんな。某はおりる」

流雅は離席し、戦闘に自信のない者もいなくなる。

「まぁ、暇つぶしにはなんだろ」

レクレスを筆頭に、トウヤ、アズ、フロウなど、戦闘狂と奏子の意見を支持した者だけが残った。

「ま、残るのはこれぐらいの人員よね。それじゃ、具体的な方策を説明するわね!」

そう言って奏子は学院周辺地図を取り出した。

よく見るいつものやつだが、赤い点が付けられている。

「黒騎士の出現ポイントと時間は既にリサーチ済みなの。で、その傾向から見て、出現しそうな場所はこの通りよ」

地図にはいくつもの赤いマーキングがしてあり、黒騎士が過去に出現した地点を示していた。出現地点は、学生街の表通り、学院の表門、ゴブリンの丘やウンディーヌ湖などの街道沿いに集中しており、時間帯はいずれも夕方から夜にかけて。被害者たちは、学院やバイトからの帰り道で襲われている。

その傾向から、赤マークを囲うように、いくつかの青マークが地図上にあった。

「範囲が広い上に、時間帯も夕方以降だから、班分けして探索しましょう。この人数だから、二人組みって所かな?」

奏子が顔を上げると、残っているメンバーは、互いにペアの相手を見定める。第一声はすぐに上がった。

「はーい!私、レクレス君と組みまーす!」

「まぁ、そう来るよな。俺もルインで構わねえ」

第一組、レクレスとルイン。

最近のルインはやけにレクレスに絡む。たまにサシの模擬戦もしているようだし、順当な組み合わせだろう。

続けて、三人から声が上がる。

「なら、僕はトウヤと組むよ」

「じゃあ、私はトウヤと組むかな」

「トウヤ、私と組め」

フロウに桜にアズ、三者同時の言葉が、トウヤに向けられる。それぞれが、その事を理解した瞬間、三者の視線が交錯する。目線のみで火花の散る戦いに、トウヤは思わず苦笑いを零し、仲裁する。

「ここは、公平にじゃんけんって事で」

他ならぬトウヤの仲裁に、三者はしぶしぶじゃんけんでペアを決めた。

「やった…!」

結果、トウヤは桜とペアになった。

残った二人、とりわけ余りそうなアズを見かねて、パトリシアが声を上げる。

「アズさん、私と組みませんこと?」

アズはそれを承諾し、フロウは奏子と組むことになった。

「で、残るはミスティだけど…ソロでも良い?」

ミスティが頷くと、奏子はペンを取った。

「担当エリアは、こんな感じでどう?」

奏子は地図にペアを書き入れていく。地域とペアの実力を鑑みた結果だろうか、特に異論は上がらず、すんなりと担当エリアは決まった。

「各自、黒騎士を見つけたら、この奏子ちゃん人形で、他のペアに知らせてね」

奏子が各ペアに配ったのは、1/10サイズに縮んだかと見紛う程精巧な、まさに奏子ちゃん人形と言うべき代物だ。

「この人形は魔術的につながってるから、魔力を込めるだけで、他の人形に情報が伝わる仕組みになってるわ。パスを強力にするために、極限まで私に似せてるから、イタズラしたらダメだゾ☆」

本人がキラッとポーズしてウィンクするのに合わせて、魔力を込められていないはずの人形たちも同じようにポーズとウィンクをする。

この人形たちは、奏子にとって因縁の品だ。

内心思い出す学生街の裏通り。


………………


カランカラン…。

扉のベルを鳴らして奏子が店に入ると、店の奥にすわる店主がこちらを見た。

「いらっしゃい…」

肥満体型で眼鏡をかけた店主。髪ははねており、纏った軍服も何日着たかわかならい出で立ちで、奏子は反射的に店をでようかと思ったが、商品の陳列を見て唖然とした。

「!!!」

「……………」

棚一面、原色だらけで目が痛くなりそうな商品たち。魔術衣は露出が多く、子供向けの玩具のようなデザインが主流だ。他の礼装や触媒も同じで、ガラスケースの中には、魔術師をそのまま1/8や1/16に縮め、着飾らせた彫像もある。

ここが魔術用品のよろずやであることを忘れそうな品揃えだが、奏子の目は節穴ではなかった。

「なにこの品揃え…!一見ただの玩具のくせに、中身は一級品の触媒(カタリスト)ばかりじゃない!」

そう。

どれもこれも、装備すれば間違いなくワンランク以上の効果を得られるほど、品質が高い。しかも、驚くべきことに値段は質の割に格安なのだ。

奏子が驚愕していると、音も無く背後に店主が立った。

「…アンタ、随分目が肥えてるな。気に入ったぜ」

「店主、これはーーーー」

悪寒を覚えつつ奏子は店主に声をかけると、店主は奏子の言葉にギラリと目を光らせた。


「俺のことは軍曹と呼ぶんだ」


「はぁ?」

理解できない奏子が、やや間の抜けた声を出すと、店主の眼光が奏子を射抜く。

「返事はサーだ!いいか!」

「サー!イエッサー!」

有無をいわさぬ服従。

ウルズ生の中でも精神干渉に最も強い部類の奏子ですら、思わず服従してしまう一喝。

「おっと済まない、つい癖で、な」

(なにこいつ…声に魔術でものってるの?思わず返事しちゃったじゃない、恥ずかしい…)

それなのに、見た目はただのオタクである。

奏子は、他に客のいない店内で良かった、と思った。

「で、アンタ、俺に何か用かい?」

「…ゴッドハンドってアナタのことね?」

曰わく、学生街の裏通りには神と呼ばれるクリエーターがいる。その手にかかればいかなる華美な礼装も作れるだろうと噂になるほどの腕の持ち主だとか。

「…そう呼ぶ奴もいるのは確かだな」

「作ってもらいたいモノがあるのよ。これなんだけど」

奏子は設計図を渡す。

「…見たところ、お客さん自身のようだが?」

とある魔術道具の試作品、兼、ビジネス用のプロトタイプだ。名付けて、奏子ちゃん人形。

「えぇ。ちょっと入り用で」

店主…いや、軍曹は設計図を眺め、そして告げる。

「…代金は要らないが、ひとつ、条件がある」

「何かしら?」

奏子が聞き返すと、店主は陳列してある魔術衣と杖剣をおもむろに手にとり、奏子に差し出す。

「ーーーー魔導少女礼装“瑠璃猫の賢姫(ラピスニャイト)”」

瑠璃色を基調とした多重フリルに靡くマント。白のかぼちゃパンツと短いブーツに派手な両手杖剣を添えたその一式は、厳かだが奇妙な魔力を纏っていた。

「こいつを着て、写真を撮らせてくれ」

「………!!!」

(馬鹿なの?!こんな露出の高い、原色だらけの服を着て、装飾過多の剣をもてですって!わ、私のセンスじゃ有り得ない…!)

どうみても、奏子のセンスでは選ばない、大きなお友達が喜びそうな組み合わせに、奏子は半ば戦慄していた。

「嫌なら他を当たってくれ」

「…わ、わかったわよ!!着れば良いんでしょ!」

しかし背に腹は変えられず、奏子はヤケになって更衣室に飛び込んだ。

そして一時間後、何か大切なモノを失った奏子はジョンとの商談を終えた。

手には礼装、そして注文伝票。結局乗せに乗せられて、ヤケも限界とばかりに壊れた奏子は最後、真面目に学生街の平和について考え始めていたという始末。

店を出てようやく正気に返った奏子は、恨み燦々、いつかツケを払わせてやる、と心に誓ったのだ。


…………………


そして、今。

その八つ当たりという名のイベントに、黒騎士とクラスメイトたちが巻き込まれている訳である。

そんな事情を微塵も見せない女、水花奏子。恐るべし、ウルズのドールマスター、というやつである。

「じゃ、早速今晩、探索開始ね☆」

ちなみに、魔導少女礼装に見合うスペックと資質、媚び力を見出されたことに、本人は未だに気付いていない。


     ***


月明かりの下、かくしてウルズクラスの勇士たちは、それぞれ黒騎士を倒すべく、探索へと出掛けていった。それは教師に報告されておらず、また隠されてもいなかったが、至極当然のように、ウルズクラスの担任教師リフィアー・アンシェンテにはまるきり筒抜けの行動だった。

「さて、黒騎士はどこまでやれるかな…」

学院の尖塔から、月明かりの世界を一望するリフィの表情は、いつも通り、ニヤリ。そんなリフィの元に、影からにじみ出るように現れた者が跪く。学院を影から守る者。学院の暗部と呼ばれる戦闘魔術師であり、リフィ直属の魔術師だった。

「…何だ?」

視線を向けず、リフィは報告を聞く。

「今しがた“黒騎士”が出撃しました」

ん、と小さく了解の意を示し、続きを催促すると、戦闘魔術師はやや間を置いて、報告を上げる。

「…菌竜の森、及び遺跡に、転移魔術による次元歪曲の発生を確認しました。遺跡の方は小規模のため、単独もしくは自然発生の転移と思われます。森の方は、魔術干渉の妨害がでているため、現在調査中ですが、いかが致しますか?」

リフィは、報告を受けてやや思案する。

(遺跡の方は流れの魔術師か…?あいつらは二人組みで探索だが、遠話も効くようだし、とりあえず放置で構わないだろう。問題は森の方だな…。少し調べるか)

遺跡であれば遠足でも経験しているし、転移魔術における大した魔力偏差もないのであれば、ウルズクラス生なら対処可能なレベルだろう。

対して菌竜の森は、それ自体が巨大な魔力偏差を纏う分、学院からの広域探知魔術では調べきれない。一応現地に赴いて調べる必要があるだろう。

「菌竜の森は私が直接調べる。サポートとして二人二組に出撃準備をさせたまえ」

言って、リフィはマントを羽織る。

「直ぐに出立する」

その声が消える頃には、戦闘魔術師の姿は闇に溶けていた。

「…何もなければ良いが、ね」


     ***


同時刻。

闇に包まれる魔導王国の遺跡の一角に、転移魔術で降り立つ者があった。

「…ここが最後の土地だな」

外套の上からでもわかる、筋骨隆々の肉体。引っさげた剣は、幾たびの戦場を越えてきたことを窺わせる。

その者には立派な鬣。

獅子の一族の者だ。

首には、同じ形の大きな犬歯が三本、紐に括られて下がっている。

どれもが、成人の獅子からもぎ取られたモノだった。

「待っていろよ、今行くからな…!」

声は風の中に消え、獅子の姿はすでにそこにはなかった。


     ***


同じく、闇に包まれた菌竜の森にて。

学院で感知された次元歪曲の中心付近では、森の異変を察知した菌竜たちが魔力香を頼りに集まり始めていた。

本来、菌竜たちは女王を守る時以外は、単独で行動する習性を持つのだが、今宵の侵入者は、その習性を覆す程の危険性を持っていた。

闇に同化するように明滅する魔術式は、森の木々をなぎ倒し、侵入者と共に顕現する。

「ーーーーー!!」

野生の直感で、魔術式を破壊しようと飛び出した菌竜の叫び。追従して振り下ろした爪の一撃が、魔術式の中心からわき出たた何者かによって弾かれる。

「■■■■■■■■■■■」

何者かのハウリング。

魔力の熱風が辺りを焼き尽くし、菌竜たちを巻き込んで、大木もろともなぎ倒す。

魔術式から這い出る闇。

ゆっくりと立ち上がるソレは、熱風に巻き込まれた菌竜の死骸を貪り始める。

ソレが何者なのか。

誰か、何のために召喚したのか。

ウルズクラスの生徒たちはもちろん、リフィですら、未だその存在に気付いていなかった。

深い闇を纏う森には、光はおろか、魔術すら届かない。

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