《黒騎士》1.月下流麗
《黒騎士》
学生街のとあるカフェ、リーフ・レリーフにて。
「“マスター”、紅茶のシフォンとアールグレイ、お願いします!」
凛とした声のオーダーが飛ぶ。
その主、黒髪に黒の犬耳、お店指定のシックな給仕服に身を包んだ少女には、なぜか首輪が付けられている。そんな、色んな意味で危なげな愛らしさを持つ少女が、厨房に向かって言う言葉に反応したのは二人の男。そのうちのひとり、オシャレヒゲのナイスミドルがため息をつく。
「フィーリアくぅん…君のマスターが彼なのは知ってるけど、バイト中はややこしいからなんとかしてって、何度言えばいいんだい…」
カフェの本当のマスターが、フィーリアと呼ばれた少女に同じことを言うのは、実は既に10回を越えている。
「エミリオ君も、彼女にしっかり言いつけてよ…」
カフェのマスターに言われ、すみません、と頭を下げたのは、厨房にいる眼鏡の少年だ。
「フィー。バイト中はエミリオでいいって言ってるだろ?」
やや呆れた表情でたしなめるエミリオに、フィーは顔を赤らめた。
「…………だって、呼び捨てなんて…恥ずかしい、じゃないですか」
マスターと使い魔という関係性だけだった二人は、ついこの間色々あった末に恋人同士になった。そのためここ最近の二人はずっとこんな調子で、尻すぼみな言葉に合わせて俯くフィーをみて、エミリオも顔を赤くして俯く。
「ぁー…ゴホン、二人とも、仕事中だからね」
人の良さに定評のあるマスターもお手上げな初々しさである。
ちなみに二人が恋人同士になって以来、最近入ったバイトが可愛く破壊力が凄いともっぱらの噂で、日々行列が出来ているくらいの人気店になりつつある。
そんな店内でのとある会話。
「フィーリアちゃん、可愛いよなぁ…」
クリームたっぷりのシフォンをつつきながら、フィーリア目当ての小太りな男子学生が呟く。
「彼氏の方が普通なだけに、余計妬ましいな」
あいつ、ヴェルザンディクラスらしいぜ、と、同じ理由から同席するもう一人の病的な男子学生が零す。
前々からの常連の二人だが、流石に最近のリーフ・レリーフでは教科書も広げられない。客層も変わってきているし、何より廻りの目が厳しいのだ。かつての落ち着いた隠れ家的雰囲気はどこへやら、今は古風でオシャレなカフェとして人気になってしまった。
そんな風に感じている彼等は、実はエミリオたちと同じヴェルザンディ所属であるため、エミリオが身の丈に合わない可愛い彼女を手に入れた凡才に見えるのだ。
「相手がウルズの四皇とかだったら諦めつくんだが」
ポロリと零した言葉は、僅かに呪詛が含まれた。
「ウルズの四皇?」
病的な方が聞き慣れない言葉に聞き返すと、補足説明が入る。
「ウルズクラスの中でも秀でた四人の男、近衛トウヤ、レクレス・レオンハルト、犬上流雅、ミストラル・ザ・ウンディーヌの4人をそう呼ぶらしいぜ?」
反逆の日以降も、激化する昇降格戦においてトップを占める四人。
「ふぅん…」
「近衛は誰もが認めるイケメンで、家柄・魔術の腕・性格良しの三拍子。レクレスは無類の強さにワイルドさ。犬上はこれまたイケメンだが、こっちはクールで神秘的。ミストラルは魔術師の中の魔術師で知性的」
クラスのスイーツどもがよく騒いでるぜ、と小太り。
ファンどもがこぞって学生街で同じ刀を買い求めたり、同じような髪飾りなどを自作したりしているとも言う。果ては非公式なファンクラブまであるらしい。
「つまり、魔術師としても男としても、学院トップってことか?」
学院のトップたるウルズクラス、その頂点にいるから皇子。
「おぅ。で、そいつらがよくつるんでるから、四皇、らしい」
小太りが、眼鏡のつるをクイッと上げる。なぜか無駄にかっこいいが、当然、みているのは相方だけである。
「………お前、それ語ってて、悲しくならね?」
***
二人のバイト上がり。
夕陽も沈み、学生街は静かな闇に包まれていた。
「そいえばマスター。バイト中にミアさんがちらっと来てたんですけど」
ミアさん、とは、エミリオ・フィーとともにヴェルザンディ《剣》クラスに所属する女生徒だ。カフェのバイトを勧めてくれた彼女の事だから、上手くやっているか見にきたのだろうか?
「カフェの行列にげんなりしたみたいです」
…また恨みの種を蒔いてしまった気がするが、今は気にしないでおこう。
「あと、気になることを言っていたんですが…」
気になること?
エミリオが聞き返すと、フィーは語り出す。
「なんでも、最近、強い人にやたらめったら決闘を挑む騎士さんがいるそうなんですって」
フィーの語る話をまとめると、最近、学院の周辺の街道などで、ある一定以上の強さを持つ者に、突然決闘をしかけてくる騎士がいるらしい。全身を漆黒のプレートメイルで覆い、言葉も発しない。しかも、出会い頭に決闘のための結界魔術をかけてくるため、逃げられないのだとか。
そして、その黒騎士が噂になっている一番の要因が、その強さ。
今まで黒騎士に勝利できた者はいない。
黒騎士は勝利すると何事もなかったかのようにいなくなるため、誰もその正体を知らない。結界魔術をかけてまで勝負するのに、何も奪っていかないのもポイントだ。昇降格戦のポイントはしっかり減るため、調子に乗っている者たちが叩かれて痛い目を見ている場合が多く、その凶行ぶりの割には人気が出始めている。
「ミアさんは、君らも気を付けなよって言ってました」
最後にそう、フィーがしめる。
ミアの中では、エミリオたちは調子乗ってる認定されているらしい。
まぁ傍から見たらお花畑感のある二人なので、それは仕方ない事ではあった。
そして、エミリオは楽観的だった。
災禍の試練を乗り越えたばかりで、気が抜けていたのかもしれない。
「まぁ、流石に学生街では襲われないでしょーーーー」
エミリオが言葉を切る、その刹那。
闇から溶けでるように、道をふさぐ影が現れた。
絶句するエミリオに対し、フィーはエミリオを守るように前にでる。
「ーーーー」
漆黒の騎士。
左腕を肩まで覆う巨大な盾。
重装備の左に対し、右腕には最低限の籠手だけだ。
つるりとした鉄仮面が隠す顔からは、表情どころか声すらない。
全てが黒に染まる騎士は、フィーを指差すと、盾からナニカを引き抜いた。
ブワッと周囲を包み込む魔術のヴェール。
「決闘魔術…!」
退避を防ぐ結界。
《月影縛夜》と呼ばれるそれは、術者と対象を包み込み、一定時間の間拘束するための魔術だった。
フィーとエミリオ、黒騎士の3人を捉えた結界魔術が発動する。
フィーだけを敵と見定める黒騎士に、エミリオはカチンときて腰のハンマーを取る。
「…マスター、交戦許可を」
エミリオが即座に頷くのを確認すると、フィーは燃え盛る魔力を開放した。
途端、フィーの身体を魔術の炎が包み込んで、次に現れた時には、銀のプレートメイルと茜の大剣を帯びる魔神の姿に変わっていた。
そして、大剣を腰だめに構えると、フィーはエミリオに誓う。
「マスター、必ず勝ちましょう…!」
フィーは自信ありげな笑みを見せ、戦いへと身を投じる。
エミリオもまた、その身を軽んじた黒騎士に報いるべく、鎚を振るう。
連携攻撃と、不可視の斬撃。
交錯する魔術と、刃を打ち合う煌めきだけが夜を彩った。
誰も気付けない、誰も立ち入れない決闘がまた一つ語りぐさに加わるその夜は、雲のない、月の美しい夜だった。




