《天の末席》7.異典・司死天
一方、トウヤにかけられた魔眼の拘束は根強く、身体どころか魔力すら強張る。トウヤは魔眼の影響を薄めるだけで手一杯で、ズタズタの魔力を整えて魔術を編む余裕など無かった。接触禁忌種に準ずるだけあり、一筋縄では行かない事を痛感する。
それでも、思考だけは止めない。
周囲の魔力を整理し、身体に取り込みつつ、獣を観察する。
アズの雷撃、ルビアの焔壁、アズの大鎌。
雷撃は尽く無効化され、焔壁は有効だった。鎌に関しては爪を弾いたが、有効打かは不明だ。今も縦横無尽に飛び跳ねるアズに対し、無機質な動きで迎撃を続ける獣、その滾る魔力も魔眼の光も四肢の刃も変わった様子はない。
考えろ。
何が有効だ?
「《魔砲:灼熱焔鳥》」
その思考に割り込むように、ルビアの火の鳥が一直線に駆ける。
アズと向き合っていた獣は瞬時に向き直り、魔眼が光る。火の鳥が一瞬だけ揺らぐが止まる事はなく、獣は再び意味不明な言葉を呟いて、見たこともないような魔術式が展開した。この間、アズの動きは止まっていない。尻尾と後ろ足だけがアズの鎌を迎撃し続けているのだ。
火の鳥は、金色の魔術式が作る壁に激突する。獣の意識はルビアの魔術に向き、アズの方は疎かだ。火属性は効いて、雷属性は効かないという事なのだろうか?もしくは、神格値の正負によるのか?どちらにせよ、トウヤだけが止まっている理由はない。
「さざめく波よ、響き渡る風よ、荒れ狂う御霊を沈め、黙させよ、《荒れ喰らう言霊》」
魔眼の影響が薄れ、火の鳥が揺らぎ、獣の魔術にノイズが走る。トウヤが駆けると同時に火の鳥が最期の足掻きで獣の首筋に食らいつき、炎を上げて獣が悲鳴を上げた。
「ーー、!!ー!」
雑音、絶叫、不協和音。
叫びが魔術となり、金色の光が火の鳥を掻き消した。乱打される魔眼の光を掻い潜り、トウヤは格闘し続けるアズに合わせて刀を振るう。
燃え落ちた毛の下に見える象牙色の肌には生気がなく乾燥していた。生物としては死んでいるように見える。炎を嫌い、雷が効かないのは、極度に乾燥しているからかもしれない。
「二人共、下がって!」
ルビアの声に二人が距離を取ると、再び天魔の魔術が走る。
「《天魔魔砲:天誅槍》」
神威の炎を収束した一条の光が、獣の肌めがけて到達し、一気に発火・爆発を引き起こした。だが、爆風と同時に獣からも魔力が爆散する。
「まだだ!終わってない!」
獣の反撃は、黒い翼から迸る金色の鏃。魔眼と同じ性質の刃は、ルビアだけでなく、トウヤとアズにも無数に降り注ぐ。魔眼と違うのは、それが実態を持つ刃という点だ。
爆風が消えると、獣は身体の半分以上を失い崩れかけていた。まるで脱皮を終えて残された蛹が燃えているようだ。トウヤの推測通り身体は死んでいて、精神だけで動く存在だったのだろう。追尾してくる鏃を躱しながら、トウヤは後方に炎の魔弾を蒔く。鏃の数は増える一方で、特にルビアへの数は尋常ではない。炎の壁すら突き破りそうな勢いだ。しかし、トウヤも自身の防御だけで余裕などなく、援護に回れそうになかった。
「礼を言うぞ、天魔」
だからアズに注意を向けたその時には、既にアズの準備は整った後だった。
金色の鏃を身に突き立てられながらも、アズの瞳は活力に満ち、その魔力は濃度を上げて瘴気と化している。ぎらつく笑みが犬歯を露わにさせたかと思うと、アズは詠った。
「我が身に降り来たれ、蒼天の果て、《仮称・追憶の蒼魔王》!」
瘴気が凝固する。
凄まじい魔力偏差に、視界が歪み、蒼に染まる。
魔族の王、その血脈、その末裔が覚醒する。
魔王の力を宿し、蒼の鉱石を鎧の様に纏って、蒼の悪魔が目を覚ました。
蒼魔に無数の鏃が降り注ぐが、鉱石の鎧を貫通するものはなく、返礼とばかりに魔術が詠われる。
「《魔蒼の雷霆》!」
鏃に向けて放たれるは、枝分かれを繰り返す蒼の光。
魔弾の延長だった雷撃は、純粋な破壊の意志によって変質した。魔王の力の再現を経て電圧は高まり、乾燥による絶縁性、物理実体を持たない事による干渉の無力化を超えて、霊体すら感電させる蒼雷が迸る。やがて到達した雷霆が、獣を高電圧で燻したのだ。
アズの攻撃は終わらない。
今まで見たこともない程の速度で地を蹴り、宙を一閃、蒼い残光を引きながらデスサイズが獣を切り裂く。瞬時に創る魔力障壁を蹴って反転し、翼なく空を駆けるその姿は狩人の様。
「ーー、!ー!、!!」
残火を散らし、絶叫する獣は依然として鏃を吐き出し続けるが、それがアズに到達することは無い。金の吹雪はもはや統制されず、四方八方に散り散りに消えていくのみだ。不協和音は物悲しく、アズによる最後の魔術が放たれる。
「蒼雷尽く障害を貫き、身の内さえ焼き尽くせ、《魔蒼の大雷霆》」
放たれた極大の雷光、その蒼の中に黒は溶けて消えた。
雷音に掻き消され、獣の断末魔はいずれにも届く事はなかった。
***
「で、結局欲しかったのは何だったんだ?」
後始末が終わり、トウヤがアズに聞くと、アズは手のひらに乗ったものを見せた。
「コレだ」
「黒い宝玉?」
艶のない、どこまでも濁った完全球体は、アズの手の上で獣から感じたものと同じ魔力を纏っていた。
「ヤツの心臓だ。アズリィル家の魔術師にとっては、これは秘薬であり劇薬となる」
あれ程の強さの魔獣なのだから素材として優秀なのは判るが、何故アズリィルにとってなのか?
それを聞く前に、ルビアが口を開く。
「…ひとつ、聞いてもいい?」
「なんだ?」
珍しく、アズは素直だった。
「あの獣、アズの魔術を見て、私は自分と同じ力を感じた」
ルビアの力。
つまり天魔の力であり、天使、神の力だ。
「あれって、天使の力だよね」
つまり、あの獣は神の使徒だったという事。
アズはあっさりとそれを認めた。
「ヤツの正体は、アズリィルに向けられた神の刺客。魔王を滅ぼすため、天啓を受けて変質し、そして忘れ去られた猟犬の一体だ」
魔王に向けた神の刃、その一部だと、アズは言う。
だが、それだけでは質問の半分にしか答えていない。
「アズの魔術が、天使の力を含んでいるのは何故?」
それを改めて問うと、アズは視線を鋭くした。
「全ての魔族は、堕天使の末裔だ」
「堕天使…」
無言の圧力から答えるつもりが無い事が伝わり、ルビアもトウヤもそれ以上アズに問いかける事はできなかった。
二人が諦めたと感じたアズは圧を消し、それから約束の報酬を手渡した。
「受け取れ。私はまだやる事がある」
トウヤがまとめて受け取ると、アズは二人に背を向ける。
「気が向いたら、また頼んでやる。じゃあな」
初めて聞いた別れの挨拶だった。
「…強引で、我儘で、まるで雷みたいだね」
今まで感じなかった信頼を、少しは感じる言い草だったが、やはり素直ではない。ルビアも同じように感じたのか、言葉とは裏腹に調子は柔らかい。
「もうちょっと素直なら良いんだけどな」
謎の残る幕引きだった。




