《魔術師》1.魔術師の戦い
《魔術師》
「犬上流雅、推して参る……!」
対峙する流雅とトウヤ。
互いの手には、鈍く光る刀。
正眼に構えるトウヤに対して、流雅は腰だめの刀、その柄を軽く握って、抜刀の構えをとった。じり、と流雅の履き物が地面の土を踏みしめ、尋常でない集中力をもって、敵の隙を計る。
ただ、授業の一環であった試合。
しかしながら、既に二人の間に流れるのは実戦そのものの緊張感。一足どころか、軽率な身動きすら致命的になりうる立会の最中、トウヤと流雅、二人の和人たちは無言不動の鎬を削る。
二人の対峙は、周りを囲む生徒たち全員の目を惹きつけていた。
直接で無い殺気。すり替わって感じる熱狂。さながら剣闘士の死合とでも表現できようか。僅かばかりの遊びさえ無い、本物の殺し合いにとても近いその雰囲気が、その高みに登ることのできない者たちを魅了しつづける。
そんな戦場さながらの緊張感の中で、けれどリフィだけは楽しそうに笑っていた。
***
トウヤが流雅と試合をするに至る理由。それは午後の授業にあり、時間は昼食後辺りまで遡る。
トウヤは桜たちに連れられ、午後の戦闘訓練を受けるため、演習場区画へ来ていた。学院の授業は午前中に座学、午後に戦闘訓練という時間割で進むようだ。
学院の演習場は様々なシーンを想定しているらしく、かなりのスペースを割いて、各クラスが同時に戦闘演習を行えるように整備してあった。用意された環境は森林や湿地帯、岩場、川に丘、模擬遺跡群など様々で、中央には倉庫がある。ウルズクラスが集まっているのは、最もシンプルな地形であるグラウンドのような場所で、いくつかのベンチと大きめの掲示板がたてられていた。
そんな演習場に集まる生徒たちは、午前中に着ていた制服ではなく、それぞれが動きやすい…かどうかは解からないが、それぞれの私服に着替えている。私服になってカオス度が増した生徒たちの手にはしっかりと得物が握られ、演習場は傭兵の詰め所の様になっていた。
「午後の授業は、基本的には演習なの。今日みたいに模擬戦のための武器をもって、ここに集合するから覚えておいてね」
トウヤに向けて説明する桜の武器は、装飾の無い和弓だった。色は全体的に黒く、握り手のところに布が巻いてあるだけの簡素なものだが、今持っているということは私物だろう。
「模擬戦用の武器は演習場の横にある倉庫の中だから、一緒に取りに行こっか」
トウヤと同じく武器を持っていないルビアは演習場の中央にある、木造の大きな三角屋根を指さした。どうやらそこが武器の置いてある倉庫らしい。
倉庫は演習場から見たよりもさらに大きく感じた。高床式になっており、階段を上がって観音開きの扉を開ける。木の匂いに混じって、色々な匂いがした。
中は入り口近くに持ち出す武器を記録するためのノートとカウンター。管理人なのか、木霊の男性がおり、本から視線をあげたが、トウヤたちが生徒だと解るとすぐに視線を戻した。
奥に視線をやると、幾つもの列をなす棚の群れ。棚には武器が収められている。始業の鐘が近いためか、既に生徒たちの大半は武器を用意しており、倉庫の中にはほとんど生徒はいない。中は普通の倉庫のように埃っぽい事は無く、普段から使われているため、とても掃除が行き届いていた。
「ここが第一倉庫。模擬戦用の武器が置いてあって、午後は開けっ放しになってる。その代わり、武器を持ち出す時は、カウンターのノートに武器名と名前を書いておくの」
そう言って、ルビアは奥の棚の列に入っていく。トウヤもそれに倣い奥に入ると、棚は何種類もの武器に溢れていた。
ブロードソードから始まり、クレイモア、ツヴァイハンダー、カタールにレイピア、大太刀、脇差などなど。剣のみならず、トライデントやジャベリンに代表される槍系、斧やハンマー、槍斧、棍棒、トンファー、鞭、変わり物では連接剣やデスサイズ、鉤爪、果てはチェインソウ、とどめにとても分厚い辞典などという武器かどうかも怪しいものまで、ありとあらゆる武器が備えられている。
「すごいな……」
思わず、トウヤは呟く。
これらは全て、学院の生徒や卒業生たちが作製したり、寄贈したりした本物だ。有象無象の中から、自身に馴染む武器を選ぶ事もまた、ひとつの訓練らしい。
「そうだね。私もここを最初に見たときはちょっと感動したよ」
微笑みつつ、ルビアは槍と投擲槍を三振り、取り上げる。槍の方は2mほどの長さに約30cmの刃という、至ってスタンダードな形状。投擲槍の方は、全長1m程度で、矢をそのまま大きくしたような形だった。そして、武器の並ぶ棚を眺めるトウヤに武器の選択を促す。
「トウヤは、どんな武器が使える?やっぱり刀?」
そう言われて、トウヤは何気なく、目の前の棚にあった大太刀を取り上げた。握り手は何となくしっくりくるような、そんな感触。長さはだいたい90センチくらいで、握り手はコブシ3つ分ほど。刀身の反りは少なく、至って普通の刀だ。トウヤはこの剣なら扱えるかと抜刀し、軽く振ってみた。ひゅん、と風を斬る音がして、刀の重さが手に馴染む。
「それにする?」
ルビアの確認に頷く。思いのほかしっくりきてはいるが、正直武器をもった事があるのかどうかは忘れている訳だし、結局のところどれを使っても同じだろう。トウヤはそう考え、結局その大太刀を使う事にした。
「取りあえずこれでいい、と思う」
そうと決まれば、倉庫に用は無い。トウヤとルビアはノートに記帳し、授業に遅れないように倉庫を後にした。
二人で演習場へと戻ると、丁度リフィが演習場に入って来るところだった。午前中の講義の時と同じように、腰には白いレイピアを下げている。
リフィが生徒たちの前に立ち、授業開始の鐘が鳴る。
「では早速、戦闘訓練を始めようか」
そういって、リフィは掲示板の前まで行く。
「その前に、取りあえずこれを…」
どこから取り出したのか、丸まった紙を広げる。そして、それを掲示板に張ろうとする。しかし、明らかに背が足りないのをどうするつもりなのか。
リフィはその紙を空に放ると、即座に風が渦巻き、丸まっていた紙が風に舞う。
一瞬で、紙ははじめから掲示板に張られていたかのように動きを止めていた。無詠唱の魔術をさらりと披露して、リフィは生徒たちに向き直る。
「さて、午後の授業は皆も解かっている通り戦闘訓練だ。今日は皆の実力を確かめると共に、勝つ喜びを知ってもらうためにも、トーナメント形式で試合をしてもらおうと思う」
掲示板に張られたトーナメント表には、誰の名前も書かれていない。唯一書かれているのは、1から23までの数字だけで、あとはまっさらだ。
「因みに、優勝者にはきちんと賞品も用意した。何か、は秘密だが、間違いなく良い物だと、断言はしておくよ」
リフィはそう付け加え、悪戯な笑みを浮かべた。
トウヤは考える。周りは魔術師だらけで、しかもこれまで一月以上戦闘訓練を行っている。魔術など使えない、戦闘などしたこともない自分もこの実力測定に参加するのだろうか、と疑問を抱き、この先の展開に不安を抱いた。ここまでの短時間で理解したリフィの言動や性格からして、嬉々として参加するように言うような気がしてならない。トウヤはそれを想像して、内に秘めた不安をさらに膨らませた。
生徒たちが理解したことを確認してから、リフィは再び、これまたどこから出したのか、上面に穴のあいた箱を取り出した。
「組み合わせは今からくじを引いて決めるからな。全員適当に一列に並べ」
リフィの指示に従い、リフィに近い者から列になり、順々にくじを引いていく。そして、トウヤの番になった。
「さ、トウヤもくじを引くんだ」
一応並んで、リフィの判断を仰ぐつもりで順番を待っていたが、切り出す前に、先を言われてしまった。リフィはもちろん参加させるつもりらしく、トウヤが戦いを避けることは叶わないようだ。そう悟ったトウヤは小さく溜息をつき、どうにでもなれとばかりにくじを引いた。
「君なら、間違いなくやれるさ。気軽にいきたまえ」
リフィの軽口に、トウヤの不安は濃さを増す。
「どうなっても知りませんよ…?」