《天の末席》5.魔獣狩り
「おい、トウヤ」
演習を終えたトウヤの背中に声がかかる。
トウヤが振り向くと、アズがこちらを見上げていた。
互いに武装状態で話をする距離感にいる事が珍しく、トウヤは少し身構えつつアズに向き直る。
「なんだよ?」
「放課後ちょっと付き合え」
相変わらず脈絡の無い言葉だった。
こういう有無を言わさない言葉で相手を従えてきたのだろうが、流石に少し直した方が良いとは思う。とはいえ、アズの性格からしてこれでもまだ丁寧に頼み事をしている方だと判り、トウヤは苦笑いを零しつつ先を促した。
「唐突だな」
「なに、ちょっとした獣狩りだ。鍛錬ついでのな」
簡単に獣狩りとは言うが、鍛錬ついでだと言うならばただの獣では無いだろう。魔獣の類いか、竜が出るか。
「獣狩り、ねぇ。何か企んでるのか?」
「さぁな。二人じゃ少し手が足らん。アイツも連れてこい」
アズはとぼけて肩を竦め、それからルビアを顎で示す。
「ルビアか?」
何故にルビア指定なんだ?
そう思ったのが顔に出ていたのか、アズは言葉を続けた。
「そうだ。今日の相手にはうってつけだからな」
ルビアと相性が良い獲物という事なのだろうか?
「何を狩るつもりなんだ?」
トウヤの質問に、アズはニヤリと笑った。
「カトブレパスだ」
***
カトブレパスとは藍色魔眼の忌獣だ。長い毛を蓄えた牛の身体を持ち、いつも頭を垂れている。毛に覆われているため、どのような姿の動物なのか詳しくは不明だが、獰猛で腐肉食。神格には至らないものの負の神格値を有し、膨大な魔力を持ち合わせる。
接近禁止指定ではないが、総じて十分危険な魔種と言えるだろう。わざわざ鍛錬で狩るような対象ではない。
「なんでカトブレパスなんだ?」
目的地への道中に問い質すと、アズはあっけらかんと答える。
「ヤツの魔眼が欲しくてな」
カトブレパスの眼は死滅の魔眼だ。生命停止、石化、腐敗、魔力不安定化、不調と段階があり、魔術師相手ですら身体の部分腐敗を引き起こす比較的強力な魔眼だ。
それを求めるとなれば、自身に移植するか礼装化するか。いずれにせよ、そこに秘められた魔術を活用する用途になる。
「死滅の魔眼か」
魔眼としては強力かもしれないが、どのような方法であれ後付、外付は魔術師を強化する手段としてはいささかお粗末だ。
理論的に理解している訳ではないトウヤからしてもそのような方法に頼るアズには違和感を感じたようで、それは声色にのっていた。
「場合によっては協力出来ないけど」
魔眼自体は悪用も出来る。アズの目的によっては、ルビアも賛同しないようだ。
「無論、移植や礼装に使う訳ではない」
アズは魔眼の使い道を説明した。
「召喚魔術の触媒として使う。呼びたい使い魔がいるが、少し召喚条件が厳しい。だが、カトブレパスの魔眼を使うなら呼び込めるだろう」
触媒を使えば、召喚者の属性に加えて触媒の因子も考慮した呼びかけを行う事ができる。また、触媒分の魔力も上乗せされ、より高位、より遠くの次元から呼び寄せる事も可能になる。
「使い魔…ね」
「召喚魔術の演習では契約してなかったよね?」
だが、ルビアの言う通り、トウヤが召喚魔術を行使して陽炎を呼んだあの日、アズは自身が呼び寄せた使い魔と契約しなかった。
「あの時呼べたモノは気に入らなかったからな」
あの時アズが召喚したのはミノタウロスだった。少なくともスクルドのトップクラスよりも強力な存在だったし、召喚魔術としてはかなり高位な部類だが、アズはそれを良しとせずに返還したのだ。
それよりも強力なモノを求めるというのだろうか?
「何を呼ぶつもりなの?」
ルビアの問いかけに、アズは妖しく笑った。
「魔界の獣だ」
「学院基準でいう準接触禁忌種クラスのな」
アズの中では明確に思い描くモノが居るらしい。しかもそれは菌竜女王や卑王竜に準ずる強さを持つという。
「…で、調伏まで手伝えって?」
それは召喚までで済まないだろう。間違いなく調伏が発生するはずだ。
「そうだ」
アズは軽く言うが、接触禁忌種の強さはアズ自身がよく理解しているはず。ただの鍛錬ならいざ知らず、そんな危険な真似を安請け合いする程、トウヤもルビアも安い魔術師では無い。
「俺もルビアもそこまで付き合う義理は無いぞ」
歩みを止めたトウヤたちに、アズは向き直る。
「タダでとは言わん」
そう言って圧縮ストレージからガラス瓶を取り出し、アズは中身を揺らす。乳白色の溶液はやや粘り気のある動きをしててらてらと輝いた。
「これは?」
「高純度のエーテル溶液だ。原液のままなら竜種すら酔わす」
エーテル自体は物質化した魔力で様々な物や魔術に応用できる汎用触媒だが、不安定で扱いが難しく、濃度が高いほど流通しない。竜種すら惑わす濃度であるならば魔眼よりも高くつく代物だろうし、小瓶1つでもかなり大量だ。例え魔貴族とはいえ、決して簡単に容易できるものではない。
「本気なのは解ったよ」
それを見たルビアもトウヤも、アズの決意を十分に感じた。よほど手に入れたい使い魔なのだろう。ルビアは既に手伝う気になったようで、トウヤは肩をすくめる。
「ルビアが構わないって言うなら、仕方ないな」
有無を言わさず強制される状態から交渉されるようになった。知り合ってすぐの頃のアズから比べれば、随分丸くなったものだ。以前の関係のままならば、アズは協力など仰がないだろうし、協力というよりも連行と強制だった筈だ。そう考えると、少なくとも今は魔術師として多少の信頼は得られているのかもしれない。
「素直に手伝うと言えば良いものを」
「素直じゃないのはどっちだか」
獰猛な笑みを見る機会は確実に増えていた。




