《天の末席》3.ルーナの変化
買い物を終えて店を出ると、ばったりルーナに出くわした。
「あら?皆さんお買い物ですか?」
バッグを片手に普段着のルーナは今から何処かへ向かう様子だったが、トウヤたちを認めると足を止めた。
「ルビアの服を買いに来てたんだ」
トウヤの言葉にルビアが袋を示す。
「そういうルーナは何処へ?」
「私は本を買いに行く所なんです」
桜の質問にルーナは一区画先の書店の名前を上げる。
「そいえば私も買いたい本あったな…。一緒に行っても良い?」
「良いですよ」
桜の提案をルーナが快諾し、四人で書店に向かう事となった。
***
「それじゃ、また後でね」
書店についたものの買うものはバラバラなので、しばらく個人で買い物してから再集合することにした。早速桜は雑誌コーナーを覗きにいったようだ。
「私も少し見てくるね」
ルビアはルビアで文庫本を見に行った。
トウヤは特に欲しい物もないので、なんとなくルーナの後を付いて行く。ルーナがどんな本を買うのか気になって、トウヤは聞いてみる。
「ルーナはどんな本を?」
「今日はデザイン資料とかですね」
「デザイン?」
聞き返すと、ルーナは棚に置かれたハードカバーたちの表紙を示す。
「魔術刻印の参考になるかと思って」
建築関連の棚と美術関連の棚が向かい合っており、ルーナはその中から一冊を取り上げると、トウヤに見せる。
「例えばこれなんか良いと思います」
ルーナが手に取ったのは城塞建築の写真集だった。
表紙は薔薇窓が印象的な礼拝堂が写されており、確かにデザインを考案したり纏めたりする技法は読み取れそうだ。
「建築意匠か」
「窓の造りとか壁の装飾なんて、そのまま魔術にも繋がるものですから」
建築物は魔術師にとって歴史を上乗せするための材料たり得る。人の技術や思想を形として現し、人以上の時間を経た存在はそれだけで重いのだ。
魔術を語るルーナは、トウヤが学院に来てすぐの頃と比べて、だいぶ印象が変わった。
「ルーナは、最近変わったよな」
「そう、ですか?」
本人には自覚があまりないようだが、トウヤが演習での様子を見る限り、ほとんど別人だ。
「なんていうか…積極的になった?」
少なくとも、怯えて盾を掲げるだけでは無い。
「そう見えますか?」
「戦いに怯えたり、魔術に躊躇する事は無くなった気がするけど」
遠足以降の演習では、防衛に関しては元より優秀だったが、ここ最近はその攻め手にも舌を巻く。行動束縛などの搦手は依然多いが、その技量に驚かされる事も多い。
「それは確かにそうかも知れないですね」
ルーナ曰く。
「アズさんの戦いを見て、私はきっかけを掴んだんだと思います」
アズの戦いぶりから、何かを得たらしい。
「ルーナとは真逆の戦い方だからかな」
守りと言うものを知らない攻めの連続は、見ていて感心する。
「魔術師は意志の体現者、という事をよく現していると思います」
魔術師としては認めるほか無いだろう。
少々我が儘に過ぎる気はするが。
「アイツの我が儘ぶりも大概だけどな」
有無を言わさず巻き込むスタイルは、あまり真似すべきものでは無い。
「たまに襲撃されてますよね」
苦笑いするルーナの言うとおり、トウヤを含む何人かはアズの襲撃を受けて、強制的な模擬戦をする事になっている。主にレクレス、ミスティ、流雅にルイン、パトリシア辺りが被害者だ。トウヤとしては実力者との戦いは経験値として有り難いのだが、せめて同意を取ってからにして欲しいものだ。
「唐突に来るんだよな、アイツ」
なまじ強いので逃げるのも難しいし、逃げたら逃げたで次のターゲットがその分のストレス発散のはけ口になるので、妙に拒み辛い。
「あれ程自由に振る舞える精神は、私も見習いたい所です」
ルーナが見習おうとしているが、全力で止めるべきだろう。
「あんなじゃじゃ馬二人も要らないよ」
ルーナは少し黙ってから、小さく呟く。
「皆さん、方向性が違うだけで、きっと我が儘な部分を持ってるんですよね」
我が儘か。
魔術師は世界を書き換える技術の使い手だ。
であるならば。
「魔術師なんて皆勝手だろ」
これ以上の身勝手が他にあるだろうか?
「そう、ですね」
それをルーナは肯定した。
「書き換えるのが世界であれ、他者であれ、それはどちらも勝手のうち。望みの大小の違いしかないのかも知れないですね」
自己都合で変化を望むのに、どれほどの違いがあるというのか。
「まぁそもそも、魔術師じゃなくたって、生きてるだけで皆我が儘みたいなものだろ?」
「…人である時点で我が儘ですか。哲学的ですね」
ルーナはそう零し、自身を省みる。
『存在を奪い続ける自身ですら、身勝手な魔術師の一人に過ぎない』
存在を奪う事が赦されないと思う反面、そう思う部分がある。お前は数ある魔術師の一人に過ぎないのだ、と罪を薄めるための毒が囁く。それは確かにアズュールという魔術師を目の当たりにしたためであり、ルーナの殻を破らせ成長させた一因だ。
『身勝手には代償が伴い、それはずっとついて回る』
だが、罪は薄まる事などない。
かつての友の拒絶の言葉は、今もルーナの心に深く刺さっている。
矛盾した軸はギリギリと不協和音を奏でて、ルーナの歪さを日に日に増加させていた。理知の精神を蝕んで、正常な判断を奪い始めている程に。
「人である以上罪が無い事は無く、深い業を呑み込んでこそ魔術師の真価が問われる」
トウヤが知らない、身体が覚えていた言葉がふいに溢れ落ちる。クラーケンに依らない記憶の粒子は、トウヤを僅かに驚かすとともに、トウヤ本来の魔術師の側面を取り戻させた。
だが、意図せず紡がれた魔術的な言葉は今のルーナに届く事はなかった。
トウヤの言葉にルーナが曖昧な返事をしかけた所で、桜とルビアがもどってくる。
防ぐべき事は未然に防げず、悲劇はゆっくりとその歩を進めていた。




