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《滲む陰謀》5.昏き深みの扉

豪炎、爆風、死の確信。

竜のブレスを見る一瞬でルビアが悟った情報は、想像に違わずきっちりとルビアを殺した。

肉を焦がし、骨を灰に変えた。

魔術防御も何も出来なかったルビアは、その身体を失い、その全ての魔力を焼失したのだ。精霊ではないルビアは生身しか持ちえず、核など持ちようも無い。五人の中でも殊更魔術的な防御の薄いルビアは、本来燃え尽きて即死するはずだった。

だが、現実は少しだけ違った。

ハルピュアだった偽りの魔力は燃え尽きたが、潤沢な炎の魔力はルビアの再誕を祝福したのだ。

身体は燃えても、ルビアには炎の魔力に反応する核があった。

表皮までが燃え尽きて、ルビアの封じられた力が目を覚ます。

熱い。

血が滾り、心が爆ぜる。

ブレスの魔力が、ルビアという炉に熱を入れる。

限界を超えた熱量を前に心臓などはとうに働くのを止めて、代わりに精霊核が動き出す。変質したタンパク質を燃やして、代わりに魔力結晶の内臓が構築されていく。

身体の精霊化。

ルビアは理解した。

自身が変質していく工程を。

どうしてそうなったのかを。

とうの昔に、自身はハルピュアなどではなくなっていたのだ。

今この瞬間の変化はかつての変化の残りであり、不自然に止められた最後の燃え殻だ。眠っていた核が覚醒し、その炎に耐えきれない肉体が魔力によって適応しているだけなのだから。

かつて神隠しに遭い、異世界に飛ばされた時に、この身は既に変わり果てていた。

次元転移によってハルピュアとしての魔力を全て失い、生命の危機に陥った事で眠っていた力が解き放たれたのだ。

大いなる”天魔(ネフェリム)“の一柱として。

父親である族長によって天の力を封じられ、偽りの翼を振るわせてきた今までのルビアはもういない。

ルビアは熱く滾る身体を無理矢理に動かし、飛んだ。

身体はまだ出来上がってなどいないが、それでも今は飛ばなければ。

目の前には羽ばたく巨竜。

醜悪な肢体を宙に留めたまま、その口元には僅かな残火が煌めく。そして、竜は空気を吸い始めた。ブレスはすぐに放たれるだろう。

皆を、トウヤを、守る。

二度目のブレスを吐き出さんとする竜に向かって、決意を改めたルビアは告げた。

「そんな事は、赦さない」

この身体は、神の焔で出来ている。

オーバーヒートなど無く、焔はルビアに無限の力を与える。

臓腑が少し足りなくとも、魔術を繰るだけならば問題は無い。

「ーーー《天魔解法(ネフェリムアート)炎禍吸滅(フレアダウン)》」

上級の天魔(ネフェリム)たるルビアが覚醒したのは、神の焔を扱う力。

自身よりも下賤な焔は、条件こそあれど、如何様にも無効化する事が出来るだろう。

その意志の通り詠われた魔術により、卑王竜(ファーヴニル)の二度目のブレスは、全てをルビアが吸い上げて消し去った。吸い上げて自身のものとした潤沢な焔の魔力を漲らせると、ルビアは続けて詠う。

「ーーーーー《魔砲(カノン)灼熱焔鳥(ヒートラプタ)》!」

溢れる魔力を叫びに変えて、渾身の魔術を打ち返す。

それは火の鳥の顕現。

燃え盛る翼を羽ばたかせ、吠えたける竜に襲いかかる。

爪と爪、嘴と角、炎と竜尾が打ち合い、攻め立てる。

やがて火の鳥が巨竜を打ちのめし地に叩き落とす様は、まるで神代の再現の様。

だが、二度目はない。

無理をして反撃したルビアはまだ変身の途中であり、その反動は大きかった。

作り変わっていない内臓が焼け落ち、精霊の身体は間に合っていないのだ。

身体を構築する魔力すら減らした代償は、魔力切れとしてルビアに現れた。

結果、ルビアは半ば墜落するように着地する。

だが、それでも反撃は十分だった。

背後では、渦巻く魔力。

「カ、ツ、リョ、ク、シ、キ…!」

ルビアは小さく笑う。

魔術を詠い、立ち上がる存在を知っているから。

神無の魔術師トウヤは、羽飾りを通じて天魔(ネフェリム)の力を感じ、気合で魔術を詠った。焦げた皮膚は生まれ変わり、焼けた肺は修復され、枯れた喉は再び活力を得て、その心に炎を灯して立ち上がる。

竜もまた立ち上がろうとするが、それは別の魔術によって妨害された。

「《古樹の呪嵐(ロストハーヴェスト)》」

風の刃を伴う古き木々の呪いが卑王竜(ファーヴニル)を嵐に巻き込み、魔剣を担いだリフィがトウヤとルビアの横に立つ。

「二人とも大丈夫か?」

頼もしい教師の姿に安堵を覚えると同時に、後悔した。

その間にも、銀騎士たちがそれぞれ重傷を負った三人の元に駆け、治癒の魔術薬を振りかけている。この一連が無ければ、リフィたちは回復手段を減らさず、攻撃の機会も失わずに済んだ筈だ。

ドクリと大きく脈打って、心臓が泥を吐く。

トウヤの中で、何かが囁いた。

『ーーー力を欲するか?』

切り替わる。

熱に塗れながらも、芯が零度を下回る感覚。

欲するとも。

もちろん、欲するとも。

力が足りず、自身すら守れないのなら、存在する意味など有りはしない。

不甲斐なさなど、必要ない。

必要なのは、血の力を滾らせる勇猛の心。

必要なのは、血の力を制御する静謐の心。

心の奥底で、扉が開く。

知識が溢れ出す。

深海から伸びる長い永い脚。

脳髄に絡みついて、吸い上げた分だけ汚泥を寄越すそれは一体何者なのか。

魔力がごっそりと減少していく代わりに、トウヤは今この時に必要な知識を会得する。

暗い、冷たい水に浸かっている。

研ぎ澄まされて、痛いほどに鋭敏になった精神は、与えられた知識を解凍し、魔術をその魂に刻印し、理解する。

残りの魔力を計る。

全てを使えば、届く。

確信を得たトウヤは詠った。

「ーーーーー《四季祀鬼(クロスレイジ)》」

先ずは近付く。

話はそこからだ。

「何をする気だ、トウヤ?!」

リフィの静止も聞かず、トウヤは激情の向くままに地面を蹴った。

術式の深い理解が、心底に刻まれた魔術が、トウヤの魔術をさらなる加速へと導く。瞬足を超えた神速に到達したトウヤは、リフィの魔術すら追いつかない。嵐の中で藻掻く竜を見定めて、トウヤは大きく跳躍した。

「ーー邪魔は消えろ。《荒れ喰らう言霊(セイジャクシキ)》」

強化も嵐も掻き消して、トウヤは竜の脳天へと刃を向ける。

そして、心の奥底の扉かもたらした知識を開帳する。

本来知り得ない、又は、記憶と共に忘れた魔術が、トウヤの喉を振るわせた。


「映しだせ、《朽ち爛れる心骨(ホウギョシキ)》」


魔術は刀の切っ先から、発現する。

突き立てられた刀、その切っ先は竜鱗を貫かず、巨大な鏡を創り出す。

幻想に写し取られた卑王竜(ファーヴニル)は鏡の中でその身体を腐らせ、やがて骨となり、塵に帰す。その光景は一瞬で過ぎ去り、虚無の写し身だけが残された。

トウヤは終局を告げる。

「閉じろ、そして塵に帰れ」

魔術は完成し、鏡に写された竜は現実を侵食する。

本がチリチリと燃えるように、鱗が、棘が、翼が、脚が虫食いのように朽ちていく。トウヤの魔術の前に現実が書き換えられ、巨竜の強靭な肉体はガラガラと崩れ去ったのだ。

強大な竜種の最期は、こうして呆気なく幕を閉じた。






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