《滲む陰謀》3.竜殺し
卑王竜。
それは地竜最強の一角であり、その危険性から第一種学院接近禁止指定を受けている竜種である。
その身体は朽ちること無き金属で覆われ、その内臓は黄金で出来ている。血は霊薬、心臓は魔力循環を改善する秘薬として知られ、その竜玉もまた希少な触媒であり、いずれも市場に出回る事など殆どない。体表は様々な礼装に加工することができ、どれも一級品となる。まさに資材と金が命を持ったような竜であるが、その分生物として凄まじく強い。
強靭な肉体を持つのは前提で、灼熱のブレスを吐き、全身のあらゆる場所から毒を飛ばし、生半可な攻撃は鋼の竜麟が全てを弾く。獰猛で執着が強く、プライド高い竜なのである。
もし、そんな竜が学院付近に巣食っているのだとしたら、それだけで一大事だ。
もちろんそんな発生報告は受けていないし、そんな計画があるはずも無い。しかし、それこそが問題であり、学院の探知を逃れて竜が今もそこに居るのだとしたら、学院を欺く危険因子がそこに存在する事になるのだ。
リフィは一刻も早く調査し、危険因子の有無の確認、場合によっては無力化ないしは排除をする必要があった。
リフィは廊下を足早に進みつつ、とある組織の男に念話を送る。
『大佐、私だ。急用ができた。今すぐに銀騎士たちを寄越してくれ』
リフィの息がかかる組織、そのホットライン役の男は、リフィの念話にすぐに反応した。
『こちらジョージ・ハイドマン大佐。架電の件、了解した。300秒後に貴殿の私室に向かうよう手配する』
嗄れた、落ち着いた声が簡潔に応え、すぐに念話は途切れた。
本人は多忙な筈だが、リフィの念話に遅れる事は無い有能な男だ。恙無く手配してくれるだろう。リフィは懐中時計を確認し、続けてフェイトに念話を試みた。繋がる感覚を得て、リフィは思念を送る。
『私だ。乾燥地エリアに卑王竜らしき竜種を見かけたとの情報を得た。情報源はトウヤとルビア。銀騎士を連れて、急ぎ調査に向かう。念の為に聞くが、学院の計画には無いな?』
確認します、とフェイトは思念を寄越し、念話が一旦途切れる。
歩きながら、リフィは銀騎士到着までの時間を数えつつ、思う。
便利なものだ。魔術の念話など、この学院以外では使いものにならない。他の世界なら使い魔との会話すら厳しいのだから、普通ならよく見かける携帯電話などの方がよほど役に立つだろう。しかし、世界樹システムが存在する学院管轄下ならば、たった一つ簡易な礼装を持つだけで双方向通信が出来る。位置の割り出しすら容易だ。科学技術に取って代わられた様々な世界の利便性を、世界樹は魔術を以て難なく再現している。
初代学長にして永代学長、魔法使いフラムベル=エテルナドール。
学長は素晴らしい人物だったのだろう。
人格を引き継いだ学長代理を見る限り、魔術師にあるまじき人格者かもしれない。
そんな人格者の理想と、今の学院は果たして乖離していないのだろうか?
その理想、その到達点は、曇っていないだろうか?
果たして、魔術を教える事は、未来の芽をきちんと育てているのだろうか?
リフィの魔道は、この学院に於いて、果たしうるのだろうか?
長く続くこの問答は、リフィの心にのみ置かれており、誰も知らない。
リフィの定めた魔道は、仲の良いフェイトすら微塵も知らない。
竜の因子を持つ昏き木霊の魔術大家アンシェンテ、その末裔たるリフィはその心を隠し、学院を見定めるつもりだった。
そんな事を考えていると、再び念話が繋がる。
『リフィ。私です。確認しましたが、やはりそのような竜種に該当しそうな計画は実施されていません。そちらに増援は必要ですか?』
学院で把握している研究・計画に該当無し。
竜が隠蔽をするなどあり得ない。
ならば、それは学院反対派の手による、というのが高そうだ。
『増援は不要。状況観測のみ依頼してくれ』
念話を切断し、リフィは考える。
出来れば見間違いである事を願いたいが、トウヤとルビアが揃って見間違えるはずも無い。何かがある。そんな確信を以て、リフィは自室の扉を開けた。
カチ、カチ、カチ。
300秒ジャスト。
背後に銀の鎧を纏った者が3名並び、リフィは告げる。
「これより学外調査に向かう」
***
リフィたち即席調査隊は、トウヤたちが報告していた窪地へとやってきていた。
「確かに卑王竜らしき竜種が居るな」
リフィも目視でき、魔力偏差を確認してみても、間違いなくすり鉢の中央に竜はいた。どうやらこのすり鉢の中央に魔力が流れ込んでおり、その中心に竜は鎮座しているようだ。恐らく古い竜脈の名残なのだろう。そしてその流れ込む魔力帯が邪魔で、中心の竜は詳細まで見透す事が難しい。ルビアがそうしたように、近付く他に調べようが無いのが現状だ。魔力偏差がよく視えている木霊のリフィが見えないのであれば銀騎士たちにはもっと視えないだろう。
安易に手を出して下手を打ちたくはないが、さてどうすべきか。
再び竜を通常の視界で観察する。
鋼の鱗は表面だけが錆びつき、全身に広がる毒の棘は健在。歪な翼にも毒線が蔓延り、静かに呼吸だけを続けているようだ。比較的老いた個体だろう。身体の至る所に古傷があり、治癒した跡に変わっている。真新しい傷も多く、不自然な傷も見受けられる。戦いなどで付くような場所ではなく、手術跡のようにも見える。また、ルビアたちが見たという魔眼は閉じられており、今は確認出来ない。
怪しいか怪しくないかで言えば、かなり怪しい。
いくら魔力が溜まるとはいえ、学院のような人に近い場所に竜種が留まるのがまず変だ。鎮座し続けるのも、魔眼を持つ事も。事実を並べてみれば、何者かが竜種を改造し、わざわざこの場所に配置したようにみえる。
学院反対派の仕業なのだろうか。
なんにせよ、近付いてみるしか無さそうだ。
間違いなく戦闘になるだろう。
「暁の騎士たち、戦闘準備だ」
待機していた騎士たちが立ち上がる。
銀の鎧を着た彼らはピジョンブラッド商会所属の魔術師であり、学院卒の魔術師でもある。ミスリル銀のフルプレートは学院が開発中の試作品で、長期的なテスターを依頼出来る程の信頼がある馴染みの面子だ。
「対象は卑王竜種。捕獲が望ましいが、生死は不問。私のサポートに回れ」
銀騎士たちは無言で武器を構え、了解の意を示した。
無口な三つ子であり、かつてのヴェルザンディからの落伍者だった。しかし、学院での彼等は才能が埋まっていただけであり、大佐に拾われた後の彼らは目覚ましい成長を遂げた。今はかなりの実戦経験を積んだ魔術師であり、リフィが背中を守らせるだけの力がある。闘技場の常勝賞金稼ぎは伊達ではないのだ。
「では、私が熱線対策の魔術を構築し次第進む」
言って、リフィは魔術を詠った。
「古き強き緑の葉よ、年経てなお生い茂る樹木よ、契約に従い我等に焼き焦がす陽を遮る影を与えよ、《古樹の影冠》」
リフィが契約する秘匿されし古森の加護を呼び出す。アンシェンテの血が結ぶ契約により、リフィと暁の騎士たちに深緑の葉冠が現れ、魔力のヴェールが身体を包む。例え岩をも貫く熱線であろうとも、陽を遮る意味を為す魔術を抜く事はない。
魔術を纏い、リフィは騎士たちを引き連れてゆっくりと歩を進める。
「…さぁ、かかってこい」
その言葉が聞こえたかのように、卑王竜が目を開く。
真紅の瞳、その奥にある魔眼の術式を読むことは出来ない。しかし、リフィには魔眼に瞬時に魔力が集まるのを感じた。そして、リフィたちが跳んで四散するのと同時に熱線が放たれる。
空を焦がし、走る熱線は、リフィたちを焦がさない。
地面を焼いたかと思えば、そのままリフィを追いかけて熱線が踊る。
「生茂るは我が怒り、我が意志、這い寄り穿て、《棘茨の剣舞》」
岩を蹴って左右に跳び、そして詠う。
乾いた大地を食い破って踊る剣先が竜を捉えるが、魔眼の方が速い。ジュッと蒸発音を伴って熱線が茨を焼き切る。血統契約による古樹の魔術ならともかく、通常の植物ではやはり駄目なようだ。
「総員、秘匿礼装の封印解除を許可する!波状攻撃準備!」
暁の騎士たちに指示を出すと、リフィは次の魔術を詠う。
「その刃は竜を裂き、その鉄は血を啜る。あり得ざる幻想は、あり得ざる竜と共に此処に来たれ、《千片と復讐の魔剣》」
熱線をものともせず、竜の鋼の鱗を裂く竜殺しの魔剣、その模倣。
実現せずともあり得た魔剣の形を再現するその魔術が、ひとふりの魔剣を再現する。握り込んだ魔力が形になり、その刃の可能性は連なる節を持った長すぎる剣を現した。
リフィはそれを両手で横一閃に振るう。
熱線が近付くが、リフィは回避しない。
金属が擦れる音と共に瞬時に剣が伸び、卑王竜の首の表皮を切り裂いたために熱線が逸れたからだ。刃は鞭のようにしなり、そしてリフィの意志で再び縮んでいく。
連接剣。
機械仕掛けの武器の一つであり、剣と名を冠するが実際は質量過多の鞭だ。魔術的なギミックが無ければただの脆い武器にしかならないが、今回リフィが創造した魔剣はれっきとした“竜殺しの鞭”であり、多少の殺傷能力を犠牲にする代わりに射程範囲を強化した魔剣なのである。
したがって、この魔剣は“必ず竜を傷付ける”。
もちろんこんな効力の高い魔術を簡単な詠唱のみでは扱えず、二度と手に入らないかも知れない原典の魔剣の欠片を触媒として使用した。リフィには必ず勝利できる自信はあったが、卑王竜は竜の原種の血を色濃く引き継ぐ存在であり、リフィに強力な触媒を使わせる程には強力な竜種なのだ。
魔剣の刃が完全に縮まって、初めてリフィは足を動かす。逸れた熱線が再びリフィを狙おうとするが、今度は暁の騎士側からの攻撃が放たれた。
「《模造聖剣・氷》」
ラウンドシールドの内側に秘匿された模造聖剣が引き抜かれ、内包された氷の魔術が竜を襲う。略式詠唱ではなく、礼装の刻印励起だ。刃の刻印が輝くとともに雪崩のように殺到する細かな氷の刃は、竜麟こそ貫く事は無かったものの、リフィに向いていた注意を引きつける程度の効果はあった。
「《模造神槍・氷》」
それが二人分。
連続で氷のシャワーを浴びせられた卑王竜は、一瞬視線を彷徨わせ、剣を振るった銀騎士へと熱線を向けた。しかし、そのタイミングで再びリフィの魔剣が伸びて、今度は土手っ腹を切り裂いていく。鱗の薄い部分を狙ったために先程の一撃よりも大きな傷を与え、そして竜の怒りを買った。
「ゴォォォォオオオオ!!!!」
身体の芯から震える咆哮を吐き出し、卑王竜が身体を起こす。
「毒液に注意しろ!」
リフィの注意喚起が早いか、卑王竜は身体を震わせる。
毒液射出の前兆だ。
リフィの魔術も、ミスリル銀の鎧も、染み入る毒液には効果を発揮しない。むしろミスリル銀などは溶かされてしまうはずだ。
熱線を潜り、跳んで避け、逃れながら、竜の動作から目を離さずに見極める。
やがて、体表の全ての棘が咲いて、毒液を吐き出した。
同時に、歪な翼が魔力を纏う。その巨体が宙に浮かび、灼熱のブレスを吐こうとしていた。雨のように降り注ぐ毒液を防ぎながらブレスの対策をするのは難しく、銀騎士に距離を取るように命じかけたその時。
不自然な風の魔力を感じた。
その違和感に視線を向けると、そこには隠蔽を破られた生徒たちの姿があり。
「!?」
岩陰で頭上からの毒を弾き飛ばしているフロウ、そして身を縮ませるトウヤにルビアとレクレス、アズの姿は、リフィを十分に驚愕させた。
即座に竜との距離を確認し、防御術式を考え、それを練り上げる時間を考慮し、間違いなく間に合わないと確信した時。
轟音とともにすり鉢の底に叩きつけられたブレスは、竜の真下を中心として拡がって、すり鉢を焦熱地獄へと変貌させたのだった。




