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《滲む陰謀》2.卑王竜

ふと親グリフィンを見やると、彼らもトウヤと同じように、ルビアと子供たちを見つめていた。楽しげな仔たちに綻ぶように笑うルビア。学院ではなかなか見る事のない笑顔を見る事ができたトウヤは得した気分だが、グリフィンたちは自分たちの仔よりも、むしろルビアを見ているようだった。

「……………」

トウヤはそんなルビアとグリフィンたちを見ながら、ふと、グリフィンに関するとある話を思い出していた。

グリフィンは魔種の中でも多少の神格値を有する種族である。その値は正であり、精霊や天使などの属する側だが、その理由として語られるのは、グリフィンの羽根が天使のものであるという伝承だ。天魔(ネフェリム)などの混血例があるように、かつての天使の気紛れが獅子と鷲を掛け合わせたような混成獣を生み出しながらも、僅かながらに正の神格値を与えた。その証拠に、生みの親である天使に似ているため、正の神格値を持つ者を襲うグリフィンはいない。それどころか、天使に近ければ恭順の意すら示す。

もっともこれは、グリフィンたちの性質を表す逸話の一つだが、さっきの恭順するグリフィンとルビアの一幕が、トウヤの中でどうしても重なっていた。

そんな考え事をしていると、ルビアが振り返り何かを告げる。


「トウヤ、ーーーーーー」


刹那、破滅的な既視感が頭を打つ。

振り返るルビア。

その翼は純白。

日輪、降り積もる雪。

『ト、ウ、ヤ。ア、リ、ガ、ト、ウ』

過去の言葉が、反響する。

告げられたのは、拙い恩義だったのか?

それとも、他愛ない日常?

未来と過去が交錯し、それは混沌となってトウヤという出口に殺到する。

ぐらぐら揺れる。

ぐらぐら煮える。

まるで、開けてはいけない扉を開けた罰のようだ。

血が、煮える。

天の血(カミ)を殺せと、煮える。

だが。

「トウヤっ!」

気がつけば、トウヤは地面に膝をつき、正面には心配そうなルビアの顔。その顔は、頭の奥をズキリとさせたが、それ以上に安心感を与えてくれた。

「…大丈夫だ」

言ってしまうと、不思議と全ての異常はなりを潜めていく。ルビアの顔からは、心配が消えなかったが、それでもひとまずは大丈夫だと判断してくれたようだ。だが、そんな事があった直後だ。これ以上ここにいて、今より酷い大事があってはいけないということで、トウヤたちは学院に戻ることにした。


     ***


洞窟を出ようとしたトウヤたちの前に、雄グリフィンが立ちはだかると、足を折って、トウヤの前に跪いた。最初は意味が解らなかったのだが、ルビアが言葉を足す。

「背中に乗ってもいいって事じゃないかな?なんとなくだけど、そんな感じがする」

その言葉を正しいと言うように、グリフィンが喉をならす。トウヤは少し躊躇したが、グリフィンの背中に手を置くと、今度は早くしろとばかりに鼻を鳴らされた。

トウヤがしっかりと捕まると、グリフィンは蒼穹へと一気に上昇する。続けてルビアも飛び立ち、グリフィンとルビアは踊るように空を駆ける。トウヤは、そんなアクロバティックに振り回されながらも、空を飛べる者たちが、自由に空を飛びだいという欲求が尽きない理由が解った気がした。

そんな時、ルビアがトウヤに向けて叫ぶ。

「トウヤもこうやって飛べたら楽しいよ!」

冗談なのか、本心からなのか。どちらにしても、こんなにテンションの高いルビアは桜でもあまり見たことはないはずだ。グリフィンとの飛行が彼女をそうさせたのだろうか。

そんな事を考えていると、グリフィンが何かに気付いたように大地を見下げ、鋭く鳴いた。つられて二人も下に視線を向けると、乾いた大地の窪み、洞窟の入り口らしき場所に何かがいた。


一言で言い表せば、錆色のドラゴン。


大地に混じるような色に染まるソレは、生きているのか死んでいるのか。身じろぎすらしないその巨体は、おそらく遠足の時に見た渡りのランドワーム以上に大きい。歪な双翼を畳んだまま、重たげな首をもたげ、静かに覚醒の時を待っているように見えた。

「なんだ、あれ」

「竜種自体は言うほど珍しくないけど、この辺ではあんなの初めて見るよ」

「確認するだけ、してみようか?」

あのサイズの竜種は、そうそうお目にかかる事は無い。

一般的に竜種は身体が大きい程保有魔力が多く、強大になり、同時に人里など多数の生物がいる場所を嫌う傾向があるからだ。こんなに学院の近くにいるのは、普通では考えにくい。もしも人工物なら学生街産か学院反対派か。学院が知っているかは不明だが、ともかく深入りしない程度に偵察し、リフィに報告はした方が良いだろう。

ルビアの先導で少し離れた所に降り立つとグリフィンたちに別れを告げ、トウヤとルビアは遠くから錆色のドラゴンを観察する。

すり鉢状になった盆地の中央、まるで蟻地獄の主のように鎮座するその竜は錆びた体表をしている。鋼の鱗を持つ竜もいるため、ソレが生物なのか人工物なのかは判断できない。しかし、学院付近をよく飛んでいるルビアが見た事が無いのであれば、それはごく最近現れた事になる。若しくは魔術的な隠蔽が剥がれた等も考えられるが、どちらにせよここ最近の出来事には違いない。

「ここからじゃよく判らないな…」

「私が見てくるよ。隠蔽だけ、お願いできる?」

調子を崩したトウヤへの気遣いに感謝しつつ、トウヤはルビアに視界と魔力隠蔽を施す。音だけは消せないので注意することを伝えると、ルビアはゆっくりとすり鉢を降りていく。

岩陰に隠れながら進むと、ルビアの眼前に想像以上に巨大な竜の姿が見えてきた。

「大きいな…」

呟いて、ルビアは改めてその竜を観察する。

錆色に見えていた体表は、やはり鋼の鱗が錆びたもののように見える。きめ細やかな竜麟は錆びたとて強固である事を窺わせ、所々に茨の棘のような突起が存在する。生物としては不自然な皺がいくつかあり、その翼も歪な形状で飛行には適さないだろうが、ゆっくりと呼吸しているのが判った。

やはりただの竜種だろうか?

それにしても、唐突に現れたのは謎だ。

そんな風に考えていたその時、竜の瞼が開く。

そしてその視線が、間違いようもなくルビアを捉えた。

その瞬間、燃えるように紅い硝子珠のような瞳が、内包された魔術を零す。

熱線。

視認出来る程の光の束による高温の視線が、ルビアを襲う。

咄嗟に岩に隠れるも、不穏な気配にルビアが跳ぶと、熱線は岩をも溶かして貫通していた。熱線はそのままルビアを追いかけ、しかし途中で邪魔を受けて止まる。

魔弾が着弾したのだ。

後方からトウヤが放った魔弾、土属性の鉱石が竜の目を覆う。

魔眼を塞がれてようやく錆竜は身体を起こし、翼を拡げた。そのまま大きく羽ばたくと砂が舞い上がり、強風にルビアが流されるが、宙で手を掴む者がいた。

「大丈夫か?一旦退こう」

風を纏って飛び込んだトウヤが、魔力偏差でルビアを見つけたのだ。

そのまま手を引いて、一気にすり鉢を脱出すると、トウヤとルビアはすばやくその場を離脱する。低空飛行で学院へ向かうが、錆竜は追って来ないようだ。

「本当に何だったんだろ」

「解らない。けど、多分生きてる竜には違いなさそう」

とりあえず報告しようという事で一致し、トウヤとルビアは学院への帰路を急ぐのだった。


     ***


翌日。

食堂にてリフィを捕まえ、トウヤとルビア、桜が同席して報告する事になった。

「リフィ先生、ちょっと気になる事があったんですけど」

そんな切り出しで、トウヤが昨日体験した出来事を報告する。

グリフィンの方はおまけで、どちらかというと錆色の竜種の方が本題だ。ルビアも加勢して特徴などを伝えると、だんだんリフィの顔つきが変わっていった。

「それは崖の辺りの窪地で合っているね?」

地図を出して正確な位置を指し示すと、リフィは食事もそこそこに思案する。

「もし、君らが見たものが本物であれば、それは卑王竜(ファーヴニル)だ。竜種の中でもかなりの大物だが…」

リフィはそのまま考え込み、ややあってトウヤたちに告げる。

「今日の午後は自主鍛錬に変更する。皆に伝えておいてくれ」

そう言い残して、リフィは足早に食堂を出ていった。







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