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《革命開始》1.ウルズ襲撃

《革命開始》



「一位の魔術師、近衛トウヤ。私、クラリス・ヴァーミリオンは今から貴方に決闘を申し込みます」

魔術師クラリス・ヴァーミリオンの宣戦布告に、トウヤは刀を抜く事で応えた。

「では、行きますよぉ」

言って、クーは後ろに跳んだ。

着地する時には既にローブは翼膜を備えた一対の翼に変化しており、クーは杖を剣に持ち替えていた。

「魔族の中でも淫魔は魔術師としては不適格と蔑まれる種族。でも、今から貴方はその弱者に負けるんです」

トウヤは構えて、相手の出方を窺う。

ミスリル製と思しきショートソードを無造作に片手に下げ、クーは詠う。

「《幻惑の霧(マインドミスト)》」

略式詠唱はすぐに効果を発揮し、先程までの甘い空気が漂う。

長く居れば、先程と同じように思考が鈍化していくだろう。即座に判断を下し、トウヤが魔術を詠うその瞬間、クーもまた動いた。

「《荒れ喰らう言霊(セイジャクシキ)》、っ!」

「まずはひとぉつ」

トウヤが霧を払う代わりに、クーはトウヤの腕を斬りつける。

思考が魔術に向いたその一瞬で、トウヤは先制攻撃を受けたのだ。

再び後ろに跳んだかと思うと、そこからクーは一気に攻勢にでた。

翼を羽ばたかせ、縦横無尽に天井を、床を、壁を蹴って、トウヤの周囲を移動する。その合間に剣を振るうため、トウヤからすれば捉えるのが難しい。なんとか避けようとするが、どうしても切り傷は増えていく。

「どうしたんですかぁ?一位の座は張りぼてなんですかねぇ?」

甘く囁くような罵倒に、トウヤは答える余裕もない。

加えて、何故か身体が重たく感じる。傷を負っているだけではなく、その他にも何かされているのだ。まずは、この状況を壊さなければ。

「《弾ける烈風(リリース・エア)》!」

フロウの魔術を模倣する。

同時に風の魔弾を窓に向かって放ち、トウヤはそのまま壊れた窓に飛び込んだ。三階からの自由落下は、再び風を纏って落下衝撃を殺す。身体は重たく、言う事を聞きづらい。剣に毒でも塗られているのか。解毒など心得ていない以上、最早短期決戦で決める他にも無い。

「逃げても無駄ですよぉ」

クーは二階ほどの高さに対空し、再び黄金の杖を掲げていた。

凄まじい魔力が渦を巻く。

「よぉく味わって下さいねぇ!《誘惑と溺愛の魔杖(ロスト・デザイア)》!」

杖のセイレーン像、その翼が爆ぜる。

ピンクの触手となった魔力塊が、無数にトウヤに迫りくる。

風の魔弾を背に纏い、むりやり身体を吹き飛ばすように回避すると、触手はごっそりと中庭の土を抉っていた。じっくり観察する余裕などなく、トウヤは無茶な回避を繰り返す。その中で、打開策はなんだ?と思考を巡らせる。

呼吸まで苦しくなってきた。毒のまわりが早い。

そこで、ふとトウヤは思い出した。

『神無の血統による魔術は四つある』

遠足最後の日に聞いたリフィの言葉。

その四つの魔術のうち一つは、生命力を司る。

もし、この身体がそれを習得しているのなら。

咲き乱れる脈命(カツリョクシキ)

魔術の名は識っていた。

心で唱えると、身体がざわめいた。

この身体は、この魔術を知っている。

そう、トウヤは直感した。

ならば、残された時間をそこに賭けるしかない。

「《吹雪の魔弾(フロストスパイク)》」

宙から迫る触手に放つは、氷属性の魔弾。着弾した魔弾は触手を凍らせ、そして砕けて周囲をホワイトアウトさせた。もうもうと立ち込める微細な氷の結晶が晴れないうちに、トウヤは詠う。

「ーーー命の花、活力の泉、巡る魂の土壌よ」

詠唱は自然と紡がれる。

これは幾度となく詠唱したことがある魔術だ。

「古き姿を捨て、新しき衣を纏いて、循環せよ」

全身がざわめく。魔力が急激な循環を始めて、毛穴が開き、心臓が大きく脈を打つ。まるで鱗が生え変わるような、全身の皮がむず痒いような感覚。それと共に周囲を感じ取る力が冴え渡り、クーの触手が手探りでトウヤを探しているのを感じた。

「耕せ、《咲き乱れる脈命(カツリョクシキ)》」

魔術が閉じる。

その瞬間、トウヤの古い皮膚が剥け、新たな皮膚が細胞分裂により作られる。同時に身体の毒素は排斥され、切り傷も消えた。

生命体としての寿命を先取りし、活性化する事で回復する魔術。それがこの《咲き乱れる脈命(カツリョクシキ)》という魔術であり、かつて記憶を失う前のトウヤが、既に習得していた魔術だった。

全快したトウヤは続けざまにに詠う。

氷の霧が晴れるまで時間がない。

向こうが本気なら、こちらも本気でやり返す。

クーの本心は解らないが、トウヤを狙うのにミルを巻き込んだのは許せない。

神無の魔術で切り替わりかかっていたスイッチが、完全に切り替わる。

複合強化(マルチアームズ)充填(ロード)術式(スクロール)四季祀鬼(クロスレイジ)》、展開(スタンドアップ)

エミリオ主従との戦いでも使用した試作魔術《四季祀鬼(クロスレイジ)》は、風を纏って速度を増し、炎を纏って攻撃性を高め、水を纏って攻撃を受け止め、土の魔力で身体強度を底上げする。基本魔術を延長した先にあるこの魔術は、五行相生による魔力精製、西洋属性への変換、四位一体の魔術としての制御を一度に行う高難度魔術と化しており、ウルズの中でも五行変換とマルチタスク、制御能力の高さを持つトウヤしか扱えない代物になっていた。

その分、美しいほどに調和した魔術は、難易度に見合った凄まじい効力を発揮する。

力を貯めて大きく跳躍する。

地面を抉ってロスしてもあまりある脚力で、一気に氷の霧を抜けると、出会い頭に触手を切り裂いた。一閃、二閃と紅山茶花が描く蜃気楼を辿るように、触手が開かれ、魔力となって霧散する。それでもまだ触手は数十程がうねっており、自由落下していくトウヤ向けて追い縋る。

「強化!まだまだ戦うつもりなんですねぇ!」

解毒された事に気付いていないのか、クーからは余裕の笑みは消えない。

だが、それで良い。

トウヤは走る。中庭の石柱や城壁を蹴って、立体機動。その間にも触手を減らす。宙に浮いたまま、杖を掲げたクーに向けて剣を振る。爆風の熱波が独立し、熱の刃となって飛来するが、それは触手に阻まれた。

「熱い、熱い。でも効きませんわ」

熾烈な攻防は続く。

斬っても斬っても補充される触手は、いまだ健在。

淫魔にこれ程の魔力量があるとは思えない。何か裏がある筈だ。

トウヤの思考は止まらない。

中庭の施設が壊れきる前にケリをつけなければ。

立体機動も読まれ始め、足場も減ってきている。

四季祀鬼(クロスレイジ)》は強力な魔術だが、それを使っている間は他の魔術を制御できる程のキャパシティが残らない。どうしても格闘戦に寄った戦闘になりがちであり、長期戦に用いるにはまだ改良が必要だった。

短期決戦となれば、最早猶予はない。

死中に活あり、虎穴に入らずんばなんとやら。

一か八か、トウヤは急激に角度を変えて、一直線にクーの方へと跳躍した。

風の魔力も炎の爆風も後方へ向けて速度をつけ、触手の束を切り破り、氷の盾を叩きつけ、クー上を取った。

「だからどうしたぁ!」

クーは動じず、触手をトウヤに差し向けて叫ぶ。

滞空、そして無防備な一瞬を経て、触手の迫る渦に落下する。

その瞬間。

「《荒れ喰らう言霊(セイジャクシキ)》!」

自身の強化を捨ててまで、トウヤは周囲の魔術を無効化した。

結果、触手が消失。自由落下はそのまま位置エネルギーをふんだんに蓄えた刀の一撃へと繋がる。クーは今更焦るがもう遅い。

「やぁぁ!」

振り抜かれたトウヤの一撃は、クーの杖を両断し、クー自身の腕をも切り裂いて、空を掻く。

もつれるようにして巻き込んで自由落下で、墜落し、立ち上がったのは。

「終わりだ、クー」

ぼろぼろになりながらも刀を構えた五体満足のトウヤだった。

対して、クーの方は墜落の衝撃で足を折り、片腕は斬られて満足に使えず、杖は両断されている。しかし意識はあるようで、未だに笑っていた。

「ぁは。負けちゃいましたかぁ。まぁ良いです、楽しかったですから」

その後、学院の医療班がやって来て、クーを回収していった。

中庭の修復にゴーレムたちがやってくれば、トウヤは作業の邪魔になる。それにそもそも徹夜明けなのだ。早く帰って休もう。

トウヤは刀を納め、今度こそ寮の部屋へと戻ることにした。


     ***


トウヤはその後、徹夜と戦闘での消耗から夕方まで眠りこけた。

その間、ウルズの寮の前には誰が設置したのか、串刺しの鎧を掲げた十字架が現れていた。それは明確な宣戦布告の証であり、殲滅や革命の意志の表明でもあった。

そしてこの反逆の日より先、ウルズの誰かしらが毎日決闘を挑まれるようになる。それは反逆の日に何名かのウルズが敗北した事に起因し、ついに下克上を狙う者たちが牙を向き始めたのだ。

この戦いのうねりの中、新たに動き出す者がいた。

それは例えば、漆黒の鎧を纏う者。

或いは、学院の崩壊を目論む一派。

若しくは、教師の中の誰か。

学院全体を覆う熱気の裏で、様々な芽が、徐々に育ちつつあった。


     ***


「え、俺が寝てる間にそんな事が」

翌朝、教室では昨日の一斉襲撃と寮に置かれた宣戦布告の話題で持ち切りだった。宣戦布告があった事は聞いていたが、まさか全員が襲撃を受けていたとは。

「そうなんだよ。僕も学外にいたのに襲われたくらいだし、行動先までかなりリサーチされてるよね」

トウヤの驚きに同調したフロウがそんな事を言うが。

「リサーチって言うか、ほとんど監視だよな、ソレ」

聞けば散歩に出かけた程度の行動なので、監視され尾行されていなければ、学外でまでは襲われない筈だ。今回の襲撃事件の犯人たちは、相当周到に準備してきたに違いない。宣戦布告の串刺し鎧にしたって、寮にいた誰にも気付かれずに設置出来ている事もその証左だろう。

「トウヤのとこは誰が襲ってきたの?」

ルビアの問いに、トウヤは答える。

「クラリス・ヴァーミリオンって娘。面識あったっけ?」

「無い。どんな魔術使う娘?」

聞かれて、簡単に説明する。

毒に関しては、神無の魔術を思い出せなければかなり危なかった。

とはいえ勝利は出来たし、結果的に記憶は戻らなかったものの、神無の魔術を一つ思い出した。自身の不明な部分がわずかでも明らかになったと思えば、悪い事だけでは無かったと言えよう。これで記憶を失う前の自分が何を目指していたのか、少しは近付いたはずだからだ。

「淫魔に毒、か。よく解毒なんてできたわね」

桜の感想もごもっともだが、神無の魔術に関してはあまりおおっぴらにしない方が懸命だろう。わざわざ広める事ではない。

「たまたま効き目が弱かったから助かっただけだよ」

「そうなの?ふぅんーーー」

その後も会話は続いていく。

桜の視線からは何の感情も読めず、そしてトウヤは桜から向けられた視線の意味を、まだ何も知らなかった。


     ***


その夜。

円卓にはいつものように教師たちが集まっていた。

「では、次の議題を。サー・アンシェンテ」

リフィが提案ないし報告をする度、会議が荒れるのはここ最近の通例だった。

今日の内容もまた、会議を荒れされる内容に違いなく、教師たちが心構えをする中で、リフィが報告をする。

「災禍の魔神の影響を受けたエミリオ・シルバースミスについて続報がある」

エミリオの担任は苦虫を噛み潰したような表情でその報告を聞いていたが、流石に会議の場では何も言わなかった。

「以前の会議では、魔神の影響を受けた黒犬(バーゲスト)が変異したモノだと報告したが、今回、その使い魔の真名が覚醒した」

リフィの淡々とした報告は、やはり今回も円卓をざわつかせる。

真名は伏せられているが、フィーリアの魔力不足とエミリオのキャパシティ不足、災禍の暴走による近衛トウヤへの襲撃、魔神の介入まで、リフィの報告は事実を詳らかにしていく。果ては精神への介入まで明かし、最後に世界樹システムの魔力を消費した事を事後報告した。流石に学院にとって重要事項である世界樹術式に関しては、学長代理からも苦言が溢れる。

「サー・アンシェンテ。貴女には確かに特権を与えていますが、無許可で世界樹術式を使用するのはいただけませんね」

その点に関してはリフィも非があると自覚しており、それについてはすぐに謝罪した。そして、報告のまとめを述べる。

「今回、特筆すべきはフィーリアの真名覚醒、および主従関係にあるエミリオの精神ステータス上昇が認められ、かつ災禍の加護を与えられた事にあります」

これにより、フィーリアは上級精霊として完全に安定し、エミリオもまたフィーリアを枯渇させるような魔力キャパシティから脱したのだ。災禍の加護を得て不安要素を抱えはしたが、使い魔方面での不安は消えた事になる。

「災禍の加護は魔神との関係性を保ち、その性質について調べる良い糸となります。二人共任意で呼びかけられるようですし、長年不明瞭だった災禍の魔神の情報を集められるでしょう」

災禍の魔神についての情報は、学院とて多くを持っている訳ではない。リフィの言うとおり、魔神の情報は少しでもほしいというのが本音だ。故に、リフィは提案する。

「そこで提案ですが、今後の魔神案件には引き続き私が関わっていきたい。幸い、私は魔神の個体名を呼ぶ許可を得ている。情報を得るには丁度適任だと思いますが、如何でしょうか」

リフィに反対できる者は、居なかった。

リフィ以上に魔神に気に入られる自信はおろか、魔神に上手く関われる自信すら無い者ばかりだからだ。何より、下手をうって消えるのは誰しも御免被りたいのである。

例えそれが、リフィのさらなる特権に繋がるとしても、だ。

「よろしい。では、今後魔神に関する案件は、サー・アンシェンテに一任する事とする。異論は…ないですね」

そして、学長代理はこう付け加えた。

「では、魔神案件に関する資料文献として、学院封印指定書物庫への立ち入りを許可します。司書には通達を出しておくので、有効利用してください」

こうして魔神案件の報告は終わった。

歯噛みする者もいれば、腹立たしく思う者もいるだろうが、学長代理が議題を締めた以上、これ以上何も言うことはできない。

何者も反対など言い出さず、議題はそのまま昇降格戦へと移っていくのだった。





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