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《黒の幻灯》4.反逆の狼煙

エミリオとフィーが災禍の加護を得たその日は、奇しくも後に“叛逆の日”と呼ばれる事になる。

まだ朝日が登りきっておらず、その叛逆に巻き込まれる者たちは、まだその陰謀を知らずに休日の安眠を貪っている者が殆どだった。その皮切りはしかしこの時既に、ゆっくりと忍び寄っていたのである。


     ***


エミリオたちの受難は終わりを告げた。

陽炎も去り、新たな災禍の加護が増えた事を除けば、上々な結果だったと言えよう。

「エミリオ、フィーリア。君らは早く帰って休みたまえ」

リフィの言葉に教室をあとにするエミリオたちを見送ると、トウヤはリフィに言う。

「見えないものをただ待つのは、キツイですね」

エミリオに操られたフィーに襲いかかられ、トウヤは魔剣を紅山茶花で吸収した。その際、陽炎は魔剣に含まれた日ノ輪の魔力を感じて現れ、そこから一連の流れをトウヤは見届ける事になった訳だが、いつ終わるとも知れない、成功するかも判らない魔術を一晩見守ってトウヤは感じた。フィーが災禍に侵食されたのは元はといえばトウヤが陽炎を召喚した事に起因する訳で、故にトウヤはすべてを見届けると決めていたが、それでも友人が死ぬかも知れないのをただ見守るしか出来ないのは辛い。

「魔術師は因果に振り回されながらも、最後はその意志だけが道標なのだよ。他の誰にも、その決定を委ねられはしないんだ。だから私たちはそれを受け入れ、見守るしかない」

今回は幸いにも上手くいった方だがね、とリフィは言葉を切った。

リフィは上手く行かなかった場面を、きっと何度も見届けてきたのだろう。それに手を出せず、助けられなかった事もまた多いはずだ。

「もしエミリオ君たちが今回失敗していたとしても、それはトウヤ君の背負うべきものではありません。あくまでも魔神は起因であり、その後を選択したのは彼ら。トウヤ君が何かを思ったとしても、それは心の内に仕舞っておいて下さい」

フェイトの微笑みに、トウヤは返す言葉もなかった。

代わりにリフィが呟く。

「しかし、不思議なものだね。君が関わると、皆が良い方に変わるような気がするよ」

トウヤが来てから、クラスの雰囲気が変わった。

ウルズは才能ある集団だが、その才能に胡座をかく事が徐々に減り、心構えが変わったのだ。魔術師としての影響だけでなく、人間関係もトウヤが関わる事で各々深くなっているようだし、トウヤはそういった星を持つのかも知れない。

「別に何もしてないですよ」

トウヤ自身は気付いていないようだが、クラスの選抜から生徒たちを見てきたリフィには、はっきりとその違いを感じる事ができた。

「いや、そうでもないぞ?君が流雅と初めて戦って以降、ウルズは真に牙を得たのだからな。それまでは才能があったとしても他のクラスと大差無かったさ」

選抜時点で本当に能力差があったのは、ほんの数人だけだ。

アズュール、ミストラル、レクレス、フロウ。

魔術大家、努力家、戦士、天才。

それら以外の者たちは秀でてはいたが、ヴェルザンディの上位と大差は無かったのだ。その心根から影響を与え、クラス昇降格戦までに大きな実力差をつけさせたのは、間違いなくトウヤが流雅戦で見せた殺し合いの空気のおかげだ。

「俺が神無だからですか」

「魔術大家というだけなら、他にもいるさ」

本人に自覚は無い。

だからこそ、トウヤには影響力がある。

レクレスのように、あからさまに挑発しない。

ミストラルのように、見限りもしない。

フロウのように、努力を怠らない。

アズュールのように、しがらみに囚われていない。

ただ高みに登ろうとする純粋な意志が、トウヤを一つの刃のように見せている。

それがトウヤのものなのか、それとも別のものなのか。

それは解らない。

ただ、その願いは周囲に伝播しているのだ。

「君が見せる魔術は、他人を惹き付ける」

リフィの端的な言葉に、トウヤは自嘲した。

「俺は何者なんでしょうね」

記憶を失くした宙ぶらりんの存在。

そんな男が、人を惹き付ける魔術を使うなど、滑稽では無かろうか。

「君は君だよ。記憶が無くとも、その魂は変わるまい」

むしろ記憶を無くしているからこそ、本来の純粋な心持ちが表に出ているのだ、とリフィは告げる。そして、トウヤに少しだけヒントを与えた。

「神無家の中でも、君は恐らく才能に恵まれた魔術師だろう。そんな君は何故か学院を目指した。神無家が必要としない魔術を習う学院を、だ。ならば、君が求めたモノは、きっと此処にあるのさ」

私は君ではない。故に、君の求めたモノが何かは解らない。しかし、君は自分が求めたモノが何かを類推する事はできるはずだ。それを考える事が、君が地に足付けるための手助けになるのではないかな?

そのような言葉を貰って、トウヤはようやく表情を柔らかくした。

「ともかく、君は私の生徒だ。えこひいきは出来ないが、助け舟くらいは出してやる。いつでも頼りたまえよ」

トウヤはその言葉にわかりました、と返す。そして、リフィとフェイトに促され、一晩の疲れを癒やすべく、寮へと戻っていった。

その後ろ姿を見送り、フェイトが呟く。

「悩んでいましたね」

リフィは頷く。

「あいつの正体については、まだ確証が得られん。神無はガードが硬すぎる」

リフィとて何もしていない訳ではなかった。

様々に散らばる世界には、学院の息がかかった者も数多くいる。もちろん、神無家が牛耳る社会にも。リフィは工作員の目耳を使って神無家の内情を探らせているが、未だになしのつぶてだ。表社会の顔である建設会社にならいくらでも入り込めているようだが、魔術大家としての神無はほとんど完璧に秘匿されている。

「候補は絞れているが、なんせ次期当主レベルだからな。神無も躍起になって情報を隠すだろうさ」

影響の大きい話だ。神無家の派閥争いも大きかろう。

表沙汰にできるわけが無い。

同時に、トウヤの居場所もまた探られている筈だ。

「そのうち神無もこちらに気付くでしょうね」

フェイトの言うとおり、神無もまた独自のルートでトウヤを探し当てるだろう。その時、学院はどのような選択をするのか。リフィ自身はどうするのか。

リフィはその心を、フェイトにすら明かさなかった。

「さて、私らも片付けて戻ろう」

フェイトはそんなリフィの言葉に従った。追求しても答えないだろう事は気付いていたからだ。既に朝日は登りきっていた。


     ***


トウヤは寮に向かって歩いていた。

休日の朝であり、校舎には誰もいない。

自分の足音だけが響く中で、しかしトウヤは何かを聞いた気がした。

「トウヤさん」

呼びかける声の主は見えない。

聞こえたような気がしただけなのだろうか?

風の鳴くような小さな声。

辺りを見回すが、やはり誰もいない。

しかし、トウヤには何故か、聞こえたという確信があった。

「どこからだ…?」

その時、廊下の曲がり角に隠れた人影を見た。

トウヤはそちらに歩いていく。

何か、甘い匂いがした。

曲がり角の先には教室が並ぶ。

朝方には明かりが差し込まない区画で、かなり薄暗い。

「こっちだよ」

再び声が聞こえた。

廊下を、進んでいく。

甘い匂いが、強くなった気がする。

妙に、眠気を、誘う。

かぶりをふって、足を進める。

教室を、一つずつ覗くが、誰もいない。

三つ教室を覗いたところで、また、廊下の先に、人影を見た。

「今度は、上か」

階段を上がっていったようだ。

鼻が麻痺して来たのか、甘い匂いが頭痛を催す。

一歩一歩進む足が重たい。

踊り場で息を吐く。

何かがおかしい。

しかし、その何かが、わからない。

トウヤは再び足を踏み出した。

甘い。

人影はとある教室に、這いり込んだようだった。

「ここだ」

ドアを押す。

キイィと軋む音を立てて、ドアは部屋の中へとトウヤをいざなった。


     ***


同時刻。

二位の魔術師・レクレスは中庭で一人鍛錬に励んでいた。

三位の魔術師・ミスティは近くの川で魔術を試していた。

四位の魔術師・流雅は裏庭で瞑想していた。

五位の魔術師・アズュールは庭園の片隅で紅茶を嗜んでいた。

六位の魔術師・フロウは街道沿いの花畑を散策していた。

そしてそれ以下のウルズ生たちもめいめいの時間を過ごしていたが、それら全て魔術師の元に、武装した下位クラスの魔術師が複数現れた。

「はっ!ようやく挑戦者が来やがったな!」

ある者は歓喜して、迎え撃つ。

「僕に挑むってことは、少しは歯ごたえあるんだよね?」

ある者は余裕を崩す事なく。

「某に挑むつもりか?であれば、止めておけ。実力差も測れぬ者に興味は無い」

ある者は微動だにせず。

「朝から煩いのがやって来たな。良いだろう。朝練には丁度いい」

ある者は傲慢に。

「僕と戦いに来たの?なら、試してみる?」

ある者はお気楽に。

全てのウルズ生が一斉に狙われたこの日から、クラス昇降格戦は一気に激しさを増す。その火蓋を切って落とした戦闘が、一斉に開始されたのだ。

一瞬でケリがついた戦闘があった。

圧巻の戦力差で以て相手を戦闘不能に持ち込み、圧倒的上位者の力を見せつけた者たちだ。

一方で苦戦する者たちもいた。

普段の得物が無く、不利な場所で仕掛けられた者たちだ。

大きくポイントを失った者こそいなかったが、ウルズの一部とはいえ、敗北を刻んだ戦いがあった。

その事実が、この昇降格戦を燃え立たせる燃料となるのだ。

戦火が、拡がりつつあった。


     ***


ドアを開けた先は、普段使われていないであろう埃っぽい部屋だった。

何故だか鍵が空いていて、荷物が雑然と積まれた中に、真新しいシーツを敷いたベッドが一つ。その端に座っていたのはミルだった。

「あは、トウヤさん、みぃつけた」

情欲に蕩けた瞳が、トウヤを捉える。

ざわめき立つ埃が光に照らされる中で、妖艶な笑みを浮かべるミルは、トウヤの知るミルでは無かった。

思考が上手くまとまらない。

何かが決定的に違うのに、それが掴めずに、トウヤはゆっくりと部屋の中央に踏み出す。

甘い、匂いが、充満している。

「ミル、なのか?」

トウヤの問いに、ミルは答えずに立ち上がる。

ミルの纏う制服は既にボタンがいくつか外れていたが、ミルはさらにブラウスのボタンを外して胸元を露わにする。

「あたしはあたしですよぅ。そんな事より、イイコトしましょう?」

そのままトウヤにしなだれかかり、ミルはトウヤの手をとって、自分の胸に当てる。

「熱いでしょ?トウヤさんのせい、なんだからね?」

甘く、蕩ける。

吸い込まれそうな瞳に、トウヤはさらなる頭痛を覚えたが、どうしていいのかわからない。

しかし、ミルがトウヤの腰のベルトを外そうとした瞬間、その手が偶然、下げていた紅山茶花に触れた。

「熱っ」

瞬時に放たれた炎の魔力に、ミルが思わず手を引いた。

そして紅山茶花がわずかに放った魔力が、トウヤの頭の靄をも払った。

「…こんなミルは変だ。ついでに、この甘い匂いもおかしい」

瞬時に切り替わったトウヤは、短く叫ぶように詠う。

「《荒れ喰らう言霊(セイジャクシキ)》!」

音の波紋が拡がって、甘い匂いが消えた。

トウヤの魔術が周囲の魔術を喰い荒らし、無効化したのだ。

途端、ミルは意識を失って、ベッドに倒れ込んだ。

「ミル、大丈夫か?」

トウヤが声をかけるが、ミルは完全に意識を失っていた。

魔術による眠りではなく、魔力切れに近い症状のようで、呼吸はしっかりとしていたため、安心して息をつく。しかし、ミルはこの事態の犯人では無い。気配を感じて後ろを振り向くと、そこには一人の魔術師が立っていた。

「ぁーあ、バレちゃいましたかぁ。もう少しだったのになぁ」

ヴェルザンディ《杖》所属の魔族、クラリス・ヴァーミリオン。

黒の下着とローブだけを纏った姿に、黄金の杖。

ヴェルザンディとは思えないほど凄まじい魔力が渦巻いているのが視える。

声色はミルと同じで蕩けているが、決定的に目が違う。

これは魔術師の目だ。

最早油断は許されない。

トウヤは視線を外さずに、クーを問いただす。

「この一連は、クラリス。君の仕業か?」

それに対して、クーはニヤけた。

「当たり前でしょう?何を惚けているんですかぁ?こうして姿を現したのは、魔術を破られたから」

そう言って、クーは杖を掲げて告げる。

「一位の魔術師、近衛トウヤ。私、クラリス・ヴァーミリオンは今から貴方に決闘を申し込みます」








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