表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
66/213

《黒の幻灯》3.デッドエンド

ファイヤーブレスが、迫る。

エミリオの左腕が、あたりの闇を取り込むように、漆黒に染まっていく。

その様子はまるで、負の心が鎖となって、エミリオを縛っているようで。

今や、エミリオの足は、完全に止まってしまった。

「あーあ、終わりやなぁ」

日ノ輪のつぶやきと共に、エミリオは炎に飲まれる。

エミリオの精神の敗北、そして、死。

それで物語は終わり。

デッドエンドのはず…だった。

「…我が腕を喰らえ、黒陽の刻印よ!」

魔力が、集約する。

眩い光が一条。

炎を消し去り、エミリオの持つ聖剣が、輝く。

「フィー、君はいつも、こんなに冷たい闇を纏っていたんだね…」

エミリオの身体は今や足元から湧き出る闇に飲まれ、左腕と左目だけが見えている。

「僕は、フィーと一緒に、現実に帰るんだ」

エミリオが告げると、周囲の魔力が光に消えていく。

黒狐は危機を感じて叫び、唱える。

「………《地獄の業火(ヘル・ブレイズ)》!」

漆黒の火炎がエミリオを飲まんと迫るが、エミリオの放つ光の前では無力だった。


「《告死と断罪の魔剣(ブラックスレイヤー)》」


光は炎を吸い込み、そのまま黒狐を消し去った。

断末魔すら、光に消える、終極だった。

「フィー。僕は気付いたよ」

君と僕の繋がり。

何故、君が僕の元にやってきたのか。

それは、僕の心にあった闇だ。

魔術師として、劣等。

平凡であることに対する、自己嫌悪。

その鬱屈した感情は、魔術師の糧にならず、逆に、魔術師としてのエミリオを殺していた。

それに気付かないエミリオに、フィーは告死の黒犬として、召喚されたのだ。


エミリオに、魔術師としての死を告げるために。


けれど、そこで運命の糸が絡まった。

「魔神の、災禍の力が、迷い込んだ」

フィーは魔神と同じ姿になり、代わりに自らの使命を忘れた。

僕との契約で、精霊としての人格を得て、代わりに自らの正体を忘れた。

そして、フィーは魔神の力を行使し、学院で学ぶ中で急速に成長した。

「そして君は今、漆黒の炎に呑まれて死に瀕している」

君はすんでのところで踏みとどまって、死に抗っている。

僕は、もう一度、君に会いたい。

それだけを願って、君の心象世界まで来た。

君の心象世界は、闇で溢れていた。

黒犬が走り回る、影と闇の世界。

告死という本質を忘れても、魂は忘れていなかったんだ。

だから、闇に捕らわれた僕は、君の闇に殺された。

そして、君の本当の名に気付いたんだ。

だから、一緒に帰ろう?

フィーリア。

いや。

君の本当の名前は。


幻想夢(デッドエンド)


闇の夢の中で遊ぶ、無邪気で愛しい、僕が好きになった女の子。

その真名を呼んだ。

その刹那。

全てを覆う闇が、硝子のように砕けて消える。

牢獄が開け放たれたように、光が降り注ぐ。

エミリオの目前には。


「エミリオ………ーーーー」


巨大な黒犬が、座ってエミリオを見下ろしている。

その尻尾は、千切れんばかりに振られており、今か今かとエミリオの言葉を待っているようだった。

エミリオは、そんな彼女を迎えるように、両腕を広げる。

「…おいで、フィー」

それを聞いた瞬間、黒犬がエミリオに飛びつく。

空中で黒い身体は散り散りの炎に代わり、残ったのはいつものフィーの姿で。

「はい!…マスター!」

二人は強く抱き合って、辺りをつつんでいた光りが晴れていく。

気付けば、日ノ輪と対峙したまま、エミリオはフィーと手を繋いで立ち尽くしていた。

「あらあら、フィーリアちゃん目が覚めたんやねぇ。これはウチも気合い入れないかんかなぁ」

日ノ輪は担いでいた大太刀を片手で振り下ろす。

「マスター、勝ちに行きましょう!」

フィーもまた虚空を掴み、茜の炎を剣とする。

「勝たせてもらいます、日ノ輪さん」

エミリオとフィーの宣言が、殺し合いの合図となる。

「ほな、いくで」

漆黒の姿が加速した。

眼前に迫る大太刀の兜割りを、フィーが真っ向から受けて立つ。

鋼を打つ音は凄まじく響き、始まりの鐘は盛大に鳴らされた。

「《揺らめく炎破(ブラックミラージュ)》」

フィーの魔術を、エミリオが詠う。

心象世界でなければ、エミリオが略式詠唱をする事も出来ないし、フィーの魔術を再現する事も出来ない。けれど、ここはフィーの心を再現した場所であり、フィーの願望はそのまま力になるのだ。

黒の蜃気楼を纏ったフィーが鍔迫り合いを制し、日ノ輪を弾き飛ばす。

そのままダッシュで距離を詰めたフィーの横薙ぎが日ノ輪を襲うが、日ノ輪は動じない。

「まだまだ足りひんなぁ。ほれ、《黒陽の焦刃(アークブレイド)》」

後ろに跳んで躱しながら魔術を放つ。大太刀とともに振り抜かれた焦熱の黒刃がフィーに迫る。辺りの物を燃やしながら進むソレを跳んで避け、エミリオもまた潜って避ける。しかし、日ノ輪の攻撃は止まない。

「ソレはおまけの方や。まだまだいくで」

言うが早いか、日ノ輪は大太刀をその場で振り、再び炎の刃が飛来する。どうやら刀に纏う魔術が本体で、飛んでくる刃は魔術のおまけらしい。エミリオとフィーは回避を続けるが、このままではジリ貧だ。

「閉じろ、《沈黙の槌音(ハンマーサークル)》!」

エミリオが詠えば、フィーは呼応する。

同時に詠いだした魔術は同じように完成し、二人を包む。

「《揺らめく炎破(ブラックミラージュ)》」

重ねがけで速度を増したフィーが、槌音で効果を減じた刃ををくぐり抜けていく。そして、再び日ノ輪と打ち合った。

「気張るなぁ、二人とも。ウチ、感動してまうわ」

鍔迫り合いでも余裕の笑みを消さない日ノ輪に対して、フィーは地力で負けておりやや圧されている。だが、フィーは気合いだけでそれを弾き返した。

「私は!マスターと!現実に帰るんだ!」

牙を向く黒犬は、吠えたける。

「灯火を点けろ!灯りを絶やすな!幸せはその手の中に!」

叫びは魔術。

心の丈を言の葉に乗せて、フィーは刃を振るう。

それを聞いたエミリオもまた、静かに詠いだす。

「我、銀の加護を賜いし聖者也ーーー」

二人の声は似てもいないのに、調和を奏でる。

剣撃に激情を乗せて、日ノ輪の大太刀を弾く。

「温かく!消える事無き!幻想の欠片!」

日ノ輪は微笑んだまま、フィーの剣に圧されて後退していく。

鋼と乙女と少年の声。

全ての旋律が揃いつつある。

「銀の加護を持て、我は命じる」

エミリオの銀の魔力が、神威の熱を帯びていく。

フィーの剣はさらなる速度で日ノ輪を追い詰める。

「それは一時の幻!死の淵を覗く、無垢なる瞳!」

大上段から打ち据える一撃を、日ノ輪は大太刀を掲げて受け止めた。

ギリリと削れる金属音、それはしかし長くは続かない。

「銀が穿つは、紅き魂」

エミリオの詠唱と、フィーの詠唱、その終節は見事な協和音で締めくくられたからだ。


「「《マッチ売りの幻想少女(ネクロファンタジア)》」」


真名・幻想夢(デッドエンド)に紐付いたフィーの最大級魔術。

エミリオと共に完成させたソレは、銀色の幻想的な雪景色に全てを誘い込む。

「最期にいいもん、みせてもろたわぁ」

日ノ輪の声は、それだけしか、聞こえなかった。

幻想に引きずり込み、感覚を奪って、最後には死を与える魔術。

死を告げる精霊たる黒犬(バーゲスト)が災いの力を自分のモノとし、極致に至った即死魔術は、災禍の欠片・日ノ輪を葬り去ったのだった。


     ***


目覚めは、光に包まれていた。

魔術式の中心。

しっかりと手を繋いだ主従に、朝の日差しが柔らかく降り注ぐ。

「………どうやら大団円、らしいね」

エミリオをフィーリアの心象世界へと送ってから魔術を維持し続けていたリフィは、疲れた様子で零す。しかし、その表情はどこか達成感が見えており、自然と笑みが零れ落ちる。

フィーリアの炭化した左腕が再生を始めており、その腕にあった刻印も再生されてはいたが、以前のように紅く脈動することはない。

エミリオとフィーリア。二人の瞼が開く。

そして、同じタイミングで、ゆっくりと互いを見つめ合うと、小さく笑みを零す。

「おはよう、フィー」

「おはようございます、マスター」

心象世界での出来事を経て契約は強まりパスはさらに強力になった。それは、並みの魔術師でも見える程で。

「もう、この手を離さないよ」

「…マスター、大好きです!」

このまま、契約の儀式でも始めそうな二人の雰囲気に、たまらずリフィが咳払いする。

「あー…君たち。私らがいるという事を忘れてはいないだろうね」

やや顔を赤く染めるリフィに、意味深に微笑むシスター・フェイト。あからさまにそっぽを向くトウヤと、呆れた様子の魔神・天廻綾津日神がいた。

「ぁー…大丈夫です、忘れてないですよ?」

流石に、フィーリアも顔を真っ赤にして、小さくなっていた。

しかし、魔神はすぐに切り替えて、エミリオに問う。

「その様子じゃと、日ノ輪は倒されたようじゃな」

既に威圧は無く、エミリオは普通に受け答えをした。

「フィーと二人で、倒しました」

そう伝えると、陽炎は手に下げていた大太刀ー“日輪鬼灯”を床に突き立てて言う。

「どうじゃ、日ノ輪よ。そなたの感想を聞かせるが良い」

そう陽炎が言った瞬間、日輪鬼灯が燃え上がり、瞬く間に日ノ輪に姿を変えていた。日ノ輪は相変わらず優しげな眼差しのまま、エミリオとフィーを見やり、そして陽炎へと告げる。

「ウチの欠片とはいえ、ようやったと思うわぁ。二人の連携、見ているだけで心が躍ったんやで?特に最後の魔術、心が震えたわ。ええんとちゃう?加護あげても」

陽炎にそう進言すると、日ノ輪は再び燃え上がり、元の大太刀に戻ってしまう。それを聞いた陽炎は、改めてエミリオに向き直った。

「名乗るが良い。お主は妾が災禍に魅入られた」

居正す物言いに、エミリオは背筋を伸ばして、名前を告げる。

「エミリオ・シルバースミス」

その瞬間、エミリオは自分の心臓がドクリ、と大きな音を立てて鳴ったのを、聞いた。そして、その音が鳴り響くのと同時に、胸が熱く燃える。思わず胸を押さえると、陽炎はエミリオに告げた。

「その名、しかと預かった。此の時よりお主は妾が加護を持つ同胞」

エミリオの胸を指差す陽炎に、エミリオはボタンを外して胸を見る。

「災禍の、加護」

そこにはフィーの入れ墨と同じように、漆黒の炎、そして太陽がモチーフになっている刻印が現れていた。

エミリオは直感的に、これが“黒陽禍炎(コクヨウカエン)”の刻印であり、日ノ輪の力であると悟った。

再び顔を上げたエミリオに、陽炎は言う。

「破滅するなよ、エミリオ。お主は凡骨だが、それ故にトウヤには無いモノを持つ。過度な期待はせぬ。お主は生き延びる事を考えよ」

どうやら、エミリオの凡庸さは魔神公認らしい。

それでも災禍を与えられた以上は、それに値する可能性を秘めている、という事だ。

「お主ら二人にも、妾を陽炎の名で呼ぶ事を赦す」

置き土産に、陽炎はそう残して炎となって消えた。

朝日の照らす教室には、災禍の説明に嘆く教師二人と、災禍の加護を持つ生徒たちだけが残されたのだった。

「リフィ?また災禍の加護持ちが増えちゃいましたねぇ」

「今夜はまた円卓が荒れるな」


     ***


彼女は今でも、黒の煉獄を切り取ったかのように鮮鋭な存在感を放っている。その魔力香も、触れたものを燃やし、喰らい尽くすように熱い。肩までの黒髪、その頂点には黒い犬耳。そして、そびえ立った二本の角。全身を白銀の鎧に包み、巨大な大剣を携えるいでたちは、召喚された当初と少しだけ変化している。

一番印象的だった、首から顔にかけて広がる火傷のような黒い刻印。もはや彼女を苛む事のないそれは、彼女が真名を覚醒させた魔術師である証。

魔神の姿をかたどった黒犬にして、僕の使い魔。

共に災禍の力を与えられた、僕のパートナー。

それが、僕が共に歩む存在だった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ